機動6課副部隊長の憂鬱な日々(リメイク版)
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第2話
ヨシオカの部屋を辞去したはやては、ゲオルグとの会談のために指定された
部屋へと向かって通路を歩きながら、ゲオルグとの出会いについて思い出していた。
(最初は、フェイトちゃんとなのはちゃんに紹介されたんやったっけ・・・)
はやてとゲオルグが最初に出会ったのは新暦69年の春であった。
当時、はやてはまだ地球に住む嘱託魔導師に過ぎず、上級キャリア試験を
目前に控えた頃であった。
(あの頃のゲオルグくんはまだまだ可愛らしかったなぁ・・・)
一方、当時のゲオルグは15歳。
本局作戦部に所属する2尉だった。
はやてが嘱託魔導師の仕事でミッドを訪れていたときに
フェイトとなのはが自分たちの友人としてゲオルグを紹介したのである。
はやてはそのころのゲオルグの幼さを残していた姿を思い出し、クスリと笑った。
(っと、ここやん)
ちょうど指定された会議室の前にたどり着き、はやては扉をノックした。
「はい、どうぞ」
中から男性の声で返答があり、はやては扉を開けた。
そこは小ぶりな会議室で4脚の椅子と会議机が中央に置かれていた。
そしてそこには1人の男が座っていた。
「よう、はやて。 久しぶりだな」
「うん。 お久しぶりやね、ゲオルグくん」
その男こそ、ゲオルグ・シュミット3佐その人であった。
ゲオルグは椅子から立ち上がって、はやてと机を挟んで向かい合った。
(大きくなったよなぁ、ホンマ)
現在のゲオルグは、はやてが先ほどまで回想していた頃からは大きく成長し、
はやてが軽く見上げるほどの身長と引き締まった肉体を持つ青年へと変わっていた。
2人は握手を交わし向かい合う形で席に着いた。
「忙しいとこ悪いね、時間作ってもらって」
「いや、大丈夫だ。 昨日だとマズかったけどな」
「何かあったん?」
「内緒だ」
「さよか」
(何か秘匿が絡む仕事があったんやろな・・・)
ゲオルグの任務の性格を理解しているはやては、ゲオルグが内緒といった
仕事の内容に興味はありつつも本題に入ることにして両手を胸の前で組んだ。
「なあ、ゲオルグくん。 今日はな、ゲオルグくんをスカウトに来てん」
「スカウト? ああ、お前が作ろうとしてるっていう部隊にか」
一瞬訝しむような表情をしたゲオルグであったが、己の記憶からはやてが
部隊を作ろうとしているという情報を引き出して納得する。
「そうそう」
ゲオルグがすぐに自分の意図を理解したことに、はやては喜色に満ちた表情で頷く。
「部隊を作りたいんだって話をお前にされたのはもう何年も前だけどな」
「しゃあないやんか、部隊を作るなんて簡単なわけないやろ?」
意地の悪い笑みを浮かべて揶揄するように話すゲオルグの言葉に対して
はやては頬を膨らませて抗弁する。
とはいえ、すぐにニヤリと笑ってゲオルグと意地の悪い笑みを向けあった。
この2人の関係は出会いの少しあとからずっとこんな間柄が続いていた。
「まあ、風の噂でお前が部隊を作ろうとしてるってのは
最近になってちょくちょく聞いてたから、ようやくかとは思ってたけどな」
ゲオルグはそんなセリフを口にするのだが、実際のところは部隊創設に向けた
はやての動きが本格化した直後のころから、はっきりとした情報を得ていた。
もっとも、それは彼がヨシオカから聞かされていたものであるが。
対するはやても、ゲオルグが単なる風の噂などではなく信頼できる筋から
明確な情報を得ていたであろうと判断していた。
だが、2人ともお互いにそのことは心に秘めつつ向かい合っていた。
「それで、お前は俺に何をやらせたいんだ?」
「ゲオルグくんには、副部隊長への就任をお願いしたいんよ。
仕事としては、私の補佐と私が不在の時の代理やね」
座っている椅子の背に身体を預けて腕組みしたゲオルグの問いかけに対して、
はやては机に肘をついてゲオルグの方に身をのりだし、重々しい口調で答えた。
「ふぅん、なるほどね・・・」
ゲオルグは呟くようにそう言うと俯いて目を閉じた。
じっと考え込むゲオルグの様子をはやては微動だにせず見つめていた。
やがて1分ほど経ったころ、ゲオルグは目を開けて顔を上げた。
「俺って必要か? はやてが作ろうとしてる部隊にはシグナムたちだけじゃなく
なのはやフェイトも呼ぶんだろ? 不在時の代理が必要ならアイツらの誰かに
頼めばいいだろ。 フェイトやシグナムならうまくやるんじゃないのか?」
「それは・・・」
ゲオルグの指摘に対して反論しようとするはやてをゲオルグが制する。
「まだある。戦力制限の問題だ。
新しい部隊の戦力は明らかに過剰で戦力保有制限を大きく超えるはずだ。
