魔法科高校の神童生
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Episode30:正義の味方
摩利の競技が終わって、さっきのグループは散り散りになった。
達也は行く所があると言って、珍しく深雪を置いていき、幹比古と美月はエリカの奸計によって二人きりに、その騒動を苦笑いしながら眺めていた隼人は、雫に服を引っ張られて、施設内のレストランを訪れていた。恐らく、残ったメンバーは纏まっているだろう。
レストランについて、席に案内された後、隼人は雫に引っ張られている時に感じたみんなの生暖かい視線の意味と、雫がなぜ二人で昼食を取りたかったのかを悶々と考え続けていた。
(雫が誰かと喧嘩してる…なんてことは有り得ないよなぁ。俺が見た限りでは、普通に接してたし)
勿論、女心を微塵も理解していない隼人だ。雫が珍しく積極的に行動したことの大きさを全く分かっていない。
「隼人、どうしたの?」
「え? あ、ああ…なんで雫は俺と二人きりになりたかったんだろうなぁ…って考えてっててててて!」
すっ、と近づいてきた雫の手が、隼人の頬を掴み、そのまま左右に引き伸ばした。普段より更にジトッとした目を隼人に向けて、雫はむしゃくしゃする気持ちのまま隼人の頬を弄り続ける。
「い、いひゃい! ひずく! いひゃいよ!」
ぐにぐにと形を変える隼人の頬を、最後に、限界まで引き伸ばして手を離す。涙目になって軽く睨んでくるその表情にグッと来たのを表情にも声にも出さず、雫は淡々と答えた。
「私が隼人と二人きりになりたかったから、って理由じゃ、ダメ?」
首を傾げて、上目遣いでそう言われては流石の隼人もどもらざるを得ない。珍しく、頬を染めながら視線を泳がせていた。
「い、いや。ダメじゃないし、嬉しいよ」
「そう」
そう素っ気なく返して俯いた雫に、隼人は変なこと言ったかな? と首を傾げた。
雫はと言えば、少しだけ赤くなった顔を隼人に見せないようにするので精一杯になっている。
どこか気まずい雰囲気が二人の間に漂い、それは料理が運ばれてくるまで続いた。
☆★☆★
(あ、このオムライス美味しい…どう作ってんだろ?)
運ばれてきたオムライスは、流石軍直属のホテルのレストランと言うだけあってかなり美味しかった。俺が作ったら、こんな卵はふわふわにならないだろう。是非ともご教授願いたいところだ。ケチャップライスの味の濃さも丁度いいし、満足満足。
と、オムライスを半分ほど食べ終わったところで、目の前に座っている雫の視線が俺のオムライスに向いていることに気づいた。ふむ。
「はい雫、あーん」
「!?」
スプーンに一口分乗せて、雫の前まで持っていくと凄く驚いた顔をされた。あれ、食べたかったんじゃないのかな?
「いらなかった?」
「う、ううん……欲しい」
首を振る雫に安堵して、じゃあとスプーンを口元に寄せる。
「はい、あーん」
「あ、あーん……」
そして、小さく開かれた口の中にスプーンを入れる。
「美味しい?」
「…うん……ありがとう」
俯いてお礼を言う雫に、かわいいなーと思ってしまう。
雫とは十字の道化師の時以来、結構仲良くなることができた。最初はあんまり感情の起伏がなくて、表情にもあまり出さない人だったから、話しかけ辛いなと思っていたけど、今ではちょっとの表情の違いでも少し分かるようになって、意外と雫は恥ずかしがり屋だってことが分かった。それがちょっと嬉しくて。
「…どうかした?」
「え、いやぁ…雫ってかわいいなーって」
「…!?」
あ、思ったことがつい口に。
ガタッと椅子から立ち上がった雫に、俺はどうすればいいか分からず引き攣った笑みを浮かべた。
「……も、もう一回…」
「え?」
「もう一回、言って…」
もう一回? なんだ、聞こえなかったのかな? 少し恥ずかしいけど、まあ断る理由もないし、いいか。
「かわいいよ、雫」
「~~~っ!」
「え、ちょっ、雫、顔真っ赤だけど大丈夫!?」
突然顔を真っ赤に染めた雫に、慌てて側に寄る。熱を計る為に額に手を当てると、かなり発熱していることが分かった。慣れない場所で風邪でも引いたのかな?
