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季節が君だけを変える

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第一章


第一章

                 季節が君だけを変える
 乾いた空気が支配する冬の午後。その寒く乾いた冬の駅前のバス停の中で一人の少年が立っていた。
 マフラーで首を覆い、さらにコートを着込んでいる。頭の帽子も毛糸でズボンも厚めだ。靴は皮のブーツで外からは見えないが中には毛があってかなり暖かい。見事なまでの冬の服だった。
 この服なら当分外にいても平気だろうと思われる程だった。だが彼はあまり温かい気持ちではなかった。
「遅いなあ、あいつ」
 彼は腕時計を見て呟いた。実は人を待っているのだ。
 彼の名は上西光弘。高校二年生だ。学校ではごくありふれた普通の学生でありこれといって目立ちはしない。普通に学校に通っていてそして普通に彼女がいる。今彼はその彼女を待っているのだ。
 背は高い方だった。しかもスラリとしている。顔立ちは少し彫が深く大人びた顔をしている。帽子のせいでよくは見えないがその髪は茶色がかった黒である。染めているわけではなく地毛だ。
 彼女は同じ学校にいる。しかも一年の頃から同じクラスだ。その縁で付き合っている。彼女と言っても友達の様な関係に近いかも知れない。
 彼女の名を高岡真紀という。彼女には悪い癖があってよく時間に遅れる。この時もそうだった。彼はそれでイライラしているのである。
 待てど来ない。約束をすっぽかしたのかと思いはじめた。たまりかねた彼は携帯を取り出す。それで電話しようとした丁度その時であった。
「御免なさい」
 左から声がした。そこには白いコートと赤地に白と黒の模様のあるマフラーを身に着けた小柄な少女がいた。彼女がその高岡真紀である。
 見れば本当に小さい。光弘は結構背が高いがそれと比べるとそれが実によくわかる。光弘が覗くと頭の天辺まで見えてしまう。そこまで小さかった。
 その背に合わせるかの様に顔立ちも幼い。可愛らしく、眼鏡が実によく似合っている。顔は白くて頬だけがほんのりと赤い。その赤さが童顔をかえって印象付けていた。そんな少女だった。髪は肩を半ば覆っている。黒い髪だった。
「待った?」
「待ったも何も」
 光弘は苦い顔でそれに応えた。
「三十分は遅れているよ」
「御免なさい」
「まあいいけれどね」
 苦い顔のまま言った。
「それよりもさ、わかってるよね」
「ええ」
「映画。早く行かないとはじまっちゃうよ」
「そうよね。楽しみにしてた映画だし」
 今日のデートは映画だ。実は今回は真紀の希望でそうなったのだ。ところがその希望した本人が遅刻してきたのである。話にならないと言えばならない。
 光弘は不満はあったがそれを心の中に閉まって二人で映画館に向かった。歩きはじめると真紀が手を組んできた。
「いいよね」
 光弘を見上げて尋ねる。
「ああ、いいよ」
 彼女と手を組んで悪い気はしない。光弘の手はコートのポケットに突っ込まれたままだったがその手と組んできたのである。
「よかった。遅れてきたから組んでくれないかと思った」
「そんなことないよ」
 いつものことだから、と言おうとしたがそれは止めた。
「とにかく。行こう」
「うん」
「少し速く歩けば開始時間には間に合うからさ。途中からだったらあれだし」
「そうよね。早く行かないと」
 真紀は腕を組んだ後で言う。組むその手には毛糸のミトンがある。白く、ボンボンが先にある紐が付いていた。
「はじまっちゃうわ」
「ちょっと早く歩くよ」
「ええ」
 二人は急ぎはじめた。
「買うものは中で。それでいいよね」
「わかったわ。それじゃあ」
 こうして二人は映画館に向かった。辿り着き、中に入ると丁度今はじまったところであった。
「ドンピシャってとこか」
「そうね」
 二人は暗い映画館の劇場の入り口で言った。
「とりあえず適当なとこに座ってさ。お菓子とか買ってくるから。何がいい?」
「ええと、飴と」
「ふん」
 真紀は話しはじめた。光弘はそれを聞く。
「オレンジジュースとチョコレート。それとクッキー」
「いつもながら多いね」
「だって二人で食べるんだし。それでいいでしょ」
「そうだけれどね」
 真紀は好みも少女めいている。甘いものがとにかく好きなのだ。
「それじゃあ席を決めたら買って来るね」
「ええ、お願い」
 席は結構空いていた。まだはじまったばかりだからだろうか。
 適当な席に座ると光弘はお菓子とジュースを買いに行った。それから席に戻った。
 席に戻るともう真紀は笑顔で映画を見ていた。映画はファンタジーでよくある剣と魔法の話だ。だが内容は結構子供向けである。
「ほら見て、光弘君」
 光弘が席に戻ると声をかけてきた」
「今竜が出て来て」
「うん」
 実は光弘はこうした子供っぽい内容の映画は好きではないのだ。仕方なく付き合っている。だがそれを口に出すことはない。黙って一緒に菓子を食べながら映画を見ていた。
 映画は確かに面白い。だがやはりどうも好きな内容ではない。彼は映画を見ながらちらりと真紀の方を見た。それから心の中で思った。
(何かな)
 最近どうも真紀のそうした子供っぽさに辟易するものがあるのだ。
(何時まで経ってもなあ)
 付き合いはじめてもうすぐ一年半になる。一年の頃からだ。その時から真紀は子供っぽく、天真爛漫だった。今も同じだ。だがそんな子供っぽさにいい加減うんざりするものを感じはじめていたのだ。
 付き合いが長くなってきたからであろうか。倦怠期というやつか。とにかくどうにも真紀との交際を考えずにはいられなくなってきていたのだ。別れようか、こう思ったこともある。
 しかしそれはどうか。真紀は光弘のことが好きなのだ。それなのに自分だけが思っているからと別れるのもまた嫌だった。それでもその子供っぽさにうんざりしだしているのも事実だった。どうしようか考えていた。そしてあれこれと考えているうちに時間だけが過ぎていく。この時もそうであった。
 映画は気が付けば終わっていた。何かあっという間だった。
「面白かったね」
 真紀は屈託のない顔で光弘に声をかけてきた。お菓子もあらかた食べ終わり映画館を後にする時だ。
「まあね」
 光弘はやや無表情にそれに応えた。
「あんなものかな」
「すっごい迫力あったし」
「うん」 
 それはそうだがどうも陳腐な演出に思えた。
「主人公も格好よかったし」
「それはね」
 だがどうにも動きが激しいだけだった。演技に荒削りな部分が多かった。
「ヒロインも綺麗だったし」
「本当にね」
 綺麗は綺麗だがあまり光弘の好みではなかった。やはり子供っぽかったのだ。
「ビデオになったらまた観るわ。その時私のお家に来て」
「いいの?」
「ええ。だって皆いるし」
「そうだね」
 これもまた嫌だった。何が楽しくて恋人の家族と顔を合わせなくてはいけないのか。どうにも気まずくなるだけだった。けれど真紀はそんなことには気付かない。まるで友達を紹介するような感覚なのだ。そこがやはり子供っぽいのだ。

 
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