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ノヴァの箱舟―The Ark of Nova―

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#10『その名は日常』

 メイがキングたち『《魔王》のレギオン』の潜伏する、廃棄された《箱舟》にやってきてから、もうすぐ二週間とすこしが経過しようとしていた。大分基地の構造にも慣れてきて、最近はやっと一人で食堂に行くことができるようになった。

 メイは基本的に起きるのが早い。故郷のFランク《箱舟》ソーミティアでは、早く起きて活動を開始しなければ生き残れないような日々を送ることもあったからだ。《教会》の恐怖と戦いながら眠っていたので、緊張感でそもそも眠れなかった。初めてこの《箱舟》に来た時に熟睡してしまったのは、その緊張感が溶けたからでもあっただろう。

 しかし、長年の癖というモノはなかなか消えない。ここは安全だ、と分かっていても、メイの本能とでもいうべきものが、彼女を早起きさせるのだ。

 時計を見ると、今だ時刻は五時半ほど。運がよければキングが起きている程度だろう。ここ数日で、彼らがどのくらいの時刻に起きているのかもわかるようになった。

 キングはかなりばらつきがあり、早い日はもうこの時間には起きているが、遅い時は七時ごろまで寝ている。何か理由があるのか聞きたいが、残念ながら答えてくれそうになかった。

 ククリはかなり遅く、ほぼ固定で七時三十分ごろ起き出すが、まれにかなり早く起き出すことがある。彼女に聞くと、大抵そう言う日は眠れていないらしい。彼女が定期的に悪夢のようなものにうなされていると聞いたことがあるので、それの影響なのだろうか。

 リビーラは比較的規則正しい。六時ごろには起きて仕事を始めている。一度など怪しい毒薬の調合をやっている場面に遭遇してしまった事がある。危うく調合の手伝いをさせられそうになったが、何とか切り抜けた。それにしても、あの時のリビーラはやけに生き生きしていた気がする。そんなに毒物に思い入れがあるのだろうか。

 最後の一人、シュートは、今頃はもう起きて朝食を作り始めていることだろう。驚くべきことに、食事のほぼすべては彼が作っているらしい。前世で料理人の真似事をやっていた経験があるらしく、その記憶を生かしているのだそうだ。

 とりあえず、今朝は暇なのでキングのところにでも行ってみることにする。やはり彼の隣にいるのが一番落ち着く。それは『今回』のメイが感じていることなのか、それとも『前世』のメイの記憶を受け継いでいるだけなのかは分からなかったが――――。

 どちらにしろ、今の自分もまた、彼のために命を費やすと決めたのだ。あの少年を運命から解放して見せると誓った。ファーストリべリオンのときに重ね合った唇の感触は、まだメイの中で残っている……とそこまで考えたところで、急に恥ずかしくなってきてメイは身悶えた。

「(何考えてるのよ私……と、とにかく着替えなきゃ)」

 まさかパジャマ姿のままキングのところに行くわけにはいくまい。メイは洗面台で顔をあらうと、髪の毛をとかす。最近は手入れをするようになったからだろうか、以前よりも艶やかになった気がする。それからクローゼットを開けて、その中にある無数の洋服を眺めた。

「相変わらずすごい品ぞろえよね……」

 クローゼットに収められている洋服の数々は、メイが知っている中でも最高級の一品たちばかりだ。肌触りもいいし、デザインも可愛らしいものから機能的なものまで揃っている。その大半がキングが趣味で、もしくはシュートが厳選して集めてきたものらしい。と言うかほとんどシュートが集めて来たという。

 聞けば、ソーサーの修理も彼が担当しているとのことだった。全くもって彼は非常に高性能な人間だと思う。戦闘力もあるし、センスもあるし、料理もできるし。ソーサーのことならかなりわかるが、メイはなんとなく自分の料理の腕に自信がない。今度なにか家庭料理でも教えてもらおうかと思う。将来的にキングのために食事を作ることになるのかもしれないのだから、多少は上達しておいて損はない――――

「――――っ!?」

 そこで自分が、無意識のうちにキングと二人きりの生活をする未来を想像していたことに気づき、再びメイは赤面する。違う、あれは別にそう言う意味じゃなくて、厨房に立つことがあるかもしれないからって意味で、そんな深い意味じゃ……と心の中で代弁してみるが、熱くなった頬は冷めない。

