ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
戦場の少女達
ゴッガガカカッッ!!
派手な音とともに、鉄の床の上に黒尽くめの身体がごろりと転がった。その脳天には、《一点》だけの鮮やかなダメージ痕がくっきり刻まれている。
白い息を宙空に吐き出しながら、ミナはくるりと空中で一回転してから地に足をつけた。
危うく死に掛けるほどの急襲を仕掛けて黒尽くめ達の一人から剥ぎ取ったTAR-21が、慣れない型と重量で身体を圧迫してくる。その感覚に顔をしかめながら、ミナは油断なくタボールの短い銃口を向ける。
《DEAD》タグが、転がった黒尽くめの上に浮かぶのを確認したと同時、ようやく少女の肩から力が抜ける。
「おっ!終わったぁ~!」
へたりと床に座り込むと、曲がり角の向こうに隠れていたリラがひょこっと顔を出した。
「お、無事~?ミナぁ?」
「ちょっとは援護してよ、リラちゃん!私だけだよさっきから動いてるの!」
「爆発しないのはあたしの手に収まる資格なし!!」
私だって連射しないリボルバーなんて趣味じゃないのに、と胸中で呟くがもちろん口に出しては言えない。
ため息一つ、《DEAD》タグが付いた黒尽くめの身体から、目に付く限りの武器を引っぺがす。腰にヤシの実みたいに引っ付いている二つのグレネードは、砂クジラ討伐時にリラが使用したものだ。前回この船に侵入した時は黒尽くめ一人ぽっちに必死になっていたが、今回は違う。綿密に練ったプランは、今のところ有効に働いている。
「ほいっ、グレネードあったよ」
「やっりぃ!」
「くれっぐれも船内で起爆させないでよね!」
お約束事項のようなノリでそう釘をさすが、まるでお気に入りの人形みたいに手榴弾に頬ずりするリラの脳に突き刺さっているかは激しく謎だ。そのまま通り抜けて向こう側に抜けているのかもしれない。
それにしても、少女が手榴弾に頬ずりしている図というのは、なかなか凄いものである。
「もう二十個は欲しいとこね」
「勘弁してよぅ、動くの私なんだからね」
「コイツらがランチャー持ってないのが悪いのよ!!」
シージャックするのに爆発物をほいほい持ってくる犯人がそうそういてたまるか。
口を尖らせる少女の耳に、カンカン!という鉄板を踏む明らかな足音が複数響いた。音からして、数は三……いや四か。
「あ、やばっ。発砲音聞かれたのかも」
「げぇっ!この船防音効果どーなんてんのよ!責任者出て来いやーっ!」
「リラちゃん、責任者はたぶん乗ってないんじゃないかな。そもそも設定的にいらないし……」
ともあれ、と足を逃走へと駆り出しながらミナは思考する。
前回と対応が違う。早すぎる。
FPS――――ガンゲーであるこのGGOにおいて銃器を剥ぎ取って完全な無装備で挑ませるという、あまりにも高難易度なこのクエストは、当然のようにクリア者がいまだかつて存在しない。
《軍隊格闘術》スキルを上げて挑んだ猛者連中もいたらしいが、しかしそれにしても相手は完全武装しているテロリストだ。一般エリアのモンスター達とは比べ物にならないほどの高度なシステムアルゴリズムに、予測ができないランダム行動。言っては何だが、勝てる要素があるわけがない。
よって運営側である《ザスカー》はプレイヤー側に配慮してか、一つだけウィークポイントを設定したのだ。
それが『連携の稚拙さ』である。
装備、頭脳、能力値。全てにおいてエリアモンスターの中では最高クラスに設定されている彼らではあるが、しかしその装備のレア度に反してその連絡ツールは前時代的な無線機一つだ。しかもひとりひとりに支給されているのではなく、数人に一人というずさんさだ。
だから二人が立てた作戦は、基本的には単純だ。気取られないよう船内を闊歩する黒尽くめ達を観察し、無線機を持っていない個体を発見、追尾して独りになったところを襲撃する。これによって、こちらのダメージは極力下げ、確実性は増す。しかし、この作戦は精神力を多大に消費するのもまた事実。正直、あとニ、三戦が限界なのかもしれない。
もしヤバくなったら無理矢理にでもリラに押し付けよう、と決心をして曲がり角を右に折れる。
身体能力も高く設定されているテロリスト達の足音は、すでにもうかなり近づいてきていた。鉄板を靴底が叩く音も乱暴さを増し、かなりの不安を掻き立てる。心臓に悪い。
「ミナッ!ここ!」
二人が滑り込んだのは、火災発生時の緊急用に消火ホースが納められているスペースだ。こういう時には、アバターがR系なのが心底ありがたい。ホース込みでもかなりの大きさだったボックスの中は、どうにか二人分を許容してくれた。
先に入ったリラになかばヒップアタックでもするかのように身体を押し付け、慎重に扉を閉める。
「ぶべっ!ちょ、ミナ……!あんた、ケツが当たってるっつーのッ!!」
「け、ケツとか言わないッ!」
