ボロディンJr奮戦記~ある銀河の戦いの記録~
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第2話 別れと出会い
前書き
昨夜に引き続き更新いたします。
今まで書いてきた二次創作とは全く異なる書き方ですので、不慣れゆえに読みにくいところがあろう
かと思われますが、ご了承ください。
まだ主人公は戦場に立てません。
宇宙暦七七四年七月一七日 ハイネセンポリス ヴェルドーラ市郊外軍第七官舎 ボロディン宅
まさかそういうオチだとは思わなかった。
人の生き死には、人間では計り知れない運命の神に委ねられている部分が多いとはいえ、一〇歳にして両親を亡くしてしまうとは考えてもいなかった。オチなんて言葉が出てくる時点で、今の俺はどうかしているのかもしれない。
それに第一、自分の父親の名前がボロディンだからと言って、ボロディン提督だと決めつけていた自分の方がおかしいんだ。大体ボロディンなんて名前、地球時代の東欧・ロシアにはそれこそ掃いて捨てるほどいる。今いる世界が原作通りに進んでいると考えるのも、考えれば滑稽な事だ。
ともかく俺が一〇歳で戦災孤児になってしまった事は間違いない。このままだとトラバース法に基づいてどこかの軍人の養子になるか、養護院に入って気まぐれな引き取り手が現れるかの二者択一だったのだが……
「アントンは私の部下だ。その死については、指揮官である私にも責任がある。彼が残した子供を育てたいと考えるのは間違いではあるまい。それに貴官の奥方は近々出産されるだろう。家庭的にも大変な時期ではないか?」
「シトレ閣下はそうおっしゃるが、であれば閣下は今まで死なせた部下の孤児をすべて引き取れるのですか? 直接ではないにしても私とヴィクトールの間には同じ血が流れている。いわば家族だ。閣下のご厚意には感謝するが、この件に関しては断固として譲れない」
俺を境に、右手には身長二メートルをなんなんとする長身の黒人少将が、左手には中肉中背で温厚にして注目の若手と評されるロシア系大佐が、互いに喪章をつけたまま主の居なくなった官舎のリビングで互いに向かってガンを飛ばしあっていた。
一体なんなのよ。この状況。
別に俺には美人局の素養はないし、顔だってそれこそ平凡そのものだ。ジュニアスクールの成績は前世の記憶があるから一応クラスヘッドはキープしているが、運動能力は中の上か上の下と言ったところで目立っていいわけじゃない。クラスには俺よりモテる奴はそれこそ多い。グレゴリー叔父は今までのつき合いがあるし、シドニー=シトレ少将……まぁその容姿や顔つきからしたら未来の統合作戦本部長は間違いないなんだろうけど、稚児趣味があるとは原作にはなかったはずだ。
「シトレ閣下のご厚意は夫ともども感謝に堪えませんし、亡くなった義兄も義妹も閣下のお気持ちにたいへん感謝していると思います」
俺がどうでもいい事で頭を悩ませていると、いつの間にか背後に立っていたレーナ叔母さんが俺の両肩に手を載せて引き寄せながらシトレに相対して言った。
「軍事子女福祉戦時特例法の規定によれば、第三親等までの親族が不在あるいは経済的・福祉的に子女の養育に適さない場合を前提としております。ヴィクトールの場合、第二親等の祖父母はすでに鬼籍に入っておりますが、叔父である夫グレゴリーは健在です。そして我がボロディン家はヴィクトールが幼少の頃から馴染みがあり、経済的にもいささか自信がございます」
「それは……わかってる。だがレー……ボロディン夫人」
「つまり法的にも道義的にもそして経済的にもなんら問題はないという事で、よろしいですね、シドニー=シトレ少将閣下?」
「あ、あぁ……」
おい未来の統合作戦本部長、なんでそこでレーナ叔母さんから目を逸らす。それに今、叔母さんの事を名前で呼ぼうとしただろ!!
