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IS〈インフィニット・ストラトス〉駆け抜ける者

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第25話

「コレでェェェ!!」

負けすぎて、何回目かも分からなくなった織斑先生との勝負も、遂に終わる時が来た。
先生のほんの一舜の隙を突き、先生の顔面を掴んだのだ。

「消し飛べぇぇ!!」

そのまま掴んだ掌からエネルギー波を叩き込む。いかに最強と言えど、ゼロ距離の攻撃は防げまい!

馴染み深いブザーが鳴り、俺の勝利を宣告するアナウンスが響く。
負けた先生は驚いた様子だったが、すぐに穏やかな表情を見せ、粒子となって消えていった。『よくやった』と、聞こえぬ声を残して。

「やー、おめでとう!挑むこと1億7045万8369回!目標達成だね!」

そうして俺が余韻を味わう間もなく、神が能天気な態度で褒める。でも、どうしてだろうか。ちっとも嬉しくない。寧ろ、苛立ちしか感じない。

「まあまあ、そんなに怒んないでよ。確かに理不尽だったかも知れないけどさ、今の君は間違いなく強くなってる。そこは理解してほしいな。それに、『今の織斑千冬』は『昔』よりもっと強い。分かってるでしょ?」

コイツの言い分は正しい。正直、最初よりは先生に追随出来たし、現実の先生は現役の時よりも強い。まだまだ俺では追い付く事はおろか、その背を見るのも遠い。

だが、俺のこの表現しようのないもやもやした気持ちはどうすればいいのだろうか?「サラマンダーよりずっと速い!」と言われたようなこの気持ちは。

「それは起きた後に考えればいいんじゃないかな?」
「そうだな、そうしよう」

感覚が麻痺していて、どれだけこの夢空間に居るのかは分からないが、億単位で戦闘を続けたのだから、相当経過しているのだろうか?だが、此処での那由多程の時間も、現実では数舜に満たないらしいし、さほどでも無い気もする。

「で、結局この夢が終わる方法は?」
「それはねー、僕がー」

話の最中に、何の脈絡もなくまた織斑先生が出て来て、神をむんずと掴み、垂直にジャンプした。

「え?えええ!!?」
「コレで夢は終わる。丹下、また会おう!」

そしてそのまま神の上下を反転させ、回転して地面に叩き付ける。所謂スクリューパイルドライバーである。

「織斑先生えええ!!?」

絶叫しながら飛び起き、目がさめた事に気付くと、顔面を手で覆った。
起こす方法、他にもあっただろうと。

─────────

その後、俺の叫びで駆けつけた一夏によれば、俺は夜通しうなされていたらしい。内容が内容だけに当然な話ではある。
相当心配をかけたようで、俺は一夏に感謝を伝え、ひとまずは収まったかに見えた。

だがまあ、俺が悪夢を見たと言うだけで暴走する奴がいるわけで、姉と妹は安眠グッズを大量に持ってくるし、葵はやたらと相談させたがるしで、居心地は最悪だった。

そんなこんなで数日後、妹の臨海学校の準備の為に、街のショッピングモールに来ていた。何でも、水着を新調するらしい。ゼロや一夏も準備すると言っていたし、もしかすればばったり会うかもしれない。…俺の準備は万全だが。

それにしても種類豊富なショッピングモールである。衣食住も和洋中も老若男女も問わない品揃え。フリーのカメラマンも文句無しのラインナップと言っていいだろう。買わないが。

「お、水着は男女で売場が別みたいだな」
「…兄さん、来ないの?」
「行かなきゃお前うるさいだろ?行くぞ、真琴」
「うん」

流石は女性水着売場、色も種類もアウェイ感も半端ではない。そして、此処は女性上位の世界、男の肩身は狭いのである。

「これ戻しといてもらえる?」

見ず知らずの女性に水着を手渡されて戻したら、次は別の女性に水着を持って来てくれと言われたので渡し、真琴の水着が決まるまでちょこちょこ動いた。一夏が見れば怒るだろうが、世の中まだまだ女が強い。真の男女同権はまだしばらくは来ないのだ。

「あ、丹下君、妹さんとお買い物ですか?」
「山田先生?ええ、妹の付き添いで」
「仲良き事は良い事だ、丹下」

真琴を待っている間に、山田、織斑両教諭と会った。やはり水着を買うらしい。ニ、三会話していると水着を購入した真琴が来たので、挨拶もそこそこに、売場を去った。何か歯噛みしているオルコット達が居たが、何だったのだろうか?