俺が入らなくても能力リミッターを掛ける必要があるはずだよな。
そこに俺を入れてもさらにリミッターを厳しく掛けなければならなくなるだけで
得るものはないだろ。 にもかかわらず俺を入れようとする理由は?」
そこまで言うと、ゲオルグは胸の前で組んでいた腕を机の上に置き、
両手を組み合わせてはやてをじっと見据えた。
対してはやては、目を閉じて大きく一度深呼吸するとその目を真っ直ぐ
ゲオルグに向けて話し始めた。
「私の構想では、私自身は平時においては他の部署との折衝とか情報交換の担当で、
部隊の運営事務を統括する人間を別に置きたいんよ。
で、戦闘のときは隊舎での後方支援を含めた作戦全体の指揮を私が担当して
現場での戦闘指揮をとる人間をこれも別に置きたいんや。
ただ、なのはちゃんとフェイトちゃん、あとシグナムとヴィータには
実戦部隊の隊長と副隊長を任せるつもりやねん。 で、その下に若い魔導師を
つけて、2個分隊を編成するつもりや。
それになのはちゃんは部隊の戦技教導、フェイトちゃんは捜査、シグナムには
聖王教会との連絡役をやってもらうからそれ以上はちょっと難しいやろ。
ほんで、作戦部で事務仕事に慣れてて優秀な陸戦の指揮官でもあるゲオルグくんに
白羽の矢を立てたっちゅうわけよ」
つらつらと自らの構想となのはたちの役割を話すはやての口調はまさに立て板に水。
口を挟む余地もなくゲオルグは頷きながら黙って聞いていた。
一旦止まったはやての言葉であったが、さしたる間をおくことなく再開する。
「戦力保有制限についてはゲオルグくんの指摘の通りや。
そやから、なのはちゃん・フェイトちゃん・シグナム・ヴィータと私自身に
能力リミッターを掛けるつもりや。 当然、ゲオルグくんにも掛けさせてもらう。
そうまでして集めたんは、この部隊が私やなのはちゃんたちの夢やったから。
なのはちゃんやフェイトちゃんが居てへんのやったら、部隊を作る意味なんか
あれへんかったんよ。 少なくとも私にとっては」
言いたいことを言い終えたはやては、やれやれとばかりに大きく息を吐いた。
「ふむ・・・」
はやての長台詞をじっと黙って聞いていたゲオルグは、眉間にしわを寄せて
やや俯き加減の姿勢になると、心の中ではやての話を反芻し始めた。
(夢、ね。
それだけの理由で1部隊にしてはあまりにも過大な戦力を抱え込むか?
他に何か理由がありそうだけど・・・)
ゲオルグは薄く目を開けてはやての様子をうかがった。
はやては机の上で固く両手を組み合わせ、落ち着かない様子で目線を
さまよわせていた。
(何か隠してる事があるのか?
でも、はやてならこんなに判りやすい態度を見せないよな。
ただ緊張してるだけのようにも見えるけど。
まあ、まずは当たり障りのない話題からいくか・・・)
ゲオルグは顔をあげると、小さく嘆息してからはやてに話しかけた。
「俺も能力リミッターを掛けられるって話だけど、どれくらいの制限が掛るんだ?」
「ゲオルグくんは直接の戦闘要員やないからね。 悪いけど私と同じ
4ランクダウンのリミッターを掛けさせてもらう予定や」
すまなそうに表情をゆがめたはやての言葉に対して、ゲオルグは驚きを隠しきれず、
僅かにその目を見開いた。
「4ランクって・・・陸戦Sランクの俺はBランクまで落とされるのか。
それだと実戦ではほぼ戦えないな」
まいったとばかりにため息をつくゲオルグを見て、はやては肩をすくめる。
「しゃあないやんか、そうでもせんと保有制限を満足できひんねんから。
それにBランクやったらまだ優秀なほうやで、全体からすれば」
「それはそうかもしれないけどな、お前みたいな遠距離型ならともかく
俺みたいに動きまわってナンボの近距離型の魔導師にとってはキツイんだよ」
苦笑して話すはやてに対して、ゲオルグは不満げに口をとがらせて
はやてと自分の戦闘スタイルの差が能力リミッタによって受ける影響に
違いをもたらしていることを主張した。
だが、さほど強く言うつもりもないのかすぐに不満げな表情を引っ込めた。
「へぇ、フェイトちゃんも似たようなこと言っとったけど、そうなんや。なんで?」
ゲオルグの話に興味を持ったはやては、身を乗り出して尋ねた。
「たぶん、俺とフェイトでは理由がちょっと違うと思うぞ。
フェイトの場合は単純に飛行魔法の出力が落ちるからだろうけど、
俺は身体能力を底上げしてる魔法の出力が落ちるからだ。
まあ、どっちにしろ身体が重くなったような感じになるのは変わらないけどな」
「ははぁん、なるほどね」
顎を撫でながら何かを思い返すようにしつつ答えるゲオルグに対して、
はやては納得顔で頷いた。 だが、すぐに不思議そうに首を傾げた。
「ところで、なんでそんなこと知ってんの?
