魔法少女リリカルなのは~"死の外科医"ユーノ・スクライア~
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本編
第一話
ここは時空管理局総務統括官リンディ・ハラオウンの執務室。
そこに同僚のレティから事態を急変させる一本の通信が入った。
「ちょっと、リンディ!!あなた、このこと知ってたの!?」
「どうしたのよ、レティ・・・。あなたらしくもない。いったい何をそんなに慌てて・・・」
「どうしたも、こうしたもないわよ。あなた、ユーノ君が管理局をやめたこと知ってたの!?」
「・・・・・・・・へっ!?」
予想だにしたかったレティの発言に、リンディは一瞬何を言われたのか理解できなかった。
「その反応、やっぱり知らなかったのね」
「初耳よ、そんなの!?いつ!?ユーノ君はいつやめたの!?」
「書類によると、彼は先月いっぱいで退職したことになっているから、もう一週間以上経っていることになるわね」
「どうして、そんなに長い間、私の耳には一切入ってこなかったの?ユーノ君ほどの人間なら辞職したとなれば、すぐに総務総括官である私に話が回ってくるはずなのに!?」
「恐らく、ユーノ君の特異性のせいね」
「特異性?」
「あの子は、元々、正式な局員じゃなくて民間協力者として、管理局で働いていたわ。でも、無限書庫を実質一人で開拓した功績と能力の高さゆえに、彼は無限書庫の司書長としてトップに立たざるを得なかったのよ。そして、彼の活躍により、無限書庫司書長には提督と同等の権力が与えられたけど、それでも彼はいまだに民間協力者のままだった。それが、このちぐはぐさを生んだのね。・・・・私だって退職名簿に目を通すまで全く気がつかなかったわ。彼の退職手続きはただの民間協力者と全く変わらないレベルで機械的に手続きされていた。つまり、わざわざ総務統括官の耳に入れる必要のないくらい下のレベルで決済されていたのよ」
「・・・・・・・・・・・っ!?」
あまりに驚愕の事実に、リンディは言葉が継げなかった。
しかし、すぐに持ち直し、最も気になることを聞いてみた。
「・・・一体どうして?ユーノ君は誰よりも責任感の強い子よ。そんな彼が私たちになんの相談もなく、急に管理局をやめちゃうなんて」
「でも、その強すぎる責任感ゆえか、誰にも頼ろうとせず、全部自分一人で抱え込んで無茶をする子よ。現にPT事件のときだって、彼は最初、一人でジュエルシードを封印しようとして死にかけたって聞いたし、無限書庫で働き始めてから、予算や人員増加の件での事務的な申請以外で私たちを頼ってきたことなんてなかったでしょう?きっと、私たちの見えないところで、ボロボロになってついに限界を迎えたんでしょうね」
「なんにせよ、情報が少なすぎるわ。私はなのはさんたちに、最近のユーノ君の様子を聞いてみるわ。幼馴染の彼女たちなら、何か聞いているかもしれないからね」
「私は無限書庫の方を調べてみるわ。司書たちから話を聞けるかもしれないし、無限書庫が今どうなっているかも気になるしね」
こうして、止まっていた物語は急激に加速する。
それから数日して、時空管理局本局のとある会議室になのは、フェイト、はやて、クロノが集められた。
彼女たちはそれぞれ、多忙な生活を送っているが、それでも、お世話になった存在であり、上司でもあるリンディの緊急招集によりこうして集まったのである。
ただし、彼女たちはこの緊急招集の理由を聞かされていないため、なぜ自分たちが集められたのかが分からず、皆一様に首をかしげていたのだ。
ただ一人を除いて
(やはり、こうなったか。今回の緊急招集の目的は恐らく、あのフェレットもどきの辞職についてだろう。それで僕たちから最近あいつがに辞職を匂わすような言動がなかったどうかを聞き出そうってところか。皆には心苦しいが、あの馬鹿の決意を無駄にしないためにも、ここは何としてでも隠し通さないとな・・・)
「クロノ君。・・・・・ねぇ、クロノ君ってば!!」
「・・・っ!?ど、どうしたんだ?(いけない、考え込みすぎたか)」
「『どうしたんだ?』じゃないよ。さっきから呼んでいるのに、全然返事しないんだもん」
