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滅ぼせし“振動”の力を持って

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彼と暴力事件

 ある霧の濃い朝。


 人気の無い平原で何かを叩く音がし、空気が爆ぜる音が連続で響き渡る。荒くなった呼吸音とそれを整える物が聞こえ、また轟音が鳴り響く。



言わずもがな、海童が特訓している音だ。




「ふぅ……だ、あぁっ!!」



 拳で空気を叩いて衝撃波を放ち、



「お、らあっ!!」



 続いて足で蹴りあげる様に撃ち、



「ドオオォォォオッ!!」




 最後に怒鳴り声と共に飛ばす。音からするに威力の調整はまだ甘いが、タイミングや大まかな使い方は何とか出来てきている。
 余波で周りは削られ、木々も放つたび嵐の如く揺れる。それだけの攻撃をしながらも、海童はまだ加減して撃っている様に思えた。



 一通り終えたか海童は構えを解いて、腕に巻いてあった時計へ目線をやる。あと少しで、登校1時間前となる時間帯になっていた。




「そろそろ帰るか……」




 そばに置いてある荷物片手に、海童は寮へ戻る道を歩き出した。その道すがら、僅かに上を向き表情を歪めた海童が、悩みの種は尽きぬと大きく溜息を吐く。


 悩みのタネが尽きない原因、それは少し前のコダマとの買い物での、二回もしてしまったキスの事であった。



(アレから余り口をきいてくれないが……惚れている発言が本当なんじゃあるまいな?)



 前の親睦会前の廊下での会話で碓が言っていた、『お前に惚れているからだろ』発言をまさか本当ではないかと海童は疑うも、やっぱり有り得ないなと否定した。

 彼にとって春恋は、今も昔も身長や一部の事などでは逆転するが、基本姉の様な存在。きっと、規律を厳しく守る方で、不純異性交遊どうたらが許せないのだ。海童は自身の中で揺れていた考えを、否定してからそうまとめる。


 それに、口を聞いてくれないだけで授業で分からない事は教えてくれるし、飯に何か甘い物が仕込んである訳でも無い。アレ以来ケーキ一色弁当は出ていないから、放さない件は意固地になって話すタイミングが分からないだけなのだろうと、海童は思う事にした。



 ……鈍感とはかくも恐ろしい物である。





 海童が帰路に付いていたその時刻、春恋も朝練の為に外で素振りをして帰って来ていたばかりであり、汗を流す為シャワーを浴びていた。

 温かな流水を身に浴びながら考えるのは、海童を避け気味になり最近話していない事だった。



(私……どうしちゃったんだろ? カッちゃんは幼馴染で弟みたいな人・・・でも背が高くて雰囲気がそう思えないちょっぴり変な弟で……う~……)



 自分で何を思っているか分からなくなり、春恋はじれったそうに顔をそむける。そのそむけた先にあった夏服を見て、そう言えば今日から男女とも夏服になる事と、試しに着用していない事を思い出した。



(そうだった、まだ着ていなかったよね……どれっと)



そばに置いてあるスカートを手にとって、はいてからチャックを占める前にホックを止めようとする……のだが。



「ん? ……んんっ!」



 中々締まらない。

 浮かび上がってきた可能性を否定するように今度はチャックを上げてから閉めようとする。しかし結果は同じ。

 最後の抵抗だと思いっきり力を込めた。



「んぐぐ~っ!! ……う、そ……」



 その青い顔のままそ~っと体重計の乗って―――――




「エエェェエエェェ~~~~~!!??」
















 今日午前気力十分に頑張る為の朝食タイム。


 春恋は料理の腕がよく、海童もイナホもコダマも楽しみな食事の時間だというのに、三人の表情は様々なれど、嬉しそうなモノは一つとしてなかった。

 何故ならば……



「精進料理かオイ……」
「少ないですぅ……」
「エラく質素じゃのぉ……」




 目の前にならんでいる主菜と呼べるものは豆腐のみ。副菜や汁物も量が少なく、ならばせめて主食だけでも……と期待できそうな白米すら茶碗が大きく見える程しか盛られておらず、しかもおかわりなしと来た。

