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ソードアート・オンライン ≪黒死病の叙事詩≫

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アイングラッド篇
第一層
  ソードアートの登竜門 その壱

 
前書き
スバルくんの第一層時のビルドを紹介するお話です。
自分で考えてなんですが、相当弱いですよコレ。 

 
 ソードアート・オンラインのチュートリアル終了から一ヶ月経ったが、未だ俺達プレイヤーは第二層へと到達していない。
 この一ヶ月を一層フロアボス攻略にプレイヤー達が立ち上がるまでの準備期間だと解釈しても、随分長い時間だ。
 しかしそれも仕方ないだろう。なんといったってこの一ヶ月で総計千八百人の人間が死んでいったのだ。

 一番最初に死んだプレイヤーの死因は自殺。≪高所落下≫によるものだったらしいが、俺としては自殺者がでたということを重要視、問題視していない。
 茅場晶彦の仕掛けたこのテロルには、≪ゲームオーバーになったら死ぬ≫というルールがあるが、そんなルールに関係なく死んでしまうプレイヤーがいる。それはチュートリアル前に死んでいった≪外部からの死≫のプレイヤー達のことではなく、社会的に死んでしまうと言えるプレイヤー達のことだ。
 現実で築き上げてきた信頼や友好関係もしくは地位や実績を茅場晶彦のテロルによって台無しになってしまい、絶望のあまり自殺。そういった人々。
 そういう人間が少なからず居て、彼らが自殺するのはどうしようもないことだ。

 俺に限って言えば、社会的地位や保持しておきたい信頼関係もなかったため、自殺発想には至らなかった。
 だいたい、高校生にそんな大層なものはない。俺は根っからのMMO中毒者だ。失ったものといえば他ゲームのキャラデータと仕事ぐらいだろう。
 さて、話を自殺していった、哀れだが同情できない彼らへと戻そう。

 どうやら自殺していったプレイヤーのほとんどが≪MMOプレイヤーではなくただの富裕層≫だったらしく、MMOの勝手を知らない上にプレイヤースキルもないただの坊ちゃん譲ちゃんどもは、親の後ろ盾がなければあまりにも無力で、かわいそうに、軟弱な精神力から堪られなくなって自殺。だそうだ。

 『だそうだ』というのは、情報屋≪鼠のアルゴ≫から買った情報で、彼女が直々に調べ上げてきた情報らしい。正直なところこの情報はどうやっても確かめようの無い情報ではあるが四千九百八十コル(ヨンキュッパ)もしたので俺はこの情報を信じている。

 当然、自ら命を絶たずに、モンスターによって殺されたプレイヤーも多々いた。
 それは特に、始まりの街周辺で多かった。無理もない。俺もチュートリアル終了後に出会ったフレンジーボアのことは今でも鮮明に覚えているほどだ。
 チュートリアル前とは違い、ある意味一方的かつ虐殺的だった力関係が一気に対等になった。こちらも向こうも、かけがえの無い命をかけて文字通り殺し合いをしなければならない。現代日本に生きていた人間にとって殺し合いというのは恐ろしくて難しい。
 命の危機を感じて竦みあがり、かわいそうに、攻撃もできずに死んでしまうというプレイヤーが多かった。

 また、その中には情報不足で死んで行くプレイヤーもいた。
というのも、これは正直なところ自業自得、準備不足、もしくは馬鹿だ。
 道具屋にいけば少なくともβの時の情報がほとんど書いてある≪アルゴの攻略本≫という無料情報が置いてある。
 金が無くても貰える上にとてもわかりやすい。この情報を読み込めばどこが危険な場所か簡単に分かる。
 この情報が開示されてから待ってましたと言わんばかりに攻略に立ち上がるプレイヤーも少なからずいたぐらいだ。

