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クルスニク・オーケストラ

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第六楽章 呪いまみれの殻
  6-2小節

 クラン社の正面玄関前は、そのままセレモニーが開かれることもあるくらい広い。その広い玄関前の両脇には花が均等に並んでいます。
 このお花、実は造花じゃなくて、対策室の女子社員の一人が植えた生花なんです。

 今日の朝の始まりは、その子の花壇のお世話をすることにしましょう。

 じゃじゃーん! ちゃんと持ってきましたわよ。花壇のお手入れ用の軍手とバケツ。
 髪は邪魔にならないように両サイドの三つ編みにしてきました。

 さ、後はどうぞご存分に。《キアラ》。

「《ありがとうございます、ジゼル補佐。ふふ、うれしいなあ。久しぶりの土いじり》」

 手が花がらを拾ってはバケツへ入れる。ちなみにこれ、わたくしの意思での動きじゃありませんのよ。これはさっき言った女子社員の《レコード》を再生してるせい。

 《レコード》再生中、つまり今まで取り込んだ死者の皆さんの記憶に身を委ねている時は、意識はあるのですけど、体の使用権は《レコードホルダー》にありますの。

 にしても、この花がら拾い、地味ですね。景観的には落ちた花びらは片付けるべきですが。
 彼女が定期的にやってくれていたのを、《レコード》を取り込むまで知らなかった。

 いつもありがとう、《キアラ》。

「《そんな。私が好きでやってることですから。むしろこういうのやってる探索エージェントなんて、ちょっと申し訳ないっていうか……》」

 硬くなった茎を千切ってこれもバケツにポイ。こうしないと突風で折れてしまうんですって。物知りね。

「《私なんか齧ってるだけですから》」



 そして一時間後。花壇のお手入れ終了ですわ。

「《あー、さっぱりしたー》」

 それは何より。《キアラ》はわたくしの体で伸びをして、みつあみにした髪をほどいた。わたくしの髪はキューティクルが強いから、数時間結った程度では跡が残らない。

「《今日もありがとうございました。お返しします》」

 手を、握って、開く。うん、わたくしの自由意思で動けるように戻ったわね。

 っと、だからってゆっくりしてる暇はありませんわ。まだ消化すべきスケジュールはたくさんありますもの。

 向かうはトリグラフ中央駅。今日もちょっこり遠出しますわ。

 《レコードホルダー》をたくさん抱えるわたくしは、やれあっちへ行けこっちへ行けと脳内会議がうるさいんですの。おかげで意に添わずアグレッシブになってしまいました。

 券売機の前に立って――立ち尽くした。
 ……これ、どうやってやるんでしたっけ。

「ちょっとあんた。買わないならどいてくれよ」
「あ、すみません。今どきます」

 バッグを持って素早く列から抜けた。困りました。切符の買い方が分からなくなってる。
 仕方ありません。窓口で買いましょう。すみませーん。

 最近多いのよね。こうやって日常のちょっとした動作が、すこーんと頭から落ちて無くなること。

 代金を払って切符を受け取る。列車は、ええと改札を抜ける時に切符を入れる。うん、これはまだ覚えてますわ。

 列車に乗って、適当な座席に腰かける。目指すはディールです。




 ディール駅で降りたわたくしは、真っ先に駅のコインロッカーを目指しました。次の《レコードホルダー》に必要な物はいつもここに預けてありますの。

 その「必要な物」を入れたギターケースを持ってお手洗いへ。
 ギターケースから出したニット帽を被って髪を全部入れる。帽子の上からゴーグル。フィットネス用の本格的な品ですよ。テレビ通販で紹介されたのを買いましたの。

 このくらい人相を隠さなきゃ。わたくしだとバレたら会社で恥ずかしいじゃないですか。

 さて。これで準備は整いましたから、後は次の《レコードホルダー》に任せましょうか。

 ちょっと怪しい風体でも気にしない。駅からディールの広場へ直行です。うん、ここはいつでも人でいっぱいね。

 《レノン》、もう出て来てよくてよ。

「《待ってました! きーてください!》」

 勢いよくギターをケースから出して、弦を掻き鳴らすピック。――いつやっても不思議なものね。わたくしができないことを、わたくしの体がスムーズに実行するのは。

 わたくし、音楽はクラシック派ですのよ? それが、彼の《レコード》が宿って以来、週一でギターを弾かないと二の腕がわきわきするようになってしまいましたの。



 ――こんなふうに、《レコードホルダー》がやりたいことをやらせてあげるのが、わたくしの休日。わたくし自身のための休息日なんて、何年取っていないことやら。

 でも《これ》だって自己満足じゃないって言い切れませんの。記憶だけ覚えて、後の《レコードホルダー》の思案など無視すればいいと、ユリウス室長もリドウ先生もおっしゃいます。

 でも、できないんです。
 だって、今はこんな形でしか、彼らが生きた証を残せないんですもの。 
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