 余りと言えば余りの朝食に、海童はほぼ無表情、コダマは引き攣っており、イナホに至ってはちょっぴり涙目だ。


 春恋は一文時に結ばれた口を開かず、そんな彼等の内イナホを無理矢理立たせて、置いてあった体重計に乗せた。



「えぇぇええぇええ!!??」
「つまりはこうゆう事です」



 これだけのやり取りで何を考えてこんな食事にしたか、三人とも・・・特にイナホは色んな意味で重い事態だと理解した。



「私の責任でもあるけれど、最近やたらカロリー高めだったので、今後は調節します。お弁当も抜きです」
「そうですね……これは調節した方がいいです!!」
「でしょ? 話が分かるわね、イナホちゃん」

「……フ」
「……チッ」



 春恋やイナホにとっては重要であろうが、何やら余裕らしいコダマならまだしも、食べ盛りに加えて特殊な学校だから力を付ける為ガッツリ食べたい海童にとってはいい迷惑だ。

 そりゃもう、鬼の如き不満オーラがにじみ出ているようにも見える。



「いい? これは飽くまで調節であってダイエットとかそういうのでは一切―――」
「ちょいと失礼するぞ」
「ないですから……ってえええっ!?」
「コココ、コダマ先輩!? 何でぇぇええっ!?」

「……頂きます」



 体重計が出した数値を見て驚きに驚く二人へ、コダマはそれなりに得意げな顔で説明した。



「いくら食べても太らない体質なんじゃよワシは……それに」
「はうっ!?」
「ひゃっ!?」

「……」



 コダマはそこで言葉を区切ると、恨みの視線と共に二人の胸を鷲掴みにした。



「それにこんな余分な物の付いておらんし……のぉ……?」
「コダマ先輩、顔が怖いですぅ……!?」
「じ、地雷を踏んじゃったみたいね……」

「……御馳走さん」



 騒いでいる間にあっという間に少ない朝食を食べ終えた海童は、冷蔵庫へ寄ってからロフトに上がって、取り出した物の内一つである栄養補助ドリンクゼリーを飲んで呆れ顔を作り、



「やってられるか」




 まだ騒いでいる彼女達に聞こえないほど小さく、愚痴にも近い言葉を呟く。……食卓で食べず隠れるようにしているのは、せめてもの気遣いであろう。


 そしてそれを飲みながら、バッグの中に取り出したもう一つの物、栄養補助クッキーバーを入れるのだった。


 ……それも、春恋のしつこい検査の手によって、空しく取り出されてしまったのは余談である。













 ダイエット(本人は否定しているが)発令から三日後。



 授業もあらかた終わり、海童達は統生会室で各部の予算に対する論議や、来るであろう質問等へ対応する者を決める為の会議を行っていた。

 資料を手にホワイトボードの前で、楓蘭が眼鏡を軽く押し上げながら説明を続けている。



「以上の事から、予算の決定に納得しない部は多数出ると思われます。なので不満が大きくなる前に、そこで皆さんには各部を2、3人で回ってもらい、予算に反感を持つ部へ説明に当たってください。ではメンバーを発表します……文化系の部へは天谷さんと砂藤さん。運動系の部へは志那都さんと―――」



 そこで、前方の席からグゥウ~ッと大きな腹鳴りの音が聞こえ、楓蘭は怒りからか僅かに震えながらその方向にいた人物を指差した。



「そこっ! お静かに!!」
「すみませぇん……うぅ」



 その音の主はイナホだった。彼女は空腹の苦しさからか涙を流しながら、机に突っ伏してしまっている。朝食が少なく弁当無しでは仕方が無い。

 ちなみに、海童はクッキーバーを全て没収されたものの、金を使って自分の分のパンは毎食確保しており、腹は満たしているので鳴っていない。何故イナホに上げなかったかは、三日前の朝の出来事で分かるだろう。


