クルスニク・オーケストラ
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第三楽章 泣いた白鬼
3-1小節
わたくしは、ルドガー君、エルちゃん、Dr.マティス、猫さんと一緒に、マクスバードで駅に降りました。
プラットホームを出ると、強く吹き付ける海風と、それに乗った潮の香り。
……やっぱり何度来ても慣れないわね。生のままの自然のニオイというのは。
さて、と。「ユリウス」を探す人物、というのはどちらかしら?
~♪ ~♪ ~♪
と、この着信音。すみません、ちょっと抜けますね。
ルドガー君たちから充分離れてから電話に出る。
「ごきげんよう、ドミニク。首尾は?」
アーチの下の柱の一本の陰に同僚を発見。目線だけをやって、彼が気づいたところでニコリ。
お疲れ様、ドミニク。ルドガー君の監視、一緒に頑張りましょうね。
『「ユリウス」を探す人物には目星が付いています。今コンテナ近くにいる、黄色いジャケットにキャスケットの女子です』
「怪しい動きや、室長と接触するような気配は」
『ありません。どうもその人物、その……猫を探しているようで』
ねこ?
聞き返す前に、コンテナ群の前から、白猫を抱えた少女の歓声が聴こえた。
「ユリウス、げっと~!」
え!? ……ああ、びっくりした。猫さんのお名前ですか。まあ、室長もリドウ先生も人気者ですからね。ペットに同じ名前を付けるなんて珍しい話でもありませんわ。
「……顛末は分かりましたわ。一度彼らと合流します」
GHSを切ってホルスターに戻してから、ルドガー君たちに歩み寄った。
「『ユリウス』を探す人物、って、レイアだったのかぁ」
「助かったよぉ。ウチのスポンサー様の猫なの。えっと――」
「ルドガー。ルドガー・ウィル・クルスニクだよ。こっちはエルと、ルル。よろしく」
「ジゼル・トワイ・リートですわ」
「わたし、レイア・ロランド。よろしくっ」
「レイアは、猫を捕まえる人?」
「ちーがーうー! 新聞記者! 真実を追求する、誇りある仕事なんだから」
元気なお嬢さんですわ。記者というのは得てしてエネルギッシュですが、この方のバイタリティはそれらを上回っている気が致します。
Dr.マティスがミス・ロランドに、ルドガー君の周辺事情をざっと説明なさる。
「また面倒に巻き込まれてるんだね。――行こ! ドヴォールに腕利きの情報がいるの。わたしの顔で繋ぎつけてあげる」
「レイア、頼もしいー!」
この歳で情報屋を生業とする人間とコネクションがあるなんて。ミス・ロランド、案外侮りがたい記者かもしれ……
いっけない! ドヴォールに向かうのなら、あちらにも監視を配置するように指示を出さなくちゃ。
えーと、ドミニクのGHS番号は、と――
――――。
「どうかしましたか? ジゼルさん」
「……Dr.マティス、申し訳ないのですが、そのう……GHSの電話帳の呼び出し方って、お分かりになりまして?」
「分かりますけど。ジゼルさん、ひょっとしてGHSが苦手?」
「お恥ずかしいのですが……」
「いいですよ。ちょっと貸してくださいね」
リーゼ・マクシア人にGHSの使い方を習うなんてとっても複雑ですわ。うう、何でよりによって今、ど忘れしちゃったのかしら。物忘れがいつものこととはいえ。わたくしの脳みそのおたんこなすっ。
電話帳に画面が切り替わったGHSを返していただく。
ちょっと離れて――柱の陰にいるエージェントに発信です。
『はい』
「ジゼルです。今から対象がドヴォールへ向かいます。ドヴォールにはエージェントを配置していて?」
『いいえ。こことヘリオボーグのみです。手配しますか』
「お願いします。面倒をかけてごめんなさいね」
『お気になさらず。仕事ですから。誰を行かせますか? ドヴォールなら、ウチの班のジャックが出身なので詳しいですが』
「まだ因子化の皮膚発症はない?」
『ありません』
「では彼を行かせてちょうだい。合流はしないので現地での判断は彼に任せると伝えて」
『了解、補佐』
「ありがとう。レイア様の監視、ご苦労様でした。帰社して報告書をまとめたら、上がってくれていいわ。リドウ室長には、わたくしがそう言ったと伝えて」
『ありがとうございます』
通話を終えてGHSを背中のホルスターに入れ直す。
ふう。この分じゃいつかGHSの使い方そのものまで忘れそうね。
「電話おわった?」
あら、エルちゃん。
「ええ。終わりましてよ。お待たせてして申し訳ありません」
「じゃあ早く行こ! みんな待ってるよ」
「はい。参りましょう」
愛想が良く見えるように笑う。
笑い方は、何をどれだけ忘れても、きっと最後まで残ってる。
エルちゃんの後ろを付いていってルドガー君たちと合流する。
「お待たせしました。参りましょう」
「急かして悪い」
いえいえ。これも仕事の内ですから。
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