 この攻略本は俺も愛用していて、初めて著者のアルゴに会った時は感謝の言葉を述べた。正直なところ、大ファンだ。



 前置きはここまで。
 さて、本題。

 そんなアルゴの攻略本≪東南の洞窟篇≫の七ページにはこういう一文が書かれてある。

『この洞窟で最も気をつけなくちゃいけないのは小部屋の宝箱トラップ。宝箱の中は何も無くて出入り口から二~五体のレベル6≪ルインコボルド・バンディット≫が襲ってくるヨ。厄介なのはこのコボルド、隠蔽で姿を隠しても何処にも行かずに唯一の出入り口の前で立ち往生することダ。パーティーなら大した敵ではないけど、ソロならそこらへんの石コロを投げて一匹一匹コボルドを釣りながら対処するのがオススメだナ』

 そう。お察しかと思われるが。

 俺の目の前には開け放たれた宝箱、その向こう側には三体のコボルドが周囲をキョロキョロ見回して馬鹿な得物を探している。

 まぁ。俺のことだが。

 現在、俺は日の光の入ってこない東南の洞窟で、愛読書(こうりゃくぼん)の情報をすっかり忘れて愚かにも宝箱トラップに引っかかってしまった。
 宝箱を開けた瞬間に後ろから複数個のコボルトの声を聞こえて、俺は咄嗟に隠蔽スキルを使って隠れた。
 俺の隠蔽スキルの熟練度はビルドの構成上、相当に高いため超近づいても見つかる心配はないのだが、しかしここで大きな問題が生じる。

 逃げられない。

 今居る洞窟の一室、その出入り口を三体のコボルドが占領しているのだが、x軸にもy軸にも人間一人が通れる隙間はない。
 通れないということはスルーできないということなので、最悪の場合戦わなければいけないということである。
 しかし俺のビルドは一対多数に非常に不利な≪暗殺者(アサシン)≫ビルドだ。
 隠蔽スキルを使って気づかれずに近づいて、後ろから急所をブスリ。というのがこのビルドの真髄であって、敵と正面衝突して戦うことには適さない。というかほぼ無理だ。できない。勝ち目なんてあるわけがない。
 しかも、同時に三体とくればもう完敗。こういった多数に追い掛け回される時は俊敏全開で逃げて隠蔽で撹乱するのがいつもの策だが、ここではできない。
 ざっと見たところ詰みの状態だ。これが遊びのゲームなら死を覚悟でイチかバチか突っ込むところだろう。いやしかし命が係わっている以上、そう簡単に諦めるわけにはいかない。

――考えろ。考えるんだ。俺ならできる。MMOジャンキーとしての意地、ゲーマーとしての真骨頂を魅せてやろう。

Q,あの三体のコボルドを同時に釣って、誘導させたのちに、出入り口に駆け込むのはどうだろうか。
A,無理。ジリジリ壁際まで追い込まれて袋叩きで死ぬ。命かけるような策じゃない。

Q,コボルド一体だけ釣って、隙間を縫うように脱出というのは。
A,無理。釣った瞬間に隠蔽スキルが解除されるから脱出する前に逃げ道を塞がれる。囲まれて死ぬ。

Q,アルゴの攻略本どおりに一匹ずつタイマンで倒してみよう。
A,無理。現行タイマン最弱装備で一勝できるかすら怪しい。死ぬ。

Q,時間切れでコボルドが帰っていくのを待つ。
A,無理。経験と直感から言うとこいつらずっと此処に居る。ストレスで死ぬ。

Q,フレンドに助けを請う。
A,あっそれだ!

 俺は身を屈めて、できるだけ背景に溶け込むようにして隠蔽スキルを解除し、ウィンドウからフレンドの項目を開く。
 その中には二人だけ、≪キリト≫と≪クライン≫の名前がある。この一ヶ月、俺のパーティー向きではない装備と、デスゲーム状態のせいでチュートリアル後にフレンドはできなかった。誰だって命のかかったゲームで、「オレ暗殺者でーす」なんていう奴と組みたくはないのだろう。いやそれはさすがに被害妄想だろうか。フレンドができないのはこのビルドが底なしのソロ向きだからという理由でしかあるまい。

