Meet again my…
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Ⅳ バースデイ・アゲイン (6)
全てが終わった。
あの屋敷の後始末は警察に任せるとして、だ(事が終わってから麻衣に隠れて通報しておいた)。あとは僕自身が麻衣に言わねばならないことが残っている。
「久しぶりに息ができた気分だなー」
「そのくらいあそこは瘴気が濃い場だったからな。それより」
僕は麻衣に近づいて、緩やかに彼女を抱き締めた。
「生きていてくれて、よかった」
はは。何だこの声。まるで今にも消えそうな声じゃないか。
――今なら僕にも何となく分かる。この人は僕を助けて一緒に戦うために、この世界に喚ばれたんだ。
だから、それが終わった今、きっと……
「ナル。あたし、帰れるかな?」
麻衣にも同じ予感があったんだな。僕と麻衣の繋がりを鑑みれば当然か。
「ああ。もう全部終わったんだ。僕のところにも、ここにも、麻衣は居る必要はない」
「うん、うん、そうだよね。あたしができること、もうないもんね」
思えばとんでもない体験をした。
いきなりこの麻衣が現れて、一緒に暮らして、一緒に戦った。
僕は無神論者だが、麻衣がこの世界に現れてくれたことだけは、神に感謝してもいいと思う。
ほんの4日しか一緒に過ごせなかった、と思うことは簡単。だけど逆に、4日間もこの麻衣と一緒に過ごせた。
僕が思い描いていた麻衣とは色々違ったけれど、やっぱり僕にとって彼女は――
「麻衣」
「な、なにっ?」
「最後に一つだけ、言っておかないといけないことがあるんだ」
麻衣を離して、数歩、落ち葉を踏みしだきながら下がる。
「僕の本当の名前は『倖』だ。渋谷一也でもオリヴァー・デイヴィスでもない」
「え…ええっ!? だ、だってナルはナルでしょ!? そりゃ性格とか微妙に違うけど…でも、やっぱりあたしが知ってるナルで…!」
「ああ。周りからよく言われた、僕は父さん似だって」
麻衣の顔がいっそ面白いくらい蒼白になっていく。
そこにトドメを刺す僕は、大概、意地が悪い。
「本当は名前を聞いた時から分かっていたんだ。――僕の父はオリヴァー・デイヴィス、母はマイ・T・デイヴィス。つまり僕はあなたの未来の息子なんだ――母さん」
ここは麻衣にとって未来の世界。
僕は麻衣の未来の息子。
今日の今日まで隠し通してきた、たったこれだけの、大きな全て。
「じゃあ…じゃあ、仇って…!」
「父さんと母さん。母さんは僕を庇って以津真天に食い殺されて。父さんもそうだけれど、死に体でPKを使った反動」
騙していて悪かったと思ってる。それでも知られるわけにはいかなかった。到底信じられる話じゃない。麻衣が誤解したままならそのほうが好都合だった。
麻衣の目にじわじわと涙がたまっていく。
「あたし、また間違えた……ジーンの時と同じに……ナル、って。あたし、ナルのこと、ずっと」
「倖」
情けない。声が震えてる。怯えてるのか? たったさっき死の呪いを克服したこの僕が?
「倖、って呼んでほしい。母さんには、そう呼んでほしいんだ。もう誰もその名前で僕を呼ばなくなったから、母さんにだけは――」
「………こ、う……」
「もう一回」
「倖……?」
「もう一回っ」
「倖……倖!」
ああ――
胸が、いっぱいだ。
「ありがとう、母さん」
麻衣は――母さんは僕に抱きついて来た。精一杯背伸びして、目いっぱい僕を抱きしめようとしてくれている。
僕も母さんを抱きしめた。
遠い昔に喪った母親の腕。ぬくもり。やっと思い出せた。やっと取り戻せた。
「倖、やっぱりあたし……!」
「その先はダメだ。母さんは帰って父さんと結ばれないと。僕の存在自体がなかったことになる」
母さんはぐっと唇を噛んだ。すごい顔。ぐちゃぐちゃだよ。
「さよなら、若い頃の母さん。母さんに逢えて、本当に――嬉しかった」
腕から母さんを出す。
名残惜しいけれど、これが正しい形だ。この時代には母さんは、谷山麻衣は、マイ・デイヴィスは生きていない。
僕は、独りなんだ。
母さんは堪えるように拳を握り、僕に近寄った。
「倖」
呼びかけられて、キス、された。向けられるのは優しい笑顔。
母、さん?
