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真・恋姫無双 矛盾の真実 最強の矛と無敵の盾

作者:遊佐
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群雄割拠の章
  第3話 『どうしてこうなった』

 
前書き
タイトルが全てです。ほんとに…… 

 




  ―― ??? side ――




「おかしなことになっておるようじゃが……本当にいいのか?」
「ん~いいんじゃなぁい? 別に命がどおってことでもなし……これもこの外史なのかもねぇん」
「しかしのぉ……」
「それより、また新しい遺跡の情報よん。今度は人体の精密模型ですって……脳の神経細胞の接続図だそうよ。今の技術に対してならそれほど脅威度は少ないけどねぇん」
「ふむ……まあ、それはまだええじゃろ。それよりもう一つの聖櫃のほうがやっかいじゃわい。儂はまた、しばらくはそっちにかかりきりじゃて。なんなら于吉たちに任せたらどうじゃ?」
「……それはやめたほうがいいわねぇ。于吉がこれを手に入れたら人体実験しかねないわん」
「まあ、やるじゃろうな……しかたない。聖櫃の処理が終わり次第、そちらの回収に向かうとしよう。しかし、儂は本当に貧乏くじじゃな」
「わーるいわねぇ。けど、私は今、この大陸を離れる訳にはいかないのよねぇ」
「わかっておる。それより、もう一人のだぁりんのこと……本当にいいんじゃな?」
「ええ。それが忠臣さんの遺志だもの。もう少し、様子を見てみるわ……」




  ―― 盾二 side 平原 ――




「……と、いうわけで改良してみたんだけど、どう?」
「これはいいですな! 足場が固まって剣も槍も振るいやすい! これならば馬上で薙ぐこともできましょう!」

 騎兵の一人が、嬉しそうな声を上げる。
 他の騎兵の人々も、好感触を得ているようだ。

「しかし、この『鞍』に『鐙』というものは……いいですな! よく出来ています」
「まあ、それなりに改良を繰り返したからね。今まで使っていた補助の片輪鐙だと、片方だけではズレて安定しないから」
「はい。両方つけるにも馬の背に負担をかけるため、今まで付けられなかったのですが」

 まあ、鐙自体はこの頃からあったらしいけど、あくまで馬に乗る補助用。
 実際には、支える鞍がしっかりしていないと鐙も装着できないからな。
 木製の硬式鞍や牛の皮を鞣した硬式鞍も作ってみた。

「やっぱり大量生産するなら木製になるなぁ。まあ、革式のは手間もかかるから指揮官用になりそうだけど」
「ですな……しかし、これなら調練の足りない新人でも騎兵として立派に役立ちましょう」
「らしいね。白蓮はそのつもりらしいし」

 数週間前、第一作目を見せた時の白蓮の顔は面白かった。
 最初は不審、次に眉唾、実際に装着して驚き、騎乗して剣を振るって笑顔になった。
 それ以降、改良品ができる度に平原や北平の木匠に指示しているらしい。

「平原には数千程度しか連れてきていませんが、北平にはすでに二万を超える馬がいますからな」
「二万!? 騎兵ってそんなにいるのか?」
「いえ……正直、兵の調練が追いついていません。故に、ほとんどいるだけですな……」
「無駄じゃん……」

 聞く限り、白蓮が極度の馬好きであり、自身の兵にできるかぎり騎兵の推奨するのだそうだ。
 けど、騎馬兵になるには騎乗せねばならず、その上で武器を使えなければ意味が無い。
 それが今までは大変難しく、騎馬兵が思うように増えない原因だったそうだ。

「ですがこの鐙と鞍があれば、多少の訓練をすれば馬上で剣を振るうこともできるでしょう! まさしく御遣い殿ですな!」
「だからそれやめろって。覚えてないんだし、俺はただの盾二でいいよ」

 その名前だって本当にそうなのかも疑問なんだから……

「あ、失礼しました。その、未だに何も思い出せないので?」
「うーん……いらん知識は山ほど思い出せるけど、どうしてそれを知っているかがわからない。自分が本当に北郷盾二って名前なのかも、な」

