木ノ葉の里の大食い少女
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第一部
第二章 呪印という花を君に捧ぐ。
化け物
「マナ」
「やめろ、マナ」
はじめが声をかけてきた。それを遮るようにして、焦燥に満ちたキバの声が響く。
「アイツはやばい。やばいんだよ。お前なんかに勝てるわけねえ。俺なら直ぐに棄権する。その方がいい。お願いだマナ、棄権してくれ!」
キバは恐怖に震える声で言った。第二の試験、塔にくる道中に見たあの光景。三人の、年上で、しかも強そうな忍びを一分足らずで片付けたこの、「砂漠の我愛羅」。片付けたといっても倒したのではなく、砂で押し潰したのだ。肉片と血が飛び散るあの様は今考えても吐き気を催すし、赤丸はその時の情景を思い出してか、キバの懐に潜り込んで震えだした。
「んだよ? てめえいつの間に尻尾を両足の間に挟んでる犬っころになりやがったのさ」
「――っだから! 俺は、……同期が死ぬのを見たくないんだ! マナ、頼むから棄権しろッ!!」
激しく叫んだキバに、マナは顔をしかめた。汗を浮かべ、顔面蒼白になったキバをまじまじと見つめ返し、「まあ、勝てないって思ったならな」と答える。そう思ってからじゃ遅いんだよ、とキバは再度怒鳴った。キバに同じくあの情景を見ていたシノとヒナタも加勢する。
「わ、わたしもキバ君に賛成……」
「俺もだ。何故なら、お前は奴の戦いを見たことがないからそう言えるんだ。奴は強い」
マナはそんな三人を見返し、それから言い返した。
「これはアタシの戦いだ。自分に降りかかってくるキノコは、自分で食べるよ」
笑いながらマナは降りていった。砂漠の我愛羅と戦う為に。
【 こわい マナ
VS
ガアラ 】
「あいつ、馬鹿じゃん? 散々やめろって言われてんのにくるとか……」
「……仕方ないだろう。何れにせよ、彼女は、やはり――」
「俺たちには、彼女の冥福を祈るしかないな」
キバたちがマナに棄権を進めていたとき、暗に本当にやめてしまえと心の中で仕切りにキバたちを応援していたカンクロウは、それを拒否して降りてきたマナを見て苦々しげな顔をした。テマリは目を伏せ、ぎゅっと拳を握る。彼女は間違いなく、我愛羅に殺されるはずだ。我愛羅は生まれてこの方誰かを仕損じたことは一度もなく、そして、誰かからに外傷をつけられたことも一度もなかった。きっと今回だってその記録は守られ続けるだろう。
バキはため息をついて、背を壁に寄りかからせた。止める術はないし、これは殺しの許可も下っている試合。強い奴らの戦闘をたくさん見てきていた我愛羅はきっと、人を殺したい衝動に駆られてしまっているはずだ。それがどんなに弱い相手でも、もはや彼には関係ない。
彼の中に封印されているはずの、あの凶悪な笑い声を立てる化け物のことを思いながら、バキは束の間目を閉じていたが、しかし我愛羅によって殺される者の末路を見届けるのも己の役目と、自分にそう言い聞かせて目を開けた。
「我愛羅、か。読みにくい名前してやがんなあ、お前。アタシも人のこと言えねえけど」
紅丸を足元に従えこちらを睨み付ける小柄な少女に、我愛羅はありもしない眉をひそめた。テマリとカンクロウ、バキの顔が引きつる。旧友に話しかけるかのような口調で我愛羅に笑いかけたマナの表情は余裕そのもので、そして、楽しそうでもあった。
背負っている巨大な瓢箪のせいだろうか、我愛羅もさして背が高いわけではないが、そんな我愛羅よりもマナは更に小柄であった。瓢箪も何も背負っていないのにそんなに小柄であるというのは珍しい。二つ結いにした空色の髪を靡かせた少女の、黒い目がこちらをじっと見つめている。
「では、はじめてください」
ハヤテの声を合図に、紅丸がマナそっくりに変化した。クナイを手にとり、投擲。しかしそれは我愛羅の絶対防御たる砂に塞がれ、我愛羅に到達するには至らない。