「あたしも嬉しかった。ありがとう。あたしに……お母さんに、こんな幸せな時間をくれて……ありがとう」
混乱してるのに、残酷な未来を知ってしまったのに、そう言ってくれるのか。
――僕は時間が許す限り母さんを抱き締めていた。母さんの腕も僕の背中を撫で続けてくれた。それがまるで、自分がいなくなったあとも僕に慰めを残そうとしているようで、胸が詰まった。
なんてまっとうな感情、まっとうな情愛。こんなにも劇的に心が蘇るなんて。
ゆっくりと感触がなくなっていく。でも離さない。この世界から消える瞬間まで、母さんの感触を記憶しておけるように。
――愛してる――
全て消えてしまう寸前、耳に旋律みたいな優しい声が届いた。
……………
…………
………
……
…
「これがあなたの望んだ結末ですか?」
麻衣が消え去って僕一人になってから、僕は問いかけた。――背後に居るに違いない存在に。
「貴方がこの結末を幸福と感じるなら、それは確かに私の望んだ世界」
多節棍を神官の錫杖のように持った、白い魔女。
幾度となく僕の前に現れ、僕の行く道にちょっかいを出し続けた、魔女。
「貴方は取り戻した。貴方だけの『名前』を」
――「倖」。思いがけない幸い、という意味なんだとどこかで聞いた。両親にとっての僕はそういう存在だったんだ、とも。
ふり返ってみる。そこには、満足げに微笑む白い魔女。
……そういう表情を見るとほだされそうになるからやめてほしい。師は、この魔女にだけは入れ込むな、と言ったんだ。
「これで貴方は再び正しく産まれた。私はそれを祝福する」
白い魔女は多節棍の石附で地面を突いた。
とたんに僕の足元に、魔法陣が広がった。風が逆巻き、僕と魔女の髪や服を吹き上げる。
「我が銘において、貴方の再誕を認めましょう。貴方は今ここに個として生きる権利を取り戻し、自らの足で生を歩む資格を取り戻した」
胸に、満ちる。何が、と問われても答えにくい。だからこそ、それは魔法と呼ばれるんだろう。
魔女が「魔法」の終符を紡いだ。
「Happy Birthday,“谷山倖”」
――谷山倖。
今日取り戻した、新しい僕。
自ら生き死にを決める権利を取り戻して、人生を自分の意思で歩いていける、僕。
「お行きなさい。そして生きなさい。己のままに。もう貴方は父親の偶像をなぞらなくてもいい」
僕は白い魔女に背を向けた。
脅かす者のない人生の幕開け。さあ、何をしよう、どこへ行こう?
何でもいい。どこでもいい。
谷山倖として踏み出す第一歩だ。どんなものであっても、きっと誇らしいものに、価値あるものになるに決まっているのだから。
後書き
以上、最終話でした。
更新が遅くなって本当に申し訳ありません。まだ読んでくださっている方、本当にありがとうございます。
最初は今作、麻衣視点の叙述トリックというか錯誤トリックというか、そんなものにする予定でした。ナルと全く同じ姿の息子のせいでタイムスリップでなくパラレルワールドだと思い込むという。しかしあれこれ路線変更を経まして今の形に落ち着きました。主人公視点の分かりにくさはこの弊害です。実に申し訳ありません。
もはや途中から「これナルじゃねえだろ絶対!」と何人もの方が思っておられたでしょう。その通りです。ご明察。ナルではありません。
しかもナルと麻衣がどこの馬の骨とも分からんチート女に殺されているという種明かし。読者様の反応が怖いですねアハハハハハ。
最初にこれを思いついたのはごくささいなきっかけでした。
「GHって陰陽師出ないよなー。GH世界じゃ陰陽師ってどうもチート扱いっぽい。でも味方で出すのは夢小説でやり尽くされてておもろない。チートが敵だとおもろそう」
「双子の来歴ものっそいややこいけど、これかなり妄想の余地あるよ」
という感じです。
『中庭同盟』をお読みの方はお分かりでしょうが、双子の祖父母のどちらかは日本人っぽいんですよね。ここにかなり妄想の余地があると思い、双子の祖母とオリ敵との因縁を思いつきました。出せずに終わりましたが、いずれこれにジーンの死や双子の実父の失踪を絡められたらと思っております。
太夫にしたのはただの陰陽師ではつまらんなーと思ったのと、ちょうど見つけた太夫という素材が思いのほか深く面白かったからです。
おかげさまで、これの原本を書き上げた時には卒論をいざなぎ流にした始末ゲフンゲフン。
麻衣が彼のどこにキスしたかは読者の皆様の想像にお任せいたします。
とにかく。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
お会いできる機会がありましたら、また、どこかで。
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