 大丈夫か心配になってきたらしく楓蘭は頭を押さえ、その横にいた穣華がまた気の抜ける音を立てて手を合わせた。



「え~と、大山君と水屋さんは二人で別件に当たってもらいま~す」
「はい!?」
「……何?」



 明らかに不満そうな二人など知らないといった感じで、楓蘭が詳しい説明を続ける。



「最近校内で不審な暴力事件が起こっているのです。何でも、傷跡は残っていれど、被害者は皆事件の記憶を無くしているとのことですわ。頭に強いショックを受けた様子もないことから、十中八九マケンがらみ且つ「決闘」では無い事は明白。二人は事件の被害者に当たり、再度情報の収集を行ってください」



 そこで資料をしまい、楓蘭は二つの小さな球体を取り出して、うるちへはストンと普通に、海童へは彼女の男性恐怖症を知っていても傷付いていしまう程そ~っと、掌に置いた。


 公私混同はしないんじゃないのかよと不満が漏れかけたが、すんでの所で押さえる。不満を表に現しても、個人的なものなので意味は無いからだ。



「もし、万が一対応しきれない事があったらその球体を、エレメントを込めて潰してください。場所の特定が出来ますわ……では各自作業に取り掛かる様に、以上!!」



 楓蘭の言葉で皆統生会室を飛び出して行ってしまい、部屋に残ったのは不審事件担当の海童とうるちのみとなる。

 うるちは暫く黙っていたが、立ち上がりながら口を開いた。



「大山海童。あなたに一つ言っておくことがあります」
「……?」
「私は、あなたの事が嫌いです」
「……」



 まさか普通に接しているつもりだったのだろうか、今更言わなくても普段の言動で丸分かりだろうが、と海道は思う。が、うるちはそれだけでは話を止めなかった。



「あの破壊能力は兎も角……身体能力的な実力も評価していないし、気が合うとは思えない……けど」
「……」
「曲がりなりにも貴方はマケンキのメンバーで、私は魔導執行部執行官。それに見合う働きをしなければいけないから……ここは協力しましょう、大山君」



 握手の為か差し出された手を、海童はこの場のみ嫌な顔はせず握って、それから立ち上がる。



「……わかった、水屋」
「では行きましょう」



 途中、部屋を出てから海童の握った手を、ハンカチで拭いている所を見て本気で堪忍袋の緒が切れそうになったが、それはそれでこの女に「器の小さな男が云々」と馬鹿にされそうだと黙り、しかし殺気に近い怒りを滲みださせながら、うるちの後へ着いて行くのだった。













「ごめんなさい、これ以上は本当に覚えていなくて……」
「いえ、ご協力感謝いたします」



 外に出て話を聞いていた二人は、申し訳なさそうな顔をして去って行く男子生徒を見て、うるちはため息を吐き海童は眉をしかめた。



「五人目も情報なしか」
「本当に記憶が無いみたいね……これ以上被害者に直接当たっても、成果は無さそうね」



 犯人を探そうにも情報が無い。ならどうしようかと考えた末、海童がまずは被害があったとハッキリしているのなら被害者に当たってみては如何かと提案し、うるちはとことん彼が嫌いなのか変わる意見を必死に探した揚句、無かったのでその意見の本当に渋々ながら任せ、今の状況に至るという訳だ。


 役立たずとののしられるかとも海童は思ったが、これ以外に取れる方法が無い事がうるちも分かっているのか、何も言わずにメモ用紙に情報を書いていた。


 そういえば・・・と海童はうるちを見てある疑問を抱いた。それは何故自分を嫌っているか……ではなく嫌う原因となってる『何故春恋を“異常に”慕っているか』である。


 慕いすぎて最早同性愛にも似た……いや同性愛そのものと言っても過言では無い感情となっている、その元は一体何なのか。海童はちょっと気になったのである。



(……恋にも近い感情・・・俺がハル姉の傍にいるから気に入らない=嫌いってのは分かるんだが……)