 結局自分が本当に『北郷盾二』という人間なのかもわからない。
 白蓮が言っていた『桃香』とか言う人のこともだ。

 けど、俺をよく知る白蓮――公孫賛がそう言っている。
 しかも、俺の力のことや、能力のことまで俺以上に知っていて、事実そのとおりだった。
 この一月、内政や軍部のことなど意見を求められ、その度に『さすが盾二だ』と褒められる。
 そんなに難しいことは言っていない。
 ただ、何故か『こうしたらいい』という知識が頭の中にあり、それをそのまま伝えているだけだ。

 今では、ほとんどフリーハンドで好きなことをやらせてもらっている。
 白蓮いわく――『盾二なら何をしても役に立つことしかしないだろう』とのこと。

 まあ、一宿一飯ならぬ好き勝手やらせてもらって結構な金ももらっている手前、出来る限りのことはしようとしているけど……
 というわけで、とりあえず騎馬兵が多いので、せっかくだから『鞍』と『鐙』というものを提供してみたんだが――

「大変ですな……いえ、失礼しました。訳知り顔で言うべきことではありませんでした」
「いいよ。思い出せないのは俺の頭だし。んじゃ、次はこの壺鐙を試してみてくれ。輪鐙より足元の保護や固定にいいと――」

 新作した壺鐙を取り出して、付け替えようとしていると――

「盾二殿ーっ! 太守様がお呼びです! 至急、王座の間に来てほしいとのこと!」
「……と、やれやれ。じゃあ、そういうことだから。これ、試して後で感想教えてね」
「はい! お疲れ様です、御遣い殿!」
「だから、それやめろっての……」

 俺はその騎兵に壺鐙を渡し、後を任せる。
 その足で王座の間に入ると――

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……」

 錯乱する白蓮が、そこにいた。

「どうしようどうしたらどうするべきかわかんないから悩むんであってわからないから騒いで焦ってあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「なんの芸だよ……」

 この人はほんと、出会った時から騒がしいな。

「あ、盾二!」
「はい、盾二ですよ。何騒いでいるん……」
「盾二! 頼む、助けてくれ!」
「……ですかって、いきなりどうしたの?」
「これだよ、これ!」

 白蓮――公孫賛が、見せてくるのは紙の書状。
 というか、言葉日本語で文字は漢文なんだから……

「なになに……『先だっての約定通り、貴殿の助けを必要とする。つきましては我が配下二名が言上仕るのでよしなに……』って、なんで漢文読めるんだよ、俺」
「そんなことより! どうしよう、盾二!」
「いやだから! 説明してくれないと、なにがどうなのかさっぱりで……」

 なんやかやと叫ぶ白蓮を宥め、落ち着かせる。
 で、まとめると――

「陶謙と曹操が戦争した。で、陶謙負けそう。以前、陶謙と袁術から平原の物資支援を受けていた縁もあって、何かあった時は互いに協力しあおうという約定を一月前に合意したと。で、陶謙が曹操に攻めこまれて大変だから、白蓮が曹操に兵を引かせるように説得しろと?」
「そうだ! けど、私は曹操にも恩義があるんだ! けど、約定まで交わした陶謙の頼みには無碍にできないし……袁術の口添えまであるんだ」

 ふむふむ……つまり、あちらを立てるとこちらが立たず、という典型的な二股外交でピンチになっていると。

「でも、最初の発端は曹操の親を殺した陶謙だろ? だったら陶謙に謝罪するよう努めろって言うのが筋じゃないのか?」
「それは……確かにそうなんだけど。でも、陶謙は部下が誤って殺してしまったと言っているんだ。自分は謝罪しようとしたが、聞く耳を持ってくれないと……」
「まあ、親殺されたんじゃなあ……」

 普通、あなたの親を間違って部下が殺しました、悪気はなかったですごめんなさい、で済むわけがない。
 そもそもの話、本当に悪気がなかったかというのも怪しいものだ。

 確か陶謙は、演義では人の良い善人になっているけど……史実ではかなり粗暴で道義に背き、感情のままに行動して曹操の逆鱗に触れたともいわれている。
 ならば、自業自得のはず……って、ホントなんでこんなことがわかるんだ、俺は?

