ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
盗られたベッドと花畑
《風見鶏亭》の一階は広いレストランになっている。
その奥まった席にシリカを座らせて、レンはNPCの立つフロントに歩いていった。チェックインを済ませて、カウンター上のメニューを手早くクリックする。
全てのメニューをクリックしたように見えたのは、きっと気のせいだろう。というか、気のせいであってほしい。
向かいに腰掛けたレンに、自分のせいで不愉快な思いをさせてしまったことを謝ろうと、シリカは口を開いた。
だが、レンはそれを笑って制すると、言った。
「まずは、ごはんが先だよ」
ちょうどその時、ウェイターが湯気の立つマグカップを二つ持ってきた。
目の前に置かれたそれには、不思議な香りの立つ赤い液体が満たされている。
パーティー結成を祝して、というレンの声にこちんとカップを合わせ、シリカは熱い液体を一口すすった。
「……おいしい………」
スパイスの香りと、甘酸っぱい味わいは、遠い昔に父親が少しだけ味見させてくれたホットワインに似ていた。
しかし、シリカは二週間の滞在でこのレストランのメニューにある飲み物は一通り試したのだが、この味は記憶にない。
「あの、これは………?」
レンはにっこりと笑うと、言った。
「NPCレストランってボトルの持ち込みができるんだよー。これは僕が持ってた《ルビー・イコール》ってゆーアイテムだよ。カップ一杯で敏捷力の最大値が1上がるんだよー」
「そ、そんな貴重なもの……」
「アハハー、まー、アイテム欄に置いといても味が良くなるわけじゃないしねー。中々開ける機会も少ないし」
屈託なく笑いながら肩をすくめる。
シリカも笑いながら、もう一口ごくんと飲んだ。
どこか懐かしいその味は、悲しいことの多かった一日のせいで硬く縮んだ心をゆっくり溶きほぐしていくようだった。
やがてカップが空になっても、その暖かさを惜しむようにシリカはしばらくそれを胸に抱いていた。視線をテーブルの上に落とし、ぽつりと呟く。
「………あの……ごめんね…迷惑かけちゃって………」
そして、顔を上げたシリカが見たのは──
「むあ?」
ウェイターが新たに持ってきたチーズケーキを頬いっぱいに頬張っているレンの顔だった。
「ふぁに(何)?」
頬張ったまま、レンが問う。
「何って、さっきのロザリアさんのこと」
「ん、あー、さっきのおばさんのことかー」
ごっくんと飲み込んだレンは、納得したような顔をした。
「全然気にしてないよー。むしろ目的に近付けて感謝したいくらい」
その謎発言にシリカが首をかしげ、そして思い出していた。
レンの武器はなんなのか?と。
シリカが、そのことを問いただそうとした時──
「おまたせしましたー」
ウェイターがやってきた。
シリカは、その盆の上を見た時、言葉を失った。
その盆の上には、これでもかというぐらいの食べ物がのっていた。
まさかそれを全部食べるのか、とシリカが思っている間にもウェイターはレンの前に次々と置いていく。
レンはといえば、それまでののんびりとした笑みから、びっかぁーと光が出そうなくらいの眩しい笑顔に変わっていた。
「いっただっきまぁーす!!」
元気よく手を合わせて、次々と目の前のものを頬張っていくレンを見て、問いただす気にもなくなったシリカは、自分の前に置かれたフォークに手を伸ばした。
胸焼けがしそうなくらいの食事を終えた時には、時刻はすでに午後八時を回っていた。
明日の四十七層攻略に備えて早めに休むことにして、二人は風見鶏亭の二階に上がった。広い廊下の両脇に、ずらりと客室のドアが並んでいる。
レンが取った部屋は、偶然にもシリカの部屋の前だった。
顔を見合わせて、笑いながらおやすみを言う。
部屋に入ると、シリカは着替える前に、レンに貰った新しい短剣に慣れるために連続技の復習をすることにした。
レンに貰ったそれは、短剣にしてはかなり長い刀身で、それに短剣というより《短刀》という感じだった。しかしそれに比べ、重量は驚くほど軽く、扱いずらかった。
どうにか失敗なく五連撃を出せるようになったので、シリカはウィンドウを出して武装解除すると、下着姿でベッドに倒れこんだ。