 寮に帰ったら春恋にでも聞いてみるかと、うるちがメモを書き終わったのを見計らって海童がベンチから立ち上がった、その時。



「ちょっといいかい?」
「え?」
「……」



 彼等を呼びとめた声に振り向くと、二年生らしき黒髪の女子生徒が、海童とうるちを呼んでいた。



「なんでしょうか? 此方も忙しいので、簡潔にお願いします」
「何、そんなに難しい事じゃないさ……そうだね」



 そこで区切った女子生徒は、ニヤリと笑って衝撃の言葉を口にする。



「あんた達……例の事件の犯人(・・・・・・)を知りたくはないかい?」
「なっ!?」
「チッ」


 もしや!? と思った二人は先輩から距離を取る。そんな彼等を追う事はせず、女子生徒は親指で自分を指差した。



「アタシは二年の網緒。網緒 組さ」
「私は魔導執行部の一年、水屋うるちですアレは検警部のお―――」
「俺は検警部一年、大山海童です」




 何を言われるか一瞬で理解し、それを言われると本気で怒りそうになると感じた海童は、うるちの言葉を無理やり遮って自己紹介をし、うるちの方をなるべく見ないように努める。



「……とにかく、網緒先輩。詳しい話は統生会室で聞きます。大人しくついてきて下さい」
「ふふ、なるほどね」
「?」
「『水屋うるち』に『大山海童』だね! 魔圏(ゾーン)『ネフィーラ』、敗者の末路(プリズンウェブ)!!」



 組がそう声を上げて二人を指差した瞬間彼女の手にヨーヨーが現れ、彼等は自分の体にある変化が起こったのを感じた。



「な、なに……? 脚が!?」
「動か、ねえ!」


 何時の間にやら足の裏に、瞬間接着剤でも仕込まれていたが如く……海童とうるちの足が地面にひっ付き、一歩も踏み出せなくなる。

 間違い無く、魔圏(ネフィーラ)によるものだ。

 蜘蛛の巣にとらわれたとも形容できるそんな二人に、組に笑みを浮かべて余裕を見せた。


「ふふふ、見事にかかったね……アタシの魔圏『ネフィーラ』のテリトリー内で名前を呼ばれたら、動けなくなっちまうのさ。更にあがけば足掻くほ―――どっ!?」
「確かに驚きはしました……けど今は、アナタの力に興味などありません」



 説明しようとしていた組の口上を遮る様に光の矢が通り過ぎ、うるちは言いながら自分の左上腕に腕を添える。そこにはマケンであろうモノが付いていて、そこから光に矢を生み出しナイフの様に指で持っている。



「私が聞きたいのはマケンの事では無く……アナタが犯人か否か、それだけです!!」



 うるちは下段に腕を構えると、勢いよく振り上げた。



「これが私の魔剣(ソード)『ペルセウス』の―――消えゆく星の輝き(ライトニングフォール)!」
「ちぃっ!」



 投げ付けられた光の矢……否、光の短剣を、組は大きく回避する。だが避けられたと思った瞬間にうるちが指を振ると、光の短剣達は弧を描いて戻ってきたのだ。



「操作可能の代物ってわけかい!」
「その通り。エレメントが尽きぬ限り、何処までもどこまでも追い続けますよ!」



 やはりというべきか、執行官に選ばれるだけの力を持っていたらしいうるちの力を見て、しかし海童は自分の力の派手さと出鱈目さ所為で、素直に驚けなかった。



(微妙では……無いんだがなぁ……)



