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クルスニク・オーケストラ

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第二楽章 トーク・オン・トレイン
  2-1小節


 その女はスカートを両手で摘まみ上げ、貴族の令嬢じみたお辞儀をした。

「分史対策室()()エージェント、ジゼル・トワイ・リートと申します。以後お見知りおきを。ルドガー様、エル様、Dr.マティス」

 …

 ……

 …………

 ………………

 ルドガー・ウィル・クルスニク、トリグラフ中央駅にてGHSを券売機のリーダーに当てる。

 ……こんな観察データを送られたんじゃ前処理のヴェルも面倒だろうけれど、許してね。今のわたくしは社長命令でルドガー君ウォッチャーなのよ。
 ちなみにコレ、このレースのナプキンを留めたブローチ。これが隠しカメラですのよ?

 券売機のディスプレイに行き先と料金と券種が表示された。ごくごく日常的な機械の動作なのですが、ルドガー君には息を詰めるほど緊張し、大きくため息をつくほど安心するものだったようです。

 ルドガー君が購入したのはマクスバード行、大人一枚、子供一枚、ペット持ち込み券。3枚の切符を取ってルドガー君は券売機の前から離れました。

「ちゃんと移動制限解除になってるね」

 列を抜けたルドガー君に声をかけたのは、先に切符を買って待っていたDr.マティスことジュード・マティス少年。

「ああ。これでまたエラーだったらどうしようかと思った。はあ~」

 かわいそうに。借金を仕組んだのはわたくしたち(正確には社長とリドウ先生)なのですが、良心がキリキリと痛みますわ。

「……すっかりトラウマになっちゃったんだね。気持ち分かるなぁ」
「そう言ってくれんのジュードだけだー!」

 ルドガー君はDr.マティスに抱きつきました。身長差がかなりある二名ですので、ほとんどルドガー君がDr.マティスに寄りかかる形ですわ。Dr.マティスは苦笑して年上のルドガー君の背中をポンポン。――猛者ですわ。

「オトコのユージョーってむさ苦しいね、ルル」
「ナァ~…」

 エルちゃんと猫さんが男子の熱いハグにクールな評価。
 きっとこの子は将来、旦那様を尻に敷く恐妻になるでしょうね。

「全員切符は買いましたわね。では出発いたしましょうか。マクスバードでよろしかったですわよね」
「ああ。――悪いな、ジゼル。仕事とはいえ、あれもこれも頼り切りで」

 わたくしの今の仕事はルドガー君のサポート。
 効率よく借金を返せるよう、クエスト斡旋所を勧めたのはわたくし。
 取れ高のいいモンスターがどの街道・間道のどこに出やすいか、《過去の経験値》を活かしてナビゲートさせていただいたのもわたくし。
 エルちゃんとルドガー君の同居に当たってオンナノコの生活用品を買いに行くのを手伝ったのもわたくし。

 ここまですればそろそろ彼の警戒も解けたでしょう。

 貴方の観察がわたくしの任務ですから、できるだけ貴方の近くに居る必要があるんですの。
 ……なんて、舌を抜かれても口にはいたしませんけれどね。

 ルドガー君とDr.マティス、エルちゃんと猫さん、そしてわたくしが列車に乗り込みました。
 段差に躓くと危ないからと手を差し出してくれたルドガー君。……やりますわね。さすがあの室長の弟さん。

 適当な客席に落ち着いたところで、ちょうどアナウンスが始まりました。


 ――ピルルルルルルルルル。本日は当駅をご利用いただきまして誠にありがとうございます。当列車は今からマクスバード中央駅に向かいます。お乗り間違えのないようご注意ください。くり返します……――


 最初は小さな音。ゆるやかに車窓の外の景色が後ろに流れ始める。その景色がただの横線の連続になる頃には、大きな振動と駆動音を起こして列車は本格的に走り出した。

 するとエルちゃんは猫さんをぎゅうと抱いて、白黒の毛並みに顔を埋めました。

「どうした、エル。辛いか?」
「へ、ヘーキだしっ。エル、こわくなんかないもん」
「怖いんじゃないか」

 そういえばエルちゃんはルドガー君やDr.マティスと一緒にテロの現場にいたと聞きました。
 可哀想に。この歳でテロの現場なんて見てしまって。わたくしも色々と()()ほうですが、それでも、エルちゃんが可哀想だという事実に変わりはありません。

「大丈夫だよ、エル。僕もルドガーもジゼルさんも付いてるから」
「Dr.マティスのおっしゃる通りです。全力でお守り申し上げますわ、エル様」
「……ん」

 エルちゃんの小さな肩の強張りがほんの少し緩んだ。よかった。 
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