「どうしよう……盾二」
「うーん……」

 梁州のことだの、反董卓連合のことだの……正直、俺の知る三国時代の歴史とは離れているし。
 この世界の陶謙が、本当はどういう人物なのかを知らないで断言するわけにも、なあ。

「なんか誰か説明によこすって言っているんだろ? だったら話を聞いてから決めれば?」
「そこで言質取られて、なし崩しに曹操に敵対することになったら!?」
「あー……会った事自体が共闘する意思と取られるってことか。それを言ったら、すでに協力しようって話になっている事自体、敵対する理由になるんじゃない?」
「ぐっ……」

 曹操ってあの奸雄、曹操だろ?
 だったら敵対する気なら、どんな理由をこじつけてでも敵対して攻めてくるんじゃないか?

「白蓮は、結局どっちが正しいと思うんだ?」
「え?」
「だから、今回の話。曹操と陶謙、どっちが正しいと思うんだ?」
「いや……ま、まあ、現状わかっている状況で考えるなら曹操の怒りは至極当然だし、陶謙側に責任があるわけで……」
「じゃあ、それを使者に突きつけてさ。仁義を通してから改めて話持って来いって言えば?」
「そ、そんな……子供の喧嘩じゃないんだぞ!?」

 まあ、そうだな。

「けどさ。結局の所、打算と義理人情で頭ややこしくして悩むぐらいなら……素直に自分の心のままにでいいと思うけどなあ、俺は」
「お、おま、盾二……」
「だってさ。どっちに味方をするとしても、だよ? どっちかと敵対する道しか残ってないんじゃ、それしかないと思わない?」
「て、敵対……両方が穏便に矛を収めるという手だって」
「あ、ないない。片方が片方の権力者の家族殺している時点で、その可能性は一切ない」

 どうやったって恨みは残る。
 歴史的に見ても、専制君主制の時代でそんなことをしたら、向こう百年争う結果になっても絶対に敵対しない道はない。
 権力者が入れ替わる民主主義ですら、過去の遺恨を百年以上蒸し返す国はあるんだから。

「そもそもさ。陶謙って州牧で、曹操は皇帝の後見人だろ? 実力差ありありじゃないか。打算的に見ても陶謙に手を貸すのは自滅するだけだよ?」
「いや、けど、でも……」
「今の白蓮ってさ、一時的な判官贔屓で弱い方に手を貸したくなっているだけじゃないか?」
「ほうがん、びいき?」

 あ、判官贔屓の言葉はこの時代どころか、この大陸にゃないか。

「簡単にいえば、弱いほうが可哀相だからって上目線からの一時的な優越感に浸りたいだけだろ、てこと」
「な! そ、そんなことは!」
「ないといえる? 心情的にも打算的にも結果が出ているのに?」
「……………………」
「まあ、女性的に言い換えれば、子供が悪いとわかっているのに子供を守るために必死で『うちの子は悪くない』と言う母親を想像してみればわかるかもね。そういう心情、ないと言える?」
「それとこれとは話が別だ! そもそも母親の心情など私がわかるものか!」

 あちゃ……変な話振ったのはまずったか。

「ごめんごめん。でもさ、白蓮。結局のところ……白蓮が守りたいのは何?」
「守りたい……もの?」
「そう。白蓮が守りたいのは、自分の体面? 財産? それとも義理人情? 」
「………………」
「それとも……平原の民?」
「あ……」

 白蓮の顔が、呆けたようになる。
 やっと気づいたか。

「守りたいモノの為にはどうしたらいいか、まずは原点から考えてみれば……わかるんじゃない?」

 俺の言葉に、待つことしばし。
 しばらくしてから白蓮は――くしゃくしゃと頭を掻いて。

 俺に笑顔を見せた。 




  ―― 糜竺 side ――




「お初にお目にかかります。私は徐州牧であられる陶謙恭祖様に仕えまする、姓は糜、名を竺、字は子仲と申します。恭祖様より御用を言いつかりまして、罷り越しました」
「同じく糜竺の弟、姓は糜、名を芳、字名を子方と申します。兄の護衛として同伴致しました」