バタバタバタ!!という音がすぐそばまで来た。
一瞬だけ息を詰め、今の会話が聞こえていたのかもしれないとか恐怖するが、しかしその心配は幸いにも杞憂に終わる。
『――――げッ!…や……ぞッッ!!』
システムに設定された敏捷値を全開にしているとしか思えないほどの速度で黒尽くめ達が通過していく。金属製の扉のせいで大半がかき消されている口調は、かなりの焦燥と、そして微かな――――恐怖が見え隠れしているようだった。あくまでモンスター扱い、AIではない。それなのに、だ。
その声には明らかな、そして耐えがたい《ナニカ》があった。
「………行った?」
「……ん」
返答を返した途端、ボックスから蹴り出された。
「いったた。ひどいよ、リラちゃん……」
「――――あいつら、何であんなに急いでたんだろ」
リラは黒尽くめ達が走り去った方向を見つめる。つられたようにそちらに視線を向けながら、ミナは口を開く。
「さぁ……、あの感じだと私達のことがバレた感じじゃないよねぇ」
「だよね」
二人して数秒顔を見合わせる。
「緊急召集!」
「トイレ行きたかった!」
「……………………」
「…………………冗談よ」
いずれにしても、現段階で何かイレギュラーが発現していることは確かだ。それが自分達にとって幸か不幸なのかは、さすがに知る術もないが。しかしそのどちらにしても、このまま知らぬ存ぜぬで貫き通せるほど少女達の心は強くない。確かめる必要は出てくるわけだ。
まぁそうよね、と少女は頷きながら腰に手を当てた。
「作戦に影響が出てきてもアレだし。様子見がてら行ってみよっか」
「うん!」
二人の少女は走り出す。
ゴキン、という音とともにシメていた黒尽くめの身体から力が抜けた。同時に、あんまり役に立たなかったメスも折れ曲がった状態で首から抜ける。
重ねられた防弾ジャケットによってほとんど首が隠れているが、しかしそれでもはっきりと分かるほどの異常な角度に折れ曲がっていた。
《DEAD》タグの付加された身体を転がしておいて、吐息を一つだけ吐き出してから《絶剣》ユウキはあたりを見渡した。
「これで終わり……かな」
すると少し離れたところで、黒尽くめのうちの一人の首に肘あたりまで腕を埋没させた少女のような少年が答える。
「応援を呼ばれたから、とりあえず取れるものは取ってここを離れよ」
ずる、と皮一枚で辛うじて繋がっているような咽頭から腕を引き抜きながら、《冥王》レンは侵入者の装備のベルトに収まる大振りなサバイバルナイフを引き抜いた。
薄っぺらな蛍光灯の光にかざすと、肉厚な刃がぎらりと剣呑な反射光を放つ。ここまでの戦闘の端々から薄々感じられたが、このナイフすらかなり優先度の高い一品のようだ。
まじまじと眺めてから、くるりと一回転させてタキシードの内ポケットに滑り込ませた。当然ながらサバイバルナイフの大振りな刀身が、ただでさえちっこいアバターの内ポケットに入るはずもなく、切っ先がポケットを突き破ってしまったが、両手が塞がらなかっただけでも良しとしよう。
あとは、と微妙にカーブさせたシャー芯のケースをとんでもなくデカくしたような弾倉を幾つか拝借し、ゴツい拳銃を手に取った。予想外の重量感が手を伝うが、そこまで深刻な重さではなかったようだ。どう考えても許容量オーバーな気配がする機関銃には触る気がしなかったが。
―――だけど、この重さは厄介だな……。
目を細めて照門を覗き込むが、手に食い込む重さは他でもない《本物》を伝えてくる。
弾倉を合わせたらかなりの重量になることが予想される。振り回されなければいいのだが。
ユウキはというと、こちらはレンと違ってさほど重量感に頭を悩まされる心配もないので、拝借した銃器を床に並べて「どれにしようかな~」などと呟いていた。いや、別に過度な緊張感は身体を硬くさせるだけなのだからいいのだけれど、それにしたって限度があるだろう。
「ユウキねーちゃん、選ぶのはいいけど早くしてよ。応援が来ちゃうって」
はぁい、という間延びした声を受けながら、レンは周囲を見渡す。
先刻までいた船医室からは戦闘中になし崩し的に移動せざるを得なくなり、今現在二人がいるのはだだっ広いエレベーターホールになっている。せっかくの一面大理石は、数限りない弾痕によって見るも無残な姿となっていた。
今二人がいるのは、先刻パーティーが開かれていた第八階層から一階下がり、第七層である。第八階層がパーティー会場やカジノがある、アミューズメントを前面に押し出したものならば、今いる第七階層から第五階層までは客室となっている。そのため無駄に装飾されていた第八階層と比べ、ここの内装は穏やかでいくぶん上品な感じに設えられている気がする。
エレベーターの階数表示に真剣な眼差しを向ける少年に、別にどれでも撃てたらそんなに違いないよねというガンマニアに激怒されそうな結論に達した少女が近づいた。