壁を叩いてポップアップメニューを出し、部屋の明かりを落とす。
全身に重い疲労を感じていたので、すぐに寝付けると思っていたのだが、なぜかいつまでたっても眠りは訪れなかった。
ピナと友達になってからは、ずっと毎晩ふわふわの体をだいて寝ていたので、広いベッドが心細い。
散々ごろごろしてから寝ることを諦めて、シリカは上体を起こす。
正面の──レンの部屋のほうを見つめる。
──もう少し、話をしてみたい。
ふとそんなことを考えている自分に気付き、シリカは少し戸惑った。
相手は知り合ってまだたった半日の、しかも幼いとはいえ男性プレイヤーなのだ。これまで一定距離以内に近寄ることを頑なに避けてきたのに、どうしてあの笑顔の少年がこんなに気になるのだろう。
自分の心理を自分で説明できないまま、ちらりと視界右下の時刻表示を確認すると、もう十時近かった。
窓の下の通りを行き交うプレイヤーの足音もいつしか途絶え、かすかに犬の遠吠えだけが聞こえてくる。
いくらなんでも非常識だし、やっぱり寝ちゃおう。
頭では思ったのに、なぜかシリカは足音を殺してベッドから降りていた。
ちょこっとノックしてみるだけ、そんなふうに自分を言いくるめ、右手を振る。装備メニューを開いて、持っている中で一番かわいいチュニックを身にまとう。
柔らかい蝋燭の光が落ちる廊下に出て数歩進み、ドアの前で数十秒躊躇したあと、シリカは右手を上げて控えめに二度叩いた。
通常、全てのドアは音声遮蔽圏であって、話し声が洩れることはない。しかしノックの後三十秒はその限りではなく、すぐにレンのなぜかくぐもった声で応答があり、ドアが開いた。
口にヘンリコ──湖でよく釣れる紫色の皮膚をもつチョウチンアンコウのようなモンスター──の干物をくわえているレンが出てきた。
応答の声がくぐもっていたのは、これをくわえていたせいなのか。
武装を解除して簡素な灰色のシャツ姿をしているレンは、シリカを見るとわずかに目を丸くした。
「あれ、どーしたの?」
「あの──」
まだ食べているのかと、なかば呆れていたシリカは、ここに来て何も上手い理由を考えていなかったことに気付き、慌てた。
お話ししたい、では余りにも子供っぽすぎる。
「ええと、その、あの──よ、四十七層のこと、聞いておきたいと思って!」
苦しすぎるにも程がある言い訳だが、幸いレンは疑った様子を欠片も見せずに頷いた。
「ん。分かった。階下に行く?」
「いえ、あの──よかったら、部屋で……」
反射的にそう答えてしまってから、慌てて付け加える。
「あ、えっと、あの、貴重な情報を誰かに聞かれたらたいへんだから!」
「え……ん~」
さすがのレンも困ったように──ただし口には干物をくわえたまま──頭を掻いていたが、やがて「まっ、いっか」と呟き、ドアを大きく開けて一歩引いた。
部屋は、当然ながらシリカの部屋と、まったく同じ構造だった。
右手にベッド。その奥にティーテーブルと、椅子が一脚。調度品はそれだけだ。
左の壁に据え付けられたランタンが、オレンジ色の光を放っている。
シリカを椅子に座らせて、自分はベッドに腰掛けると、レンはウィンドウを開いた。素早く操作して、小さな木箱を実体化させる。
テーブルの上に置いた箱を開くと、中には小さな水晶球が収めてあった。
ランタンの光を受けて輝いている。
「きれい………。それは何?」
「《ミラージュ・スフィア》ってゆーアイテムだよ」
レンが水晶を指先でクリックすると、メニューウィンドウが出現した。それを手早く操作し、OKボタンに触れる。
と、球体が青く発光し、その上に大きな円形のホログラフィックが現れた。どうやらアインクラッドの層ひとつを丸ごと表示しているらしい。
システムメニューから表示できる簡素なマップとはえらい違いだ。
「うわあ……!」
シリカは夢中で青い半透明の地図を覗き込んだ。目を凝らせば道を行き交う人の姿まで見えるような気がする。
「この真ん中にどーんってあるのが主街区でー、この辺のずぱってした道を通るんだけどねー──」
レンは小さな体を目一杯使って、ついでに非常に擬音語の入った言葉で四十七層の地理を説明していった。