「そ、そうか。すまない、考えごとをしていたものでな。で、何だい?」
「今回の緊急招集についてだよ、お義兄ちゃん」
「せや。私になのはちゃん、フェイトちゃんにクロノ君まで。これだけのメンバーが一度に召集されるなんてこと、滅多にないで。せやから、今回の召集はよっぽどの緊急事態やないかって、さっきまで、私たち三人で話し合ってたんよ。そんで、クロノ君はどう思う?」
「(ユーノの辞職は確かに僕たちの中では最重要事項だな)・・・ああ。そうだな。正直なところ、僕にもさっぱり分からない。だけど、僕自身としては、せっかくの家族サービスの時間を削ってまで、この緊急招集に応じたんだ。できれば、くだらない要件での呼び出しでない事を祈るよ」
「お義兄ちゃん、『最近、家族に構ってくれる時間が少ない』ってエイミィがぼやいてたよ。あまり仕事にかまけすぎて、カレルとリエラに愛想尽かされちゃわないようにね?」
「・・・・・・・・・・この間、帰ってきたとき、カレルに『いらっしゃいませ』って、出かけるとき、リエラに『次はいつ泊まりに来るの?』って言われたばかりなんだが・・・」
クロノの独白に、三人娘の雰囲気が一層重くなる。
そりゃあ、そうだろう。なんせ、自分の子供たちに、まさかのお客様扱いされているのである。
フェイトは苦笑し、なのはも「あ、あはは・・・」とクロノから露骨に目をそらした。(はやてだけは大爆笑していたが)
そんなこんなしているうちに、リンディが会議室に到着した。
「みんな忙しいのに集まってくれてありがとうね。さっそく今回の緊急招集の理由を説明するけど、心して聞いてちょうだい。実はもう一週間以上前にユーノ君が管理局を辞職したの」
「「「・・・へっ?」」」
「まさかっ!?」
三人娘はあまりに予想外の出来事に、すぐには理解できず、間抜けな声をあげてしまう。
対して、クロノは『やっぱりか』と心のうちで思いながらも、怪しまれないように、驚いたふりをする。
「いったいどういうことですか!?ユーノ君が辞めたなんて!?」
「そうだよ、お義母さん!!いままでそんな話、一言も聞いたことなかったよ!!」
「せや!!それにユーノ君が辞めたんなら無限書庫の稼働率が大幅に下がっているはずや!!そんな話聞いたことないで!!」
三人娘にとって、ユーノの突然の辞職は驚愕だったが、それよりも無限書庫の稼働率に全く問題が無いのが疑問だった。
当然だ。彼女たちにとって無限書庫とは“ユーノ・スクライアの能力があって、初めて通常どうりの運営が可能である”という認識だったからである。
実はというと、三人ともユーノが辞職した以降も無限書庫に資料請求していたのだ。しかし、彼が辞める以前と全く変わらずに請求した資料が手元に揃っていたのである。
彼女たちの認識では、ユーノが辞めたというのなら、こんなことは不可能のはずである。
だがしかし・・・・・・・・。
「その件についてはレティが調べてくれたわ。実は、彼が辞職した後、新しい司書長にはエリカ・ルミアールという人がなったらしいけど、彼女、なかなかのやり手よ。なんでも、彼女はユーノ君が直々に指導して、後継者に選んだほどの人材で、検索能力、分析能力、組織を動かす手腕はどれをとってもユーノ君に匹敵するそうよ。それに、以前のJS事件で無限書庫の価値が上層部に認められて、予算や人員の増加が認められたでしょう?それで、あの部署は司書長一人が抜けた程度で機能しなくなるような部署ではなくなったそうよ。司書たちの話では、彼の、実に10年にもわたる努力の成果だそうよ」
「「「・・・・・・・・・・っ!?」」」
リンディから聞かされた最近の無限書庫の実態に三人娘は絶句した。
彼女たちは、ユーノが無限書庫の実情を少しでも良くしようと奮闘してたことも、その為に、連日徹夜が続き、過労や睡眠不足、栄養失調なんかで、頻繁に医務室に運びこまれていたことも、そして、JS事件の後、無限書庫の人員と予算の増加が決まり、“今までの努力が実った。”と大喜びしていたことも知っていた。だが、具体的に、彼がどのような事を行っていたのかは、たった今リンディに聞かされるまで、全く知らなかったのである。
