ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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追憶の惨劇と契り篇
42.記憶の邂逅
前書き
ついに始まりました。
彩斗の過去の物語。
始まりで終わりの物語。
極東の“魔族特区”絃神市。東京の南方海上三百三十キロ付近に浮かぶ人工島。
樹脂と金属、そして魔術で造られたまがい物の大地。大きく超大型浮体式構造物と呼ばれる四基の島に別れている。
十三号増設人工島も四基の周囲に浮かぶ拡張ユニットの一つだ。
その上で二つの強大な魔力の塊が激しくぶつかり合う。
「疾く在れ、五番目の眷獣“獅子の黄金”──!」
「顕現しろ、“黒妖犬”!」
雷光をまとう巨大な獅子と真紅の瞳の漆黒の獣がぶつかり合う。
爆音とともに大気を震わせる。
互いの攻撃が相殺しあい間近で落雷があったかのような衝撃だ。
漆黒の獣が雷光の獅子を弾き飛ばしたのだ。
真祖の眷獣を弾き飛ばせるほどの力を持っているということは、この光景が物語っていた。
「死に損ないがいい気になるなよ!」
体勢を立て直した漆黒の獣が古城めがけて突進してくる。
吸血鬼同士の戦いにおいて強大な力を持つ眷獣ではなく不死身でありながら脆弱な身体を持つ吸血鬼の身体を狙うのが普通なのだ。
雷光の獅子が疾駆する漆黒の獣を止めようとする。しかし軽く躱して、無防備な古城めがけて鋭い爪が向けられる。それを受け止めたのは、緋色に輝く双角獣だ。爆発的な衝撃波を撒き散らし、漆黒の獣を吹き飛ばす。
苦しげな声をあげながら漆黒の獣は、この世界から姿を消していく。
「なんでテメェはそこまで“神意の暁”の力にこだわるんだ!」
「おまえには関係のないことだ、第四真祖!」
立上遥瀬が右腕を天へと向けて突き上げる。鮮血が大気へと放出されていく。
「顕現しろ、二番目の眷獣、“大蛇の母体”──!」
禍々しい魔力から美しい女性の肉体に宝石のような綺麗な碧色の瞳。蛇の鱗で覆われるスラリと伸びた足。長い髪の一本一本が意思を持つ無数の蛇となっている。
“神意の暁”が従えし、神の名を持つ眷獣がこの世界に現れた。それだけでもこの場の空気が一気に重くなる。
だが、その空気に圧倒されてはいけない。
「さあ、覚悟しろよな。第四真祖」
立上が指を鳴らし、乾いた音が響いた。
より一層真紅に染まり上がった両眼は恐怖すら感じられた。だが、ここで怯んでいる場合ではない。
恐怖を振り切って古城は金髪の吸血鬼を睨みつける。爆発的な魔力の雷鳴に、立上が、わずかに後退する。
真紅の瞳の“第四真祖”と“真祖殺し”が睨み合う。
空気が徐々に張り詰めていく。
その張り詰めた空気の中で獅子王機関の剣巫と片世董香も睨み合っている。
呪力をまとった強烈な打撃が雪菜へと襲いかかる。しかし雪菜も呪力をまとった腕で対抗する。
「あなたを立上さんのところへは行かせません」
静かな声の董香。だが、その表情にはどこか迷いがみられた。
「あの人の邪魔はさせません。それが私の役目です!」
董香が迷いから目をそらすかのように突進してくる。彼女の猛攻を必至で回避しながら、雪菜は口を開いた。
「わたしは第四真祖の監視役です。あなたを止めて先輩の元へ行かせてもらいます!」
雪菜は古城と島を護るため。董香は立上の計画の邪魔をさせないため。
揺らぐことのない二人の意思が激突し合うまでのもう時間はかからないだろう。
緒河彩斗が静かな吐息を立てている。
鎖でがんじがらめされているところをみなければ椅子の上で居眠りしているように見えなくもない。
そんな彼を逢崎友妃は銀の刀を握ったまま心配そうに眺めている。
鉄格子が嵌った窓の外は薄明るくなってきた。
鉄錆と乾いた血の臭気が満ちたこの空間こそ、南宮那月の夢で構築された世界、監獄結界。
「……彩斗君」
小さく呟いた友妃の声に那月がわずかに眉を動かした。
「おまえにとってもつらい経験になるであろう。逃げるならいまだぞ」
「いいえ、大丈夫です。ボクは思い出さなければいけない。この気持ちの正体を」