その幼い声を聞いているだけで、なぜだか微笑ましい気分になってくる。
「このこのすらーっとした橋を渡るとねー…………」
不意にレンの声が途切れた。
「……………?」
顔を上げると、レンはそれまでののんびりとした表情を消し、舌なめずりをしそうなほどの冷たい笑みを浮かべていた。
怪訝な表情をしているシリカに気付き、無言で唇に指を当てる。
そのまま、すすっとドアに音もなく近づき──
──コンコン──
ノックをする。
すると、ドアの向こうから驚いたよう気配がし、続いてどたどたと駆け去る足音が聞こえた。
慌てて走り寄り、ドアを開けて首を出すと、ちょうど廊下の突き当たりの階段を駆け降りていく人影が見えた。
「な、何……!?」
「お客さんじゃあ、なかったみたいだねー」
「え……で、でも、ドア越しじゃあ声はきこえないんじゃ………」
その通り、この世界のあらゆるドアは、条件付きながら完璧な遮音性能を持っている。
シリカが知っている限り、閉じられたドアを透過する音は、叫び声、ノック、戦闘の効果音、の三つだけ。
平常な話し声などは、たとえドアに耳を押し当てても聞こえない。
シリカの的を得た疑問に、レンはへらへらと笑いながら否定した。
「残念ながら、聞き耳スキルが高いとその限りじゃーないんだよー。そんなの上げてるヒトなんか、なかなかいないけどねー」
レンはドアを閉め、シリカにちょっと待っててねー、と言って、ホロキーボードを表示させ、どこかにメッセージを打ち始める。
シリカはその背後で、ベッドに丸くなった。
レンの小さな背中を見ていると、現実世界の父親を思い出した。
フリーのルポライターであった父を。
不安はもう感じなかった。
シリカはいつしか目を閉じていた。
──どーしよ。
レンはベッドの上で、気持ち良さそうに寝ている少女を見ていた。
数分前、依頼人であるフラグスに、途中経過を報告して、振り向いたら、ビーストテイマーだった少女が、自分が寝るはずだったベッドを占領していた。
数十秒を費やして、どうにか思考を回復させると、とりあえず起こそうと眠っているシリカの体を揺さぶってみる。
だが「うにゅあ…」という謎の寝言を言うだけで、一向に起きない。
再び黙考。
「………おお!」
違う部屋で寝入ってしまったヒトを、どーするか。
簡単なことだ。
運べばいいのだ。彼女の部屋まで。
レンは早速、ベッドを占領しているシリカを、お姫様抱っこで持ち上げる。本人には言えそうにないが、その小柄な体は結構重く、ただでさえ敏捷力極振りのレンには、少々、いやかなり重かった。
「………っ!………………ぅう」
なんでこんなことしてるんだろ、と頭の片隅で思いながら、よたよたと運ぶ。ドアを開け、真っ正面のドアの前に立った時、レンの顔は青ざめた。
──ここからどうしよう。
プレイヤーが借りた宿屋のドアは、システム的に絶対不可侵で、フレンドでもない限り、鍵開けスキルなどのどのような手段を用いたとしても、侵入することはできない。
フレンドでないプレイヤーが、部屋に入ることができるのは唯一つ。
ノックをして、中のプレイヤーが開けてくれるのを待つことだけだ。
だが、本来ノックをして答えてくれるはずのプレイヤーは、今くーくーと腕の中で寝息をたててしまっている。
今度ばかりは、レンの思考は何の返答も寄越さなかった。
耳元で奏でられるチャイムの音に、シリカはゆっくりと瞼を開けた。
自分だけに聞こえる起床アラームだ。時刻設定は午前七時。
毛布の上掛けを剥いで体を起こす。いつも朝は苦手なのだが、今日はいつになく心地よい目覚めだった。深く、たっぷりとした睡眠のおかげで、頭の中がきれいに洗われたような爽快感がある。
大きく一つ伸びをして、ベッドから降りようとしたところで、シリカはぎょっと凍りついた。
窓から差し込む朝の光の中で、床に座り込み、ベッドに上体をもたれかけさせて、こっくりこっくりと船をこいでいる人物がいた。
侵入者かと思い、悲鳴を上げようと息を吸い込んでから、ようやく昨夜自分がどこで寝てしまったかを思い出す。
──あたし、レンくんの部屋で、そのまま………。