私の知る限り情報部は戦力保有制限に引っ掛かってなかったと思うんやけど?」
はやてにとっては戦力保有制限に掛っていない部署に所属していながら
能力リミッターの経験があるようなゲオルグの物言いが引っかかったようである。
「戦闘訓練の一環で使ったんだよ。 ほら、少し前からガジェットドローンとかいう
魔導機械が出没してるだろ。 あれが使うAMFの影響を模擬するためにな」
その経験があまりいい思い出だとは思っていなかったゲオルグは、
渋い表情で語った。
はやてはゲオルグの話に出てきたガジェットという言葉にピクリと反応したが、
すぐに穏やかな表情を浮かべて納得したというように頷いてみせた。
だがゲオルグははやてが見せた一瞬の反応を見逃しはしなかった。
(今、"ガジェットドローン"に反応したよな・・・。なんだ?
新部隊の目的にガジェットドローンが絡んでるのか?)
ゲオルグがはやての顔をじっと見つめると、ゲオルグの様子を不審に思った
はやてが首を傾げた。
「どないしたん?」
「ああ、いや。 はやてがガジェットドローンって言葉に反応してたから、
何かあるのかなと思ってさ」
はやての問いかけにゲオルグは苦笑して頭を掻きながら答えると、
はやては吃驚した様子で大きく目を見開き、次いでバツの悪そうな笑みを浮かべた。
「よう見とんね、さすがに」
自分の小さな仕草まで見逃さないゲオルグの眼力に感心したはやては、
呟くようにそう言うと、目を閉じて大きく息を吐いてからゲオルグの顔を
真剣な表情で見つめた。
「実は、私が追いかけようと思っとる事件にガジェットが絡んどるから
ゲオルグくんの口からその言葉が出てびっくりしたんよ」
「ガジェットドローンが絡んでるってことは、レリックだよな。
ああ、それで古代遺物管理部か」
「そういうこと。 ホンマにようご存知で」
自分の考えていることを次々と言い当てるゲオルグの言葉に対して
はやては呆れたように肩をすくめていた。
「はやての意図は判ったけど、それにしたって戦力は大きすぎじゃないか?
戦力保有制限を大きく超えて魔導師を所属させる以上、他の部隊からの目が
厳しくなるのは判ってるよな。
そこまでする目的が自分たちの部隊を作るっていう夢の実現だけ
なんてことないだろ?」
ゲオルグのやや冷たい感じさえも与えるような口調での言葉に対し、
はやては不思議そうに首を傾げた。
「昔話したやろ? 事件の捜査を機動的にやれるようにすることで
犯罪被害者を減らしたいんやって。 覚えてへんのかいな?」
「それは覚えてるよ。 でもなぁ・・・」
はやての答えに納得しきれないゲオルグであったが、一旦口をつぐむと
腕組みをして考え込み始めた。
(これ以上つついても話してくれそうにないな・・・)
ゲオルグは自らを納得させるように何度か小さく頷くと、顔を上げた。
「まあ、いい。 いずれにせよ今ここで答えられないのは判ってるよな。
上司とも相談しないといけないし、ほかにもいろいろ考えたいことがある」
「ヨシオカ1佐はゲオルグくんの好きにしたらええって言っとったで?」
はやてがヨシオカの意思を伝えると、ゲオルグは驚きで目を見開いた。
「えっ!? そうなのか? まあ、それでもすぐには決められないから、
答えはまた後日な」
「まあ、しゃあないわな」
はやてはそう言って小さくため息をつくと、右腕の時計に目をやった。
時刻は11時30分、そろそろ昼時である。
「なあ、ゲオルグくん。 よかったらランチでも一緒にどうや?」
「悪い。 片付けないといけない仕事があるから今日はちょっと・・・」
済まなそうな顔をして謝るゲオルグに向かって、はやては手を振った。
「ええって。 ほんならまたね」
「ああ、また」
そうして2人は部屋を出ると、通路を逆方向に向かって歩き出した。
はやてと別れたあと、ゲオルグは自分の席に戻った。
情報部諜報課の工作班長である彼の席は諜報課の大部屋の中、
入り口からは見えづらい奥まったところにある。
ゲオルグは席に座ると机の上の端末を開いて、前日の任務の報告書を書きはじめた。
キーボードの上を踊るように動きはじめたゲオルグの指であったが
数行書いたところで止まり、のけぞるようにして椅子の背に身体を預け、
天井のある一点を見つめて固まってしまった。
彼の眉間には深いしわが刻まれ、その表情は何かを睨みつけるようにも見える。
折悪くゲオルグに書類を提出しに来た工作班の士官-シンクレア・クロス1尉は、
