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とらっぷ&だんじょん!

作者:とよね
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第二部 vs.にんげん!
  第24話 つじぎり!

 何もする気がおきず、だらだらと過ごす内に、ついぞ開門日が来た。朝起きて、町の賑わいが宿舎にまで聞こえていたのでそうと分かった。
 ぼさぼさの髪を相変わらず整えもせずに地下の食堂に向かう。焼きたての無発酵パンとスープの香りが階段の上まで立ち上っていて、食堂では、既に五人の仲間がテーブルを囲んでいた。
「あれ。パスカとかあの辺は? もう出てっちまったのか?」
「パスカとアッシュとサラの事かい? それが、おととい以来戻って来ていないんだ」
 パンを呑みこみ、憂いに満ちた表情で答えるアーサーの向かいに座った。
「マジで? やばいんじゃねえの」
「僕も後で探しに行くさ。きっと時間の進みの早い層に進んでしまって、今日が開門日だって気付いていないんだ」
「おはよう、ウェルド。具合はどう?」
 ノエルがテーブルの上のパン籠をウェルドに寄越した。
「別にどこも悪くねぇよ。で、今ここに残ってるみんな、出て行かない組か?」
「そうね。あたしには帰る場所なんてないし」
 と、アーサーの隣のイヴ。
「あたし……正直、パパが心配だわ」
 ノエルが言った。ウェルドは首を振る。
「やめとけよ。お前が一人で出てったって、どうにもならねぇよ」
「……そうね」
「レイア……はまだ、目的果たしてないんだよな」
 レイアはテーブルの一番端で、黙々とパンを咀嚼し、無視している。
「エレアノールは?」
 一瞬、エレアノールが顔をぎくりと強張らせたので、ウェルドは訝しんだ。
「私は……まだこの町に残るつもりです。ウェルド、あなたは?」
「俺? んー、まあ、自分の本来の目的に全然手ぇつけれてねぇしな。残るぜ」
 ウェルドは席を立ち、厨房に行き吊るしてあるカップを取った。大鍋のスープを掬いながら、テーブルの仲間達を観察した。
 全員、嫌に静かだ。シェオルの柱という目下の課題が、一応……ああした形でだが……解決され、虚脱状態に陥っているのだ。
 加えて、外界の状況。
「あー、その」
 ウェルドはカップをテーブルに運びながら、いつもの癖で髪を掻いた。
「誰か一緒に外に出ねぇ? 外界の人間から情報集めようぜ」
 着席する時、エレアノールと目が合ったので聞いた。
「どうよ?」
「いえ……私は」
 やはり、その表情はぎこちなく、奇妙に緊張しており、不自然だった。
「おーい、みんなぁ」
 ジェシカの声が階段の上から降ってきた。足音の後、ジェシカがひょっこり姿を現した。先ほどまで遺跡に潜っていた様子で、疲れているように見えた。
「ダメだ、パスカたち全然見つかんないよ! シャルン達と手分けして探してるんだけどさ。あんた達、手伝ってくんない?」
「いいぜ。飯食ったらな」
 ウェルドは答えた。
「あたしも行くわ」
 と、ノエル。
 またしてもエレアノールと目が合った。
 彼女は、青白い顔をそっと伏せる。何かに怯え、迷う様に。

 三十分後、ウェルドは宿舎のエントランスで、ノエルと待ち合わせた。ノエルは一度だけウェルドと視線を合わせると、そっと目を伏せた。
 彼女が何を言いたくて、そして何を言わないでいるのか、ウェルドにも何となくわかる。
「やっぱさ」
 ウェルドは赤い額当てを巻きながら、ノエルの抱える気まずさを和らげ得る言葉を探した。
「割り切れるもんじゃねえよな」
 ノエルは小声で答える。ええ、そうね。
「あたし、柱を壊すってみんなに言ったわ。その為に遺跡に入って――でも――もし、あたしの前に柱が現れてたら、あたし」
 胸に抱く石板でそっと顔を隠し、呟く。
「壊せたか、わからない」
 ウェルドは無言のまま、何度も頷いた。ドアノブに手をかける。細く開いた戸口から、雪が吹きこんできた。
「待ってください!」
 誰かが宿舎の階段を駆け下りてきた。
 エレアノールだった。
「パスカ達を探しに行くのですね。私も行きます」