 私は、拝礼の後に顔を上げる。
 隣にいる弟の糜芳も同様に顔を上げた。

 目の前にいるのは、平原の太守である公孫賛伯珪。
 正直、そこそこの美人ではあるが……どこか平凡な女性に見える。
 まあ、我々兄弟の美しさに比べれば、この世の女性などどれもこれも大したことはないのだが。

「挨拶、丁寧に痛み入る。私が公孫賛伯珪だ。隣にいるのは……相談役だ」

 相談役?
 見れば黒い服に身を纏った男が一人。

 ふむ……顔はまあ、合格といってもいいだろう。
 童顔であるのに、その目の精悍さが気に入った。

「……お気にせず。伯珪様の護衛と思ってください」

 あまり目を合わせようとせず、慇懃な拝礼をする男。
 ふむ……寡黙なのか?

「で、だ。陶謙殿からの用とは?」
「は。この度、我が主恭祖様が、不幸にも曹孟徳様と争うきっかけのご説明と、そのご助力の嘆願に参りました」
「ふむ……」

 目の前にいる公孫賛は、顎に手を当てつつチラリと隣に立つ相談役の男を見る。
 だが、その男が何も言わないのを確認すると、こちらへと視線を向けた。

「まあいい。ともかく話を聞こう。書状では私に曹操殿との仲介をしろとのことだが?」
「はい。まずそもそもの発端ですが、恭祖様配下の一部の愚か者が金目の物欲しさに曹孟徳様のお父君を『誤って』襲撃したことがきっかけでした」
「……ほう」

 公孫賛の目が細くなる。
 警戒したのだろう……まあ、当然だが。

 本来は狙って襲撃したのだから当然だ。
 陶謙も、もう少し考えて行動してもらいたいものだ。
 尻拭いする方の身にもなって欲しい。

「この報告に慌てた恭祖様は、すぐに犯人を見つけ出して処刑したのですが……曹孟徳殿は、こちらが謝罪の使者を出す前に徐州へ侵攻。徐州内の街、農邑に拘らず、人家を全て襲い、女子供も構わず殺し始めました」
「……それは聞いている」
「はい。そして遣わした使者も尽く殺されまして、恭祖様は殺される民を見るに見かね、止むを得ず曹孟徳様と戦端を開くこととなりました」

 実際には使者など出していない。
 曹操がどういう反応をするか高みの見物だと言っていた。
 だが、曹操の怒りが凄まじく、気がついたら城をいくつも落とされていた。

 民の被害などどうでもいいが、その財産は自分のものだと思っている陶謙だ。
 奪われた街の財産を再び奪うべく、侵攻してきたのは曹操だと、大義名分を得たつもりになって意気揚々と徐州から出陣した。
 あれほど止めたのだがな……

 結果は――

「しかし、戦上手で大陸全土に名高い曹孟徳様です。とても歯が立つ相手ではありませんでした。恭祖様は戦場でも使者を何度もお遣わしになったのですが……尽く殺されました」

 もちろん、最初は大義名分を掲げた宣戦布告のものだ。
 話ではその使者の書状を検閲した武官に、一刀両断されたらしい。

 その戦に負け、その後は相対する度に謝罪文を送ったが、当然全て破り捨てられたとのこと。

 全く愚かな……

「曹孟徳様は、街や農邑で略奪の限りを尽くし、民を全て殺しつくしました。そして郯まで攻め入ったところで恭祖様は籠城し、曹孟徳様は一旦撤退することになりました」

 実際、私も曹操がここまでするとは思わなかった。
 いくら父親を殺されたとはいえ……徐州の無関係な民まで殺すとは思わなかったのだ。
 ただでさえ皇帝の後見人として立場がある。
 そんな曹操が、その立場を危うくするような大虐殺や略奪をするとは思えなかった。

 他にも陶謙が無茶をしたのは理由がある。
 曹操の領地における、昨年の内政の失敗だ。
 糧食をほとんど兵や民に配分し、出兵する分を賄えないだろうという……私の情報だった。
 だからこそ、無茶なことをしたのだろう。