「食遁・唾液弾!!」
吐き出された数発の唾液弾が砂に命中し、ぽっかりと穴を開けたが、それだけに過ぎなかった。直ぐに砂は流れ、開いた穴を塞いでいく。我愛羅の絶対防御、それは我愛羅の意思とは全く無関係に彼を守るこの砂だ。この砂は生まれてからずっと我愛羅を守り続け、いかなる敵もその砂を突き破ることはできないのだ。
我愛羅の視線が、二人のマナを見据えた。同時に砂が急速に二人の方へ向かって流れていく。どすりとその砂が壁にぶち当たった。
「――マナ!」
はじめが叫んだが、それは壁の方へではなく、空中に飛び上がったマナと彼女の姿に変化した紅丸に対してだ。砂がうねりながら片方のマナを襲ったが、それは紅丸だった。砂がふれるギリギリのところで変化を解き、砂の包囲を逃れる。
すると砂の注意は必然的に、もう片方のマナへと向く。こちらに向かって飛んでくる砂を、マナは一思いに飲み込み、そしてチャクラを練りこみ、吐き出した。
「食遁・チャクラ弾ッッ!!」
放たれた砂の塊は、瓢箪から流れ出る砂によってまたもや受け止められてしまった。しかし原料が我愛羅の砂であったことも相俟って、威力はかなり強く、我愛羅は少し後ろによろめいた――が、それまでだった。
更にスピードを上げた砂がマナを空中から地面へと叩き落す。突進してくる紅丸をまるで虫けらか何かのように砂で払いのけ、砂をよけようとするマナへ砂の指を伸ばしていく。
「くっそお、無駄に速えーんだよ!」
「マナ、上だ!」
はじめが叫ぶのとほぼ同時、前方からやってくる砂ばかりに気を取られていたマナは、ふと上から襲い掛かってくる砂に気づき、驚き、慌てながらも回避した。砂が鈍い音をたてて床に直撃する。四方八方から襲い掛かる砂の波に、マナは早くも息絶え絶えだった。
+
「とらないで。私の子供を返して――!」
一人の女がそう叫んだ。
その子の父が死んだ日に。その子が乳離れをして間もないころに。
そしてもう一人の女もまた、泣き叫んだ。
その子の父が死んだ日に。その子が生まれて間もないころに。
「貴方たちは狂ってる――私の、私の子供を返してよ!」
しかしその女のどちらも、冷たく突き放されてしまうのだった。
+
ぐう、と空気をぶち壊す腹の音。一瞬砂の動きが止まった、かと思いきや、また猛スピードでそれは再開した。
いい加減、苛々してきていた。第三の試験予選が始まってから何も食べていないし、第二試験ではろくなものを食べていなかった上に、塔に来ても野菜と水と硬い肉にがちがちのパンというメニューばかり。それで狐者異の腹が膨れるわけはない。そして腹が減ると苛々するというのは誰でもあることで、狐者異の場合、それが特に顕著だった。
「あーもー苛々するッ! なんつーか、あれだな? 所謂“化け物並みの強さ”って奴だな? そういう比喩はあんま信用してねえんだけど、なッ」
クナイにつけられた起爆札が爆発して砂を撒き散らし、その間を手裏剣が通っていく。しかし砂はそれすらも阻み、受け付けない。マナはチッ、と舌を打った。彼女自身が狐者異の名を持つ化け物の一族の末裔だ。人間の血と長い間交わって随分と薄められているとはいえ化け物は化け物で、体質上やチャクラの性質なども普通の忍者とは大幅な差異がある。けれど体術スキルはなく、幻術耐性もゼロに等しく、チャクラ性質の所為で普通の忍術すら使えずのマナは、化け物とは言え“化け物並みの強さ”という比喩があまり似合わなかった。
「――化け物、か。正に的を射ている、というべきだろうな」
鋭い眼光がマナを貫いた。
「俺は母と呼ぶべき女の命を奪い生れ落ちた。最強の忍びとなるべく、父親の忍術で砂の化身をこの身に取り付かせてな……」
静かに、静かに彼は言った。
「俺は生まれながらの化け物だ」
生まれながらの化け物。
――でも、お前は普通の忍術が使えるんだろ?