「どうしたの?レン」
「ん~、これからどーしよっかなって。ユウキねーちゃんは何か思いつく?」
えっとね、とおとがいに指を這わせ、少女は宵闇を思わせる瞳を階数表示(デジタルではなく時計のように針で指し示すタイプ)を見つめた。
「こういうのってテンプレ的には、一番偉い人ってどこにいると思う?」
「そりゃあ…………上?」
ユウキは大きく首肯し、人差し指を伸ばした。
「うん、だよね。ボクもそう思うよ。色々考えたんだけど、やっぱりネックなのはこのクエのクリア条件が分からない事にはどうしようもないんだよね。だから、とりあえずアタマを潰そうと思ったんだけど………どう、かな?」
「ん、いいんじゃない?まぁ、トップ潰されてヤケクソっていう展開にならないとも限らないけど……」
「不吉なこと言わないでよ~」
苦笑の色を口元に色濃く示しながら、ユウキはエレベータ脇にある三角ボタンをポチッと押した。どうやら後ろに倒れている男達はこのエレベータを使ってこの階層に来たらしく、ノータイムで扉が開いた。
「……でも、うん。ヤケクソ、か……」
「?」
首を傾ける少年に、なんでもないよと笑いかけながら少女は思考する。
少し前にダクトの中で聞いた、《例の物》なるものが頭に引っかかっている。NPCがわざわざプレイヤーが隠れている近辺で益体のないことを無意味に喋るはずもないため、長年SAOをやってきた身としては十中八九このクエスト《戦場パーティー》の重要なキーワードになっている……はずだ。
だが、その中身は何なのだろう。大抵のクエストには、表面上と言ったらアレだが一応設定的なものはある。侵入系なら、『亡くなった奥方の形見のネックレスを取り返して』うんぬん、みたいな感じだ。
その例をとってみれば、今いるこのセントライアにも何か設定があるのだろうし、このシージャックにも設定的には何か目的があるはずである。
そもそもシージャックなどというものは、金品目的のためならばいささか非効率のような気がする。動く金が多ければ多くなるほど、当然の帰結で襲う船は大きなものになっていく。しかし、大きければ大きくなるだけ、それを制圧するためには高度な連携と素早さが要求される。そうなると、制圧するまでに異常に気が付いた船員によって通報され、あっけなく包囲される事になる。
ヘリのような手早い逃走手段を用意してあるならば話は別だろうが、小型のモーターボートとかだったりしたときは悲惨だ。何せ周囲は、隠れる茂みすらない海なのだから。
ということは、金品目的ではない可能性が浮上してくる。
では、彼らが金品以外の目的でこの超がつくほどの大型客船に、いったい何の用で乗り込んできたのだろうか。
―――ん?包囲?この世界に政治機関があるのかな?……でも、あったとすれば――――
「……ねぇユウキねーちゃん」
エレベータ独特の上昇感覚を感じながら、ユウキは「ん?」とおざなりに返事をした。たった今掴みかけた思考の尻尾を慎重に引き寄せ――――
「今思ったんだけどさ。僕達がさっきの人たちと戦った事って、もうトップの人は知ってるんだよね」
そーだねー、と生返事を返しながら、ユウキは思索にふける。政治機関、またはそれに順ずる社会の根幹的な所を運用する集団。そしてこの船のシージャック。
思い出せ。最初、自分達はここに何で呼ばれた?
「今頃通信に答える人がいないから、全滅したって事もたぶん知ってるよね」
「そーだ………ん?」
あれ?と思考中の脳をほっぽり出して、少女は本能に耳を澄ます。
それは警告。
逃げろと言う名の、警戒信号。
「そんな階層から、さ。エレベーターが上がってくるのって、ものすごーく…………えーと、わかりやすくない?」
「……………………」
ついでに言っておくと、と言葉を紡ぎながら、ようやく少年はこちらに顔を向けた。その幼さの抜け切らない、丸みを帯びたアゴを冷や汗と言う名の液体が滑り落ちていくのを、少女は声もなく見つめた。
「エレベーターって、逃げ道ないよね?」
「………………」
「………………」
痺れるような重苦しい沈黙が支配したエレベーターは、軽やかな電子音とともに目的の階層に到着した事を告げた。
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!」
レン「…………」
なべさん「どうした主人公」
レン「いや……喋ることないなーって」
なべさん「なっ!!?い、いや?ありますよ?たくさん!ほら、今回とかさぁ!」
レン「……長くなりそうだなあ」
なべさん「前回と同じコメント(泣)」
レン「はい、自作キャラ、感想をお願いしまーす」
なべさん「夏バテと言って!ねえ!?」
――To be continued――
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