ソードアート・オンライン 幻想の果て
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二話 コミュニティ
少年が息を吐いてランスを背に掛けるとゲームシステムに戦闘終了が認識されたのか目の前に今の戦闘で取得した経験値、コル、ドロップアイテムが表示されたリザルトウィンドウがポップアップする。それを確認しながら空いた右手の指でウィンドウの端に触れておく、通常この表示は出現してから十数秒放置すると消えてしまうのだがプレイヤー本人がこうしていると触れている間だけ持続させることができた。
「シュウ、お疲れ」
突撃槍使い、シュウにパーティーメンバーである二人が歩みよってくる。囮を務めた今の戦闘に対するねぎらいを口にしたのは額を覆うサークレットが特徴的な片手剣使いのトール。腰の鞘にブロードソードを収めた彼もシュウ同様にリザルトの表示枠を指で押し固定していた。
「初動グッジョブだったぜ、おかげさまで楽勝~」
肩に大剣をかつぎながら意気揚々とやってくるのはリーダーゴブリンに止めを刺した両手剣使い、アルバートだ。染色アイテムで髪を赤く染めており寝癖のようにあちこちがはねた髪型もあいまって活発そうな印象が目立つ少年は仲間二人の行動を見て思い出したように目の前のウィンドウに触れて表示を継続させる。親しい人間からはアルバと呼ばれる彼のそそっかしい動きにシュウとトールの口元に微笑が浮かぶ。
「お前たちが一撃ずつで決めてくれるようになったからな、こっちも多少は大胆な真似ができる。……エルキンさん、いるかな?」
「ああ、ここにいるよ」
隠蔽スキルでも使用していたのか、シュウの呼びかけに何も無いように見えた辺りの木陰から滲み出るように壮年の男の姿が現れる。SAOのプレイヤーであるのは間違いないが黒を基調とした衣類しか見に纏ってはおらず武器も後ろ腰にあるショートソード程度だ。
「それでは確認させてもらうね」
男、シュウらと同じく中層で活動しているプレイヤーの一人であるエルキンは三人の前に浮いているウィンドウを覗いて回ると感嘆の息を漏らす。
「三体でこの経験値か……」
エルキンが注目していたのはその経験値量だ。バーグラー・ゴブリンは常に三体がまとまって行動し連携して攻撃を行うという習性故か、一匹から得られる経験値が個体の強さの割りに高い。それだけに上手く狩ることができればいわゆる「おいしい」モンスターとなるのだ。
「六十五層のモンスターとはいえソードスキルを使うリーダーを真っ先に潰せばそう厄介な相手ではありません、安全マージンに届いていなくても三人以上のパーティーを組んでいれば狩ることは難しくないと思います」
「リポップの間隔も丁度良いくらいだろう、群同士もあまり近い位置に寄らないようだからリンクする危険性も低い」
「ただこいつら名前どおり強奪スキル持ちだからな、うっかり武器落っことしたりしないように注意しといた方がいいぜ」
トールによる丁寧な口調での説明をシュウとアルバが補足する。エルキンはそれらに首肯を返しながらアイテムストレージから羊皮紙のように見えるフリーメモ・ペーパーをオブジェクト化させ書きとめていった。
「よし、助かるよ、これなら皆の平均レベルを底上げできる。早速今夜の集会で通達しよう――私はこれで戻るが君達はどうする?」
メモをアイテムストレージに収納し尋ねるエルキンにシュウ達は顔を見合わせると、言葉を交わさずにうなずき合い、トールが代表して答える。
「俺達はもう少し狩りを続けてから戻ります、明日からここは少し使いづらくなりますしね」
「そうか、すまないな。……今夜の集会には顔を出してくれるんだろう?礼金はその時にしよう、では」
一瞬浮かべた申し訳なさそうな表情をすぐに引き締めるとエルキンはこの層の主街区のある方向へ歩み去った。
「……送っていかなくてよかったかな?」
「大丈夫だろう、あの人レベルは低くないし索敵と隠蔽のスキルはマスター近いはずだ」
主街区はすぐそこだしな、と付け加えシュウは辺りに視線を巡らせる。そろそろ先ほど倒したゴブリン達に代わる一団がリポップする頃合だった。索敵スキルを働かせ周囲の気配を探るその姿にトールとアルバ、二人の意識も臨戦態勢に移行する。
「集会もあることだし、夕刻までには帰れるぐらいにしておこう。いいかな?」
「ああ」
「了解~」
そうして三人は森の奥へと踏み出していく。茅場晶彦によるデスゲームの開始宣告が為されてから一年と七ヶ月が経ったこの剣の世界、二千人ものプレイヤーが命を落とす中、少年達は剣士として未だ生き続けていた。
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アインクラッド四十ニ層、石造りの建築物が立ち並ぶ主街区《フェルゼン》、陽も沈みかけ夕焼けの色に包まれつつあるその街の一角にあるプレイヤーショップ。軽食屋兼酒場として経営しているその店に二十人以上のプレイヤーが集まっていた。六十五層で狩りをしていたシュウ、トール、アルバの三人もカウンター席に陣取り集まった他のプレイヤー達と同じように照明が落とされ薄暗い店フロアの奥に視線を注いでいる。
視線の集まる先では白のシャツに黒いジャケットというバーテンダー風の衣装を身につけたエルキンがテーブル上に置かれた《ミラージュ・スフィア》と呼ばれるアイテムからアインクラッド各層の立体マップを空間に投影させながらプレイヤー達に向けて様々な情報を、時折投げられる質問に返答しつつ語り伝えていた。
上層で通用し得る装備の原料となる素材アイテムのドロップ情報、実入りの良いNPCから受けれるクエストの流れ、レベリングに効率の良いモンスターの詳細。シュウ達が話したバーグラー・ゴブリンの情報なども語られていく。
「……このゴブリンの主な出現地である《アウトローズ・フォレスト》は六十五層の主街区から目と鼻の先にあり、六十程度のレベル帯でも比較的安全にレベリングできる、少人数パーティー推奨モンスターと言えるだろう。利用したいパーティーがあれば、閉会後別に私の所まで集まってくれ、広範囲のエリアなので大丈夫かとは思うが利用範囲が噛み合わないよう調整したい」
その言葉にパーティーを組んでいるのだろう同じテーブルに腰掛けている者同士でささやき交わすグループがいくつか見られた。語りを終えたのかエルキンは《ミラージュ・スフィア》に触れ立体マップを閉じると店内を見回す。向けられるプレイヤー達の視線から質問の類が無くなったことを読み取ると手元で開いたメニューから操作し、店内照明がオンになり明かりが点る。
――ソードアート・オンラインの世界が開かれてから一年半、攻略組と呼ばれる最前線で階層を繋ぐ迷宮区に挑み続ける人間達の手によりアインクラッド百層の内、既に六十九層が踏破されていた。ギルドという形をとらずに相互補助の関係を築いているこのコミュニティに参加しているのはアインクラッド攻略の意思がありながらも各人様々な事情により彼ら先達から一歩遅れてしまった、俗に中層プレイヤーと呼ばれている者たちだ。
「それではこれで閉会とする。皆、一日も早いクリアのため、攻略組に追いつけるよう頑張ろう!」
エルキンが閉めの挨拶として語った、この場に集った者たち共通の目標であるその言葉の実現のため、一刻も早く攻略組に加われるよう彼らは日夜効率的なレベリングや装備の強化に打ち込んでいた。
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