心の中で思ったそれは、知らず知らずのうちに言葉になって口をついて出てきていた。我愛羅が眉をひそめる。
「お前は最強の忍びになるべくして生まれたんだろ? つまり、最強の化け物になるんじゃなくて、最強の忍びになるんだろ?」
「……何が言いたい?」
――アタシはばけもの
思いながら、マナは笑った。笑いながら、言った。
「ならおめでとさん。お前は化け物じゃねえよ」
瞬間一本のクナイが、我愛羅の砂すら反応できないようなスピードで我愛羅の左頬をかすり、壁に突き刺さった。飛び散った返り血が、直ぐそこまで迫ってきていたマナの顔に跳ね返り、唇に、鼻に、額に、目元に散る。
「……なッ!?」
「だって本物の化け物は、アタシだから」
――その証拠に、アタシは、死の森で、サクラを食べようとしたんだよ
血と土と汗の臭い。戦いの臭い。
それは空腹していたマナをひどく惹きつけた。少女の柔らかな体も、その体につき始めた脂肪も、汗も、血も、土も、涙も。食べてしまえば。食べさえすれば。もっと強くなれると思った。
狐者異一族は空腹ゆえに食べるのではない。力を求めるために食べるのだ。そして、貪欲がゆえに食べるのだ。
――最低なんだ最低なんだ、アタシ、最低、なんだ
倒れたいのとサクラの魅力的なこと。食べちゃいたい。食べたらどんな味がするのかまで想像できるくらいにマナは飢えていた。
そして、今も。
――お前は人のこと食べたくならないだろ? でもアタシは食べたくなるんだよ。食べたら強くなれる気がするから
+
「最低だったんだよ」
「後の」少女は泣いていた。それを冷たく見上げていた“それ”が、口を開いた。
「それで、今も最低なんだろ」
+
連続で吐き出された唾液弾に、砂がどろりと溶解した。空へと飛び上がり、目標たる我愛羅めがけて急降下。空中から何発もの唾液弾を吐き出し、一点へと集中攻撃。砂が開いた穴を補う暇もなく飛んでくる唾液弾に、我愛羅は一瞬戸惑ったが、しかしそれもあくまで一瞬。砂の指が再び伸びて、今度こそマナを捉えた。
「――俺が化け物でも、お前が化け物でも、それはどうでもいい。それは関係ない」
ばしりとマナの小柄な体を地面に叩きつける。げほっ、とマナが血を吐いた。かなり大量の血だ。立ち上がろうとすると、血で手を滑らせてしまった。何度も滑りかけ、擦られた血の跡を床に残し、足元をぐるぐる回る我愛羅の砂が自分の血を攫うのを視界の隅に捕らえながら、なんとか立ち上がろうとする。けれど砂の指は既にしっかりとマナの掴んでいた。
「この試合に於いて重要なのは、おれがお前を殺すということ。ただ、それだけだ。――砂漠柩!」
テマリはぱっと反射的に顔を逸らし、カンクロウはまるで殴られたかもしたのように頭を後ろにひき、バキは唇を噛み、きっと今に聞こえてくるであろう、少女の肉がつぶれる音を想像し、そして彼女を哀れに思った。
けれど不思議なことに、マナの右腕を覆い、潰そうとした砂は、彼女の右腕に僅かな圧力を与えただけで、さっと弾かれたように彼女の元を離れた。
「何ッ!?」
我愛羅がどさ、と膝をついた。だらりと下がった右腕を握り締めて呻き声を立てている。その身に纏った砂の鎧がぼろぼろと崩れ落ちた。
対するマナの右腕は更にひどいことになっていた。腕ごと黒く変色し、腕の付け根や、肘や、手首や、掌の辺りから血が溢れ出ている。地面に転がって痛みに絶叫を上げるマナに、観衆たちが目を見開く。
「マナ!!」
「大丈夫か、マナ!?」
「しっかりするってばよ、マナ!」
「マナ、どうしたのよ!?」
「嘘、だろ……? あの女、我愛羅に傷を負わせた……? 一体どんなトリックを使ったって言うんだ?」
「一体いつの間に……ッやっぱりあいつはあいつの言うとおり、“化け物”なのか……!?」
木ノ葉陣が一斉にマナの名を呼び出す一方で、カンクロウとテマリは驚愕に目を見開き、冷や汗を垂らしながら蹲る弟を見つめた。その情景を見て、バキは思わず息を呑む。
――これが狐者異……“怖い”の名を得たものたちの力か!