「大丈夫、雫?」
「…大丈夫。少し、想像以上だっただけ」
「?」
雫の言っていることがよく分からなかったけど、大丈夫ならそれでいいか。
「あ、雫のサンドウィッチも頂戴」
「……ん」
「ありがとー!」
☆★☆★
雫が御手洗いで席を立った後、端末にメールが届いていたことに気づいた。送り人は不明。かなり怪しいけど、見てみないことにはなにも分からない。一体どんな厄介ごとに巻き込まれることになるのか、溜息をつきながら、メールを開いた。
『警告』
開いたメールの文面には、それだけが、簡潔に書かれていた。
(……警告、ね。これ位の脅しで、どうにかできるとでも思っているのかな?)
だとしたらナメられたものだ。これ以上踏み込んだら殺すと言うのなら、寧ろ好都合。そちらから尻尾を出して来てくれた所を返り討ちにしてやる。
(お前らには、沢山聞きたいことがあるんだよ。ねぇ、無頭竜…)
今回、この九校戦に無頭竜がなんらかの形でちょっかいを出して来るのは既に分かっている。
組織自体がこの九校戦をネタに博打を行っているらしいのだ。なにがなんでも自分達が勝つように『調整』してくるだろう。下手をすれば死人が出るかもしれない。
(九校戦が始まる前に決着をつけておきたかったけど、やはりアジトがわからない分にはどうしようもないか……そこはエリナにがんばってもらうことにしよう)
訳ありらしく、学校に通っていないエリナは保護責任者である雑誌社の編集長の仕事を手伝いながら、俺の依頼を受けてくれている。
やはりエリナは俺が睨んだ通りBS魔法の使い手のようで、以前風呂場に乱入してきた時のように『物質透過』なるものができるそうだ。また、加速系魔法も使えるようで、その機動力は下手をしたら俺の上かもしれない。
彼女には今回、無頭竜のアジトの割り出しを行ってもらっている。勿論、深追いは禁止。危なくなったらすぐに切り上げろとキツく命令してある。
(……彼女はまだ14歳だ。ちょっと無理させすぎかな)
いくらエリナが優秀だからと言って、俺でさえ疲労する諜報活動を連続でさせるのは余りにも酷だ。
「…休ませてあげよう」
「休ませる? 誰をですか?」
と、背後から聞き覚えのある声と共に軽い衝撃が襲ってきた。
「エリナ? どうしてここに?」
椅子の後ろから俺にのしかかるようにして現れたのは、つい今考えていた少女だった。それにしても、まったく気配がしなかったけど。
「普通に入場して、それで面倒だったんで透過してショートカットしてここまできました」
やっぱり。でも今俺が聞きたいのはそういうことじゃない。
「仕事は終わったの?」
「はい、今日は取材ナシでしたから。それと、九校戦を見に行きたいって言ったら編集長がお休みくれました!」
「そっか。じゃあ、しばらくゆっくりできるね」
「はい! 先輩の活躍、楽しみです」
そう言われてしまったら頑張るしかないんだけど。丁度いい、エリナには今回は完全OFFにしてもらおう。
「エリナ、情報のことなんだけど…」
「あ、はい。敵のアジトの位置は大体掴めました。あとは細かな情報と、裏付けをするだけですね」
「ありがとう、早いね。じゃあ、この後ちょっと予定があるから夜俺の部屋に来て。そこで話し合おう」
部屋番号を書いた紙をエリナに手渡す。なんか顔を赤らめてクネクネしてるけど、まあいつも通りな気がするから放っておくことにしよう。
そろそろ会長の決勝トーナメントが始まるようだし、雫のことを迎えに行ったほうがいいかな。
「それじゃ、また後でね。エリナ」
「わひっ!? あ、はい! また後で!」
変な声を上げたエリナに笑みを漏らし、俺は二人分の会計を済ませて店から出るのだった。
☆★☆★
「……あれ、市原先輩?」
雫と別れた隼人は、一高専用のテントを訪れていた。勿論、ただ暇だったから、という理由ではなく鈴音に呼ばれたためである。
しかし実際に訪れてみると、テントの中に鈴音の姿はなく、隼人は首を傾げるしかなかった。
「おう、どうした九十九?」
「あ、市原先輩に呼ばれてきたんですけど…見当たらなくて」
隼人に声をかけたのは、作戦班に属する二年生の男子生徒。交友が深いわけではないが、それなりに言葉は交わしたことのある人だった。
