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同じ姉妹

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第一章


第一章

                    同じ姉妹
 常盤多恵と常盤千恵はその名前からすぐわかるように姉妹である。それも瓜二つの双子だ。それこそ鏡に映したかのようにそっくりだ。親でさえそれを見分けることは難しい程にだ。
「どっちがどっちだか」
「わからないわよ」
 両親も二人の兄もいつも言う。何しろ黒子の位置も身長も同じなのだ。痩せ型でそれでいて何処か艶かしい感じだ。高校を出て同じ大学に通っているが学生服でなくなり髪型も黒く長い波がかったものにしてからそれが一層強いものになった。その服も黒や赤の丈の長いものを好むことまでそっくりだ。しかも声まで。とにかく全てがそっくりの姉妹だった。
 その多恵と千恵であるが違いはあった。実は多恵が姉で千恵が妹なのだが妹の方が優秀なのだ。かなり際どい差ではあるが。
 学業でもスポーツでも家事でもそうなのだった。千恵の方が上手いのだ。多恵はいつもそれを気にしている。口には出さないがそれをいつも気にかけていた。
「また負けたわ」
 今日は料理を作った。メニューは牡蠣のグラタンだ。牡蠣をこれでもかという程に入れてそこにマカロニを入れたものだ。画家のピカソが牡蠣が身体にかなりいいと聞いて実際にそうしたグラタンを作ったという話を聞いたのと広島の親戚からかなり多くの牡蠣を送られたことから作ったのである。その結果味は千恵の方がよかった。これは家族全員の意見であった。
「多恵のも美味しいけれどね」
「それでも千恵のグラタンの方がね」
「そうなの」
 多恵は力なくそれを聞くだけであった。作り終えたという満足感もそれで消えてしまっていた。
「駄目なのね、私のって」
「いや、それは」
「そこまでは言っていないよ」
「いいのよ」
 家族から慰めの言葉を受けるがそれは耳に届かないのであった。
「それはね」
「御免。変なこと言ったよ」
「気にしないで」
「ええ」
 両親の言葉に頷く。しかしそれも力ないものだ。
「わかったわ。それじゃあ」
「うん」
 皆食べ終わり食器を洗う。食器洗いも多恵と千恵の仕事であるがその速さもやはり僅かであるが千恵の方が速い。何もかもがそうなのだった。その食器洗いでも多恵はまた妹に対して劣等感を感じるのだった。千恵もこうした時は何も言えなかった。彼女もわかっているからだ。何かを言ってもそれは慰めにはならない。それどころかかえってその心のヒダを難しいものにさせるだけだ。それがわかっているからだ。
 食器洗いが終わってから自分の部屋に帰る。千恵の部屋は隣だがそちらはあえて見ない。負けたことを実感してしまうからだ。だから見ないのだ。
 部屋に一人戻って力なく机に座る。それがいつもの彼女だった。妹に負けたと感じてしまった時の。趣味まで一緒なのでその内装もシックで落ち着いた装飾や絵で飾られているのまで一緒だ。だが今は違った。他ならぬ彼女の心が違っていたからだ。またしてもコンプレックスに苛まれる。その辛さの中に身を置いてどうにもならなかったのだ。
 その日はそのまま打ちひしがれていた。それは次の日も少し尾を引いていたがやがて消えた。その消えてから暫く経ったある日のことであった。
「ねえ、常盤シスターズ」
 キャンバスのなかにいる二人に対して二人の共通の友人である酒井由香奈が声をかけてきた。胸大きくぱっちりとした目を持ちいつもミニスカートやゴスロリといった派手な服を着ているかなり目立つ女の子だ。性格もそんな感じで何かというとコンパだの合コンだのに顔を出している。そんな娘だ。
 その彼女が二人に声をかけてきた。二人も何で声をかけてきたのか薄々わかってはいた。しかしそれは言葉には出さずにあえて聞くのであった。
「ちょっといいかしら」
「何なの?」
「何かあるの?」
「あるから声をかけたのよ」
 裕香奈はにこりと笑って二人に言うのだった。明るい感じで。
「今日。暇?」
「今日?」
「そう、今夜」
 時間を正確に述べてきた。
「時間あるかしら」
「今日はまあ」
「あるけれど」
 二人共今夜は時間があいていた。それで家でゆっくりと過ごすつもりだったのだ・ところがそうは問屋が卸さないというわけだったのだ。
「じゃあいいわね。あのね」6
「何なの?」
「合コン行かない?」
 にんまりとした笑みを二人に向けて言ってきた。
「合コン。どうかしら」
「やっぱりそれなのね」
「わかっていたけれど」
 二人はそれを聞いても驚かなかった。やはり心の中で予想していたからだ。裕香奈が声をかけてくるとしたら遊びしかない。だからすぐにわかったのだ。
「わかっていたらいいじゃない。じゃあ決まりね」
「断るって予想はしないの?」
「全然」
 多恵の問いにもあっけらかんとしたものであった。これも裕香奈であった。
「そんなの最初から考えていなかったわ」
「そうなの」
「そうよ」
 にんまりとした笑みのまま多恵にも答える。
「わかったらね。じゃあ」
「今夜なのね」
「そうよ。待ち合わせは駅の南出口」
 丁度カラオケや居酒屋が側にある遊び場だ。言うまでもなく裕香奈の遊び場だ。彼女は何かというとそこに出ては遊んでいるのだ。根っからの遊び人なのだ。
「六時にね」
「六時ね」
「その間に用意でも何でもしておいて」
 二人にこうも告げた。
「今回は特に格好いいの連れて来るからね?」
「格好いいのって?」
「経済学部の面々よ」
 多恵も千恵も文学部だ。しかも同じ日本の昭和文学を専攻している。ただ多恵は戦後間もない頃の文学を、千恵は大正のものをという差はある。だがここでもやはり千恵の方が優秀とされているのだった。将来大学院に残ることを教授から誘われている程だ。
「格好いいの多いからね、あそこは」
「まあ文学部も悪くないと思うけれど」
「もう全部味見したからいいのよ」
 今度は千恵に答える。チェック済みというわけだ。
「及第点だけれどね。経済学部はさらに上だから」
「だからなのね」
「そういうこと。それにたまには他の学部の面々を見るのもいいわよ」
 大学では学部が違えばほぼ違う学校である。伊達に英語でカレッジと呼ばれているわけではないのだ。それが集まったのが大学なのだから。
「わかったわね。じゃあね」
「え、ええ」
「わかったわ」
 二人に何かを言わせる隙さえ与えずに話を決めたのであった。こうして二人はその合コンに参加することになった。とりあえずメイクを整えなおして待ち合わせ場所に行くと。さっきよりさらに派手で露出の多い服装になっている裕香奈に向こうから声をかけられたのであった。
 
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