我愛羅が左腕を持ち上げて、す、とマナを指差した。砂がずるずると持ち上がり、再びマナ目掛けて走っていく。やめろ、とカンクロウが思わず声を張り上げ、テマリはそっと片手をその腕に置いた。
「――そこまで」
「ユナ、さん?」
我愛羅とマナの真ん中に立った白い腕の女性に、ハヤテは思わず目を見張った。「ユナ」、それはユナトの愛称だ。
「これ以上の試合は禁止するよ。勝者は我愛羅くんってことでいい。それでいいよね、ハヤテ?」
「――構いませんが……」
「……何故だ? 何故止める……ッ!」
呻きと怒りの入り混じった声を立てた我愛羅に向き直ったユナトの顔を見て、バキは僅かに顔をしかめた。彼女の雰囲気は異様であった。彼女は木ノ葉と言う場所にあまり溶け込んではいないように見えた。
「これ以上続けては意味ないって判断したからだよ。この通り彼女は右腕が使えなくなっちゃってるんだ、印を組まなくても砂を操れる君とは違ってね。それに君が彼女を殺したって、どうせ彼女と同じ場所にダメージ受けて死んじゃうだけじゃないかな? 例えば心転身した相手の体が傷つくと、自分も傷つく、みたいにさ。あ、でもこの例えがわかるのって山中一族ぐらいなものかな? あ、そーかそーか、わかりにくいか。ごめんね、我愛羅くん」
「マナっ! 大丈夫かっ、マナ!!」
にっこりと微笑するユナトの背後にハッカが飛び降り、慌ててマナの体を助け起こした。ヒルマが医療班を呼び寄せ、矢継ぎ早に指示を出している。腕の付け根、肘、手首、手のひらから血を流し、出血多量で死に掛けてしまっているマナは応急処置を受けた後に慌てて担架に乗せられ運ばれていき、ヒルマが我愛羅も早く担架へと急かした。
「ほら、早くッ!」
「……必要ないっ……ぐっ!」
「必要ないとか冗談じゃありません、いいから担架に乗ってください!! 白眼で見たところ、骨がボッキボキになっちゃっているんです、ほら、早く!!」
急かされて、我愛羅は不承不承ながらに医療班についていった。我愛羅が医療班と共にいるというこの上なくシュールな光景にカンクロウやテマリたちは目を丸くしている。
振り返ったユナトの顔を見て、ナルトはあれ? とつぶやいた。
「サクラちゃんサクラちゃん、あの片腕だけ白い人さ、どっかで見たことない?」
「え? ……あ、確かに。なんか見たことある顔だ……でも、どこでだろ?」
うーん、と思案する二人の後ろで、その答えを知っているカカシは一人昔へと思いを馳せる。ガイも同じことを考えていたのだろうか。熱血で忘れっぽいガイにはあまり似つかわしくない遠い目つきで、彼はずっと遠くを眺めていた。
後書き
マナ戦書き終わってまもない頃にパソコンがウイルスににににに……。
最初からやり直す羽目になっちゃいました。更新停滞すいません。
リーと我愛羅はまた戦わせる予定です。この二人の戦いを描写するのが楽しみで仕方がない。
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