姉を慕い
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第八章
第八章
「実はね」
「パパっておい」
「子供もできたのかよ」
「もうかよ」
「そうなんだ、実はね」
こう皆に話す。
「いや、有り難いことにね」
「有り難いとかそういうレベルじゃねえだろ」
「何だよ、いきなりそれってよ」
「洒落にならないだろ」
「どんだけ幸せ来るんだよ」
皆今度はいささかむっとした顔を作って述べていた。
「ったくよ、盆と正月が一緒に来たっていうかな」
「そんな感じだよな」
「何でそんなに急に幸せなことばかり起こるんだよ」
「不幸の後には幸福、かな」
まずはこう述べた正大だった。心の中で姉の死のことが微かによぎったのは確かだ。そしてそれによって沈んでいた過去の自分もだ。
「あとはそれに」
「それに?」
「今度は何なんだよ」
「あれかな。前に進んだからかな」
これも個人的な理由だがそうではないかと思ったのである。
「それでかな」
「前に進んでか」
「それでかよ」
「それでじゃないかな」
自分のことを自分で分析している言葉だった。
「それで今こうして」
「前にって何だ?」
「何だよ、それ」
「吹っ切ったんだ」
詳しい内容は言わないがそれでも言ったのであった。
「ちょっとね」
「吹っ切った?」
「今度は何だよ」
「何を吹っ切ったんだよ」
「昔のことをね」
それだというのである。
「それをね。ちょっとね」
微笑んでの言葉であった。
「吹っ切ったんだ」
「何かわからないけれどそれでもか」
「吹っ切って前に進んだのかよ」
「それでか」
「そうなんだ。そのせいかな」
こう自分で話すのであった。
「今こうして幸せになれたのかな」
「それでなれるのか」
「人間ってそれだけで幸せになれるのかね」
「どうかな」
「そういう場合もあるか?」
皆このことについては首を傾げさせる。確信は持てなかった。
だがそれでもだ。正大のその幸せそうな顔を見てであった。納得したことは確かだった。それで口々にこんなことも話すのであった。
「じゃあ俺達も前に向かうか」
「そうだよな。後ろ向いてばかりでも面白くないしな」
「しがらみがあったら吹っ切ってな」
「そうするか」
「そうするといいと思うよ」
最後も微笑む正大だった。そして彼と神名の間には程なく女の子が生まれた。その顔は驚くまでに神名にそっくりであった。名前は二人でつけた。彼女とは違う名前を。
姉を慕い 完
2010・6・9
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