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つがいの名前

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第一章


第一章

                     つがいの名前
 もう妻に先立たれて随分と経っていた。
 真鍋力也はすっかり年老いていた。もう八十になろうとしており身体もめっきり弱くなっている。悠々自適の生活であとは死んだ妻の後を追おうというだけだと自分でも思っていた。
 娘夫婦と一緒に住んでいて孫や家の犬や猫達の相手をして静かに過ごしていた。他の楽しみといえばテレビを観ること位であった。
 時代劇にドラマ、そういうものが好きである。しかし報道関係は見ないのだった。
「ああいう番組は観たら頭が悪くなるわ」
 こう言って見ないのだった。温和な顔で言うのであった。
「じゃから観ないでいいのじゃよ」
「新聞だけなのね、それで今も」
「そうじゃよ」
 もう初老になろうとしている娘に対しての言葉であった。
「その通りじゃ。しかも新聞は」
「また大阪スポーツ新聞?」
 所謂大スポである。あからさまな大嘘を堂々と載せることで有名な新聞である。日本経済新聞と一緒に毎日それを読んでいるのである。
「相変わらずそれ好きね」
「頭の刺激によいからのう」
 だから読むというのである。
「読めば笑える」
「まあ普通は宇宙人なんて新聞には出ないわよ」
 しかも見ただけで嘘とわかるレベルで出るのである。
「他にも一杯色々な記事あるけれど」
「それがよいのじゃよ。この新聞は」
 言いながら読み続けるのであった。
「じゃからな」
「読むのね」
「そうじゃ。さて」
 ここで新聞を畳んだのだった。
「そろそろ行くかのう」
「シロのお散歩ね」
「うむ、行って来る」
 家で飼っている犬である。柴犬で毛の色は赤茶色なのだが足が白いのでそれでシロになったのである。名付け親は他ならぬ彼である。
「それではじゃ」
「車に気をつけてね」
 いつもの声をかける娘であった。
「わかったわね」
「わかっておるぞ。年寄りには車は大敵じゃ」
「そうよ。わかってたら余計にね」
「注意しておるぞ。それではな」
「行ってらっしゃい」
 こうして家を出てシロを散歩に連れて行く彼であった。そうして街を歩く。流石に歳なので少し歩いては休み歩いては休みであった。
 そんなのぞかな散歩をしていた。それで道のベンチに座った。銀杏の並木道で黄金色の落葉が道を覆っている。彼はそれを見ながらシロを撫でていた。
「よしよし、ではまたすぐに散歩しようか」
「ワン」
 シロは賢く大人しい犬だ。明るい声で彼に応える。そうして今彼が立ち上がろうとしたその時だ。
 右の方から明るい顔をした女の子達が来たのだ。
「あっ、そうだったの」
「そうだったんだ」
 何か明るい話をしていた。そうしながら彼の方に来たのであった。
「それで大丈夫だったのね」
「うん、そうだったのよ」
「成程」
「おや」
 彼もその女の子達を見た。今時の丈の短いスカートに濃紺のブレザーに青いネクタイという制服である。ソックスは黒や青、白のそれぞれの色だ。
 目立つのは中央の女の子だ。黒いショートヘアでにこりとした顔が実に可愛らしい。ソックスは白である。その娘を最初に見た彼だった。
「ほほう、あの娘は」
 中々可愛いと思ったのだった。
「いい娘じゃな」
 これはルックスを見ての話である。
「善き哉善き哉」
 こう如何にも年寄りの言葉を出しながらだった。彼女達を見ているのであった。
「よかったわね、上手くいって」
「ええ」
 真ん中のその娘が友人と思われる女の子達の言葉に頷いていた。
「何とかね。上手くいったわ」
「おめでとう、本当に」
「よかったわね」
「テストに受かったのかのう」
 力也は彼女達の話を聞きながらそう思った。
 
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