──────────

「ラァァァ!!」

時刻は真夜中、只今丹下智春、臨海学校目的地へ爆走中。理由は、数時間前に端を発する。

『バスの座席が足りん』

そう言った織斑先生によれば、立て続けのイレギュラーにより増えた生徒の分のバスを確保出来なかったとか。
ならばどうすればいいのかと問うた俺に先生からの答えは非常にシンプルだった。

『走れ』
『…ハイ?』
『一日で100Km走る企画も毎年あるのだ、不可能では無い。許可は私が出す、ISを使えば問題あるまい』

そうと決まれば、寝ている一夏を起こさないように荷物を背負い、校門の守衛さんに事情を話し、現在に至る。

なかなか痛快な景色である。深夜故に人も車も少ないが、すれ違う度に目を丸くされるのだから。無理もない、暗がりで分かりにくくしてはいるが、足だけ展開したヴァンガードの力で、馬並みの速度で走っているのだから。

スタイリッシュな独眼竜がUMAも使わず抜かされる悲哀が少しだけ理解出来た気がする。ただしホ〇ダム、お前だけは駄目だ。
そんな無駄な考えを巡らせ、寝ていないが為のハイテンションで走っていると、直上から反応をヴァンガードがキャッチした。

急ブレーキをかけ、空を見上げるが、雲と雲の切れ間から白み始めた夜空が僅かに顔を覗かせるのみ。ヴァンガードも沈黙している。と、その時、飛行機が切れ間を飛んで行った。あれに反応したのか?それにしては…、

「やめたやめた。先に到着しちまおう。時間がない」

疑問を胸の内に押し込み、爆走を再開する。目的地まではまだ距離がある。先生達が到着するまでに現地に居なければならないのだ。
だから、俺の頭上を雲に紛れて通過していった「ソレ」に気付かなかった。

─────────

バスが到着する予定の三十分程前に、目的地である旅館前に辿り着き、ブレーキを掛け、砂煙をもうもうと上げながら停止し、息を整えながら、

「着いた!遠い!」

と口から文句が。とにかく眠い。ひたすら眠気を紛らわせる為体を動かしていると、出迎えの為に出て来た女将さんと鉢合わせに。
何か言うかと迷っていると、丁度バスが来た。

織斑先生を先頭に、生徒逹が続々と整列する流れに合わせ、まんまと一夏の後ろに並んだ。そして、全員で挨拶し、ぞろぞろと部屋に案内されていく。俺はゼロと同部屋で、一夏は織斑先生と同部屋だった。妥当と言えば妥当だが、あまり意味がなさそうなのは、俺の気のせいだろうか?

──────────

顔を洗って眠気を吹っ飛ばし、男子用の更衣室で制服からアロハシャツに着替え、浜辺に出て来てみれば、辺りは水着の少女達の多いこと。
眼福と言える景色なのだろうが、ゼロと一夏に群がるような状態で固まっているので、とても暑そうだ。間違っても代わりたくない。ないったらない。そんなのよりアイスソードが欲しい。殺してでも奪い取りたい位に。
…イカンイカン、未だに徹夜のツケは残っているようだ。洗顔程度では撤収してくれないのか、奇妙な考えばかり浮かんでくる。

「兄さん、何してるの?」
「つれない君も魅力的だが、今はもっとよく見てほしい。君のために用意した水着なのだから」

そしてやってくる真琴と葵。水着姿が眩しいのに、喜びが湧いてこない。水色一色のパレオを巻いたビキニの真琴と、黒ビキニの葵。そんな極上の二人を前にしても、眠気が勝る。だから、二人に言ったのだ。

夕食まで部屋で寝てくる、と。
両頬に真っ赤な紅葉が出来上がったのは、語るまでもないことだ。

──────────

ゼロに肩を揺さぶって起こされ、すっかり元気になった体で夕食に向かう。睡眠は大切であると再認識した。

「どんなのが出るだろうな?」
「何が出ても、結局はゼロは『あーん』で食べなきゃいけないから大変だな」

ゼロと話しながら、後ろを向く。そこには、部屋からずっと俺逹に付いて来る少女。
やや俯いたその顔は、端正だが変化に乏しい。そしてその手でボールを弄んでいる。ゼロが何も言わないから聞かなかったが、誰です?この人?

俺の予想ではゼロが引っかけてきたのだろうが、好み広いな。まだ増やす余力があるのか。と、少女とゼロを交互に見ていると、ゼロが、

「…今更だが、ハル、後ろの誰だ?戻ったら部屋に居たんだが…、ハルが連れこんだのか?」
「ゼロが引っかけたんじゃないの!?」

ゼロと一緒に後ろを見て見れば、いつの間にやら煙のように少女は姿を消していた。色々面倒になったので、考えるのを止めた。
夕食は豪勢だったし、特別絡まれることも無かったので、実に珍しく平穏な時間を過ごせた。
これが嵐の前の静けさでしかなかったのは、今の俺には知るよしもなかった。
 
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