「ああ、市原先輩なら奥の部屋で作戦を立ててるぜ。まあ、作戦って言ってもこれからの勝敗を予想してどの程度で優勝できるか、って計算だけどな」
「へぇ…そんなこともしてるんですね。ありがとうございました、先輩」
「おう、なんかあったらまた言ってくれ」
気さくに手を振る先輩に手を振りかえしながら、隼人は鈴音がいるらしい奥の部屋へと向かった。
「市原せんぱーい…九十九です」
『ああ、どうぞ。開いてますので』
向こうから聞こえてきた声に、ほっと胸を撫で下ろす。もし鈴音ではなく他の誰かがいたら恥をかくことになっていたのだ。よかった、と隼人は息を吐き出した。
鈴音のいる部屋に入ってみると、そこは情報端末やホログラム、モニターなどで埋め尽くされていた。
その中で、鈴音は一人モニターに向かってキーボードを叩いている。
取り敢えず、すごく集中していたため、隼人は邪魔しないように部屋の隅に置いてあった椅子に腰を降ろす。
そして、待つこと数分。カタリ、と恐らく最後のキーを打ち終えて、鈴音が溜息を漏らした。
「お疲れ様です、市原先輩」
と、そこに隼人がコーヒーの入ったカップを差し出した。座って待っているだけでは手持ち無沙汰だったのだ。
「ああ、ありがとうございます」
隼人からカップを受け取った鈴音はそれを一口飲んで机の上に置いた。
「さて…確か、アイス・ピラーズ・ブレイクの作戦を考えるのですよね?」
「はい。俺って対人戦は得意なんですけど、棒倒しみたいな遠距離魔法+駆け引きの競技種目は初めてで…」
今回の九校戦で、隼人が出場する種目は5日目、6日目のアイス・ピラーズ・ブレイクと、7日目、8日目のモノリス・コードの二種目。四日間連続という過密スケジュールだが、隼人本人が快諾したため鈴音を始めとした作戦班や真由美たちは、この無理矢理な予定を組むことができた。
その対価として、隼人は鈴音にアイス・ピラーズ・ブレイクの作戦案を一緒に考えることを約束させていたのだ。
「そうですね…まず、九十九さんの得意とする魔法系統を教えてください」
「得意とする…うーん、大体なんでもできるんですけど…領域魔法とか気持ちいいですよね。あの、無双感というかなんというか!」
とは言いつつ、隼人は滅多なことがない限りは領域魔法などという大規模な魔法は発動させない。
隼人が魔法を発動させるためには、『座標』『威力』『種類』を想像しなければならない。勿論、想像するだけであとは任意に魔法行使ができるのだから、魔法発動スピードは並の魔法師を寄せ付けない。が、魔法が大規模なものになればなるほど、発動するための『想像力』も大きく、そして細かくイメージしなくてはならなくなる。
また、ただでさえ尋常ではない発動スピードに加え、『マルチタスク』という並列思考スキルを使用する隼人は、三段階に分かれている『想像』を一度に行っている。それは圧倒的発動スピードを更に早くする効果を持つが多大な集中力を消耗するため、広範囲に影響を及ぼす領域魔法は簡単に言ってしまえば想像以上に疲れるのだ。
故に、迅速かつ隠密が必須の『普段』で、疲労の激しい領域魔法を使うことはまずない。相手の領域魔法を上書きする時に使用するぐらいだろう。
だが、アイス・ピラーズ・ブレイクは『暗殺』ではなく『競技』だ。故に、隠れる必要もなく、また一試合一試合の間隔がそれなりにあるために疲労を心配する必要がない。
なによりも、圧倒的魔法力で場を支配してみたい、という欲求があった。
「なるほど……ちなみにどんな領域魔法を使えますか?」
「うーん…系統化されている領域魔法なら、大体は使うことはできます。使いこなせるのは、ムスペルスヘイム、ニブルヘイムとかですかね」
気体分子の振動を減速し、水蒸気や二酸化炭素を凍結させるのに留まらず、窒素までも液化させる領域魔法、ニブルヘイム。
気体分子をプラズマに分解し、更に陽イオンと電子を強制的に分離することで高エネルギーの電磁場を作り出す領域魔法・ムスペルスヘイム。
どちらも並の魔法師に扱うことはできない高等魔法を使えるとサラリと言ってのけた隼人に、鈴音は軽い頭痛を覚えた。
「……どうかしましたか?」
