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夫婦茶碗

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第三章


第三章

「それじゃあ」
「美味いな」
 夫は自分で自分の赤飯を入れて開口一番こう言った。
「飯も御馳走も美味いな」
「そうかしら」
「ああ、美味い」
 満面に笑みを浮かべての言葉だった。
「こんな美味い飯ははじめてだよ」
「そんなに?」
「おかずだってな」
 そのうちの一つ海老フライを食べていた。他にも肉や野菜、卵の料理がふんだんにある。やはりどれも彼が作ったもので外見は非常に悪い。
「美味いよ。こんな美味いのはじめてだよ」
「そうなの」
 しかし彼女はとてもそうは思えなかった。何故なら一目見ただけで生焼けだったり焦げていたりするものばかりだからだ。それで美味しいとはとても思えなかったのだ。
「そんなに」
「御前も食べろよ」
 そしてまた彼女に言ってきた。
「さあ、早くな」
「そうね」
 目を心の中で顰めさせながら彼の言葉に応えた。
「それじゃあ」
 渋々であったがそれを何とか顔に出さず実際に赤飯を箸に取って口の中に入れてみた。するとそれは。
「え・・・・・・」
 口の中に入れて思わず言ってしまったのだった。
「嘘・・・・・・」
「美味いだろ」
「え、ええ」
 自分でも不思議であった。生焼けのままで香辛料が石みたいになって残っている鶏肉が美味く感じられたのだ。
「美味しいわ」
「そうだよな。美味い」
 彼はその料理を本当に美味しいと思っていることがわかる言葉だった。
「この御馳走。美味いよな」
「何でかしら」
「俺が必死に作ったから・・・・・・だと思いたいな」
「多分それは違うわ」
 夫のその言葉は微笑んで否定した。そうでないことは見ただけでわかる。見ただけではどうしようもない失敗作だ。しかし美味いことは確かだった。
「けれど美味しく感じるのはそこに何か理由があるのよ」
「それでそれは何なんだ?」
「ええと。そう言われると」
 彼女も困ってしまった。しかしその時病院での食事がどれもこんなに美味しいとは思わなかったことを思い出した。その時は一人で食べていたことも思い出した。
 そのことを思い出すと気付いた。彼女は一人で食べていた時には美味しく感じることはなかったことに。そしてそれに気付き夫に対しても問うた。
「ねえあなた」
「何だ?」
「あなた私が入院していた時こんなに美味しいもの食べた?」
「いや」
 彼は妻の言葉に首を横に振った。
「そういえばそれはなかったな」
「なかったの」
「とてもな。こんなに美味いものを食ったことはなかったな」
 こう話すのだった。首を捻りながら。
「ここまでな。あの駅前のラーメン屋あるだろ」
「あそこね」
「それと隣のうどん屋」
 どちらも二人の好きな店である。
「あと洋食屋のハヤシライスもな。どれも大好物なのにな」
「どれも美味しくなかったの」
「いつもはあんなに美味く感じるのにな」
 あらためて考える顔で述べた言葉だった。
「御前がいないで一人で食べても全然美味くなかったな」
「そう。やっぱり」
「家で一人で食べていてもな」
 今度は家で食べていた時のことを思い出しての言葉だった。
「美味くなかったな。全然な」
「けれど今は物凄く美味しいと感じるわよね」
「ああ」
 妻の言葉に対して頷く。
「とてもな。自分で作ったからじゃないか」
「違うと思うわ。これはね」
「何でなんだ?」
「それは二人で食べてるからよ」 
 こう夫に話した。
「だからよ。美味しく感じるのは」
「だからか」
「だと思うわ。こうして二人で食べてるから」
 そのべちゃべちゃの赤飯を食べながら話す。
「だから。美味しく感じるのよ」
「そうか。だからか」
「一人で食べるより二人」
 彼女は言った。
「そういうものだから。夫婦は」
「そういうものか。じゃあこれからもな」
「ええ」
「二人で食べような」
 夫もまたそのべちゃべちゃの赤飯を食べていた。かろうじてもち米は使ってはいるがそれでもべちゃべちゃになっているその赤飯を食べ続けている。そうして妻に言ったのだ。
 
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