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ソードアート・オンライン もう一人の主人公の物語

作者:マルバ
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インフィニティ・モーメント編 主人公:ミドリ
壊れた世界◆ミドリという男
  第五十一話 彼はミドリだ

「ひとつだけ、ミドリさんの言ったことに矛盾しない仮説を思いつきました。突拍子もないですし、正直ありえないと思います。でも、他の可能性を捨てていくと、これしか残りません」
 ユイの言葉に、その場の全員が注目した。アスナがあわてて尋ねる。
「ユイちゃん、大丈夫なの? ミドリくんは間違いなくミズキくんの近くにいた人――《リトル・エネミーズ》の一員で、でもミズキくん本人じゃない。そんな人、本当にいるの?」
 ユイは、しかし、しっかりと頷いた。
「はい。もし私の思ったとおりなら、確かにミドリさんはずっとミズキさんの近くにいた人物で、なおかつミズキさん本人ではありません」
 マルバが思わず口を挟んだ。
「でもそんな人物、いるはずがないよ。ミドリとずっと一緒に居た、《リトル・エネミーズ》のメンバーは、ミズキ以外みんな今ここにいるんだから」
 ユイは首を振った。
「マルバさんが気づかなかった――そういう可能性があります。もし私の仮説が正しいのなら、その人物は目に見えないはずです」
 マルバは絶句した。目に見えないプレイヤーがずっとミズキを付け回していて、マルバたちはそれに気づかなかったと、ユイはそういっているのだ。信じられるわけがなかった。
「そんなこと、それこそあり得ません! ギルドホームはギルドメンバーとその許可のある人物しか入れませんから。それに、目に見えないプレイヤーなんて、いるはずがないじゃないですか!」
 シリカが当然の反論をするが、ユイはまたしても首を横に振った。
「その人物はプレイヤーではありませんし、注目したプレイヤーが行くところにはどこにだってついていくことができます。ミズキさんを監視し、ミズキさんを助ける役目を与えられた人物、それがミドリさんだったのでしょう」

 キリトが何かに気づいた。驚きのあまりがたんと音を立てて椅子を引き、立ち上がる。
「ユイ……ユイは、こういうつもりなのか! ミドリが、ユイと同じ、プログラムなんだと!」
 その場の全員が凍りついた。まるで時間が静止したように感じられた。――ユイが、ゆっくりとうなずいた。

「私の立てた仮説は、ミドリさんがMHCPの一部であるというものです。ミドリさんについて説明する前に、まず、MHCPの仕組みから説明しますね。
 MHCPは大きく分けて三つの下位プログラムから成り立っています。その下位プログラムも更にいくつかの下位プログラムで構成されています。私たちMHCPはたくさんのプログラムの寄せ合わせなんです。
 三つのプログラムのうち一つ目は、広くたくさんのプレイヤーを観察し、感情のデータを集めます。これを仮に『観察機構』と呼ぶことにしましょうか。
 『観察機構』が精神活動に異常がある――すなわち、精神的に不安定なプレイヤーを認めた場合、そのプレイヤーを監視対象にします。すると、『観察機構』はカーディナルにプレイヤーの監視に移るということを伝え、一人のプレイヤーのみに注目するようになります。『観察機構』がそのプレイヤーの監視を十分に行い、プレイヤーの異常を十分に分析したとき、初めて次のプログラム――『援助機構』とでもいうべき、MHCPの根幹機能が起動します。
 『援助機構』は高性能なAIを積んでいて、プレイヤーの悩みを聞き、それを解決することができます。『観察機構』から受け渡されたプレイヤーのデータを元に、プレイヤーの精神を安定させます。それが『援助機構』の役割です。いかにAIが高性能だとはいえ、AIに感情分析まで行わせるのには負担が大きすぎるので、このような分業体制になっているのです」