ゲオルグの表情に若干怯えつつも恐る恐る声を掛けた。
「あのー、ゲオルグさん。 いいですか?」
シンクレアの声に反応してゲオルグの瞳がギロリと動き、シンクレアの顔を
確認すると身体を起こして居住まいを正した。
「シンクレアか、なんだ?」
「昨日の任務の戦闘詳報です。 全員分ありますので、確認をお願いします」
「わかった。 すぐ見るから、ちょっと待ってろ」
ゲオルグはシンクレアが差し出した書類の束を受け取ると、
その中身に目を通し始めた。
一方、シンクレアは近くにあった椅子を引っ張ってきて、
ゲオルグの机の前に陣取った。
手持無沙汰なシンクレアはサクサクと書類を読み進めていくゲオルグの様子を
ぼんやりと眺めつつ、先ほどのゲオルグの様子に思いをはせていた。
(あれは、何かを考え込んでる顔だったよなぁ・・・なんだろなぁ)
シンクレアはゲオルグの考え事の正体についてあれこれと想像しつつ、
ゲオルグが書類を読み終えるのを待っていた。
(そういえば、さっき1佐に呼ばれて出てったよなぁ。
戻ってくるまでに結構時間もかかってたし、揉めてたのかなぁ?
時期も時期だし人事かなぁ? 昇進か異動か・・・)
しばらくするとゲオルグが書類を読み終わって顔を上げる。
その視線の先にはぼんやりと宙を見つめるシンクレアの姿があった。
「これでOKだ、ご苦労さん」
「・・・えっ!? あ、はい」
ゲオルグが声を掛けると、自分の世界に入っていたシンクレアはフッと我に返り、
まじまじとゲオルグの顔を見つめた。
「ゲオルグさん。 さっき1佐に呼ばれたのって何の話だったんですか?」
「秘密だ」
自分の問いかけににべなく答えるゲオルグに対し、シンクレアは
非難めいた目を向けた。
「そんなこと言わずに教えてくださいよ」
「ダメ。 とっとと行け」
ゲオルグが追い払うように手を振ると、シンクレアは不満げに口をとがらせながら
自分の席に向かって去っていった。
シンクレアが自分の席に着くと、ゲオルグは大きく息を吐いて再び目を閉じた。
(まあ、言えるわけないよな。 引き抜き工作を受けてたなんて・・・)
眉間を揉んでから目を開けると、画面の中にある作りかけの報告書を
ぼんやりと眺める。
(戦闘報告書を提出するついでに1佐と話すか・・・)
そしてゲオルグは姿勢を正して報告書の作成に取り掛かった。
1時間後。
戦闘報告書を書き終えたゲオルグは、シンクレアから受け取った部下たちの
戦闘詳報と一緒に持ってヨシオカの部屋に入った。
「昨日の戦闘報告書です。 お願いします」
自分の席に座るヨシオカはゲオルグから書類の束を受け取ると、パラパラと
一通りめくってからそれを脇に置いて仕事に戻ろうとした。
だが、ゲオルグが目の前に立ったままでいることに気がついて顔を上げた。
「まだ何かあるのか?」
「ええ。 ちょっとお話したいことがありまして」
ヨシオカは時計に目をやり時間に余裕があることを確認してから、
机の脇に置かれた1脚の椅子を指差して、ゲオルグに座るように促した。
ゲオルグは椅子を引いてきて座ると、自らの顔をじっと見るヨシオカと向き合った。
「で、話とは? まあ、八神に引き抜き工作を掛けられた件だろうが」
「はい、そうです。 俺自身としては回答を保留にしたんですけどね」
「ほう。 その理由は?」
ゲオルグが回答を留保したことを興味深く思ったヨシオカは、
ニヤリと笑って身を乗り出した。
「はやてが何か大事なことを隠しているような気がするんですよ。
それが何なのか判らないと気持ち悪くって・・・」
そう言ってゲオルグははやてと話した内容をヨシオカに向かって話し始めた。
「はやてが古代遺物管理部で部隊を作ろうとしてることは
以前から1佐に聞かされてましたけど、アイツはレリックの件を
追いかけるつもりらしいんですね。
ただ、アイツが集めようとしている戦力はあまりにも過大だと思って、
それでアイツには何か別に大きな目的があるんじゃないかと思うんですよね」
「なるほどね・・・」
ゲオルグの話を聞いていたヨシオカは、頬づえをついて自分の机の上に目をやった。
その視線の先にはゲオルグから受け取ったのとは別の報告書の束があった。
(そういえば八神は聖王教会との関係が深いんだったか・・・)
黙り込んだヨシオカの指が報告書の束の上で動き、紙束を叩く。
そのさまをじっと見ていたゲオルグはヨシオカの手の下にある報告書の題名を
読み取ろうと目を凝らしていた。
(何の報告書だ? 今話してることと関係あるのか?)