 私にも無断で曹嵩を殺すとは……
 私ならば、そんな暴挙はしない。
 財産を没収した上で、捕らえて偽りの罪をかぶせて曹操を脅迫すればいいのだ。
 もっとも、それよりは曹嵩を歓待してツテとした方が、はるかに得が大きいのだが。

 何故それぐらいの手も取れなかったのか……理解に苦しむ。
 まったく……我らは仕える主を間違ったな。

「しかしながら曹孟徳様は、どうしても恭祖様を殺さねばお気が済まないご様子でして。今も洛陽にて糧食を集めていると伺っております。このことに気を病んだ恭祖様はお倒れになりまして……その余命は尽きようとしております。その為、ご縁があります伯珪様のご助力に縋りたく、私が罷り越した次第です」

 とはいえ……私や弟にも野心がある。
 元々は我らも豪族。
 陶謙が高給で我らを招いたからこそ、こうして仕えてはいるが、それは我らの立身出世の足がかりにするため。
 粗暴な陶謙ならば、私の政治力を欲しがると踏んでのことだったが……ここまで馬鹿だと救いようがない。

 だが、この窮地を救えば、陶謙に多大な恩も売れる。
 そしてこれを纏めれば、目の前にいる公孫賛、そして曹操にも私の交渉力を見せることができるだろう。
 その上、愚かな主君を必死で庇おうとする忠臣との評価も得られるかもしれない。

 ククク……そうなれば、私に声をかけて来る者も出よう。
 その時は、精々渋った上で理由をつけて高く売り込めば良い。

 その足がかりのためにも……この交渉はなんとしても纏めたい。

「此度は不幸な事故から発し、数々の誤解が重なりあった上での悲劇かと存じます。我々の謝意が曹孟徳様に届かぬ以上、せめてその謝罪の意志だけでも義に厚い公孫伯珪様にお縋りしてお伝えいただきたく、愚考致しました次第。なにとぞ……」

 まあ、民に盛大な人気があり、かの梁州牧である劉備と並ぶほどに義将と名高くなった公孫賛である。
 その性格も……愚かなことだが義理人情に厚く、常にまずは手を差し伸べるという甘さがある。

 私に言わせれば、ただの愚か者だ。
 人を疑うことを知らない、とても人の上に立つ器量ではない。

 梁州牧、劉備も同じらしいが……あちらには義兄弟である関羽や張飛がいる。
 その上、義勇軍時代から常に傍にいる人物、我らが目標とする天の御遣いがいる。
 男であるにも拘らず、有象無象の女武将たちを寄せ付けぬ武力と知謀……まさに我らの憧れだ。
 おそらくその天の御遣いの元で、劉備自身は演じているのだ……人の良い徳の人物を。

 そして配下の者に汚れ役を押し付け、自身を清廉潔白の徳の人と見せている。
 そういう意味では非常に評価できる。

 だが公孫賛はダメだ。
 こいつは素でやっている。
 私は一目見て、公孫賛伯珪という人物の評価を最低にした。

 人としての美徳は、君主としての美徳とは成り得ない。
 君主は清濁合わせて持ち、冷徹な指示もできなければならないのだ。

 だからこそ、今私が非常に魅力を感じるのは、敵である曹操だ。
 あの民を殺し尽くした冷徹さ……有能さは皇帝の後見人であることで折り紙つき。
 私がのし上がるには、曹操の下につくのが良さそうである。

 そのためにも、公孫賛には曹操と面会を仲介させ、私の命を奪うことは公孫賛の面子を潰すことになるように仕向けなくては……

「どうか。どうかお願い致します! せめて、我が意志を曹孟徳様にお伝えできるように計らってはいただけませぬでしょうか!? 私はそれが成れば曹孟徳様に殺されても文句は言いませぬ! どうか、民のため、徐州での虐殺と略奪だけでもやめていただける様、お伝えしたいのです!」

 ククク……こう言っておけば、私の命を是が非でも守ろうとするだろう。
 義理人情に厚いというのは、操りやすいものだ。
 縋ってくるものを無碍にはできない……それが甘い。

 だから――

「う……む……」

 公孫賛は顔を顰め、悩んでいる。

 む……?
 てっきり、すぐにそれを止め、自分に任せろと言ってくると思ったのだが。
 私の演技が足りなかったか?