「いえ、なんでもありません」
突然頭を押さえた先輩に困惑を露わにする隼人だが、困惑したいのは鈴音の方だった。
そもそも、領域魔法自体扱うことが難しいと言われている魔法なのだ。それを、『大体は使うことはできる』と言ってのけた後輩のハイスペックぶりは呆れるしかない。珍しく、いつものポーカーフェイスを崩して溜息をつく鈴音。
しかし、と思い直す。
よくよく考えれば、目の前にいるこの後輩はほぼなんでもと言っても差し支えないほどの種類の魔法を扱うことができる。だとしたら、今まで自分が考えて結局実現不可能としてボツにした作戦を使用することはできるのではないだろうか。
気づけば、鈴音は黒い笑みを浮かべていた。
「少し、お時間を頂きます」
「へ…?」
約五時間後。『鈴音様恐ろしい』と譫言のように呟く青髪の一年生がいたとかなんとか。
☆★☆★
「……市原先輩って、実は性格悪いんじゃ?」
「褒め言葉として受け取っておきます」
ゲッソリとした顔で、せめてもの皮肉を言うがサラリと流されてしまう。涼しい顔で隼人の隣を歩く鈴音だが、やはり五時間ずっと作戦を練り続けていたのだから少しだけ疲労の色が窺えた。
途中途中で、真由美と摩利の競技を中継で見たりなど息抜きも入れたが、やはり五時間は長かった。
この時ばかりは、なんでもできる自分の能力を恨む隼人であった。
「……スピード・シューティングは男女ともウチが優勝して、バトル・ボードの方も委員長と服部先輩が準決勝進出。中々いい滑り出しですね」
「そうですね。あまり計算に狂いがないのが助かります」
結局、女子スピード・シューティングはそのまま真由美が他を圧倒し堂々優勝。男子も所々危うい所もあったが優勝を果たし、女子バトル・ボードの摩利も危なげなく三日目の決勝に進出を決めた。
「……ちなみに、俺の計算って…?」
「勿論、優勝です」
ズン、と隼人にプレッシャーがのしかかる。若干青褪めた顔を見て、鈴音は小さく笑みを漏らした。
「冗談ですよ」
「じょ、冗談…?」
半信半疑になりながら聞いてくる隼人に鈴音は頷く。それを見てあからさまに安堵した顔をする隼人。
「けど、期待しているのは本当です。頑張ってくださいね」
「……まあ、先輩が考えてくれた作戦で負けるわけにはいきませんからね。やるだけやりますよ」
隼人と鈴音が五時間かけて考えた作戦は、鈴音曰く「作戦と呼ぶには余りに稚拙」だと言う。しかし、鈴音が貴重な時間を大幅に割いてまで考えてくれたのだ、それを無駄にするわけにはいかないと、隼人は気合を入れ直した。
「……ん? あれは…」
そこで、隼人は前方に誰かがいるのに気がついた。
自分よりも高い身長に、色素が抜け落ちた白い髪、そして身に纏う濃密な殺気。どうやら今はそれを抑え目にしているらしいが、これまでそういった気配の察知能力を養っておいた隼人には無意味だった。
まるで気そのものが質量を持っているかのように重く、そして鋭い。
「紫道、聖一」
「九十九、隼人か。それと…一花…いや、今は市原鈴音、か…クク、珍妙な組み合わせ、だな」
「なに…? どういう意味だ」
知らず、隼人の体は臨戦態勢に入っていた。腰を落とし、すぐにでもあの首を砕き折る準備をする。
「…いや、なに。研究者と実験体が、揃っているのが愉快、でな」
「っ!」
「おっ、と」
攻撃を仕掛けたのは、隼人ではなかった。汎用型CADを構えているのは鈴音。その顔は、珍しく薄い怒りを浮かべていた。
「クク…知られたくない、か? まあ、いいさ。いずれ、誰もがアレを知る、ことになる。楽しみにして、おくんだな」
「……」
鈴音はなにも言わない。ただ、引き結んだ唇が、少し震えていた。
「…お前がなにを言っているのかは知らないけど、これ以上市原先輩を責めるというのなら」
「クク、物騒、だな。拳を降ろせ、九十九隼人…お前と、争うつもりは、ない……今は、な」
背を向けた聖一に、隼人は鋭い視線を向けた。今は争うつもりはない。ならば、いつか戦う時が来る。だったら今ここで殺してしまった方が良いのではないかと。