――しかし、キリトとクラインか……。

 そう思わずにはいられない。俺はあのデスゲーム初日にキリトとクラインを置いて単独行動をした。キリト達を少しも探さずに俺はレベル上げに出かけたのだ。

 そのことをデスゲーム二日目から後悔しだした。デスゲームのこの世界は誰しもが心細い。もしかしたらキリト達は俺のことを恨んでいるかもしれない。いや、恨んではないにしても裏切られたとは思っているだろう。自分があの時、二人を無視することを無意識に決めたんだ。そう思うと心が苦しい。
謝罪のメッセージすら送れずに、なんて書いて送れば許してくれるかすら、わからなかった。
いまさら、俺がキリトに助けを乞うてもいいのだろうか。それは流石に、自分本位が、過ぎないだろうか……。

―――いやいや、良いに決まってんだろ。俺死にたくないし。

 俺は比較的近くに居るほうのプレイヤー、キリトにメッセージで「しんじゃう。たすけて」という簡素にしてなかなか魅力的な文を送る。

 ついこの間に知ったことなのだがこのゲームはフレンド個人にメッセージを送れるらしい。SAOの一つ前にやっていたゲームは海外のオンラインゲームだったからゲーム内で仲の良い日本人が居らず、フレンドという観念が随分とおぼろげになっていた。まさかメッセージという手段があったとは失念していた。まったく、こんなことならデスゲーム初日に戻りたいぐらいだ。

 そしてもうひとつ、こちらも最近、というか今気づいたことだがSAOはフレンドの場所が分かるようになっているらしい。ということは向こうからも俺の位置が分かるということに違いない。ゲームシステム的にはこの解釈で問題ないはずだ。

 しかしそうなると問題がある。俺はキリトの顔を知らない。チュートリアル前の英雄みたいな顔こそ覚えているが、現実の顔になったキリトとは出会ってないのでわからない。それはキリトからしてみても同じで、ここでお互いのリアル顔を晒すことになる。はて、これは一種のオフ会だろうか。
 そんな馬鹿な考えは置いとこう。

 そしてキリトのことは、まぁ期待せずに待っておこう。

 隠蔽スキルを使った状態だとフレンドに場所がわからなくなるんじゃないかと思い、隠蔽スキルを使わずにかくれんぼみたいに隠れる。
 コボルトは当然立ち去ってはおらず、何が楽しいのかそのままボーっと立っている。

 俺が思いついていないだけでもう打開策はないのだろうか。
 そう思い、俺はウィンドウのスキル欄のほうをちらと見る。
 レベル十一の俺が現在所得しているスキルは三つ。

 ≪手甲剣(てっこうけん)≫≪隠蔽≫≪聞き耳≫の三つである。

 現実でもSAOでも聞き慣れない≪手甲剣≫というものは、SAOスタッフが勝手に造った実在しない武器ジャンルのスキル。

 『刀身と垂直なつくりのグリップを握るようにして持ち、殴り刺す武器』に与えられた総称だ。
 この手甲剣スキルの特徴は急所刺突攻撃に≪威力二倍ボーナスと防御力を実数値貫通≫のパッシブ効果が付くという滅茶苦茶強そうなものだ。

 更に、今俺の装備している武器≪ジャマダハル≫にはクリティカルダメージ二倍というわけのわからない効果がある。
 更に更に、手甲剣のソードスキル≪(パニッシュメント)≫には急所攻撃時ダメージ1.5倍という特殊効果がある。
 更に更に更に、もし仮に≪(パニッシュメント)≫で急所クリティカル刺突攻撃に成功した場合。
 2×2×1.5=6で六倍クリティカルダメージ。基礎攻撃力も片手剣並に高く、防御貫通持ち!たとえ防御力とHP(ヘルスポイント)の高いモンスターであろうと一撃だぜ。

――うわぉ。スゲーツエー。

 というほどでもない。なんとこのスキル、使い手が俺しか居ないほどに弱いことで有名なのだ。
 じつはこれ特殊武器、という所謂ネタ武器だ。何故ネタかと言うと、武器にもよるが手甲剣に該当する武器の場合その圧倒的弱点による。