 そういう彼女は、それでもまだ、顔に不自然な緊張を隠したままだった。
「いいのか?」
「ええ……。この町を出なければいけない彼らを、放っておく事はできませんから」
「わかった」
 ウェルドはドアを、外に向かって大きく開けた。
「ありがとな」

 遺跡に行くには、町の大通りを横断しなければならない。
 通りは馬車という馬車、人という人で埋め尽くされていた。今回は新人の受け入れはないと言うので、今いる外界の人物たちは皆商人という事になる。
 冒険者たちが、馬車の列に群がり、冬物の服や酒や食料を我先にと買っていく。バルデスが言った通り、完全な売り手市場だ。一頭の家畜を巡って、冒険者達が買値を叫び、ちょっとした競りの状態になっていた。彼らは真剣そのもので、一触即発の空気でさえある。
 足許の雪は黒く汚れ、踏み固められており、つるつる滑った。人に押されたり滑ったりしながら、この三人で行動するのは久しぶりだとウェルドは思う。ラフメルの葉を取りに行った、あの時以来だ。
「よう! ウェルドじゃねえか」
 不意に、慣れ親しんだ声に呼びかけられた。ウェルドは、おっ、と眉毛を吊り上げて、声の主に片手を上げる。
 シェオルの柱探しを共にした戦士、アルバートだった。相棒ボスマンも共にいる。
「すげえ人だな。俺たちが来た時こんなんだっけ?」
「そりゃアレだ、お前らの時はお前らしかたどり着けなかったからよ」
「あー、そうだった」
「今よ、服とかよ、この町じゃ作られてねぇもんいっぱい入ってきてるからよ、買っときな。オイゲンの親父が一括で仕入れてるから後でも買えねえわけじゃねえけどよ。あの親父ボりやがるでよ」
「そうしたいのはやまやまだけどさ、時間ねえんだよな。町出てく予定の仲間がまだ遺跡の中でさ、探しに行くとこなんだよ……で、それ何?」
 ウェルドはアルバートが大事そうに手に持つ油紙の包みに目を落とした。
「お? これな? あれだよ。植物の種」
「種ぇ? 何するんだよ、そんなもん」
「何って、なー? お前、あれしかねぇよなー?」
「そーそー」
 アルバートもボスマンも、途端にニコニコと相好を崩し、ついぞ互いの肩を叩きあい大声で笑った。
「アレだよお前、育てんだよ。園芸だよ園芸」
「はぁ? 園芸?」
 ウェルドは思いっきり眉を寄せて、いかつい二人の戦士を見比べた。
「まさかその、あんた達、そのナリで園芸が趣味とかそういう系?」
「おかしいか? いいじゃねえか、なあ」
 と、アルバート。
「そーそー。食えるしよぉ。アレだよアレ。趣味と実用を兼ねてってやつ」
 と、ボスマン。
「サディーヤさんもいい人でさ、温室貸してくれるしな!」
「サディーヤさん?」
 その名に聞き覚えがある。ウェルドは首を捻った。つい最近というわけではないが、どこかで……。
 アルバートとボスマンの後ろに、男が二人立った。
 ウェルドは敵意に反応し、身構え思考を止めた。
 敵意は、二人の男から放たれるものだった。
 アルバートとボスマンも、笑うのをやめる。
 この町の冒険者ではなかった。明らかに商人でもない。堅気の人間ではないと、人相で分かる。
 二人は肩当てと胸当てで武装していた。そう上等な物ではないが、外界で流通するものとしては一般的なものだ。腰には剣を佩いている。
 賞金稼ぎだなと、ウェルドは結論付けた。隊商の護衛の仕事をしていた時、こういう連中を何人も見た。
 二人の男はニヤニヤと、嫌な笑みを浮かべている。その目はアルバートもボスマンもウェルドも素通りし、もっと後ろを見ていた。
 ウェルドもその視線を追った。
 エレアノールがいた。蒼白な顔で、目には怯えを湛え、二、三、後ずさる。
「エレ――」
「ウェルド」彼女は鋭い声で遮った。
「さよなら!」
 くるりと背を向けた。人ごみの中に姿を隠す。
「待てやぁ!」
 賞金稼ぎの内の一人が叫んだ。男達が、ノエルを突き飛ばし、人ごみの中へとエレアノールを追っていく。
「大丈夫か!」
 ウェルドはノエルを助け起こした。
「え、ええ――」
「おいおい、何か知らねぇけどヤバいんじゃねえの!?」
 アルバートが言って、二人の男を追いかける。ボスマンも続いた。
人ごみがさっと割れた。追う者と追われる者達の後ろ姿が見えた。
