ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
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第14話 愛されし者
前書き
いつも閲覧いただきありがとうございます。
ようやく自分の立場をほんの少しだけ理解出来たJrです。
明日はUPが微妙です。
宇宙歴七八四年八月 統合作戦本部 査閲部 統計処理課
初登庁の日は瞬く間に時間が過ぎていった。まず基本的な業務の流れの説明をフィッシャー中佐から受け、昼休みには統計処理課の他の課員に自己紹介をし、その後は報告書の種類についてのおおざっぱな説明を受けた。
携帯端末を利用してのメモは二〇〇枚近くになり、掌サイズの紙メモ帳だったら持ち運びすら困難になりそうな量だった。これだけの量を全て把握している査閲部統計処理課の要員は一体どういう頭をしているのかと感心する。むしろ頭ではなく身体で把握しているのではないかと……経験という血肉で。
出仕一週間の間にフィッシャー中佐から紹介された課員は、所属している査閲官全てではなかったが、やはりというか殆どが専科学校あるいは一兵卒からのたたき上げ士官ばかりだ。少なくとも軍歴が二〇年を下回る人がいない。むしろ今年四四歳のフィッシャー中佐の方が若造なのだ。それはつまり……
「坊主が産まれたころは戦艦ボノビビのC第五砲塔の砲座に座っていたなぁ」
とか
「坊が一回半人生をやり直して来る前に、儂は殴られながらスパルタニアンをいじっていたのか……」
という話が、平然と出てくる。言うまでもなく「坊」とか「坊主」とかは俺のことだ。この場にもしヤンがいたら、意外と喜ぶんじゃないだろうか。
「しかし、坊はなんだって士官学校首席卒なのに、この“爺捨て穴”に放り込まれたんだ?」
オフィスの端に簡単に作られている小さな休憩室でそうあけすけに聞いてくるのは、統計課で最年長のマクニール少佐。一八歳で徴兵され、一兵卒から這い上がってきた。人生の大半を砲座と戦闘艦橋で暮らしてきた人物で、来年の二月で六〇歳の定年を迎える。すでに回される仕事もほとんどなく、時間(ヒマ)を見ては研修中の俺とフィッシャー中佐に話しかけてきてくれる。前世の六〇代よりも遙かに元気そうで、やはり平均生涯年齢九〇歳という未来は伊達ではないなと痛感せざるを得ない。もう孫も成人し、警察組織である航路保安局の警備艇に乗り込んでいるらしい。
「ここは出世とは無縁の場所だぞ。誰か有力な政治家子弟の嫉みでも買ったか?」
「それは……よく分かりません」
同期に政治家の子弟がいなかったわけではない。ただ嫉みを買うほど付き合いがあったわけではないし、父親も軍の人事に関与できるほど有力者でもない。仮にそうだとしても、あのクソ親父(=シトレ中将)が排除するだろう。というかこの人事は明らかにクソ親父の仕業だ。
だが何故、クソ親父は横槍を入れてまで俺をココに配属させたか。
戦死しては父アントンに申し訳がない……だけではあるまい。それなら後方勤務本部へ配属すれば済むことだ。あっちは女の子だらけで、いい仲になり損ねた同期もいっぱい配属されているのに、いらぬ事をしてくれる。
「まぁ……宇宙艦隊参謀本部にはちょっとソリの合わない一期上の先輩がいるので、それを配慮してくれたのかもしれません」
「だが首席卒の坊なら統合作戦本部長も宇宙艦隊司令長官も夢ではないのに、初っ端から査閲部だからなぁ……下手したら中将まで行けないかもしれないぞ」
「それはないと思うよ、マクニール少佐」
俺の隣に座って、悠然と紅茶を飲んでいたフィッシャー中佐が珍しく口を挟んできた。俺とマクニール少佐が話している時は滅多に口を開かず、いつものように穏やかな表情で話を聞いているだけなのだが……
「ボロディン少尉は第一艦隊副司令官ボロディン少将閣下のご子息だ」
いきなり投下された爆弾発言に、マクニール少佐もフィッシャー中佐を見、そして俺を見る。俺が諦めて頷くのを見てから「おやまぁ」と呆れた口調で呟いた。というか俺も驚いた。何故今更それを言うのかと。
「……ん~そうなると、ますますワケがわからんなぁ」
「あの、マクニール少佐……」
「なんだい、坊主」
「自分を戦死させたくなくて養父が人事に干渉した、とはお考えにならないんですか?」
小心者の俺がおっかなびっくり問うと、逆にマクニール少佐の方が目を丸くして驚いたようだった。
「坊主は自分の親父さんがそんなにも恥知らずな男だと思っているのか?」
「いえ、そうは思いませんが……」
「グレゴリー=ボロディン少将閣下はいずれ中将、大将になる人だ。そんな人が軍人となった自分の息子の命惜しさに不義を望むわけがない。息子の栄光ある将来も、自分のこれまで築いた名声も失うことになる」
グレゴリー叔父はマクニール少佐の言うとおりだろう。だが元凶は違えど、俺と同じような勘ぐりをする奴は多くいるに違いない。幸い、マクニール少佐はそういう勘ぐりはしなかった。「いい人」だとは思う。だが前世もそうだが、いい人は総じて世間に少ない。
「だからこそよく分からん。クレブス中将は人事部に掛け合った上で、配置を了承したらしいが……」