 ひとつ、リーチ。短い。最大の難点と言えるだろう。剣に必要なリーチを持たず、片手剣使いなら「マジ?」というようなリーチである。
 ふたつ、重量。重い。これは物凄い弱点だった。短剣並のリーチの癖に重量は片手剣並なのだ。短剣使いは「アホか」という。
 みっつ、攻撃手段。突きだけ。これも厄介だ。重い重量と短いリーチ、なのに横切りだと何故か適正火力が出ない。ここまでくるとSAOスタッフの悪意を感じる。細剣使いにですら「ふざけんな」と言われた。

 リーチがないから間合いの駆け引きに弱い。
 遠心力やテコの原理を使えないリーチなのに重いから手数が少ない。
 突きしか火力が出ないからモンスターにすら学習されてすぐに通用しなくなる。
 しかし火力なら最大で、片手剣のソードスキル×六倍のダメージが出る。

 よって総合評価は一撃必殺、≪暗殺向き≫だ。

 そんな武器をメインにしてしまったため(自業自得だが)スキル構成が≪隠蔽≫と≪聞き耳≫になってしまった。

 隠蔽スキルは敵に見つからずに背後を取り、ブスリと心臓を刺すために使う。このビルドには必須のスキル。
 聞き耳スキルは少々特殊な使い方だが、自分の足音を確認するために使う。モンスターに足音でバレてしまうということがあって以来愛用している。使い方は至って簡単。足を忍ばせて地面を足で弱くタップしながら足音のしそうに無い道を探す。これだけ。
 あとついでに街中で噂話を聞くためにも必要なスキルだ。情報源は多いほうがいい。まぁ、あくまで噂を聞くのは副産物だが。

 この三つのスキルを使えるようになって以来、暗殺成功率が飛躍的に向上した。聞き耳スキルがないうちは成功率半々といったところだったが、今では九割は成功する。
 つまりはこの第一層では最早敵無し、と思ってしまっていた。その結果が今である。もう目も当てられない。俺は別に盗賊ではないので罠なんてわからない。

 と、俺が架空の虚空に向かって拗ねていると、コボルド達の息の音に混じって何者かの足音が聞こえてきた。

 フレンドの小ウィンドウを開いてキリトの位置を確認する。近い、というよりもこの距離だとすぐそこだろう。

「キリトォ―――!!!ここだぁ!!!たすけてくれ―――っ!!!」

 その後、なんと俺が命を賭しても倒せないであろう三匹のコボルドは、決死の表情のキリトくんによって三十秒で蹴散らされた。


 
 

 
後書き
スバルくんはキリトくんと違って随分楽観的ですね。
ところでルビを振ってみました。いやはや、難しいですねぇ。早く慣れないといけませんね。

ついでに特殊武器であるネタ武器の説明もしましょう。
特殊武器にはそれぞれ専用ソードスキルが設定されていて、該当する武器を入手したら開放されます。
今回のジャマダハルなら≪手甲剣≫ですね。自分で言うのもなんですがもっといい名前なかったんでしょうかね。
一応、武器ジャンルとしては成立されており≪無限数近い数ある刀剣≫というSAOの設定のおかげでマイナー武器特有の種類不足に困ることもありません。

そしてネタ装備は各階層にひとつずつ存在します。
第一層がジャマダハルで、登場しませんが第二層では牛の頭骨の被り物、とかが店売りされてます。
スバルくんは密かにコンプリートを目指していますよ。
第一層すらクリアできでいない今はそれどころではありませんが。

ネタ装備に関しては以上です。

次に矛盾として指摘を受けた点について補足します。

ダンジョン内では通常メッセージの送受信はできないとのことですが、現在はビギナー多し第一層、ということでトラップに若干の温情措置が施してあります。今回のトラップではメッセージが送れます。そういうことにしときます。きっとほかのトラップでは抜け道とかがあるんじゃないでしょうか。投げやりですね。すいません。

これですべて、以上です。

ではまた。 
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