「それで、ここからがミドリさんの話です。サード・クオーター――すなわち、第七十五層でミズキさんがヒースクリフさんを倒したちょうどそのとき、カーディナルシステムに非常に大きな負荷がかかりました。これは私も確認したので確かな話です。おそらくヒースクリフさんとは全く関係のないことが原因でしょう。たかが一つの戦闘ではこのような大きな負荷は発生し得ませんから。
 あまりに大きな負荷がかかったので、カーディナルはいくつかのプロセスの監視を中断したのだと思います。そのプロセスの中には、優先順位の低いMHCPも当然含まれていたのでしょう。そんな中、戦闘によってミズキさんの脳に大きな負荷がかかり、既にかなり危険な状況にあった脳がダメージを負いました。ミズキさんを監視していたMHCP――すなわちミドリさんはこのとき、ミズキさんへの早急な精神援助が必要だと判断したのです。すぐに『援助機構』が起動し、ミドリさんを援助しようとしました。
 しかし、ミズキさんの脳波が一定値を下回り、ミズキさんは強制的にログアウトさせられました。それがあの場にいたみなさんが見た回線切断の警告だったのだと思われます。ここでログアウトしてしまえば、ミズキさんの精神援助を行うことはできなくなります。そこで『援助機構』は例外処理担当のMHCP下位プログラム、つまり『管理機構』にログアウトしたミズキさんの強制再ログイン実行許可を求めました。『管理機構』は即座にカーディナルに問い合わせをしたけれど、何も反応がない。なぜなら、カーディナルは発生した負荷への対処に手一杯だったからです。『管理機構』からの回答がないため、『援助機構』はAIの独自判断に従い、ミズキさんの再ログインを実行しました。
 この時……もう手遅れだったのではないでしょうか。外的要因による回線断絶とは、通常は外部からナーヴギアを外そうとしたときに発生する現象です。おそらくナーヴギアの脳破壊シークエンスが実行され、ミズキさんの脳は破壊されていました。完全ではないにしても、意識が戻らない程度には十分に。あるいは、脳破壊シークエンスが発動するまでもなく、ミズキさんの脳には既に十分な異変が生じていた可能性もあります。
 ミズキさんが強制再ログインしたとき、ミズキさんは思考する能力を失っていました。『援助機構』はあらゆる援助を試みて、しかし当然失敗したはずです。そのような例外的状況に対し、『管理機構』は『援助機構』の『なにをするべきか』という問い合わせに対し何も示せませんでした。『援助機構』はやるべきことはあるのになにをすればよいのかわからないという状況を処理しきれず――結果、暴走しました。『援助機構』はありとあらゆる援助を試みた結果……信じがたいですがおそらく、ミズキさんの意識を『援助機構』のAIが乗っ取る形で失われた意識を補完したのでしょう。カーディナルはシステム安定後、『観察機構』や『管理機構』など、MHCPの残骸を消去したはずです。ミズキさんの脳と同化したAIには気づかずに。
 ――以上が、わたしの仮説です。カーディナルの行動は完全な予想に過ぎませんが、私がミドリさんと同じ状況におかれたと仮定すると、おそらくこのような行動を取るでしょう。私がミドリさんの立場をシミュレーションした結果ととってもらって構いません。そういう意味では、十分に信憑性のある仮説です」

 信じられない話だった。しかし、この場の沈黙を破ったミドリが決定的な証拠を見せたので、皆は納得せざるを得なかった。
「……ただのIDかなにかだと思ったから今までなにも言わなかったんだが――俺の本当のキャラクターネームは、『Midori-MHCP003』なんだ」
 ミドリが示したステータスウィンドウには、確かにMHCPという文字が浮かんでいた。 
 

 
後書き
かなり盛り上がる場面なのですが、ユイが淡々と説明するだけで終わってしまった。なんでこうなった。私の力量が足りないせいです。本当にすみません。
これを書いた時点で、私が書きたかった部分は半分ほど書いてしまいました。ヒトと同化したAI、コンピューターと人間を足して二で割ったような存在を、私は書いてみたかったんです。今回、設定は完成しました。後はこのミドリという存在が一体どう行動し、何を考えるのか、それを描写するだけです。……でも、それはまた来年ですね。

『もう一人の主人公の物語』はいままでマルバの視点で進んできましたが、しばらくはミドリの視点で進むことが増えそうです。ミズキもいつか帰ってきますよ、たぶん。

次回が最終更新になります。それから先の執筆はまた来春、うまくいけば再開します。よろしくお願いします。 
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