そこまで考えて、隼人はその思考を棄てた。ここで争えば間違いなくどちらかが死ぬ。そうなれば九校戦は中止になり、下手をすれば他の人達を巻き込まんでしまう可能性もある。ここで戦うのは賢明ではない、そう判断し、隼人は戦闘態勢を解いた。
「……クク…じゃあ、な」
スゥッ、とまるで消えるように紫道聖一は隼人達から遠ざかった。
「市原先輩、大丈夫ですか?」
紫道聖一がいなくなって、隼人は隣に立つ鈴音を見た。
「ええ、大丈夫です。少し、驚いただけですから」
いつの間にか、彼女から震えは消えていた。まだ少し顔色は悪いが、先程と比べれば大分マシである。
そこで先程紫道聖一が言っていたことを追求しようとして、やめる。鈴音にとって、紫道聖一が言っていたことは間違いなくトラウマかそんなものになっている。それを追求するのは、結局紫道聖一とやることが同じだ。それは、隼人の本望ではない。
「取り敢えず、今日はもう部屋に戻りましょう。送っていきますよ」
「……ええ、ありがとうございます」
☆★☆★
市原先輩を部屋まで送ってきて、自室まで戻ってきた俺はベッドに倒れ込んだ。どうやら森崎君はまだ戻ってきていないみたいだ。また取り巻きと会場にでもいるのだろうか。
「それにしても……研究者と実験体、か」
紫道聖一の言ったあれは、どういう意味なのだろう。研究者と実験体が揃っている、という言い回しからして考えると、あれは多分自分のことも指しているのだと思う。そして、俺も。
正直言って、心当たりなどまるでない。明らかに俺は研究者なんて性質じゃないし、俺が実験の被験者になっていたことなんてない。
ただの人違い? いや、それは無理矢理すぎるか。だとしたら、俺の知らないことをあの二人は知っていることになる。
そういえば、もう一つ気になっていたことがあった。
あのパーティの時、紫道聖一との初めての邂逅の後に言っていた市原先輩の言葉は、明らかに前から紫道聖一を知っていた口振りだった。
九校戦に出場する選手として調べていた可能性もあるけど、あの警戒度から見て、なんらかの因縁があると考えた方が自然だ。
「市原と、紫道…そして、紫道と黒髪の少年、緑川佐奈…十字の道化師…市原先輩は、十字の道化師と関係がある……?」
なにを馬鹿な、と斬り捨てる。そもそも紫道聖一と十字の道化師の関係だって分かっていない。今の推測は、穴だらけの推測とも言えない妄想だ。
「……だとしたら、俺には分からないことが多すぎる…」
ズキリ、頭の奥ーー脳が少しの痛みを訴えてきた。少し柄にもなく考え過ぎたらしい。今日はなんか疲れた。もう寝よう。
「おやすみなさい」
森崎君に悪いと思いながら、俺は部屋の電気を消して眠りにつくのだった。
☆★☆★
不気味な夢を見た。幼い子供達が、牢屋の中で監禁されている夢だ。
恐らく、各地から攫われてきたのだろう。白人黒人黄色人、様々な肌の色を持つ子供達たちや、更にはまだ3歳にも満たないような子供もいる。牢屋の外には、三人の大人の姿。二人の男女は揃って青い髪をしているが、もう一人の男は燃え盛る炎のように真っ赤な髪をしていた。なにやら揉めているようだが、その内容を聞き取ることはできない。
しばらくして、青い髪を持つ二人の男女がどこかへ行った。それを見届けて、赤い男がこちらへ歩いて来る。牢屋の中の子供達が、表情を強張らせ、震え出す。
『守らなきゃ』と思った。かつて憧れ、今でもなりたいと願っている正義の味方のように、子供達を守らなくてはと思った。
口元に隠しきれない狂気の笑みを浮かべた男の手が、俺に向かって伸びてきてーーーー
「ーーーッ!?」
ガバリ、と思い切り起き上がる。目が覚めた時、そこは牢屋の中ではなくホテルの一室であった。
「あれは…一体……」
収まらない動悸に、溢れ出た冷や汗。とにかく、夢のことを考えるのは後だ。今は、少しでも落ち着く努力をしよう。
暗くなった部屋の虚空を眺めていると、少し楽になった気がした。心に余裕ができて、周りを見る。
森崎くんはまだ帰ってきていなかった。この時間まで帰ってきてないんだ。恐らく、どこか別の部屋で寝たのだろう。なんかハブられた気がしなくもないけど、さ、寂しくなんてないんだからねっ。
「やめよう、虚しくなってきた」
苦笑いして、ふと自分の右手がなにか温かいものに包まれている感覚を覚えた。