「確かに……民の事は心を痛める。それについては曹操に一言言った方がいいか……」

 ……ふっ。
 なんのことはない。
 ただ逡巡していただけか。

「で、では!」
「だが……それ以外のことは、私にはできかねる。謝意がある事は伝えよう。だが、それ以上の事については、手を貸すことはできない」
「なっ……」

 公孫賛の言葉に、私は思わず耳を疑った。
 隣にいる弟、糜芳も顔を顰めている。

 あの公孫賛が、民のことを絡めた話に断りを入れるだと……?

「お、お考え直しください、伯珪様! 曹孟徳様が次に攻めてきたら、徐州の民は今度こそ全滅させられてしまいます! どうか、どうか我らに謝罪の機会を――!」

 私は床に頭を擦り付ける。
 まずい……ここで公孫賛の温情が引き出せないと、そもそもの計画が崩れる。
 この女の性格を、私が見誤ったというのか!?

「……民については、曹操に伝える。それは約束する。だが、陶謙殿の和睦の仲介をする気はない」
「なっ――」
「父君を殺された曹操の怒りは凄まじい。その原因は部下の不始末だったならば、陶謙殿は何故自身の命でそれを贖おうとしないのだ?」
「そ、それは……」
「民が虐殺されるのは自身の不始末。ならば、陶謙殿一人が曹操の元に行き、徐州の民の命を自分の命一つで助命する……私ならそうする。何故、陶謙殿はそうしない?」

 ぐっ……

「陶謙殿は病に伏して、余命いくばくもないのであろう? ならばこそ、その生命を以って徐州の民のために役立てるこそ、領主の努めと考えるが?」

 ……なんということだ。
 この公孫賛伯珪という女。
 ただの普通の人の良いだけの人物と思っていたのは……全て擬態か!

 まさか、ここまで正確に状況を把握し、それを利用しようとするなど……
 う、美しさで優る我ら兄弟が、こんな普通の女に出し抜かれるなど……

「……お待ちください。我らは袁術様よりご支援も頂いております。恐れながら公孫伯珪様は、袁術様と恭祖様と約定を交わしておるのでは?」
「そ、そうです! 互いに協力しあうという約定であったはず!」

 糜芳、よくぞ言ってくれた!
 そうだ、公孫賛……手を貸せないとあらば、袁術をも敵に回すことになる。
 そんなことが、お前ごときにできるとでも!?

「……確かに袁術には、物資の面で手助けを受けた。だが、その恩は袁術本人に返すことにしている。陶謙殿の恩は、民の助命嘆願をすることで果たそうと思うが?」

 ぐっ……まだ言うか!

「しか――」
「いえ、公孫伯珪様。その事で、袁術様より使者が我らと共にご説明したく、こちらに参られております。その方をお呼びしてもよろしいでしょうか?」

 !?
 そ、そうだ……そうだった。
 最後の手として、我らは袁術から最強の手札を預かっていたのだ!

 だが、それは袁術に多大な借りを作ることにもなる。
 本来はそれを使わずに、後ろ盾があることだけを仄めかすつもりで同道させたのだが……
 まさかここでそれを使うことになるとは。

(兄者、やむをえん)
(くっ……わかっている!)

 背に腹は変えられん。

「袁術から? 誰だ?」
「はっ……袁術様の腹心、張勲様です」
「張勲か……まあいい。話を聞こう」
「はっ! では、すぐにお呼びしてまいります!」

 よし……やはり袁術の直臣の言葉には逆らえまい。
 この女め、手間をかけさせてくれる!

 だが、貴様ら女に、美しい我々が負けるはずはないのだ!




  ―― 盾二 side ――




「ふっふ~ん。かわいい美羽様の大将軍、張勲さんですよ…………………………きゃあああああああああああっ!? 何故、何故天の御遣いさんがここにぃ!?」
「え? ああ、今盾二は私の所にいてもらっているんだ。で、まあ袁術からなにか……」
「いえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえいえ! 何もありません! 何もしていません! 私は帰ります! 陶謙さんについて、美羽様は何も知らないことです! 私も何も知りません、関係ありません! すいません、急用思い出したので帰ります! 失礼しました!」
「あ、おい! あ…………な、何をしに来たんだ?」

 ……今の、誰?




