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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第三話『今日は電話に出て下さいね』

 
前書き
いよいよ攻略開始……のはず。 

 
2010年5月11日。午前8時50分。

朝のホームルームが終わり一時限目までのちょっとした休み時間。
俺は彼女、一之江瑞江から離れた場所で多くの人に囲まれるその姿を眺めていた。
憑依する前の俺なら喜んで転入生に近づききっと今頃、『転入生質問攻め大会』の司会とかやってたんだろうな。
転入生に近づく奴らを見つめながら思う。
(何が楽しいんだ?女子なんかに進んで近づく奴の気持ちなんかよくわからん)

「珍しいね?美少女だよ?」

珍しい物を見るような顔で近づいてきた美少女がいた。
仁藤キリカだ。

普段なら俺(一文字疾風)と同じように司会をやっている筈なんだが何故か俺の方にやってきた。

「……ちょっとな」

キリカは心配顔で俺を見つめる。

「なんとなく、近寄り難い空気というか、なんと言うか……」

「それを突き崩すのがモンジ君だと思ったのに」

「……一体キリカは俺に何を求めてんだ?」

前の俺、一文字疾風は何をやってたんだ?

一之江瑞江の方を見てみると、普通にアランやクラスメイト達と会話していた。
その顔は常に無表情ではあるものの、質問や会話にはちゃんと丁寧な返事をしていた。
無口そうな見た目に反して、普通に社交的な感じだ。
(レキみたいに人見知りなタイプなだけか?
いや、でもそれならさっきの殺気は一体……)

「もしかして、具合悪い?」

考え事をしているとキリカが心配そうに聞いてきた。

「あー、実はそうなのかもしれないな」

実際、胸の辺りがひりひりと痛む。先程の携帯発火事件のせいでちょっと火傷を負ったみたいだ。
確認したが携帯(Dフォン)にはどこも異常はなかった。
突然発火した理由や原因は分からないままだ。
あんな風に今後も突然熱を持つ時があるなら、ちゃんとしたケースを買うなりした方がいいのかもしれないな。面倒だが今日の放課後にでも家電量販店に行くか。

「一緒に保健室行ってあげようか?」

「……遠慮しておく」

キリカみたいな美少女と二人で保健室に行くとか、そんなヒステリア地雷はいらん。

「そこは喜ぶシーンだよ?
うーん、やっぱりなんかいつもよりノリ悪いね……先輩と何かあった?」

「なんでそこに先輩が出てくんだ?」

昨日の放課後にしてしまったヒステリアモードの事を思い出してしまった。
街中でのお姫様抱っこ。柔らかかった先輩の身体……。
ドキッとしつつ、キリカに対して強めに反応してしまう。

「キリカ、いいか。誰に何を聞いたのかは知らんが昨日のアレはただの誤解だ!」

なんか、浮気がバレた夫や彼氏みたいないい訳だな……キリカは奥さんとかじゃないが。

「あはっ。なんだか浮気がわかった夫を問いただす奥さんと浮気がバレた夫みたいな感じだね!
でも、そっか、そっか。やっぱり昨日何かあったんだ」

言った後に気づいた。
これは嵌められた、と。
誘導してワザと挑発し相手の情報を得るやり方。昔、理子とかかなめ相手にやられた気がする。

「ナニモナカッタ、ゾ」

「棒読みだよ、モンジ君。
でもよかったよ。そうやって反応する元気があるなら、私も安心かな」

キリカの気遣いが身に染みた。こいつは 本当に気遣いができる。キリカは理子と似ているがこういったところはリサ、白雪、ワトソン君ちゃんにも似てるかもな。

それにひきかえ、アランの馬鹿は一之江瑞江の方に向きっきりだ。あいつに何かあっても助けてやる事はないな。
……と、その時。一之江瑞江がアランや他のクラスメイト達から視線を逸らして。

「……」

冷ややかな視線で俺を見た。
偶然……ではない。
チラ見する度に、俺と一之江の視線は何度も重なったのだ。
つまり、一之江は俺をしょっちゅう見ている、という意味でもある。

「……なんかおイタしたの?」

こんなに俺を見つめてれば、キリカだって気づくだろう。
そっと小声で尋ねるキリカに、俺は渋い顔しか出来ない。
(何だ?一之江、お前は何か知ってるのか?)

