クルスニク・オーケストラ
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第一楽章 嵐の後の静けさ
1-1小節
ドヴォールの路地裏を、傷を庇いながら歩く。
ビズリーを仕損じたのは痛いが潮時だった。ここで列車から飛び降りなければアスコルドに突っ込むところだった。
路地裏、進行方向に、影が躍り出た。もう追手をかけたのか!
「室長。ジゼルです。お分かりになりますか?」
――ジゼル?
何だ、お前か。脅かさないでくれ。ただでさえ過敏になってるんだ。うっかり斬り捨てるとこだったぞ。
気が抜けて壁に凭れる。ずるずる崩れ落ちる俺を、ジゼルは支えになって座らせてくれた。
「ひどいお怪我……リドウ副室長が用意したアルクノア兵はそんなにたくさんでしたの?」
「数は多かったが一人一人は大したもんじゃなかった。ただ、ビズリーとやり合った」
「っ! 社長と、ですの? そんなこと、室長、一言も」
「ああ。偶然だ。本当は鉢合わせる前に脱出したかったんだが――弟が、乗っていてな」
そんな顔をするな。お前はこの程度で泣くほどの殊勝なタマじゃないだろう。
……いや、ちがう。《これ》はジゼルじゃない。例の《症状》だ。その証拠に、いつもは赤から青紫へのグラデーション・アイが、全部赤く染まっている。
ジゼルの《顔》が完全な別人――泣き出す一歩前のか弱い乙女になった。
「《でも、室長がご無事でよかったですっ》」
抱きつかれた。誰か、までは分からないが、ジゼルでないことは分かる。
ふと泣きそうな乙女の《顔》が消え失せ、生意気な女の《顔》に変わる。彼女は赤く焼ける空と濛々と上がる煙を見上げた。
仄かな火の光が、彼女の横顔と、腰より長い黒髪を照らした。
「《ニュース拝見しましたよ。あれ、室長が犯人ですか?》」
「まさか」
「《そっすよねー。室長がやんならこーんな分かりやすい証拠残るわけねっすよね》。《うるさいわね。聞いてみただけでしょ》」
ちゃらけた男の《顔》と生意気な女の《顔》が入れ替わり立ち代わり。
ジゼルの目に青紫色が戻った。ジゼルは彼女自身の顔でにこりと笑った。
「リドウ先生は失敗でした。今回の件で社長が動きます。弟さんをこちら側に引き入れるおつもりです。室長の捜索、という名目で。わたくしも監視兼サポートを命じられましたわ」
「ルドガーを……やはりあそこで鉢合わせたのはまずかったな」
「《ええ。室長らしからぬミスでしたね》」
今度は生真面目な男の《顔》。
応急処置が終わる。壁を伝って立ち上がると、元の《顔》に戻ったジゼルが、逆の肩に腕を回して歩く補助に回った。
「どこへ行くんだ」
「街のバーへ。今回の失敗も踏まえて、今度の《わたくしたち》の方針を話し合いましょう」
裏路地を歩いてバーに向かう。できるだけ人気のない路地を選んで進んだのはジゼルなりの配慮だろう。こういう濃やかさに救われたことは何度かあったな。
しばらく行って、ジゼルが言ったバーらしき店の入口前に着いた。
ジゼルはGHSを出した。誰かにメールしているようだった。メールの返信が返ってから、ジゼルは俺を促した。
いや、肩はもういい。時間はあったからもう自力で歩ける。
そう告げると、ジゼルは安堵を浮かべた。
二人でバーに踏み込む。カウンター席にいた先客を認めるや、「げえ」と言いたくなった。
よりによってその先客が、俺の腐れ縁の天敵、リドウ・ゼク・ルギエヴィートだったからだ。
「よう。すっかりイイ格好じゃないか、ユリウス。男前度が上がったぜ?」
無視しろ、無視。自分に言い聞かせて適当なボックス席にどかっと座った。
「リドウ先生。ご自身もあまり人のことはおっしゃれないのではありませんの?」
「俺はマイナスよりデカいプラスポイントがあるからいーの」
何だそりゃ。いやいい、言うな。どうせ俺にとってはろくでもないことに決まってる。
「んじゃユリウス、上脱げ」
「はあ?」
「どうせその下ボロボロなんだろ。治療してやるから脱げって言ってんだよ」
「要らん。余計なお世話だ」
「俺の職業言ってみ」
「分史対策室副室長」
「残念。お前の失脚のおかげで明日から室長でーす」
こいつ、ムカつく。
「じゃなくて、表の」
「……医者。ないし、医療部署トップのドクターエージェント」
「医者が目の前で死にかけてる患者発見して大人しく死なせてやると思う?」
「思わない……」
こいつムカつく…!!
ええい。こうなったらもうさっさとすませて、リドウが優位に立つ状況を終わらせてやる。そのためにも。
「おー。豪快な脱ぎっぷり。さすがクラウンはそこらの男とやることが違うね~」
「頼むからお前息するな」
隣のボックスでこっちに背を向けて座るジゼルが、隠しもしないで笑った。
「手当てが終わりましたら反省会をいたしましょう。《わたくしたち》のこれからの大事なお話を」
後書き
オリ主の名前、本当は「シゼル」にしたかったのですが、過去のテイルズに同じ名前のキャラがいたので、泣く泣く「ジゼル」に変更しました(T_T)
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