アスタロト
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第五章
第五章
「どうかな、これって」
「夜道歩く時はそれが車にわかるのね」
「小さいけれどね」
そのことには苦笑いを浮かべる。しかしだった。
「それでもね。その光が強いから」
「はっきりわかって」
「そう。大丈夫だよ」
こう彼女に話すのである。
「夜道でもね」
「それってかなり凄いんじゃないの?」
「あとは」
彼はまだ言うのだった。話はまだ続いた。
「ここを押したら」
「ええ」
また時計に出ている小さなボタンを指し示す。それはさっきのボタンとはまた別のボタンだった。そのボタンを指差して説明するのである。
「ブザーが鳴るんだ」
「今度は防犯用ね」
「どうかな」
ここまで話したうえであらためて彼女に問うた。
「この時計。どう思う?」
「いいじゃない」
彼女は満面の笑顔で彼に応えた。
「この時計。とてもいいわ」
「気に入ってくれたね」
「ええ。とてもね」
またその笑顔で彼に答えるのだった。
「いいと思うわ」
「よかったらどう?」
さりげなくとはいかないがプレゼントしようというのだった。
「この時計。よかったらあげるけれど」
「けれどそれは」
この申し出には少し足を引いている彼女だった。
「前もあの変身できる携帯電話貰ったし」
「あれね」
「だから。今はね」
「いいの」
彼女の返答を聞いて言うのだった。
「この時計は」
「そうそう何でも貰ったら悪いわ」
彼女はまた榮一に答えた。
「だからね。今はね」
「いいの」
「気持ちだけ貰っておくわ」
何度も断るのだった。こうして彼女はこの時計は貰わなかった。暫くして榮一は彼女と別れて自分の家に向かった。一人になるとすぐに。
「いい娘だな」
アスタロトが出て来た。竜に乗ってそのままの格好で道の真ん中にいた。
「今時珍しい。無欲な娘だ」
「その格好で外に出るんだ」
「悪いか?」
全く悪びれた様子がない。
「これが私の本来の姿だが」
「人に見られたら大騒ぎになるんじゃないの?」
「そういえばそうだな」
言われてそのことにやっと気付くアスタロトだった。
「まあいい。今は人もいない」
「それはそうだけれどね」
二人が今いる道には確かに誰もいない。誰かいれば出て来た瞬間に大騒ぎになってしまうのは必定だからこの点では運がいいと言えた。
しかしだった。彼は結局変身することなくそのままの姿で榮一に話をしてきた。その話は。
「例の件だが」
「魂の代償だね」
「そうだ。何度も言うが御前の魂はいらん」
このことはそれこそくどいまでに主張するアスタロトだった。
「というよりかは御前等日本人は魔界に来るな」
「ちぇっ、来世じゃ魔界で面白おかしく過ごそうと思ってたのに」
「それがいかんというのだ」
やはり彼はこんなことを考えていたのだった。アスタロトは彼の話を聞いてやはり、と思った。それもしっかりと顔に出ていた。
「だからいらん。いいな」
「わかったよ」
「わかっていてもいなくてもいらんからな」
とにかくこのことは主張してやまなかった。そのうえでさらに話を進めてきた。
「それでだ」
「それで?」
「話を元に戻す」
強引に話を戻しにかかってきた。
「代償だが」
「何にするの?それで」
「その時計を寄越せ」
先程彼女に説明し今彼が左手に着けているその時計を右手に持っている蛇で指し示した。その蛇はじっと時計を見て目を離さない。
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