フェアリーテイルの終わり方
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閉幕 おとぎ話の終わり方
前書き
父 と 娘
気づいた時、フェイは夜の大きな湖の前に立っていた。
水面の揺れのおかげで湖だけは辛うじて見えるが、周りは真っ暗で何があるか見えない。
(ココ……ああ)
水面に映る自分の全身を見下ろす。手足も髪も目も、〈妖精〉のフェイのままだった。
(やっぱり〈わたし〉の終わりはこの湖なんだ)
フェイは凪いだ気分で納得して、湖に足を踏み入れた。
水を掻き分けてどんどん深い所へ進んでいく。今度は前のように立ち止まったりふり返ったりしなかった。
ここはフェイ一人の世界で、他に誰もいるわけがないのだから。
じきに水位が腰に達する。そんな時だった。
「フェイリオーーーーーーーッ!!」
呼ぶはずのない人の声が、フェイの足を停めた。
『……ガー、ルドガー』
懐かしい声に、ヴィクトルの意識が浮上する。
ヴィクトルが立っていたのは、何もない暗闇の中だった。
『ひさしぶり。元気か……って聞くのも変な感じだね』
「ジュード――」
自分にとっては「最初」の仲間であり、この手で殺して湖に投げ捨てた親友が、すぐ横にいた。
「君がいるということは、ここは死後の世界か?」
〈ジュード〉は苦笑して首を横に振った。
『正確には、生と死の境目。僕がずっと留まってたのも、ココ』
「私も君のように留まって幽霊になるということかな」
『ならないよ。君はちゃんとカナンの地に行って、魂の循環に乗る。むしろ幽霊になるのは――』
闇が少しだけ暗度を落とした。月光が反射するのは、広大な水面。
ヴィクトルはようやく、ここが自分の家の前のウプサーラ湖なのだと理解した。
そのウプサーラ湖の中に踏み入っていく、白い背中。
『フェイリオだよ。分かる?』
「ああ。アレは魂の循環に乗らないのか」
『君が、声が届く内に呼ばなきゃ、そうなるね。そしたら二度と戻って来ないよ。〈僕ら〉の仲間入りだ』
可能性の中に存在しなかったもう一人の我が子。明るい未来への萌しだと、信じて。
『もう解放されてもいいんじゃない?』
「だったら君がアレをカナンの地でも冥府でも導いてやればいい。私は御免だ」
ヴィクトルはフェイに背中を向けて、正反対の方向に歩き出した。
『君がだよ、ルドガー。君もその悲しみから解放されてもいいんじゃない? ってこと』
ぴた。踏み出した足が、止まった。
――二人目の娘。出産によってラルが死ぬと分かるまでは、妻と二人、指折り数えて子が産まれるのを待っていた。確かに、待っていたのだ。
その気持ちは、10年という歳月のどこかで擦り切れて消えてしまった――本当に?
ヴィクトルは湖をふり返る。
フェイはすでに水位が腰に達する位置にまで進んでいた。
走って追っても間に合わない。だから呼ぶしかないのだと自身に言い聞かせ、ヴィクトルは口を開き――
絶対にありえない人が、フェイを呼んだ。次いで、水を掻き分けて進んでくる音。
フェイはひたすら動揺し、狼狽した。呼んだだけではなく、フェイを明らかに追いかけて来ている。
水音がフェイの背後で止まった。
ふり向けない。また冷たい言葉を投げつけられたら。またぶたれたら。その想像に息苦しくなっていっても、もう宥めてくれるジュードはいない。
(だって、だってわたしが殺したんだよ? なのに、来るわけない。来るわけない、来るわけ)
「フェイリオ」
二度呼ばれ、フェイも認めざるをえなかった。今フェイの後ろに立つのは父――ヴィクトルだと。
ふり返った。水面が波立ち、鎮まった。
ダークスーツなのはフェイの記憶と変わらない。ただ、見上げたヴィクトルの顔に、黒い仮面はなかった。外気に曝されている黒い肌と赤い眼――フェイと同じ、赤い眼。
「どうして?」
泣きそうな声で、それしか問えなかった。死んだ後でさえ、ヴィクトルはフェイを憎んで追ってきたのか、という意味を込めて。
「……ジュードたちの下へ行きたい。お前が行き方を知っていると、聞いた」
「え?」
「酷いことをした。今さらジュードたちが私を許すとは思えないが、それでも……謝らなければ、ならないんだ」
「フェイ、が、案内して、いいの? 一緒に行って、いいの?」
ヴィクトルは無言で、フェイと目を合わせた上で肯いた。
涙が零れた。悲しいからではない。フェイは嬉しかった。
初めて父に必要とされた。要らない子で憎い子だったフェイを、父が頼ってくれた。
それだけで、愛されなくても充分だった。
「……だいじょうぶ。こわくないよ。パパは何があってもフェイが守るから」
フェイは涙を流しながら、極上の笑みを浮かべた。
「ああ――じゃあ、連れて行ってくれ。パパの友達のところへ」
返事に替えてヴィクトルの腕にぎゅっと抱きつく。ヴィクトルは振り解かず、空いたほうの手で一度だけフェイの髪を梳いてくれた。
腕をほどく。父と娘は手を繋ぐ。
そして、一組の親子が、湖の底へ共に沈んでいった。
後書き
これにてTOX2二次「フェアリーテイルの終わり方」を幕引きとさせていただきます。
今日までこの作品をお読みくださった皆様。ありがとうございました。皆様の名前がブクマ欄にあること、評価欄にあること、感想を下さったこと、全てが自分を支えて、ここまで連れてきてくれました。
本当に本当にありがとうございました。
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