疑問に思い、そちらを見ると。
「エリナ…」
そこには、椅子に座って俺の太腿を枕にして寝息をたてるエリナの姿があった。
そういえば、エリナが集めた情報を聞くために夜部屋に来るように言ったんだった。すっかり忘れていた。
「悪いことしちゃったな…ごめんね、エリナ」
気持ち良さそうに眠るエリナの緑がかった銀髪をゆっくりと撫でる。それにしても、エリナに手を握られてるから汗を流しに行けないなぁ。まあ、いいか。
「……なんだったろうな、あれは」
唐突に見た、覚えのない夢。心当たりなんてまるでなかったけど、ただの夢だと割り切るには現実味があり過ぎた。
「牢獄、子供達、三人の大人……そして俺はなにを思った? 正義の味方…? そんなもの、いるはずがないのに……」
そもそも、絶対的悪のいないこの世界において、正義の定義なんてない。なにかを守ろうとするなら、他のなにかを犠牲にしなくてはならない世界で、正義の味方が成立するはずもない。
正義の味方とはつまりは全てを救い、導く者のこと。誰一人の取り零しもなく、全てを救い続けるもの。
けど、そんなことは不可能だ。より多くを救おうともがけばもがく程、取り零してしまう者も多くなる。
だから、真の正義の味方は存在しない。
忘れるな、大を救うには小を切り捨てなければならない。取り零される者は必ず存在する。それこそが、今まで俺が殺してきた人達であり、これから殺して行く人達だ。
忘れるな、正義の味方はいない。故に俺はそんな存在になることはできない。
忘れろ、正義の味方に憧れたあの時の感情を。
「俺は……暗殺者だ…」
☆★☆★
「俺は……暗殺者だ…」
聞こえてきた苦しそうな声に、目が覚める。
いつか聞いたことのあるような、精一杯絞り出したかのような、酷く頼りない声。
見上げた先の暗闇の中に、かつて囚われていた私を守ってくれた『正義の味方』を幻視した。
「……おにぃ…?」
私の呟きに、彼はこちらを見て笑みを浮かべた。
「ごめんね、起こしちゃった」
そう言う彼からは、既に彼の面影はなくなっていた。
☆★☆★
どうやらエリナを起こしてしまったみたいだ。寝惚け眼を擦るエリナに謝罪して、笑みを浮かべる。
「寝ちゃっててごめんねエリナ。困ったでしょ?」
「あ、いえ、問題ないですよ。私も眠かったんで」
勿論それは俺を気遣って言ってくれたのだろう。そんな彼女の心遣いに感謝しながら、寝癖だった髪の毛を撫で付ける。
「うん、ちょうど森崎君もいないし、成果を聞こうか。大丈夫?」
「はい、大丈夫です。日本にいる無頭竜の中で、九校戦にちょっかいを出してきそうなとこのアジトですよね?」
そう、俺がエリナに依頼したのは、今回の九校戦に対して害を為すであろう無頭竜のアジトに位置。
九校戦が富士演習場で行われるのだから、そう遠くない所にアジトがあるところまでは予測できたのだけど、九十九の人脈だけではその特定まではできなかった。流石に、無頭竜のような犯罪組織ともなると情報の隠蔽が上手い。
「結果的に言って、恐らく無頭竜の東日本支部であるとみて間違いないと思います」
「東日本…ということは西日本支部みたいのもあるのか」
「そうですね。今確認できているのは東と西の二つです」
移動中にあったトラック事故の首謀者が無頭竜だったことや、これまでの調べで無頭竜がこの九校戦を使ってギャンブルをやっていることは分かっている。更に自分達が有利になるように外部から手を加えてくることは明らかだ。なにかが起こる前に潰さなくては。
「東日本支部は、横浜にあります」
「……横浜か…あそこは、普通に密入国者がいるからな…」
「あそこの治安はなかなかに悪いですからねぇ……あともうちょっとで潜んでる場所も特定できると思います」
「そっか、うん。ありがとう」
さて、仕事もそうだけど、九校戦のほうも頑張らなくちゃね。
どうやら期待されているようだし、少しでもその期待に応えられるようにしなくては。
ーーto be continueーー
後書き
作品名…変えようかな…?
感想など超絶待ってます!
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