恥ずかしいやら申し訳ないやらで、シリカは両手で顔を覆って身悶える。
数十秒を費やしてどうにか思考を落ち着けると、シリカはそっとベッドから出て床に降り立った。
紅いコートの少年の寝顔は、思った通りあどけないもので、シリカは思わず微笑した。起きている時は剣呑な雰囲気を放出することもあるせいでかなり大人びて見えることもあったが、こうして見るとやっぱり年下に見える。
寝顔を眺めているのは愉快だったが、いつまでもそうしているわけにもいかず、シリカはそっと少年の肩をつつきながら呼びかけた。
「レンくん、朝だよー」
その途端、レンはぱちりと目を開けると、瞬きを繰り返しながらシリカの顔を数秒間見つめた。
すぐに慌てたような表情を浮かべる。
「あー……。ご、ごめん!」
起き上がりながら、謝る。
「起こしても起きないし、シリカねーちゃんの部屋に運ぼうとしたんだけど、ドアが開かないし………」
「う、ううん、あたしこそごめんね!ベッド占領しちゃって……」
シリカの申し訳なさそうな声に、あははーと笑いながらレンは床に降り立ち、言う。
「いやー、ここじゃあどんな格好してても寝違えないしねー」
立ち上がったレンは、言葉とは裏腹に首をぽきぽき曲げながら、両手を上げて伸びをした。
思い出したように、少し高い位置にあるシリカの顔を見て、口を開く。
「………おはよー、シリカねーちゃん」
「あ、おはよう」
二人は顔を見合わせて笑った。
一階に降り、四十七層【思い出の丘】挑戦に向けてしっかりと朝食を摂ってから表の通りに出ると、すでに明るい陽光が街を包んでいた。
これから冒険に出かける昼型プレイヤーと、逆に深夜の狩りから戻ってきた夜型プレイヤーが対照的な表情で行き交っている。
宿屋の隣の道具屋でポーション類の補充を済ませ、二人はゲート広場に向かった。
幸い、昨日の勧誘組には出会わずに転移門へと到着することができた。青く光る転送空間に飛び込もうとして、シリカははたと足を止める。
「あ………。あたし、四十七層の街の名前、知らないや………」
マップを呼び出して確認しようとすると、レンが右手を差し出してきた。
「いいよ、僕が指定するから」
恐縮しながらその小さな手を握る。
「転移!フローリア!」
レンの言葉とともに眩い光が広がり、二人を覆い包んだ。
独特の浮遊感に続き、エフェクト光が薄れた途端、シリカの視界に飛び込んできたのは、様々な花々が織り成す色彩の乱舞だった。
後書き
なべさん「始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「うぱー、よく寝たー」
なべさん「よー寝てたね」
レン「うん♪かなりすっきりした」
なべさん「さいで」
レン「ところで今日はお知らせがあるとか……」
なべさん「そーそー!そーなんだよ」
レン「まさかの終了のお知らせ?早かったなー」(遠い目をするヒト)
なべさん「終わらねーよ!!まだまだやりますよ!」
レン「うげっ」
なべさん「露骨に嫌そうな顔すんな!!」
レン「んで、お知らせって?」
なべさん「うん。もーそろそろタイトルコールに飽きてきたんで…」
レン「飽きたのか………」
なべさん「だから、読者様に頼もーかなって♪」
レン「なるほどね。某ラジオでやってる ぱんだぱんだ みたいなものか」
なべさん「そうそう。挨拶みたいなのがあったらさ、盛り上がるんじゃない?ってことで」
レン「フーン。だけど返信来るかな………」
なべさん「……だ、だいじょーぶさ!お気に入りもじわじわと増えてるし………」
レン「だけど作品評価のとこ、ゼロのまんまじゃん」
なべさん「(グサッ)ち、違うもん!きっとこれは一応気に入ったけど、まだまだ評価するには足りないんだよってゆー読者様の愛の鞭なんだ!」
レン「どーでもいいけど、読者はそんなアニメのロリキャラみたいな口調はしてないと思う」
なべさん「……う、うぅ……」
レン「あ、泣いた………とゆーわけで、キャラや感想、いつでも待ってます」
なべさん「………………夢見たっていーじゃねぇかよぉ…………………………」
レン「………………………………………うざい」
──To be continued──
ページ上へ戻る