白い虹
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第三章
第三章
「じゃあさ。行く?」
遊馬は気さくに彼女に声をかけた。
「裏山にさ」
「ええ」
里奈はにこりと笑って彼女に返す。そうして裏山に向かった。
歩き出すとすぐに異変が起こった。雪が降りはじめたのだ。
「あっ、まずっ」
遊馬は上から降ってきた雪を見上げて顔を曇らせる。
「もう降ってきやがったよ」
そう言いながら持っている折り畳み傘を出す。そうしてそれを拡げて里奈に言う。
「入る?」
「傘、持ってたの」
「たまたまさ」
彼は笑ってそう返した。いつも用心の為に持っているのは内緒だった。
「それでどうするの?入るの?」
「入っていいの?」
「勿論だよ」
満面に笑みを浮かべて里奈に答える。そのつもりで傘を開いたのだから。
「だからさ、さあ」
「有り難う、それじゃあ」
里奈はその中に入る。そうして雪を防ぐ。しかしすぐに雪はさらに激しくなりおまけに風まで出て来たのだった。吹雪になるまでそれ程かからなかった。
「うわっ、何だよこれ」
遊馬は今更のように声をあげる。
「いきなりこれかよ」
「困ったわね」
「ああ、里奈ちゃんにも随分」
見れば里奈にも随分雪がかかっている。遊馬はそれを見て彼女に傘を渡した。
「はい、これ」
「えっ!?」
手渡された里奈は思わず遊馬に顔を向けて問うた。
「いいの?だって波岡君は」
「ああ、俺はいいからさ」
すぐにそう里奈に言い返す。見れば彼はあっという間に雪まみれになっていた。
「気にしないで」
「けれど」
「俺コートあるし」
また言った。
「全然平気だから」
「本当に?」
「それにさ、俺寒さに強いんだ」
完全に出まかせだがそれでも言った。
「これ位全然平気、本当にね」
「本当に?」
「うん、完全にね」
「けれど」
「いいからいいから」
そう言って里奈を安心させようとする。彼は白いコートなのであまり雪が目立たない。しかしそれでもかなりの雪がかかっているのがわかる。
「だからさ。早く裏山にね」
「ええ」
二人はさらに裏山に向かう。しかし吹雪はさらに強くなり進むのさえ容易にはならなくなった。
山の中に入れば余計に。もう傘では間に合わない程だった。
「幾ら何でもこれはないだろ」
そうは言っても吹雪は止まらない。里奈にも雪がどんどんかかる。遊馬はそんな彼女の様子を見て遂に彼にとって最後の決断を下したのであった。
「里奈ちゃん」
里奈に顔を向ける。そして言うのだった。
「これっ」
コートを脱ぐ。そうしてそれを彼女に着せてきたのだ。
「えっ!?」
「これ来て」
「けれど」
「だから俺は平気だから」
またにこりと笑って里奈に言ってきた。
「寒いのも雪も慣れてるから」
「けれど」
「だからいいんだって」
彼は雪にまみれながらもそれでも里奈に自分のコートを着せてそれで彼女を守るのだった。もう自分のことは完全にどうでもいいといった感じで。
「俺全然平気だし」
「本当にそれでいいの?」
「だから気にしないで」
「けれど」
「いいから」
笑みを作ってまで里奈に言う。
「里奈ちゃん風邪引いたら話にならないし」
「波岡君・・・・・・」
その時彼女は彼の心に触れた。そしてそれを感じて心が動いたのだった。
「有り難う」
「気にしないでいいよ」
彼はまた言った。
「さあ、行こうよ」
「頂上までね」
「これで足りなければまだ何かいる?」
こんどは鞄からマフラーを出してきた。白いやけに大きなマフラーであった。
「これでも」
「マフラーも持ってたの」
「寒くなった時にって思ったんだけれど」
笑って里奈に言うのだった。
「いる?」
「ううん」
微笑んで彼に返す。
「いいわ。けれど」
「けれど?」
「いえ。頂上行こう」
「うん」
二人は笑顔で頂上を目指す。吹雪の中だったがそれはもう苦にはならなかった。遊馬は里奈と一緒にいられればよかったし里奈は里奈で何か楽しいようであった。
頂上までの道は平坦ではなかったがそのまま上に向かった。そうして遂にその頂上に辿り着いたのだった。ようやくといった感じであった。
「着いたね」
「う、うん」
遊馬は里奈に顔を向けて頷く。満面の笑みであった。
「やっとだね」
「それでここに何かあるの?」
里奈はあらためて遊馬に尋ねてきた。
「何かあるから来たのよね」
「うん、そうだけれど」
そう里奈に答える。吹雪は急に弱くなり今止もうとしていた。
「それはね。つまり」
「あっ」
里奈が声をあげた。
「何?」
「ほら、虹」
前を指差して言う。
「虹が。あそこに」
「虹・・・・・・本当だ」
遊馬もそれを見て声をあげる。気付いてみればそこにはその白い虹があった。気付いてそこにあったのはその白い虹だったのだ。
「本当に出るんだ」
「白い虹なんて」
「いや、こんな虹はじめて見たよね」
そう里奈に問い返す。
「ええ。それでね」
「何?」
「またここに二人で来ない?よかったら他の場所も二人で色々と」
「二人でって」
「ええ。だって」
里奈はにこりと笑ってそう彼に言う。
「今日とても気分がよかったから」
「気分が?」
「傘にコートに」
そう伝える。
「有り難うね。その気持ち嬉しかったの」
「いや、それはさ」
それを言われて何か急に気恥ずかしくなった。そうして言った。
「それはつまりさ。あの」
「あの?」
「あれなんだよ、あのさ」
まさか好きだとは言えない。それを言うだけの勇気は彼にはない。馴れ馴れしいところのある彼だがそれを言えるような男ではないのだ。
「まあいいや。また一緒に来てくれるんだよね」
「うん」
里奈の返事には一片の迷いもなかった。それは遊馬にもよくわかった。
「一緒にね」
「わかったよ。それじゃあ」
遊馬は心の中で白い虹に御礼を言った。しかしそれは決して白い虹のおかげではなかった。自分の心がもたらしたものであることは気付かなかったのだった。
白い虹 完
2007・5・15
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