「いや、した覚えはないな……今は」

と言ってしまってから気づいた。
失敗したな、と。

「今は、って事は昔なんかしたの?」

キリカが目を見開き、驚いている。
不味い。これは大変不味い。
誤解を解かなくては俺は、先輩をお姫様抱っこして街中を走った挙句、隣町に住む美少女転入生にもちょっかい出していた最低男という大変不名誉な名が付くかもしれん。
武偵高時代に『たらし』、『昼行灯』、『根暗』とか呼ばれてたみたいにな……。
まあ、全部間違ってると言えない辺りが不運に定評のある俺らしいが。

「いや……してない」

嘘は言ってない。
今の一文字疾風である俺は何もしていない。
俺が憑く前の一文字疾風が何かしらのおイタをしていてもおかしくはないがな。
少なくても今の俺は何もしてない。

「ふーん、ま、いいや……」

キリカは納得はしてないけどこれ以上踏み込まないよ、的な感じの眼差しを送ってきた。
助かる。
憑依の事は結局誰にも相談していない。
原因も分からないし、相談したところで相手を困らせるだけだしな。

(それより今は一之江の事だ)

一之江がさっき言った言葉。

『どうして、電話に出なかったのですか?』

……あれは、どういう意味だ?
俺がその言葉に心当たりがあるのは、一つだけ。
そう、昨晩にかかってきた百件もの着信履歴だ。
携帯の着信履歴がずっと埋まっているという、あんな経験は初めて……ではないな。
幼馴染みの武装巫女からのメールや着信も似たようなものだった。
……元気かな、白雪。
アリア達と上手くやってるかな。女子に襲いかかったりしてないよな?
まあ、白雪の事は置いておこう。
問題なのは『非通知』で送られてきたのにも関わらず、電話に出なかった事を彼女が知っていた事だ。
あの電話の主が一之江だとしたら……?と考えるのは飛躍し過ぎだろうか?
謎の着信、謎の転校生、謎の言葉……。

「はふぅ」

昨日から何だか厄介な事に巻き込まれているな。
憑依してから、いや、あの携帯を手に入れてからおかしい事に巻き込まれている。

「難しい顔してるね」

「まぁ、なぁ……」

「モンジ君に昨日の続き、『8番目のセカイ』の事を聞こうと思ったんだけど。今日はやめといた方がいいかもね」

「……なんか、悪いな。恩に着るぜ、キリカ」

「いいっていいって。何かわかったら教えてね」

キリカは笑顔のままパタパタと手を振ってくれた。

よくできた子だな。なんだか望月萌にも似てるかもな。
などと感心してしまった。

そして、そんな俺達のやり取りや様子をじっと観察している視線があった。

「……」

一之江瑞江の鋭い視線は、俺達の一挙一動を逃さないようにしているかのようだった。






2010年5月11日。午前9時20分。


「これらの公式を当てはめれば、この問題は簡単に解くことが出来……」

担任の安藤先生のよく通る、涼やかな声が午前の教室に響いていた。
授業中だが俺は全くといっていい程に集中できないでいた。
原因は俺の背後から感じる圧迫感のせいだ。

「……」

無言のプレッシャー。
かつてレキからも感じた事がある圧迫感が俺の背中越しに背後から感じる。
おそらく背後の少女。一之江瑞江は俺の背中を見つめている。
その視線に物理的な感触を当てはめるとしたら、正にチクチクと刺すような痛みだ。

「……なあ、一之江……さんや」

耐えかねた俺は、意を決して背後の少女に話しかけた。

「はい」

その声は朝聞いた怖い声よりも幾分か柔らかくなったものの、それでもトゲトゲしい鋭さを感じた。
他のクラスメイトにはもっと穏やかに話しかけていたのを知っている分、転入生にいきなりそんな態度を取られるとやりにくい。
親密になりたくもないが訳もなく睨まれるのも気分が悪い。
やっぱり聞いてみるか。

「朝の言葉はどういう意味だったんだ?」

「……」

極力私語がバレないように小声で語りかけるものの、それに対する返事は皆無だった。
非常に気まずい沈黙が俺と彼女の間に流れる。
気まずい。女子になんて声をかければいいんだ?
こう言った時の対処法をジャンヌに聞いとくんだったぜ。
スマン、ジャンヌ。もう自称策士なんて思わんからどうか助けてくれ!
ここにはいないジャンヌ神に祈る。

祈りが通じたのか、一之江は俺にだけ聞こえるようなボソッとした声で呟いた。

「今日は電話に出て下さいね」

……やはり、あの電話が鍵となっているらしい。
あの大量着信。あれは一之江本人か、もしくは彼女が関わっている何かなのだろうか。どうして、どうやって俺のDフォンにかけることが出来たのか。聞きたい事は大量にあるが、どうやらとにもかくにも『電話に出る』という前提が必要らしい。

