クルスニク・オーケストラ
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第三楽章 泣いた白鬼
3-3小節
――わたくしたちはクルスニク。分史世界の壊し方は、血が知っている。
だからかもしれません。ルドガー君はわざわざ骸殻に変身して、時歪の因子である《ローエン》閣下に槍を突き立てた。
穂先で割れる黒い歯車。
そして割れる、世界。
少しのブラックアウトを置いて、わたくしたちは正史世界に戻っていました。
――分史世界を知らないはずなのに、彼は的確に骸殻を使っている。社長のお望み通りの、クルスニクの力を発揮してる。
そろそろ社長からお声がかかるかもしれません。そうなればわたくしはお役御免ね。
申し訳ありません、室長。弟を頼むという約束、途中で投げ出すことになりそうです。
「人間が消えるはずがない!」
「探せ! どこかに隠れてるはずだ!」
「!! い、今何をした! 精霊術ってやつか?」
「やっぱりリーゼ・マクシア人は化物だ!」
……できれば忘れていたかったですわ。正史世界ではブラートは健在なんでした。感傷に浸る暇もありません。
「そこまでだ」
え?
ブラートの後ろに立ってらっしゃる方……イルベルト閣下? ここは正史ですから本物で間違いありませんが、もう一人の男性はどちら様?
わたくしが疑問に首を傾げる間に、男性のほうが長い刀を抜いてブラートの一人に突きつけた。
……速かった。室長と同じかそれ以上。こんな実力者が野にいらしたなんて。
「一つ教えてもらおう。アルクノアは何故、源霊匣の素材を集めている?」
「ぐ……源霊匣の暴走を、テロに利用するんだ。力を利用した上に、その危険さをアピールできると……」
「なるほど。策としては悪くない」
男性は長刀を引いて鞘にお納めになりました。
「殺さないのか……?」
「俺は化物ではないのでな」
ブラートはアリの子を散らすように逃げて行った。この街はリーゼ・マクシア人への反発が特に強いですから、当然の反応といえばそれまでですが。
一朝一夕にはいかないものですわね。わたくしだって《レコードホルダー》が頭の中に棲んでいて、リーゼ・マクシア人の正しい知識がなければ、リーゼ・マクシア人は不気味な存在と誤解したままだったでしょうし。
「ありがと。ローエン。ガイアス」
ミス・ロランドがローエン閣下ともう一人の男性に明るく歩み寄る。
思い出した! リーゼ・マクシアの黎明王ガイアス。二国に別れて長年争っていたリーゼ・マクシアを統一した初代王君。
「アーストだ」
「え?」
「今の俺は、一介の市井の男。ゆえにアーストと呼んでもらおう」
「エレンピオスの民衆の声を知るために、お忍びで行動されているのです」
「エル、王様ってはじめて見た!」
「《待てよ。本当の王様とは限らないぞ》」
あ、こら! 許可なしに人の口を使うんじゃありません!
「えー。ジゼル、うたぐり深いー」
「《王様のクセによそんちの場末の町をウロチョロしてんだ。疑うのがマトモな感性だろ》」
「信じる信じないは自由だ。それに、今の俺は、ローエンの言うように市井に紛れて行動している。王として扱われずとも構わん」
「《おー、心広い。んじゃお言葉に甘えて。ヨロシク、アーストさん》」
「それでいい」
「――意外と子供っぽい拘りがあるのですよ」
「何か言ったか」
「いえいえ」
ほっ。よかった。誰も変だと気づいてらっしゃらない。
薬を増やしたせいかしら。最近は体のコントロールをこうして奪われることが多い。かといってこれ以上薬の量は減らせないとリドウ先生もおっしゃったし……
わたくしの気の持ちようでどうにかするしかありませんわね。
「――ジュード」
「分かってる。落ち込んでる暇があるなら、源霊匣を完成させる努力をするよ」
「それでいい」
Dr.マティスは決然と肯かれました。……たった16歳の少年がその双肩に背負った世界は、どんな重さでしょう。
「そういう訳で、お供させていただいてよろしいでしょうか?」
「構わないよ」
ルドガー君、相手はVIPなのですから、失礼のないようにね。
「では改めて。ローエン・J・イルベルトです。以後お見知りおきを」
ローエン閣下がルドガー君に手をお出しになる。ルドガー君は応えて握手した。
ローエン閣下はわたくしにも手を差し出されたので、わたくしも握手させていただいた。
後書き
皆様も徐々にジゼルの「異変」に気づいてきているかもしれませんね。
時々まるで他人のように振る舞う彼女。(そういう時には《 》で表現しておりますが分かりますでしょうか?)
実はこれにもちゃんと理由があるんですよ。
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