 そんな微妙な心境で、破壊力ゆえ手が迂闊に出せない海童は戦いを眺めている。追い続ける矢を回避できる組の能力も見事な物だが、それも時間の問題と思われた。



「へぇ、一年ながらやるもんだ。けど……先輩の話はちゃんと最後まで聞くもんだよ?」
「なに……をっ!?」



 再び回避された光の短剣を迂回させようとうるちは腕を振るが、殆ど動かず光の短剣はあらぬ方向へすっ飛んで行って消えてしまう。

 更に、脚どころか体全体が動かなくなっているうるちを見て、組は呆れを含んだ声で言った。



「言おうとしてたんだけどねぇ……足掻けば足掻く程に、蜘蛛の糸が絡まる様に『足以外も動けなくなる』ってさ。……さて、それじゃお仕置きの時間と行くか―――ながっ!?」



 組がヨーヨーを放つべく手首を曲げた瞬間、大きな衝撃波を受け思いっきり吹き飛んだ。



「うぐっ……何が……?」
「大山君……」

「まあ、動けなくても攻撃は出来るわな」




 余裕ある表情で海童が言うが、実は今の一撃は威力が集中した場所を外して余波だけで吹き飛ばしただけものであり、威力は未だコントロールできないので迂闊に打てない模様。

 しかし、それ自体は悟られなかったようで、組はうるちから目を外し海童を睨んだ。



「ちょっとなめてたよ、まさかそんな攻撃手段があったなんてね」
「応用法を考えれば他に幾らでも出来るからな」
「へぇ……中々やるみたいだね、エレメント量だけで判別しちゃダメってことか」



 ヨーヨーを直接放たないのを見るに、組の魔圏『ネフィーラ』は効果こそ厄介な部類にはいるが、恐らくマケンそのものの攻撃力はさして高くはないのだろう……むしろ低い部類かもしれない。
 先程うるちに攻撃を仕掛けた際にその威力を身をもって知っている為、迂闊に動けなくなっているのだ。



「おおおおっ!!」
「ちぃっ!」



 続けて飛ばされてて来た衝撃波を、組は側転の要領でかわし、『ネフィーラ』での攻撃を遂に行った……が、海童の予想通り攻撃力は点で大したものじゃあなく、又も衝撃波に弾かれて終わった。


 放つ、避ける、抉る、躱す、叩きつける。


 それらの攻防を十回に届きそうな数行った時、不意に組が動きを止め不敵に笑った。



「……動かなきゃこっちの勝ちだぜ」
「そうかな?」



 何にせよ的が止まっているなら狙いを定めやすいと、海童は今までと同様に衝撃波を放った。


 吹き飛ばせるか、海童はそう思った途端―――――



「フ」
「!? やべっ!」



 組は何を考えたか衝撃波の余波が当たる部分では無く、破壊力の大本が存在する部分へ自分から飛び込んで行ったのだ。

 海童は慌てて連発し最初の分の威力を落として組を吹き飛ばすにとどめたが、肝心の彼女は狙い通りとばかりに笑っている。



「やっぱりね。確かに君の力は強い。それこそそこの女子生徒以上に、一年とは思えないぐらいだ。けど……まだ完全に制御出来ている訳じゃあないんだろう? その証拠に私に衝撃の本体が当たるのを避けていたみたいだからね」
「……ぐ」



 自分の力の秘密の一端を組に知られ、海童は呻いた。最早隠す事も出来ない、完全に見抜かれている。

 何発も放てば見抜かれるとは、海童も予想してはいたが、まさかそれを利用して攻撃するのではなく、自分から突っ込んで行くとは考えもしなかったのだ。



「さて、君も中々強くて良いけども……そろそろもっと上の人物を呼んでもらえないか? 特に天谷春恋だな、私は彼女に最も用があるのさ」



 海童は考えた。

 大分癪だが敵の言い分に乗って今自分が持っているビーズ大の水晶を砕き助けを求めるか、それとも自分一人だともまだ諦めず正気を見つけるのか。

 相変わらず隙を見て『ネフィーラ』を自分だけでなくうるちへも放ってくる組の攻撃を弾きながら、海童はどちらがより最善か、どちらを実行すべきか考える。



(いや、考えるまでも無い……下らない意地を張るよりここは……)

