機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第四章 エマ・シーン
第一節 追撃 第三話 (通算63話)
アレキサンドリア級は、ティターンズが独自に開発した新造宇宙巡航艦である。従来の砲雷戦を主体とした設計ではなく、ミノフスキー粒子撒布下における機動戦を重視し、ジオン公国軍のムサイ級の設計思想と生産性――主船体とエンジンを別に建造し、二基のエンジンブロックと艦橋をハルで繋ぎ、主船体と艦橋は砲塔ハルで接続する正四面体構造を踏襲し、艦橋と主船体を一体化させMS積載能力を向上した艦となった。完成した一番艦《アレキサンドリア》は、ティターンズの第一艦隊旗艦とされていたが、厳密に言えば、戦隊規模の編成が主流であるティターンズの第一独立機動戦隊旗艦といった方が正しい。全長二百七十メートルの躯体にMSカタパルトを上下二基備え、主船体内にMSハンガーを持つ。最大MS搭載数は十機、四機編成の二個機動歩兵小隊の運用が可能となっている。
その《アレキサンドリア》の艦橋に、バスクとジャマイカンの姿があった。行き来するスタッフが出航を控えた軍艦特有の慌ただしさを醸し出している。満足げに司令席にふんぞり返ったバスクと不機嫌さを内に秘めた艦長のハールツ大佐が対象的だ。
『ゲート開放。オールグリーン。サチワヌ、出港せよ』
管制室からの通信でサラミス級軽巡航艦《サチワヌ》が出港する。続いて、同軽巡航艦《ブルネイ》が離床した。《サチワヌ》も《ブルネイ》も正確には連邦軍の主力艦艇であるサラミス級を改装したものだ。六○年代に設計されたサラミス級は、八○年以後、順次近代化改修されMSハンガーとMSデッキ、カタパルトを増設していた。MS母艦機能を追加された艦をサラミス改級と呼ぶこともあるが、連邦宇宙軍の制式艦級としてはサラミス級軽宇宙巡航艦のままである。
『アレキサンドリア、出港位置へ』
「アンカーロック解除、メインエンジン出力三○パーセント、微速前進っ。《アレキサンドリア》出港位置へ」
いくら不機嫌だとは言っても、ハールツには艦長の任務と職分がある。バスクは陸軍あがりであるから、海軍派のハールツが合わぬのも無理なかった。
ティターンズの設立当時のメンバーは、その殆どが元陸軍出身の宇宙軍――俗に言う陸軍閥が多く、海軍閥の宇宙軍は殆どいなかった。これは、提唱者のジャミトフが宇宙軍にあって陸軍閥の領袖であることに起因していた。その後、徐々に海軍閥の切り崩しを図り、ダグラス・ベーダーなどの支持を得て機動戦力を充実することができた。
だが、そのほとんどは元独立戦隊であるため、艦隊としてのまとまりは悪い。そもそも、如何にティターンズが特権を持つといっても、宇宙軍大佐は機動戦隊の司令官代理以上の権限を持つことはできない。本来、戦隊司令官は准将を以て任じるのが海軍の伝統である。大佐と言えば補給艦群や輸送艦群の隊司令か、戦艦・重巡航艦・航宙母艦の艦長、艦隊司令長官の幕僚長だ。それが解っていながらジャミトフ・ハイマンはバスクをそれ以上に昇進させようとはしなかった。
「バスク司令…よろしいか?」
大佐が戦隊を預かる場合、司令官代理とは言わず、単に司令と呼ぶ。司令官とは将官以上の呼称であり、代理を強調した言い方だ。加えてタメ口はハールツの精一杯の嫌味である。バスクは真意を知りつつ、鼻哂してジャマイカンに向かって頷いた。
「艦長の宜しいように」
バスクとしては度量を示したつもりだが、ハールツにしてみれば同格のバスクからならともかく、格下のジャマイカンに命令されたような形に思わずむっとした。が、ぐっとこらえ、副長に目配りする。キーヴァ副長が復唱し、スライドス航宙長が機関室に伝達した。
「出港位置固定、機関出力八十パーセントへ。出港後、ただちに戦闘ブリッジ開けっ、総員第一種戦闘配備っ。機関臨界後、第一戦速へっ」
矢継ぎ早に指示を出す。それがハールツの遣り方だ。『餅は餅屋だ。タイミングは専門家に委ねる』とは、副長時代に搭乗したサラミス級の艦長の口癖だった。
「では、艦長任せる」
おもむろに立ち上がり、バスクが司令席を降りる。ブリッジクルーに安堵の空気が流れた。艦長と事実上の司令官のソリが合わないのはかなりなストレスを与える。艦長は艦の総責任者であり、クルーには一艦一家主義の海軍気質が染み付いている。ハールツが艦長を務めた艦は全地球圏特別強襲警備隊(All Earth Guardian Incusion Specialized)時代から、一定の戦果を挙げつつ、激務ながら最も戦死者の少ない艦だったこともあり、かなりの尊敬を集めている。ペガサス級機動母艦《セントゥール》から《アレキサンドリア》に移るにあたって部下を引き連れて移艦したことは乗組員にとっても誇りとなっていた。
「アレキサンドリア、発進」
「発進」
ガイドビーコンが示す虚空の航路を、《アレキサンドリア》は緩やかに合流宙域へと向かった。
潜入した三機のMSの追撃と奪われた二機の《ガンダム》の奪還に一個戦隊規模の動員は大仰に過ぎるという雰囲気が《アレキサンドリア》にはあった。だが、バスクには敵――エゥーゴが機動歩兵小隊のみで突入をさせるとは思えなかった。嫌ってはいるがブレックスは航宙戦の大家である。数少ない空軍閥出身で准将とはいえ将官であることを鑑みれば、そんな愚行をする筈もない。
「母艦が何処かにいるはずだ」
それを探して叩く。そのためには独立機動戦隊規模では足りない。MSも艦も多ければ多いに越したことがなかった。
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