……嫌な予感がするなぁ。
だが、出ないと理由が分からない。

昨晩はキリカとの電話に夢中だったせいで、全く気付けなかった着信だが今日はちゃんと出よう。

「解った、必ず出る。出ないと一之江が困るなら、絶対に出るよ」

武偵憲章にもあるしな。
『2条。依頼人との契約は絶対守れ。』ってな。

「私が?」

「あれ、違うのか?いやほら。内容は分からないけど……一之江みたいな可愛い奴がそこまで言うなら、俺は力になってやる」

元武偵で、前世は『先祖代々正義の味方』をやっていた家で育ったしな。
俺は正義の味方にはなれない……けど困ってる奴の味方にならなれるかもしれないから。

「……」

一之江は俺の言葉に無言で答える。
流石にちょっとキザっぽかったかな、と思っていた時。

「貴方は、真性のバカなのですね」

凄い失礼な言葉が聞こえた。

「くっ……ま、まあ、電話は出るよ。はい」

「………」

背後から頷いたような気配が感じられる。
どうやら、本日も電話はかかってくるようだ。
それだけでも十分……だよな?



2010年5月11日。午後17時30分。

今日は部活を早めに切り上げて帰宅することにした。
アランの『一之江さんと仲良く会話出来た自慢』を聞きたくないってのもあったが、何よりその一之江との約束である『電話に出る』を実行しなくてないけないからな。
アランの馬鹿が一之江さんに話しかけれなかった俺に「モンジ。僕は友達として君にこれを送るよー!この芸術を見て元気出すんだ!」とか言って渡してきたDVDのパッケージを見たせいでヒスってしまったのは予定外だけどな。
パッケージの表紙は先輩そっくりの女優さんが足を開いて……いや何を言ってるんだ俺は。
女性をそんな邪な視線でみるのはいけないことだ。
校門の近くでふと足を止めて考えた。
『今日は電話に出て下さいね』
あの言葉はどういう意味だったのか?
彼女は何者なんだろうか。
そして俺はこれから何を体験するのだろうか。
武偵高時代に、『魔女』、『吸血鬼』、『人狼』、『妖怪』、『神』、『鬼』なんかとは対決したり共闘したりしたことがあるが超常現象は正直あまり得意ではない。
厄介な出来事でない事を祈りながら校門を出て、夕暮れに染まる坂を下りつつ考え事にふけっていた。
そのせいか、俺は周囲の異常に気づく事が出来なかった。

「あれ?」

気づけば、周りには人が一人もいなくなっていた。
昇降口にはまばらに下校の生徒がいたはずなのに。
いや、待て。
校門を出るまでは何人かの生徒は確かにいた。
はっきりと覚えている。
だから今、この瞬間に生徒が誰もいないという状況はおかしい。
それに……。
人だけではない。車の音もなければ、鳥のさえずりさえもない。
誰もいない。何もない、静寂に包また夕暮れの坂道。
昨日、謎の少女。ヤシロちゃんに会った時もこんな感じだったが、俺はそれ以上に不気味なものを感じていた。

_______ピピピピピッ。

「うわっ」

Dフォンが着信を告げると同時に、再び熱くなった。
ハンカチ越しに携帯を持つと、黒い携帯は再びぼんやりと赤く光っていた。

______ピピピピピッ。

コール音が鳴る度にライトの部分が赤く点滅している。
携帯を開き、通話ボタンを押した。

「……もしもし、と……一文字です」

おっと、もう遠山じゃなかった。
うっかりしてたね。

『もしもし私よ』

耳に聞こえていたのは、少女の声。
ゾッとするような迫力を秘めた、電子音に似た印象のある声だった。

「……どなたかな?」

尋ねた瞬間、なんとも耳障りなクスクス笑いが聞こえてきた。
それは心の底から楽しそうな、無邪気な幼女の笑い声に似ていた。

『クスクス……やっと電話に出てくれたのね』

「待たせてごめんよ。君はどちら様かな?」

相手は質問に答える事はなく、ただ楽しそうにクスクスと笑って……。

『今から…………しに行くわ』




ブツッ、と電話が一方的に切られてしまった。
……今、なんて言った?
普段、普通に生きていればそうそう言われることのない言葉を言われたせいで、一瞬脳が拒否したのかもしれない。
いや、本当な聞こえていたのに、俺がそう思いたくなかっただけだろうか。
武偵高時代、特に強襲科(アサルト)の奴らやアリアにはよく言われていたが……憑依してまで言われるとは思わなかった。
電話の主はこう言った……ような気がする。





















『殺しに行くわ』と。 
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