「やめて!」

「うっ!?」



 ビーズを潰そうとしたまさにその瞬間、うるちが大声を上げソレに驚いて海童はビーズを落としてしまった。後方の手の届かない場所へ転がっていくビーズをちらと見てから、海童はうるちの方を向く。



「水屋! お前なんで―――」

「ごめん……でも、お願い」

「!」



 うるちの表情は真剣そのものであり、そこから海童は少しだが感じ取った……うるちの持つ春恋への強い尊敬の情と、迷惑をかけたくないという思いを。

 勿論、彼女のそれも単なる我儘にすぎず、ある意味では意地を張っている事に他ならない。


 が、自分の文のビーズは手の届かない位置にあり、うるちはビーズを潰す気など無い。



(こうなったら……一か八かの勝負に出る!)



 それを踏まえて……海童は即座に作戦を考えて、腹を決めうるちへ言い放つ。



「何かあったら一緒に土下座しろよ水屋!」
「あんたと一緒は嫌よ! 何があっても!」



 彼女はそういうが、うるちも海童の覚悟は感じ取ったか、今この時だけは軽い冗談の様な雰囲気で言い放っていた。



「何だか知らないけれど……如何やら呼ぶ気は毛頭ないみたいだし、一人の水晶はあっちに転がっちまって手が届かない……なら! そっちを痛めつけさせてもらうよ!」



 言うが早いか組はうるちへ急接近し重なる様に立ち、ヨーヨーを模した形状を活かして勢いを付けた『ネフィーラ』を、空気を切り裂き唸り声を上げさせながらぶつけてくる。

 このまま衝撃波を放てばうるちを巻き込んでしまうが、中途半端なモノを放ってもうるちのビーズを奪われてしまうだけ。

 組の顔に、勝利を確信したかのような笑みが浮かんだ。




 そしてうるちが衝撃に備えるため目をつぶった―――――――刹那、



「どぉらあああっ!!」
「う、わああっ!?」
「ちょ、うええええっ!?」



 何と驚くなかれ、海童が気合い一発叫んだ瞬間、地面が隆起し二人とも空中へ思いっきりブッ飛ばされた。

 眼下を望むと、彼女らのいた地面は愚か周りの地面もぶっ壊れている。


 それでもうるちの脚は地面にくっ付いて離れない当たり『ネフィーラ』の効力の強さを思い知らされるが……組は自分の魔圏の効力よりもこの惨状よりも……この状況を作り出した海童本人が何処に居るのか必死に顔を動かして探る。


 と、頭上に影がさし、嫌な予感を感じて顔を上げてみると―――いた。



「よお」
「!!??」



 彼女のすぐ頭上に、拳を振り上げている海童が。



「確かに俺の力はまだ未熟だ、使い様じゃあ人の体が木端微塵だし、加減した物打ち込もうにも地上じゃ碌に動け無くて、遠距離で放っても動ける相手の思うつぼだ。けど―――――空中ならお前も避けようがないよな?」
「あ、あぁああ!!??」



 更に言うなら、組の『ネフィーラ』の力“敗者の末路”を組は自ら蜘蛛の糸の如くと例えた。

 しかし忘れてはいないだろうか……例え千切らずからまる蜘蛛の糸でも、巨大な力を受ければ、それこそ、自然級の力を受ければ、今この状況の様に脆くも千切れ去る事を。



「おらああっ!!!」
「ごぼぉ!?」



 衝撃波の殆どを空中での加速に使い、海童は遠慮一切無しに拳を叩き込み、地面へぶつけて軽く人型のクレーターを刻んだ。


 瞬間動作が自由になったのを感じ、海童とうるちは地面に無事着地する。

 そして組をクレーターから剥がして無事を確認し、溜息を吐いた。



「ふぅ成功だな」
「ホント無茶苦茶やってくれるわね……周りがボロっボロじゃないのよ」
「しょうがないだろ、アレ以外移動できる方法が無かったんだから」
「まあ、状況的にはそうかもしれないけど……」