 なんとか自分を落ち着かせると、今日は白いニットセーターを選ぶことにする。下は薄紫色のロングスカート。どちらもシンプルだがメイの好みに合わせてあった。これらをそろえたのはレギオンにメイが合流する前なのだから、すごい洞察力だと思う。それとも、前世の自分たちも同じような趣味だったのだろうか。

 パールピンクのパジャマを脱ぐと、代わりに取り出した洋服を着る。さらさらした肌触りが心地いい。

 部屋を出ると、廊下には誰もいなかった。一度、廊下でリビーラが待機していて非常に驚いたことがある。あの時は本気で心臓が止まるかと思った。

 メイがこの基地の中で道順を覚えているのは、食堂と、それからキングの部屋だ。最初に来た時に立ち寄った部屋はいわば《執務室》で、その奥に彼の自室がある。

 執務室――――通称《玉座の間》の巨大なドアに手を当てると、自動的に扉が開く。相変わらず暗い部屋だが、既に何度か立ち入った今となっては、すらすらとキングの部屋に向かうことができた。

 部屋の扉は、荘厳な玉座の間と相反するようにいたってシンプルだった。というか彼の自室にはほとんどベッドや簡素な机しかない。普段なら彼は玉座の間で過ごしているからだ。とりあえずその簡素な扉をノックしようとして――――

「メイ、僕はここだよ」
「ひゃわっ!?」

 後ろから突然かけられた声に飛び上がってしまった。振り向くと、一メートルほど先にいたずらっぽい笑顔を浮かべたキングが立っていた。いつもの黒いロングコートは羽織っておらず、普段着なのだろうか、白いシャツと黒いベストを合わせていた。もともと落ち着いた顔立ちなので、こういったモノトーン調の服装が非常によく似合って格好いい。自然と頬が熱くなってきてしまい、あわてて目をそらす。

「び、びっくりした……おはよう、キング」
「うん。おはようメイ。驚かせてごめんね。あんまり君がビクビクしてるもんだからつい、ね」
「つい、じゃないわよ……心臓が止まるかと思った……」

 どうやら今朝も、穏やかな朝はむかえられなかったようだった。



 ***



 メイがキングのところに来て何をするか、と言えば、別段何もしない、というのが答えになるだろう。基本的にメイにもキングにもこれといった趣味はない。なのでそれらで暇をつぶす、と言ったこともあまりないからだ。

 基本的にはキングが何かをするのをぼんやりと眺めていたり、たまにキングがどこからか取り出してきたカードゲームで遊んだり。まぁ、メイが求めているのはキングがいる、という事に関する安心感なので、暇でもあまり問題はない。彼がいることで感じられる安心感は、ファーストリべリオンのときから格段に増した気がする。

 メイには、過去の時代の自分の記憶があまりない。なんとなくぼんやりと思い出されることはあるが、鮮明ではないため、それが何をあらわしているのかはさっぱりわからない。メイにあるのは、過去の自分たちが持っていたのであろう感情や、それに起因する既知感(デジャヴ)のみ。

 それでいい、と思っている。たしかに昔のキングたちがどんな人間だったのか分からないのには多少の不安を抱かなくもないが、そんなに問題がある話でもないだろうと思っているし、何より戻ってこない過去より、これからの未来のことを考えていた方が楽しい。

 ふと、メイはここ暫く気になっていたことを聞いてみることにした。

「……ねぇ、キング」
「ん?どうしたの?」

 分厚い本を読んでいたキングが顔を上げる。

「そう言えばさ、あなたって起きる時間にばらつきがあるわよね。早い時は私より早いのに、遅い時は私より遅い」
「ああ…………遅い時はね、夢を見るんだ」
「……夢?」
「そう。内容はいろいろあるよ。基本的には過去の時代の記憶かな……一昨日は『前回』の記憶を見た。ほかにも、これから起こるだろうことを見ることがある」
「……それって」
「うん。予知夢、ってやつなのかもね……まぁ、本当にそんな能力を持ってるような奴とは、制度が違うんだろうけど……」

 そう言って苦笑するキング。

 夢。メイはあまり夢を見ない。キングが見るという過去の時代の記憶は、良い物なのだろうか。それとも、悪夢のようになる時もあるのだろうか。

 重くなりかけた空気を立て直そうと、メイはキングが饒舌になりそうな内容を探す。

「……次はどこに攻め込むの?」

 結局出たのは、暗い内容だったが。
 
「そうだな……前回の反逆が思いのほかうまく行ったからね。いくつか必要だったステップはすっ飛ばしていいかもしれない。とりあえず、今はリビーラが有益な情報を持って帰ってくることを祈るだけさ」

