ソードアートオンライン“白夜叉と呼ばれる者”
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1…2
「ぐるあっ‼︎」
凄まじい咆哮とともに、リザードマンロードが地を蹴った。遠間から、シミターが鋭い円弧を描いて俺の懐に飛び込んでくる。空中に鮮やかなオレンジ色の軌跡が眩く輝く。曲刀カテゴリに属する上位ソードスキル、単発重攻撃技《フェル・クレセント》。射程四メートルを0.4秒で詰めてくる優秀な突進剣技だ。
しかし、俺はその攻撃を先読みしていた。
そうなるように、わざと間合いを広く取り続け、敵のAI学習を誘導したのだ。鼻先数センチの距離をシミターの切っ先が駆け抜け、焦げ臭さを残すのを意識しながら、低い姿勢でトカゲ男の懐に密着する。
「……せあっ」
掛け声とともに、右手の刀を真横に切り払う。水色のライトエフェクトをまとった刃が鱗の薄い腹を抉り、血液の代わりに鮮紅色の光芒が飛び散る。ギャッ、という鈍い悲鳴。
しかし俺の刀はそこで止まらない。起こしたモーションに従って、システムが自動的に俺の動きをアシストし、通常ではあり得ないほどの速度で次の一撃へと繋げる。
これが、この世界における戦闘を決定づける最大の要素、《剣技》ーー《ソードスキル》だ。
左から右へと跳ね戻った刀が、再度トカゲ男の胸を切り裂く。俺はそのままぐるっと体を一回転させ、三撃目がいっそう深く敵の体を捉える。
「ウグルルアッ‼︎」
リザードマンは、大技を空振った後の硬直が解けるや否や、怒りかあるいは恐怖の雄叫びとともに右手のシミターを高々と振りかぶった。
しかし、俺の連続技はまだ終わっていない。右に振り切られた刀が、バネに弾かれるような勢いで左上へと跳ね上がり、敵の心臓ーークリティカルポイントを直撃した。
計四回の連続攻撃によって、俺の周囲に正方形に描かれた水色の光のラインが、ぱっと眩しく拡散する。水平四連続ソードスキル、《ホリゾンタル・スクエア》。
鮮やかなライトエフェクトが、迷宮の壁を強く照らし、薄れた。同時に、リザードマンの頭上に表示されるHPバーもまた一ドット余さず消え去った。
長い断末魔を振り撒きながら真後ろに仰け反っていく緑色の巨軀が、不自然な角度でぴたりと静止しーー。
ガラス塊を割り砕くような大音響とともに、微細なポリゴンの欠片となって爆散した。
これがこの世界における《死》だ。瞬時、そして簡潔。一切の痕跡を残さない完全なる消滅。視界中央に紫色のフォントで浮き上がる加算経験値とドロップアイテムリストを一瞥し、俺は刀を右に切り払い左腰の鞘に収めた。そのまま数歩後ずさり、迷宮の壁に背中をぶつけると、ずるずる崩れ落ちるように座り込む。
詰めていた息を大きく吐き出し、両目をぎゅっと瞑ると、長時間の単独戦闘による疲労のせいかこめかみの奥が鈍く痛んだ。何度か大きく頭を振り、痛みを追い出してから、再び瞼を開ける。
視界右下に小さく光る時刻表示は、すでに午後三時を回っていた。そろそろ迷宮を出ないと、暗くなる前に街まで戻れない。
「……帰るか」
誰が聞いてる訳でもないがぽつりと呟き、俺はゆっくり立ち上がった。
一日分の《攻略》の終わり。今日もどうにか死神の腕をすり抜けて生き残った。しかしねぐらに戻り、短い休息を取れば、すぐにまた明日の戦いが訪れる。いかに安全マージンを取っていると言っても、勝利率が百パーセントではない戦闘を無限回続ければ、いつかは運命の女神に裏切られる時が来るはずだ。
問題は、俺がスペードのエースを引き当てる前に、この世界が《クリア》されるか否かーーということだ。
生還を最優先と考えるのなら、安全圏である街から一歩も出ず、ひたすら誰かがクリアしてくれる日を待つ方がずっと利口だ。しかしそうせず、毎日最前線に単独で潜り続け、死の危険と引き換えにステータスの強化を続ける俺は、VRMMORPG(仮想大規模オンラインゲーム)に骨の髄まで取りつかれた中毒者なのか、あるいはーー
不遜にも、己の刀で世界を解放しようなどと考えている大馬鹿野郎か。
かすかな自嘲の笑みを口の端に刻み、迷宮区の出口を目指して歩き始めながら、俺はふとあの日のことを思い出していた。
二年前。
全てが終わり、そして始まった、あの瞬間を。
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