 すると、此方に走ってくる足音が聞こえ、二人はその方向へ視線を向ける。



「だ、大丈夫二人とも!? なんか凄い音がしたけど……」
「せ、先輩!」
「……ハル姉」



 先程の間欠泉もどきの所為で起きた大きな揺れの震源を察知したか、春恋が建物の影から現れたのだ。



「わっ!? 網緒さん!? 地面にめり込んじゃってたの!? クレーター出来てるし!?」
「先輩、彼女が犯人だったんです。ここ最近の暴力事件の」
「うそ……こういう卑怯な事を何よりも嫌う人だったのに……何で……何で?」
「わからねぇ。それこそ本人に聞くしかないだろ」



 春恋が心底驚いていた事から、組は本当はこういう事を憎む人間だったのだろう。ならば余計に、何故こんな事件が起きたのかが分からなくなってくる。



「それにしても……」


 春恋はこの件は後に回すことにしたらしく、溜息と主に辺りを見回して海童の方を見た。



「カッちゃん、頑張ったみたいだけど……それでもやり過ぎよ、この惨状」
「う、いや、すまん……」
「でも良くやったわ。うるちさんもお疲れ様。余り活躍出来なかったみたいだけど」
「いえ、私は満足です。目標に一歩近付きましたから!」
「そう?」



 一時は春恋に頼りかけていたが、何とか自分達だけでこの件を解決できた。それは、うるちにとっては一歩前進した事に他ならないのだろう。

 海童はうるちの見方を今までとは少し変える事にし、組を連れていく為に歩いて行く。


 が、その途中で悲劇が起きた。



「ぬおっ!?」
「え?」



 地面に転がっていた『ネフィーラ』に躓いてしまったのだ。意外と重く硬かったらしく、出っ張りに蹴躓くが如くあっさり体勢を崩してしまう。

 何と怪我をせずに済んだというのに、下らない所でミスしてしったなぁと、それでも悪足掻きでエレメントを集中して地面へと倒れ込み……柔らかい感触が彼の顔に触れた。



「ん……ん!?」
「春恋先ぱ……いっ!?」
「あっ……」



 倒れ込んだ先に居たのは……というか顔に触れていたのは、何と春恋の頬。つまり海童は、ラブコメディでは定番であるが、現実ではまず起こり得ない筈の、『こけたと思ったらキスをしてしまった』シチュエーションを見事に再現してしまったのである。

 怪我はしなかったが、別の意味で微妙な空気が流れていく。



「わ、悪い! そんなつもりは……!」
「……」



 春恋は黙って立ち上がると組に肩を貸し、無言で歩いて行く。怒らせてしまったかと謝り方を必死に考えていた海童は……背後に殺気を感じて振り向いた。



「お~やま……かいど~……!!!」
「うげっ!?」
「くらいされせやあああっ!!」
「お、おことわりだああっ!!」




 鬼神の如き形相で次々と『ペルセウス』から“消えゆく星の輝き”を投擲し、海童は必死に衝撃破の拳で迎撃する。

 結局、この場は海童が破壊する前よりも更にぶっ壊れてしまうのであった。













「何なのアイツ……滅茶苦茶じゃない……」
「類を見ない強大な力だね、成長する前からアレなら更に厄介な事になりかねないかな」
「ま、結果的には天谷の『ムラクモ』は見れていないし、成果は無くは無いけど微妙な所ね」
「もうすぐ彼女等が来るらしい……時が来るまではもう少し大人しくしていよう」
「は~い、お兄様」


















