ロード・オブ・白御前
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ユグドラシル編
第7話 白鹿毛vsシグルド! 決死の大逃亡
「もうわたしに関わるのはやめて」
世界の足場という足場が、崩壊した心地がした。
「――、え」
「ごめんなさい、トモ……でもね、人ひとりの命が世界より重いなんて、わたしはどうしても思えない。ましてや、それがわたしみたいなバケモノの子なら、もっと。だから、行って?」
「――分かった」
巴は黒髪を棚引かせて走り出した。今、碧沙の顔を見たら、きっと泣いてしまう。そんな無様な自分は「呉島碧沙の友人」にふさわしくない。だから巴はふり返らなかった。
降りられる階段は片っ端から降りて、巴はついに地下のクラックがあるラボに出た。
巴は柵を飛び越えて下のフロアに飛び降りようとした。
「すんなり逃げられるとでも思ったか」
はた、と動きを止めた。横にシドがいた。
「一応お前らはゲストの扱いなんだがねえ。ん? 白鹿毛のお嬢サマ」
「――何ですか、それ」
「シリアルナンバーがないと格好がつかないと我らが開発担当サマがごねるもんでな。変身音声から取って勝手につけさせてもらったぜ。アーマードライダー白鹿毛」
白鹿毛――馬の毛色の名だ。白とつくからといって、全身が白ではなく、むしろアーモンドの中身の乳黄色に近い毛並みをした馬。
「ま、それは置いといて。大人しくお部屋に戻って下されば、手荒な真似はしないですむんだが」
「それは一生を牢獄で暮らせと言っているも同然です」
「何故だ?」
「わたしは新しいドライバーのテスターなんて引き受ける気はないからです。芳しい返事をしないと、出してくださらないのでしょう?」
力など欲しくない。巴が欲しいのは碧沙の友人という立場。
それは、ユグドラシルはもちろん、神様だって叶えてはくれない。
「そう言う割にきっちり量産型ドライバーは持ってってるじゃねえか。矛盾してないかい? お嬢サマ」
巴自身が目を背けていたかった事柄を突きつけられ、巴は目を泳がせた。
欲しいのは碧沙の友人の座なのに、自分は力を象徴するこのドライバーを持ち出してしまった。
(最初の亮二さんと同じ。わたしも力に魅入られ始めてる)
巴は一度唇を噛み、量産型ドライバーを腹に装着した。アーモンドのロックシードを開錠する。
「実力行使か。いいぜ、そのほうが分かりやすい」
シドもまたゲネシスドライバーを取り出し、腹に装着した。チェリーのエナジーロックシードを開錠する。
二人は同時にロックシードをバックルにセットした。
《 ソイヤッ アーモンドアームズ ロード・オブ・白鹿毛 》
《 チェリーエナジーアームズ 》
巴をアーモンドの鎧が、シドをチェリーの鎧が、それぞれ覆い、彼らをアーマードライダーへと変えた。
白鹿毛はぎりぎりの間合いから薙刀をシグルドへ向けて突き出した。
シグルドはそれを弓で逸らし、白鹿毛の懐に入ろうとする。白鹿毛はシグルドから逃げることも含め、柵を飛び越えて下のフロアに飛び降りた。研究員たちが悲鳴を上げて逃げ出す。
息をつく暇はない。頭上から紅いソニックアローが降り注ぎ、白鹿毛を襲う。白鹿毛はソニックアローの雨を避け、時には薙刀で弾き、少しずつ後退していったクラックへ背中から飛び込んだ。
キャンプを張っていた研究員や防護服の連中が悲鳴を上げ、散り散りになる。
これで逃げられれば御の字だが。
紅いソニックアローは白鹿毛を追ってきた。白鹿毛はとっさに薙刀でソニックアローを受け、爆ぜた余波で転がった。
『くっ…』
『認めちまえよ、お嬢サマ。あんたは力が欲しいんだ。だからその力を持ち去ろうとしたんだ。諦めてテスターになっちまえって。そうすりゃ検体Ⅰ――呉島碧沙のそばにもいられる』
『どうしてあなたがそれを…』
関口巴が抱える碧沙への執着。親友になりたい、一番になりたい。特別な人間の「特別」になることで、自分が持たないものを埋められる気がするから。
『同族嫌悪――ってやつだ、よッ!』
『ガハッ!?』
シグルドに腹を蹴られて転がり、近くの木の幹にぶつかって止まった。腹も背中も痛い。
『ぅ、づ……そう、ですか。あなたにもいるんですね、特別な、ひと……』
『まあ、そういうこった。つーわけでガキのお守りは終わりだ。強制送還してやるよ』
シグルドが最後のソニックアローを突きつけた。終わりか、と白鹿毛は諦めかけた。
その時だった。それぞれのロックビークルに乗った鎧武とバロンが飛び出したのは。
『無事か、関口』
ローズアタッカーを白鹿毛の近くに寄せ、バロンは淡々と問うてきた。
『っ、はい……』
『葛葉の後ろに乗れ。脱出する』
鎧武を向く。鎧武は肯いて後部座席を示した。白鹿毛は急いで鎧武とタンデムした。
2台のバイクがシグルドを圧倒する。シグルドが紅いソニックアローを撃っても、走行中のバロンと鎧武には辛うじて届かない。
鎧武とバロンは同時にウィリー走行し、シグルドをツイストランで攻撃した。
『戒斗っ』
『今の内だ。逃げるぞ』
サクラハリケーンの上、白鹿毛は振り落とされないようしかと鎧武の腰に掴まり、外界へ出るためらしきツイストランに耐えた。
シグルドは全力のソニックアローで、逃げ行く三者を撃とうとした。
“シドさんと話してる時間、好きです。わたし、大人のひとと話せてるんだ、って”
葛葉紘汰と駆紋戒斗はともかく、関口巴は、碧沙の――
シグルドは舌打ちして弓を下ろし、変身を解除した。
「見逃してあげたの? 子供嫌いのあなたが」
ふり返った先には、湊耀子が立っていた。
「文句があんならプロフェッサーに告げ口すりゃいい」
「そのプロフェッサー凌馬からの命令よ。あの3人はもう少し泳がせろって」
すると耀子は唇下に指を当て、うっとりとした表情を浮かべた。
「それに――わたし、あの子とはもっと戦ってみたいわ。生身でわたしと渡り合うなんて、先行き楽しみ」
くっ、とシドは帽子を軽く押さえた。
「関口のお嬢サマも可哀想に。あんたに目を付けられるなんてなあ」
シドの皮肉に対しても、耀子は嫣然とした笑みを浮かべるだけだった。
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