「お、追いかけましょう!」
 ウェルドはノエルの手を引いて、混雑する大通りを横切り、抜けた。路地にフリップパネルを敷く。ノエルの体を抱えてパネルを踏む。体が跳ね上がり、屋根の上に着地した。ノエルを屋根におろし、眼下の路地の迷路に視線を彷徨わせる。
「あそこ!」
 ノエルが叫んだ。彼女はすぐに気を切り替え、呪文を呟きながら石板を撫でる。火の矢が放たれた。それを目で追った先に、エレアノールを見つけた。魔法の火矢は、エレアノールと賞金稼ぎ達の間に着弾した。炎が燃え上がり、男たちを足止めする。エレアノールはその間に、屋根と屋根の波の間に、飲まれて消えていった。
「――何だってんだよ!」
 ウェルドは悪態をついて、屋根の上にフリップパネルを敷き、踏んだ。
「ウェルド!?」
 ノエルが手を伸ばす。
「ちょ、ちょっと――」
 屋根の縁で手を伸ばして、
「こんな所に置いて行かないでよ!!」
 その声はウェルドには届かなかった。
「待てお前らぁっ!」
 炎を避けて別の路地に入りこんだ賞金稼ぎ達は、既にエレアノールを見失っており、アルバートとボスマンも、この男たちを見失っていた。
 ウェルドは叫び、低い屋根から雪積もる路上に直接、飛び降りた。間の良い事に、近くの建物の壁に、穂の研ぎ澄まされていない槍が数本立てかけられていた。制作中の物だろう。という事は、この建物は、鍛冶屋かもしれない。
 突如眼前に飛び降りたウェルドの前で、二人の賞金稼ぎが立ち竦む。ウェルドは素早く槍を取った。なまくらの槍の帆を、一人の男の頭に叩きつける。男は白目をむき、昏倒した。
 ウェルドは間髪入れず槍を振り回したが、もう一人の男には掠りもしなかった。背を向け、逃げていく。
「待てって言ってるだろうがっ!!」
 男が逃げていく方向へ、ウェルドも駆けだした。
 と、眼前に、一人の男が立ちはだかる。思わずその場に硬直した。
 ただならぬ気迫を纏う男だった。
 冬だというのに薄着で、袖を肩までまくり上げ、色黒の筋肉質の腕をむき出しにしている。その腕が火傷のように赤いから、火の前にいたのだとわかった。
 だとしたら、この鍛冶屋の主人なのだ。
 男が剣を抜いたので、ウェルドはわけがわからなくなった。
 更によく見れば、男は笑っているので、ますますわけがわからない。実に嬉しそうに笑っているのだ――ウェルドに、殺気を放ちながら。
「はっ? 何――」
 男の肩が小刻みに震える。ついに声を上げ、笑い始めた。風が暴れる。男の長い髪が、一瞬、その顔を隠した。
「動くなよ」
 男は、顔から髪を払い言った。
「生きた人間で試し切りできる機会は、そうそうないからな……」
「へっ!? えっ!? 何でっ!?」
 男の剣が雪明りを集め光る。ウェルドはたまらず、制作中の槍を抱えたまま背を向け逃げ出した。
 男がたちまち背後に迫る気配。雪が積もっている中とは思えぬ俊敏さだった。ウェルドはフリップパネルを使い、屋根の上に飛んだ。直後、空を切る刃の風を感じた。
「なん、なん、なん――」
 ウェルドは屋根の上に膝をつき、男に叫んだ。
「俺が何したって言うんだよ!?」
 男は路地の突きあたりまで走って行った。袋小路の九十度に折れ曲がる壁を三角に蹴り、同じ屋根に飛び乗る。
「なっ――ちょっ――」
 そして猛然と走ってきた。
「あだああああああぁっ!!!」
 ウェルドはフリップパネルで隣の屋根に飛んだ。
 振り向けば、男も屋根の上を跳ぶ――トラップなど使わず、己の身体能力のみで。
 ウェルドは立て続けに屋根の上を跳んだ。何度目かで新雪に足を取られ、屋根の上で転んだ。そのままごろごろ転がって、地面に叩きつけられる。
 顔を上げると目の前に、人の足があった。
「なんだ、ぎゃあぎゃあうるさい物がいると思ったら、あなたでしたか」
 オルフェウスがさもつまらなさそうな顔で言った。
「て、てめぇ――」
 が、ウェルドは苛立ちを呑みこみ、槍を掴んだままの手で、オルフェウスの服を掴んだ。
「助けてくれ! 頭おかしい奴に追われてるんだ!」
「追われてる? やだなあ、だったら離れてくださいよ。僕がとばっちりを受けたりしたら一体どうしてくれるんです?」