「ふむ、なるほど。あの小さな地震はやはりお主の仕業じゃったか、海童」
「凄かったんですよ~、自身よりも皆の騒ぎ様が」
「フ、どちらかというとお祭り騒ぎに近かったがのう」
「地震ではしゃぐってガキかあいつ等は」
「ははは! そりゃ的を射ておる意見じゃの!」
「ですね!」
「イナホ……それ考えずに言ってるだろ?」
「はい!」
「胸張って言うんじゃねぇよ!?」



 部活動の部費説得の件も警邏も終わり、寮へと変える道すがら海童とイナホとコダマの三人は、今日の事件に付いて話を交わしていた。


 やっぱりというべきか海童の行った地面大爆発で小型の地震は起きており、流石に慌てふためきはしなかったが皆小騒ぎは起こしたのだとか。

 そしてあの後、海童とうるちは校舎を壊してしまった事を謝りに行ったが、事件解決でプラスマイナス0にしようと学園長が提案した為、お咎め無しで帰る事が出来たのだ。


 海童の活躍を自分事の様に喜び、スキップしながら海童とコダマの先を歩くイナホであったが、急にストップして項垂れてしまった。


 この短い間に激しく一喜一憂している彼女が心配になったか、海童がイナホに声をかける。



「大丈夫か? はしゃぎすぎて疲れたのか?」
「いえ……今日は頑張ったので、おなか空いているのに……帰ったら精進料理なんだなぁって……」
「……あ~……」
「暫くはあれを続けると言っておったしのぉ」



 イナホは更にがっくりと肩を落とすが、海童だって肩を落としたい気分ではあった。幼馴染が故春恋の無駄に頑固の部分をよ~く知っており、訴えた所で聞きはしないと分かっているので、我慢して黙っているのである。



 だがしかし、寮へ近づくにつれて、段々と妙な臭いが漂ってくる事に三人とも気が付いた。とはいっても理科の実験の様な臭いでも無ければ、料理ベタが無駄に凝った料理を作ろうとして失敗している臭いでも無い……普通を超えてかなり美味しそうな香りが漂ってきているのだ。



「こ、コレはお肉です! お肉の匂いです!!」
「……ポタージュスープの臭いかコレは?」
「ぬぅ、揚げ物の匂いもするのぉ、何処ぞの部屋でパーティでもやっとるのかの」
「うう、羨ましいですぅ……」
「ちょっ、涎! 涎拭けイナホ!!」
「汚いのぉ!?」



 一悶着起こしやいのやいの騒ぎながらドアを開け、私服へ着替えて食卓へ着いた彼等は……とんでも無い物を目にした。




「ど、どういった風の吹きまわしじゃ?」
「うおっ……これまた偉く豪勢な……」
「凄いです! 凄いですっ!! 美味しそうですっ!」



 それは、彼等が下校中に嗅いだ香りの正体であろう、ステーキにポタージュスープに揚げ物付きのサラダ、そして皿いっぱいの白米、他にも幾つかオードブルが並んでいる光景だったのだ。

 イナホは飛びださんばかりの勢いで喜んでいるが、よもや自分達の部屋の食事だろうとは夢にも思っていなかった二人にしてみれば、喜色よりも疑問が先に立つ。


 トレイに自分の分の食事を乗せてやってきた春恋が、その疑問に答えた。



「ほら、なんというか……我慢し過ぎるのも体に毒かなー、って思って」
「そうですよ! 早く食べちゃいましょう! ハグッ!」
「言い終わると同時に食べおった!? せめて手を合わせんかい、早過ぎるわ!!」
「……ま、いいか。久しぶりにガッツリ食えそうだ」



 頂きますと手を合わせてから食べ始めた海童を見やり、春恋は嬉しそうに微笑んで―――――自分の頬へと大事そうに、愛おしそうに手をやる。



(ああ、なる程の……フ、恋心かのぉ……)



 一人納得したコダマも食べ始め、皆揃って談笑しながら夕餉の時間は過ぎていくのであった。




 ……翌日、海童達の部屋から奇声が聞こえてきたのは、また別の話。 
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