クロノを含めた、この場にいる4人は、彼のことを親友だと思っている。特に、周囲から恋人と誤認されるほど、ユーノと仲が良かったなのはにとって(どうして、それで二人が恋人じゃないのかは、仲間内では最大の疑問である)、リンディから聞かされた話はとてもショックだった。
なのはは彼のことなら、全てとは言わずとも、だれよりも知っていると自負していたが、実際には、知ったつもりになっているだけで、何も知らなかったということに気づかされたのである。
悔しかった。
彼の苦労を分かってあげられなかったことが。
悲しかった。
親友の自分にさえ、何も打ち明けてくれなった彼が。
憤った。
彼に助けてもらってばっかりのくせに、結局は一度も彼にその恩を返せなかった自分に。
だが、いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。なぜなら、『不屈の心』こそ、ユーノからもらった物であり、エース・オブ・エースたるなのはの持ち味なのだから。
「そ、それで!!今、ユーノ君が何処にいるのか分かりますか!?」
「残念ながら・・・。彼の辞職に気づいて、すぐに彼の寮を調べたわ。でも、すでにもぬけの殻。携帯電話も解約されてるし、事件性の証明がない以上、管理局に犯罪歴のない民間人の足取りを調べる権限なんてないのよ。今のところ、次元空港の防犯カメラに写っていた彼の映像が、唯一の手掛かりね」
「そ、そんな!!」
「手掛かりは他にありません。それで今回、最近ユーノ君に変わったことがなかった聞きたくて、みなさんをお呼びしました。それで、なのはさん、彼に何か変わったことはなかったかしら?」
「ユーノ君に最後に会ったのは、だいたい1カ月くらい前です。仕事が忙しくて、無限書庫にヴィヴィオを預けたときにユーノ君に会ったんですけど、そんなこと、一言も・・・最近のメールにだってそんなことは・・・」
そう言いながら、なのははここ最近のユーノとのメールの履歴を確認し、そして愕然とした。
なんせ最後の受信記録、送信記録が共にユーノが辞職する10日以上も前で終わり、自分が考えている以上に、彼と連絡を取っていないことが分かったからである。
あまりのショックになのははその場に項垂れてしまった。
フェイトとはやてが慰めるが、いつまでもそのままでいるわけにはいかない。
「それで、フェイトさんはどうでしたか?」
「3ヶ月前にエリオとキャロを連れて、ユーノとご飯を食べに行ったのが最後かな?でも、そんなこと一言も言ってなかった。そういえば、ここ数年、執務官としての仕事関係で無限書庫に資料請求する以外、プライベートとかではほとんどユーノと連絡取ってなかったも」
「そう。それで、はやてさんは」
「私もフェイトちゃんと似たようなもんです。捜査のために、無限書庫に請求した機密資料をユーノ君が持ってきたときですね。もう半年も前のことです。そのとき話したことも、担当していた事件についてのユーノ君の推察を聞いたりといった、事務的な会話ばかりでした」
話を聞いているうちに、三人娘の表情が暗くなる。
三人とも、いつの間にか、親友だと思っていた相手との交流は、仕事関係の事務的なものばかりとなっていて、プライベートな付き合いはほとんどなかったのである。
昔のメンバーで集まったりしたときを思い返してみても、いつもそこにはユーノだけが存在しなかったことに気がついた。
まるで、自分たちが、ユーノだけを除け者にでもしたかのように。
「そんなぁ。もしかしてわたしたちのせいなの?わたしたちがユーノ君を孤独に追いやっちゃたから、ユーノ君は姿を消したの?」
なのはは今にも泣きだしそうだった。
「落ち着いて。なのは」
「せや。なのはちゃん。まだそうとは決まったわけやないで」
フェイトとはやてがなのはを励まそうとするが、彼女たちの心情も罪悪感でいっぱいだった。
三人ともユーノは親友であると同時に、恩人でもあるのだ。
なのは。
PT事件、闇の書事件、撃墜事件、そしてJS事件。彼女が道に迷ったとき、不安に押しつぶされそうになったとき、彼女を導いてくれたのは、いつもユーノの言葉だった。特に、撃墜事件のときには、『魔法はおろか二度と歩けなくなるかもしれない』という絶望感にいた彼女を立ち直らせてくれた彼には感謝してもしきれなかった。