「だからさ、ちょっとだけ、ちょっとだけ、な!? ちょっとだけ魔法で足止めしてくれるだけでいいんだ!」
「イヤです。離れてくださいよ。何で僕が男のあなたの為に危険を冒して助けなければいけないんですか? 大体、どうせ何か追われるような事をしたから追われているんでしょう」
「俺は何にもしてねぇって!」
「この槍は?」
 そして、はっと気づく。オルフェウスは言った。
「どうせ盗もうなどとろくでもない事を考えたんでしょう。この真昼間の人の多い時に。君はつくづく頭が足りないなあ」
「ぬ、盗んでなんかいねぇよ! ちょっと借りただけだ!」
「だったら返せばいいじゃないですか」
「そうか! お前天才だな!!」
 ウェルドはオルフェウスの手首を掴み、無理矢理槍を持たせた。
「返しといてくれ!! 頼むッ!」
「ええっ?」
 ウェルドは新人冒険者の宿舎の前の通りを走り抜け、適当な建物の陰に隠れた。
 息を整え、建物の角から来た道を窺う。
 あの男が道を走ってきた。槍を抱えたオルフェウスを見つける。
 オルフェウスは両手を上げて敵意がない事を示し、何事か言いながら男に槍を返した。
 そして、ウェルドがいる方向を指さす。
 男がウェルドを見つけた。槍を手に、嬉々として向かって来る。
「オルフェウス、てめえぇ!!」
 ウェルドは全力疾走しながら叫んだ。
「それが『口では冷たい事を言いながら実は誰より心配している男』のする事かぁっ!!」
 一方、鍛冶屋の裏手では、ウェルドに槍で頭を打たれた男が目を覚ます。
「ち、畜生――」
 男はくらくらする頭を押さえながら、雪に手をつき、立ち上がろうとした。
「あのアマ、どこに――」
 その男の背中を、誰かの足が踏みつけにした。
 首筋に剣があてがわれる。
「死にたくなければ動くな」
 冷たい、女の声。男は動くのをやめ、声を上げる。
「な、何だてめぇ――」
 前方から、新たな人物が来る。灰色の髪の逞しい初老の男と、――黒髪の女。
「言っとくけどな、お前のツレ、助けにこねえから。俺の店でのびてるからよ」
 オイゲンが言った。更に二人のカルスの戦士、アルバートとボスマンが二人の後ろからやって来る。
「レイア、剣を収めてください。その方はもう無抵抗です」
「どうだか……」
 と言いながらも、賞金首を踏みつけにするレイアは、結局足をどかしてアルバートとボスマンに処置を任せた。男は暴れようとしたが、たちまちアルバートとボスマンによって縛り上げられた。
「クソッ! お前ら知ってるのか! その女の身柄が幾らになるか! その女のした事をよ!!」
「うるせぇなあ、少し黙れよ」
 と言いながら、ぐるぐる巻きにされた男をアルバートが担ぎ上げる。
「そいつは――その女はな! 実の父と兄を殺したんだぜ! ラコース王国のミバル公をよ!」
 嘲りをこめて言い放った男は、オイゲンの返事に目を丸くする。
「知ってるぜ? それがどうした」
 レイアだけが、眉を動かし、少しだけ驚きを表した。
「この子、しょっちゅうしょっちゅう俺の店に来て転送機で送金頼んでたからよ。ラコースの貧しい人のためにな。お前は何だ? 無抵抗の人間を追い詰めて、その金を何に使う気だった?」
「うるせぇっ!」
 男は唾を飛ばし叫ぶ。
「そんなの、ジジイの知った事か!」
 レイアは剣を手に、雪に足音を刻みつけて男に歩み寄る。
 そして、喉に剣を突きつけた。
「レイア! 何をする気ですか?」
「その話が本当なら、生かしておく理由はないな。この男も、その連れもだ。外界で触れ回られては迷惑だ。――お前に何かあっては。私の遺跡探索に支障をきたす」
「やめてください、レイア! 無益な殺生は、どうか――」
 レイアは男の前で、ぽん、ぽん、と刀身で掌を叩きながら、どうしたものかと思案した。
 結局、剣を鞘に納める。
 男は、アルバートとボスマンが酒場まで運んで行った。
「……他言はしない」
 レイアはただ一言、言った。そして、宿舎へ続く道へ、先に一人で歩きはじめる。
「レイア……」
 エレアノールが、そしてオイゲンが、後に続いた。
「有難う、レイア……」


 
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