「よかった。さすがは閣下でいらっしゃいます」
俺の両肩に置かれた手に力が込められたあとの、その声には勝者の余裕というかなんというか、完全に上から目線な声だった。翻って見れば、長身の黒人少将閣下はすっかり肩を落としており、思いのほか小さく見えた。
「……では、ヴィクトールは私が預かるという事でよろしいですな?」
「……致し方あるまい。一〇年来の天才法務士官と言われた女性に私ごときが勝てるわけがないだろう」
明らかに悔し紛れに近い声ではあったが、シトレ少将は溜め息交じりで応えると、俺に向かって背を伸ばし完璧な敬礼をした上で立ち去って行った。
その少将を玄関まで見送ったグレゴリー叔父がリビングに戻ってくると、ぼんやりとしている俺をソファに呼び寄せた。すでに目の前には温くなった紅茶が苺ジャムと一緒に物悲しげに置かれている。
「シトレ少将にも困ったものだ」
苦笑と溜息とを混ぜ込んだ言い方でグレゴリー叔父は呟くと、いつものようにジャムをスプーンですくい口に運んで紅茶を口に運んだ。
「少将にとってアントン兄は欠くべからざる一翼であったのはわかるが、あぁも気落ちされるとこちらが迷惑する」
「叔父さん」
「シトレ少将には十分な野心があるし、それを支えるだけの軍事的才能も器量もある。これまでも多くの戦友を失ってきたし、より多くの部下を失ってきたはずだが、やはり兄は別格だったという事かな。だがその犠牲を惜しんでいるあたりは、まだまだ甘い」
「軍人同士に友情がある事はいけないのですか?」
俺が生意気にもそう問いかけると、グレゴリー叔父は一瞬驚いて俺を見つめ、それから小さく首を振って応えた。
「友情の有無が問題じゃない。ただ戦場であれば部下に対して「死ね」と命じるに等しい事態も発生する。その時失われるのが“大切な部下”か、それとも“大切じゃない”部下なのか」
「友情に差を付けるな、という事ですか?」
俺の先読みに対して、今度こそグレコリー叔父の顔は驚愕に変化して俺を見つめたまま沈黙した。
そんな驚いた眼で見るなよ。こちらは前世で三〇年以上生きてきたわけで、三二歳のシトレ少将も二八歳のグレゴリー叔父も年下と言えば年下だ。
「……時々だが、ヴィクトールと話していると何故か普通に大人と話しているような気がするよ」
「すみません、生意気でした」
「いや、責めているんじゃないよ」
叔父は俺の頭に手を伸ばすとくしゃくしゃと掻き毟り始めた。
「ヴィクトールは軍人になるつもりだとアントン兄から聞いていたから言うわけではないが、部下に対して友情の差を付ける事があっても構わない、と私は思っている。性格も能力も異なる人間だし、すべて平等に扱うとなれば、それでは軍の機能を十全に果たすことはできないし、大体人間でなくなるだろう。だけど死んだ後に平等に扱わないのは間違いだ。死者は任務の為に死んだという一点において平等であるのだから」
「……」
「だから“ヴィクトールを”養子に欲しいという少将の気持ちが純粋な誠意から来ているのはわかるけど、彼の為にも何としても阻止しなくてはいけない。そういうことだよ」
俺はグレゴリー叔父の言葉を頭の中で反芻しながら、沈黙した。
軍人になって、自由惑星同盟を滅亡から救う。それはこちらの世界に転生してからの目的だった。艦隊を率い、原作を知っているというある意味でチートを駆使して、優位に戦いを進める。それが尊いことなのか、または正しい事なのかは正直俺にはわからない。だが軍人になって一兵でも指揮をするという事は、部下の命運と部下の家族の命運を預かるということだ。それが父親の戦死という事実を持って、今になってようやく身に染みて感じられる。
前世日本で銀河英雄伝説のゲームをしている時、些細なミスで数千隻の艦艇を失う事もあった。あの時はすぐに借りは返せると軽く考えていた節がある。同盟軍の駆逐艦一隻には士官・下士官あわせて一六四名が乗り組んでいる。その一隻が吹っ飛べば一六四名の人生がそこで途絶えることになる。もしその中に自分の親しい友人がいたとしたら、そして友人に孤児が残されたとしたら、おそらく今の俺はシトレ少将と同じ事をするだろう。
だが多数の艦船を麾下とする提督であるならば、その行動は正しくない。どんな戦闘においても犠牲はゼロではない。完全勝利という事もないわけではないだろうが、滅多にあることではない。正面艦隊決戦となれば犠牲者の数は万の単位だ。残された孤児の数をすべて救う事など一人の人間に出来ることではない。
つまりこれから俺のやろうとしている事は、そういう事なのだ。戦争の犠牲者は数字ではないが、数字でもあるということを。
そこまで考えを巡らしていた時、突然甲高い音がリビングに響き渡った。思索の海から現世に意識を取り戻した俺は、ソファから立ち上がると音のした方向へと視線を向ける。そこには割れたグラスと、お腹を抱えて蹲るレーナ叔母の姿があった。
「レーナ!!」
「叔母さん!!」
俺とグレゴリー叔父は慌ててレーナ叔母さんに駆け寄ったが、理由が怪我ではない事は一目瞭然であった。
「い、イタタタタタ」
「お、おいレーナ……」
グレゴリー叔父も何が理由かはわかっているんだろうけれど、当事者としては“初めての経験”だろうから軽くパニくっている。
傍から見ていると、あれほど哲学的な事を言っていた叔父が、妊婦の妻の出産でこれほど慌てているのは面白い。が、面白がっている場合でもない。
とにかく俺は叔母の傍に付いているよう叔父に言うと、埋め込み式ソリヴィジョンの電源を入れ、救急車を呼び出した。叔母の状況を手短に伝えると、画面の向こう側に映る応対用の仮想人格は小さく頭を下げ、救急車の到着時間と搬入先を伝えて消える。代わりに画面には妊婦に対する応急処置についてのマニュアルと、救急車の到着時間までのタイムウォッチが現れた。
後日、
「二八歳の大人より一〇歳の坊やの方がよっぽど頼りになるとは残念だねぇ」
とレーナ叔母さんが言ったとか言わなかったとか。
宇宙暦七七四年七月一八日 グレゴリー=ボロディンに長女誕生。アントニナと名付けられる。
後書き
2014.09.22更新
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