フェイト。
PT事件の裁判のときには、証人として味方してくれたし、執務官試験のときも、ユーノの方がよっぽど忙しいにもかかわらず、自分の勉強を手伝ってくれた。
はやて。
自分がリインフォースⅡを作るとき、寝る間を惜しんでまで、無限書庫からユニゾンデバイスの資料を探してきてくれて、プログラムを作る際も彼の手助けがなければ完成しなかっただろう。
その恩人に対して、自分たちの今までの行動は、ただ、彼に働かせるだけ働かせて、みんなで集まるときは、いつも除け者にしているという、恩を仇で返すようなものであった。
「落ち着け、なのは。案外そうではないかもしれんぞ?」
突然のクロノの言葉にその場にいる女性陣が一斉にクロノに注目する。
「クロノ提督。どういうことかしら?」
「(別に嘘をつくわけじゃない。全て話さなければいいんだから大丈夫か)・・・だいたい二週間くらい前ですかね。彼と飲みに行きましたが、ユーノのやつ、そのときに“無限書庫での僕の役割はもう終わった。そろそろ、遺跡発掘の旅に出たいな”って言ってました。彼は元々、流浪の民スクライア、一か所に留まり続けるよな気質ではなかった、ということでしょう」
「そ、そんな!?でも、わたしたちに一言もなくいなくなったってことは、やっぱりユーノ君、孤独を感じて・・・」
「君たちは、彼を孤独に追いやったとか言いいますけど、男目線の意見を言わせてもらえれば、男なんて、言ってしまえばそんなものですよ。誰にも知られずに、急に一人になりたくなるときくらいあります。案外、数ヶ月もすればひょっこり帰ってくるかもしれませんね」
「・・・お義兄ちゃん。いくらなんでもそれは淡白すぎるよ」
「せや。薄情すぎるで」
「ひどいよ、クロノ君。ユーノ君とは親友だと思ってたのに」
フェイト、はやて、なのはの三人娘に一斉に非難されてしまった。
「・・・とにかく、事件性の証明がない以上、管理局としては彼を捜索するわけにはいきませんが、私たち個人としては、これからユーノ君を捜索するという方向で、話を進めていくということでよろしいですね?」
「「「「了解!!」」」」
その後、彼女たちはユーノが行きそうな場所や、彼が興味を持ちそうな行事について近隣の次元世界でやっていないかについてなどを話し合い、会議は進められた。
後日、事態を知らされた、ユーノと親しかった友人たちは休暇を利用しては、彼の行方を捜したが、一向に手掛かりは掴めなかった。
スクライアの集落や考古学の学会にも連絡を取ってみたが、集落とは、ここ数年、音信不通状態が続いており、学会はすでに退会した後だった。
そして、ユーノの失踪後、三人娘はユーノの話題が出ると皆一様に顔を暗くし、罪悪感に襲われるようになるのであった。
高町なのはには、特にそれが顕著で皆の前では気丈に振舞っていたが、一人になると、毎晩のように声を押し殺して泣いていた。
その姿に、かつてのエース・オブ・エースの面影は微塵もなく、ただの少女のようであった。
そして、失うことで漸く、彼女は気づいたのである。
「そっか・・・そうだったんだ。わたし、こんなにも・・・・ユーノ君のこと・・・・好きだったんだ・・・」
自分がユーノを愛していたことを。
今まで彼に向けてきた感情は、みんなと同じものだと思っていた。でも、そうではなかったのだ。
曖昧だった彼への想いが漸く、一つの感情に帰結した。
しかし、時すでに遅し。
彼への連絡手段はなく、彼の足取りも掴めない。
もう二度と、なのははユーノに会うことはできないのだ。
「そんなの、やだよ!!わたしは、ユーノ君とずっと一緒にいたいよ!!お願い、帰ってきてよ!!何処にいるの!?どうして連絡してくれないの!?・・・・ううう、うわぁああああああああん!!!!!!!」
少女は深く後悔し、懺悔する。
懸命に想い人を探すが、無意味に時間が過ぎる日々が続く。
しかし、意外な形でユーノへの手掛かりが見つかるのだが、それまで、実に二年の歳月がかかるのであった。
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