夏祭り
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第六章
第六章
「一人でいるより皆といる方が楽しいよな」
「ああ、特にこんなに大勢だとな」
「そうそう。皆で楽しむ」
「これがいいのよ」
夜店で買った食べものや飲みものも楽しみながら話していく。その中には当然僕もいる。
僕は持つ花火を点けて楽しんでいた。その僕の隣に。
今度は気付いたらだった。小林さんがいた。
小林さんは金魚すくいの時と同じ座り方でいて線香花火を点けていた。小さくばちぱちと光るそれを。温かい笑顔で見ていた。
その小林さんに気付いて。僕は声をかけた。
「それしてるんだ」
「うん、好きだから」
線香花火を見たまま。小林さんは答えてくれた。
「夏はね。毎年何回かはね」
「線香花火してるんだ」
「ええ、そうよ」
小林さんは線香花火から目を離さずに僕にまた答えてくれた。
「そうしてるの」
「線香花火ってさ」
僕もその線香花火を見ながら小林さんに話す。
「奇麗っていうか。消える瞬間がね」
「そうよね。儚くて」
「悲しく思うけれど」
「それが奇麗なのよ」
こう僕に言ってくれた。
「そう思うのね」
「思うよ、僕も」
「じゃあ一緒にやる?」
僕も線香花火に誘ってくれた。
「今から」
「うん、それじゃあ」
ここで僕の花火が終わった。それでだった。
僕は小林さんの誘いに乗って。屈んで彼女から花火を受け取って。それからはじめた。
二人でやる線香花火はさっきよりも奇麗で儚く見えた。小林さんの顔がその光に照らされている。
その顔は本当に奇麗だった。まるでこの世にないみたいに。
その顔を見て。僕は。
言おうと思った。ここで。
それで僕の中にある勇気、今も殆んどないそれを振り絞って。小林さんに声をかけた。
「あのさ」
「何?」
「僕、実は」
ここで言葉を一旦切った。一呼吸置いた。
それからだった。小林さんに言おうとした。
「前からね」
「前から?」
今言おうとした。けれどだった。
言おうとしたその瞬間にだった。皆の声がしてきた。
「おい、はじまったぜ」
「打ちあげ花火だぜ」
「いよいよはじまったわ」
「来たわよ」
こう言ってきた。僕達に。
丁度ここで僕達の線香花火が終わった。最後の滴が落ちて消えて。光も消えた。
その光が消えた時に。皆が僕達に声をかけてきた。
「見ようぜ、早く」
「もうはじまってるから」
「ほら、もう打ち上がってるよ」
「皆で見ようよ」
「う、うん」
「わかったわ」
僕も小林さんも皆の声に応えて。
すぐに立ち上がって皆のところに来て。それでだった。
今まさに打ち上がってきた花火を見た。その花火は。
ひゅるひゅると上にあがってそうしてだった。空に赤と白の大輪の花を夜空に咲かせた。
花火はそれ一つじゃなくて次々にあがって。青い花もあれば黄色の花もあった。形も色々だった。
無数の花火が次から次にあがる。皆その花火達を笑顔で見ていた。
そうしてだった。皆で言った。
「やっぱり夏はな」
「お祭りの最後はな」
「花火だよな、打ち上げ花火」
「これがないとね」
「夏じゃないわ」
「お祭りじゃないわ」
笑顔でだ。それぞれ言っていた。
僕達もだった。その打ち上げ花火を見て。
小林さんが満面の笑顔で僕に言ってきた。
「奇麗よね」
「そうだね」
僕もその小林さんの笑顔を見ながら話す。
「とてもね」
「私線香花火も好きだけれど」
「打ち上げ花火も好きなんだ」
「そうなの、あの花火も
好きだと。こう僕に話してくれた。
「大好きなの」
「そうなんだ。僕は」
ここでふとだった。また言おうとした。
小林さんに。もう一度。
それで言おうとしたけれど今度は勇気が出なくて。それでだった。
言おうとした言葉を打ち消して。それからだった。
こう言いなおした。まずは。
「いや、僕もね」
「打ち上げ花火好きなのね」
「そうなんだ」
にこりと。笑顔を作って小林さんに答えた。
「夏になったら絶対に見ないとね」
「気が済まないのね」
「そうなんだ。じゃあね」
「今こうして見ましょう」
「そうしよう」
「皆でね」
花火を見て。その光に、線香花火とはまた違う光に照らされている小林さんの顔は打ち上げ花火にも負けない位に奇麗だった。中学生の時の思い出だ。
あれから僕も大人になって結婚して子供ができて。今に至る。けれど夏になるといつも思い出す。あのお祭りのことは。それで皆のことも、特に小林さんのことも思い出す。皆それぞれの道で幸せにやっている。小林さんも結婚して幸せらしい。その小林さんに言えなかったことは。今の妻に言ってしまって今こうしている。別の夏祭りの時に。
夏祭り 完
2011・8・4
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