  ―― 糜芳 side ――




 な……なんだ、と?
 俺は張勲の言葉に、耳を疑った。

 隣にいる兄者は、あまりのことに驚愕の眼差しで固まっている。
 当然だ……まさか、まさかあの袁術の直臣である張勲が、ここまで恐れる人物が目の前にいる。

 天の御遣い……あの梁州牧、劉備の軍師にして、大陸最強と言われる呂布と互角に戦う男。
 おそらく、あの曹操すら越える知謀と知略を持ち、たった数年で田舎だった漢中を一大都市に作り変え、あまつさえその武力は大陸で一二を争う者。
 女尊男卑のこの世において、男の身でありながら大陸で名を馳せる者。
 世の風潮を忸怩たる思いでいる我らが、まさしく崇拝するべき存在とも言える人物。

 その人物が……目の前にいる。

「あっ、かっ……こ、公孫伯珪、様。そ、その相談役とおっしゃられる方は、ほ、本当に、本当に、あの……天の御遣い、様で?」
「ん? ああ……バレちゃったな。そうだよ、本人だ。まあ、いろいろあって今は私のところにいるんだが……」

 ほん……もの。

「こ、ここここここここここここ公孫賛伯珪様に、お願いしたい議がございます!」

 突如、兄者が床に頭を打ち付けた。
 兄者が言いたいことに気づき、俺も頭を床に打ち付けた。

「お、おい!? なにを……」
「なにとぞ! なにとぞ我らを公孫伯珪様の陣幕にお加えくださいませ!」
「……は?」

 目の前にいる公孫賛は、きょとんとしている。

「わ、我ら、我ら兄弟! て、天の御遣い様を心より憧れており、その武勇伝は我らの誇りでもあります! 何卒、何卒、天の御遣い様に仕えることをお許し願いたく!」
「……へ? じゅ、盾二に?」

 公孫賛が隣にいる天の御遣い殿を見る。
 その天の御遣い殿も、目をぱちくりとして……ああ、なんという愛らしさだ!
 童顔の顔に精悍な眼差しの時も良かったが、素で驚いている姿もまた美しい!

「何卒、何卒お願い致します!」
「俺……私からもお願い致します。さすれば、陶謙の隠していることの全てもお話致します!」
「弟の申す通り! 何卒、なにとぞーっ!」

 我らの全身全霊を向けた嘆願に、天の御遣い殿は――

「……えっと、盾二、どうする?」
「……よくわかんないけど、さっきまでの腹の黒さはないみたいだし。詳しく話を聞いてみれば?」

 その言葉に、がばっと顔を上げる兄者。
 その顔は紅潮して、喜びに震えているようだった。
 だが、それは俺も同様である。

「なにもかも! 全てお話致します! その上で、どうか、どうか我らをお傍に!」

 ――この日、俺と兄者は。
 生涯の主君を得たのだ。




  ―― 公孫賛 side ――




 ………………
 なんか、二人の盾二を見る目に怖いものを感じる。
 なんというか、あれは尊敬というより、完全に興奮している目だ。
 いわゆる、性的に。

 私がわかるぐらいだから、盾二はそれをわかっていると思うんだが……

 まあ、盾二がいいならいいか。
 そういうことにしておこう、うん。

 ともかく、二人から情報を――聞いてもいないことを洗いざらいぶち撒けた二人は、とりあえず私の元で働くことになる。
 とはいえ、私の言うことはあんまり聞いてくれない。
 盾二からの指示は、犬が尻尾を振るぐらい容易く言うことを聞くのに。

 ………………あー、あれだ。
 こういう状況にぴったりな言葉があったな。

 曰く――


『どうしてこうなった』
 
 

 
後書き
糜芳、糜竺ファンの方、すいません。
ちなみに容姿は、武官の糜芳が左慈、文官の麋竺が于吉に似ていると思ってください。
理由もありますが、まあそれは後ほど。

もう一度言います……糜芳、糜竺ファンの方、ごめんなさい。
ほんと、どうしてこうなった…… 
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