 そこまで聞いたところで、メイは彼の言葉に奇妙な違和感を覚える。

「あれ?リビーラって出かけてるの?」
「そっか、言ってなかったっけ。リビーラはね、一応は《教会》の高官だから、定期的に《王都》や高位ランク箱舟に出かけてるんだ」

 なるほど、今日の朝は彼が部屋の前に待機していなかったのも分かった。廊下を歩いていても一度も遭遇しなかったのはなぜなのだろう、と思っていたのだが、そう言うことだったのか。

 しかし、となるとまた新たな疑問が生まれる。

「大丈夫なの?リビーラの正体はばれたりしないの?」
「もちろん、彼が反逆者であることはほとんどの人間が知らない。ソーミティアの支部長は何も知らないからね。彼を目撃した雑兵のほとんどが死んだし」
「……必要犠牲、って言われたら納得するしかないけど……なんか、気分のいいものじゃないわね」

 メイが思い出すのは、初めてリビーラが現れた時に、彼の《刻印》魔術に打たれた雑兵たちや、逃亡の最中にリビーラが毒殺した若い雑兵の姿だった。

 彼らが死んだ瞬間のことを、メイはよく覚えている。そのほかにも、《ファーストリべリオン》の際に死んでいった雑兵の姿も。

 できれば、彼らのような死者を出さないで問題を解決したいと願っている。だが、それが難しいことはあの時知ったし、できるだけ我慢するように自制もすることにした。

 キングはそんなメイに微笑みかける。

「そうだね。できる限り死者を出さないようにはつとめているし、恐らくはもうそこまで雑兵と戦う必要はなくなって来るだろう。あと一、二回反逆を繰り返した後は、上位ランク《箱舟》に進軍する。そのためには、まず一人、必ず仲間に引き入れておきたい奴がいる」
「仲間に?」
「そう」

 キングはこくり、と頷く。彼は初めて会った時、「今回の時間軸には過去の仲間たち全員が転生してきている」と言っていた。彼らはキングやククリのように元から記憶を保有していたり、メイのように記憶を持っていなかったり、何らかの情景をトリガーにして記憶を取り戻す、などのパターンに分けられるらしい。そのうちの一人だろうか。

「かつての仲間の一人に、《時間妖精(アイオーン)》という種族の奴がいた。あいつを引き込めれば、随分行動がしやすくなる。今回の時間軸で誰に転生しているのかもなんとなくあたりが付いている。だけど、たぶんまだ駄目だ。覚醒してない。騒ぎを大きくして、記憶の覚醒を促して――――もちろん、そのために最低でもあと一回、かなり大規模に反逆を起こす必要がある。
 場合によってはそこでもう一人仲間を確保できるかもしれないけど……まぁそれはオマケ程度でいいだろう」
 
 アイオーン……その名前に聞き覚えはないが、なんとなく懐かしい響きのような気がした。時間の妖精、という事は、この部屋の天井にあるステンドグラスの内で『前回』を描いたものにいる、あの時計の周りを飛んでいる精霊のことだろうか。

 計画のことを話すとき、キングはいつもよりも饒舌になる。恐らく《理想》が近いことに興奮しているのだろう。その時の彼は、まるで将来の夢を語る子供のような目をしている。

 ――――できれば、キングにはいつでも楽しげな表情をしていてほしいと思っている。時折彼の見せる、哀しそうな、暗い表情は見たくない。彼には笑っていてほしい。そのために生きると誓ったのだから。

「……キング。あなたの理想が完成するまで、私、我慢してみる。だから、早く完成させましょう?そうすれば、犠牲も少なくて済むわ」

 メイが唐突にそんなことを言うと、キングはぱちくりと瞬きをして、ふっ、と優しい微笑を浮かべた。

「……そうだね。君らしい考えだと思うよ――――」

 そこでふとキングは、壁にかかった時計を見る。七時半を過ぎていた。

「とにかく、今は朝御飯にしようか。ククリもそろそろ起き出してきた頃だろう」 
 

 
後書き
 今回は日常回。と言うわけで短め。

 次回はリビーラさんか《教会》のメンバーの話にしようかと思ってます。

 感想・ご指摘等ありましたらよろしくお願いします。 
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