溜息混じりのマクニール少佐の言葉が、その日の夜まで俺の頭の中に残っていた。
それからさらに一週間が過ぎ、ようやく俺はフィッシャー中佐の手助けを得ず、情報の入力や訓練考課表の統計作成が出来るようになった。ちょくちょく添削は入るものの、形となった考課表を手に取り、俺はようやく給与分の仕事ぐらいは出来るようになったかと喜んだ。未だテンプレ集を手放せないのだが、それなりにホッとしたのも事実だ。フィッシャー中佐と共に本部ビル三〇階の食堂で昼食を取っている時、そのせいで油断していたのか、俺は中佐につい聞いてしまった。
「艦隊運用というものは、やはり訓練でしか鍛えられないものなのですか?」
原作における『艦隊運用の名人』はどうやってその運用法を学んだのか。確かに士官学校には艦隊運用術・用兵理論等の学科はある。しかし実際に艦隊を動かすとなると、これがなかなか上手くいかない。フィッシャー中佐に教えられながら作成した考課表を見てもそれは明らかだ。
再編成されたばかりの部隊だと、艦のカタログデータの半分以下の速度でしか集団行動が出来ない。出来るようになる為に訓練をしているのだから当然といえば当然なのだが、艦隊運用というものが指揮官や幕僚集団、艦長などの腕に左右されるのであれば、教科書にはないコツのようなモノがあるのかもしれない。
そのコツがいつかは役立つかもしれない、と参考までにその道の『名人』に聞いてみたのだが、俺に問われたフィッシャー中佐はというと、口元にサンドイッチを運んだままの姿で固まってしまっていた。
「中佐?」
「……二週間か。これを早いと見るか、遅いと見るかは判断が難しいところだ」
数秒後、ようやく筋肉に信号が行ったフィッシャー中佐は、サンドイッチを皿に戻し、紅茶カップを手にとって一口傾けてからそう呟いた。
「いや、済まない。でもどうして少尉はそう考えたのかな?」
「あ、いや……それは……」
俺は自分の考え方を一応述べた。『コツ』という言葉に、フィッシャー中佐は小さく眉を動かし苦笑したが、それ以外ではずっと黙ったままだった。彼が口を開いたのは、たっぷり一分経過してからのことだった。
「さすが、と少尉には言いたいところだが、艦隊運用に特別な『コツ』というものは存在しない」
フィッシャー中佐の声は、いつもよりも深くそして低い。俺は思わず背筋に力を入れざるを得ない。
「艦隊運用を上達させるのに必要な要素は大きく分けて三つあると私は思っている。適切で素早い空間把握と、部隊を構成する艦艇性能の理解、艦艇を統率する下級指揮官あるいは艦長の力量の把握だ……それに加えてある程度の作戦構築能力と、下級指揮官同士の相互理解と、適切で効率的な燃料の管理術があれば、よりスムーズな運用が可能になる」
艦艇が戦列を組み直して別の陣形を形成するに際して、動く先の空間に余裕があるか、空間に障害物がないかを把握するのはまず当然のことである。個艦性能以上の運動を求めるのは、特殊な外的要因がない限り意味のないこと。土俵が整えばあとは下級指揮官や艦長が、上級指揮官の指示に適切な行動で応えればよい。上級指揮官に作戦構築能力があれば部隊移動の時間や空間に余裕が産まれるし、下級指揮官同士の相互理解があれば交叉する移動経路となっても衝突せずスムーズに動ける。さらに燃料を効率的に管理することが出来れば、より長時間広範囲にわたる運用が可能となるだろう。
「もっとも、私も本に書けるほど艦隊運用に自信をもっているわけではない。ただ今までの航法・航海士官としての実戦経験や『訓練査閲官としての経験』から、こうなのではないか、と考えて言っているだけに過ぎないのだが」
フィッシャー中佐の最後の言葉に、俺は自分の瞳孔が大きく開いたことを実感せずにはいられなかった。
士官学校首席卒の俺を、出世コースの基本である戦略部や防衛部、宇宙艦隊司令部の参謀本部などではなく、嫌われ者で猛者の集まりである査閲部に、あのクソ親父(=しつこいようだがシトレ中将)が横槍を入れてまで放り込んだ理由が、ようやく理解できた。
あのクソ親父は、俺の出世など幾ら遅れても構わないと思っている。むしろ早々に退役しろと思っているのは本人も言っているからそうなのだろう。だがどうせ時間がかかってもいいなら、彼らのような実戦経験豊富な勇者達から、その貴重な経験を学び、そして査閲官として経験を積んでこい、功績を挙げる機会と相殺で、と言外に言っているのだ。しかも戦場に出ることなく!!
「フィッシャー中佐」
俺は、最後の確認がしたくて、失礼な質問を中佐に投げかけた。
「中佐の、査閲官になる前の任地はいずれでしょうか?」
「……四年前。第二艦隊第一分艦隊の航法・運用担当士官だった」
中佐の答えははっきりとしていた。
「私は今まで君ほど『彼』に愛された新任士官を見たことがないよ」
そういうとフィッシャー中佐は再び紅茶カップに口をつけた。その穏やかな顔に、若干の気恥ずかしさ浮かんでいたのも間違いないのだった。
後書き
2014.10.05 更新
2020.09.23 誤字修正
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