字が読み取れず近づこうと身を乗り出した時、ヨシオカの指の動きが止まり
その報告書を掴みあげると裏返しにして伏せて机の上に置いた。
「コイツはダメだ」
ハッとして顔を上げたゲオルグに向かって、ヨシオカは小さく首を横に振った。
ゲオルグは前のめりになっていた上半身を元に戻し、ぺこっと軽く頭を下げて
謝罪の意を表した。
ヨシオカは片手を上げてそれに応じたあと、腕組みをしてゲオルグの顔を見据えた。
「なあ、シュミット。 お前は結局どうしたいんだ?」
「はい? どう言う意味ですか?」
自分に向けられた問いの意味をつかみかねたゲオルグが目を瞬かせて首を傾げると、
ヨシオカは小さくため息をついて若干の呆れを含んだ目線をゲオルグに向ける。
「だからだな、お前は八神の作った部隊に行きたいのか? 行きたくないのか?
どっちなんだよ、お前の思いは」
「それは友達ですから、出来ることなら力になってやりたいとは思いますよ。
昔からアイツの思いは聞かされてましたからね。
ただ今の立場もありますし、さっき話したようにはやての目的が今一つ
不明瞭な部分もありますから、迷ってるんですよ」
語気を強めてゲオルグが答えると、ヨシオカは肩をすくめて小さく首を振った。
「つまり、お前は友人である八神を信用していないわけだ」
「そう言う言い方は少しズルイんじゃないですか?」
ヨシオカの揶揄に対してゲオルグは不快そうに顔をしかめた。
するとヨシオカはゲオルグに落ち着けとばかりに手のひらを向ける。
「確かにそうだ。 だが、そう言うお前は八神に直接その疑問をぶつけたのか?」
「それは・・・。でも、本当に訊きたいことを直接尋ねるのは下策だって
俺を教育したのは1佐じゃありませんか」
ゲオルグはヨシオカの問いかけに口をとがらせて応じる。
「そうだよ。 だが、それは敵対的な相手と対する場合の話だ。
お前にとって八神は敵か?」
肩をすくめたヨシオカが尋ねると、ゲオルグはとんでもないとばかりに首を振った。
その様子を見ていたヨシオカはフッと笑みを浮かべた。
「なら直截に訊いてみるのもたまにはよし。だと思うね、俺は」
「そうでしょうか?」
これまでの自分とは違う考え方に、ゲオルグはすぐには首肯しかねて首を傾げた。
「言ったろ。俺はそう思うってな。 決めるのはお前だよ。
ただ、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言うだろ」
「確かにそうですが・・・」
突き放すような言い方で決断を促すヨシオカであったが、ゲオルグはなおも
迷いを見せていた。
しばらくして、俯いて考え込んでいたゲオルグが顔を上げた。
「もうしばらく考えてみます。 ありがとうございました」
そう言って頭を下げるゲオルグの表情はさえなかった。
「そうか。 まあ、後悔だけはしないようにな」
ヨシオカがゲオルグを案じて声をかけると、ゲオルグは頷いて部屋を後にした。
「まあ、八神が動くほうが先かもしれんがな」
ヨシオカは一人になった部屋でニヤリと笑ってそう呟いた。
その視線は机の上に伏せられた報告書に向けられていた。
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