彩斗と初めて出会った時のことだ。友妃はどこかで彼と出会ったことがある気がした。
それは失われた遠い記憶。思い出すことは友妃一人の力ではできない。
「それに一緒に背負うって決めましたから」
那月はふっ、と小さく笑みを漏らした。
「友妃って見かけによらず結構大胆だよね」
隣にいた仙都木優麻が微笑みかける。
えっ?、と声を漏らした。そのときは意味がわからなかった。
しかし不意に優麻が言っている意味を理解して友妃の頬が紅潮していく。
「ち、違うの! そういう意味じゃなくて、ボクはただ彩斗君との約束を……!?」
「そうなんだ。ボクも頑張らないとね」
あからさまに慌てだす友妃に優麻はわざとらしく笑みを返す。
「そろそろ始まるぞ。気を引き締めろ!」
空隙の魔女の言葉に友妃と優麻は眠っている少年へと目を落とした。
これがただの少年が“神意の暁”へ変わることになった物語の始まりだった。
窓際の一番後ろの席に座っていた緒河彩斗の顔に容赦なく陽の光が射しこんでくる。
眠気がまだ残る中、彩斗は親友の倉野木綾と幼馴染の神崎志乃によって強制的に叩き起こされたせいで顔からはいつも以上に不機嫌な表情をしている。
「ホラ、早く席につけ」
教室の前の扉から三十代後半くらいの長い黒髪が綺麗な女性が入ってくる。
彩斗のクラスの担任の教師である松野順子こと、通称、松っさんの御成だ。
松っさんの声にそれぞれのグループで話していた生徒たちが席につく。
「めんどいから挨拶抜きでST始めるぞ」
松っさんはかなりのめんどくさがりやであった。そのことから彩斗は彼女にかなりの好印象なのだ。
「まぁ、少しは耳に入っていると思うが、今日このクラスに転校生が来る」
松っさんの言葉に生徒たちがざわつく。各々でどんな転校生が来るかなどの意見を飛び交わせる。
可愛い女の子なのか、かっこいい男の子なのかなどのことを言っているが彩斗には関係のないことだ。同じクラスになるという点では関係のないことではないが、現時点ではただの他人なのだから。
「ホラ、静かにしろ」
クラス名簿を教卓に叩き、大きな音を立てて生徒たちを静かにするように促す。
数人の生徒はまだ喋り続けてはいるが松っさんは話を続ける。
「ちんたら説明するのも面倒だからとりあえず入ってもらうか」
彼女は先ほど入ってきた扉に合図をする。正確にいえば扉の外へだ。
「それじゃあ、入ってこい」
手招きの合図で前の扉から人影が入ってくる。
寝ぼけた彩斗の眼がその人影に徐々にだがピントを合わせていく。紺色のブレザーの首元に小さな赤いリボン、無地のグレーのスカート。彩斗が通う宮代中学校の制服を着た少女だ。可愛らしい顔立ちで、髪を横でしばっている。
中学生にしては大人びた顔立ち。それと彼女がまとっていた物寂しげ気配と暗い目に奇妙さを感じていた。
少女は教卓の隣で止まる。
その少女が可愛らしかったことか、大人びた顔立ちのせいか、生徒たちは男女問わず再び口を開いた。
「ホラホラ、静かにしろ!」
松っさんが再び、クラス名簿を教卓に叩きつけ、生徒たちを静かにさせる。
「自己紹介を頼むよ」
「……わかりました」
静かだが綺麗な声の響きが空気を震わせる。その声に聞き惚れたのか一瞬、生徒たちが静かになる。
それは彩斗も例外ではなかった。
「今日からみなさんと一緒に勉強することになりました、未鳥柚木です。今後ともよろしくお願いします」
この瞬間からあの事件へと歯車が動き出した。一度動き出した歯車はなにかを失わなければ止めることはできない。
それはなにかを得るためには、なにかを失わなければならないことと同じことだ。
だが、このときの彩斗は歯車が動き出したことなど知るよしなどなかった。
後書き
今回の話は少し短めになってしまいました。
そして基本的に前にやった話の改変版となってしました。
誤字脱字、感想や意見などありましたらお持ちしております。
また読んでいただけることがあったら幸いです。
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