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アイスクリーム溶けるな

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アイスクリーム溶けるな

                     アイスクリーム溶けるな
 長谷川良行はだ。あるものを買っていた。
 それは何かというとである。アイスクリームだ。それを何故買ったかというとだ。理由は極めて簡単である。
 同居している恋人の一河二葉がだ。アイスが好きだからである。甘党である彼女はスタイルのことも気にかけながらアイスを食べているのである。
 その二葉だ。アイスが美味しい店の場所を聞いてだ。彼に買って来るように頼んだのである。
「あそこのお店のアイスがね」
「美味いのか」
「だから。すぐ買って来てね」
 言えばすぐだ。そうしてであった。
 良行はそのアイスを買いに行った。本当は何で自分がと思ったがそれでもだ。二葉に言われるとどうしてもであった。
 行ってしまった。そのうえで買いに行った。それでアイスを各種買った。合わせて十個である。
 そのアイスはお店の人に白い薄いダンボールに入れてもらった。そうして二葉の待っているアパートに向かおうとする。しかしだ。
 外に出てだ。彼は思い出したのだった。
 今は夏だ。しかも今日は四十度を超える猛暑だ。その暑さを思い出してだ。
 まずは汗が額を伝った。それが思い出させることは。
「アイスって溶けるんだったな」
 至極当然のことを。ここで思い出した。
 しかも二葉が待っている部屋まではそれなりの距離がある。手に提げているそのダンボール製の手さげ箱の中にはちゃんとドライアイスが入れられてある。しかしである・
 この暑さの前にはだ。ドライアイスを入れているにしてもだ。
 限界がある、こう察してだ。
 彼は速く歩くことにしたのだった。それも駆け足に近い速さでだ。彼の出した答えはそれであった。アイスクリームのことを気にしながらだ。
 アイスクリームを気にしてそのうえでそう歩く理由はだ。一つしかなかった。
 二葉にアイスを溶けないまま食べさせたい、それしかない。
 それで急いで歩く。炎天下の中なのですぐに汗だくになってしまう。しかしそれでもだ。
 彼は歩き続ける。時折暑さにうだる様にもなる。だが彼は負けない。
 走るとアイスが崩れてしまいかねない。流石にソフトクリームやケーキよりはずっとましでもだ。意識しないではいられなかった。アイスクリームも形があり何処かにぶつけるとそれで変形してしまうのだ。彼が今危惧しているのはそのことだった。
 そのまま必死に急いで歩いていってである。何とか二葉の待っているマンションのその部屋まで辿り着いたのである。そうして出迎えた彼女が彼に対して最初に告げた言葉とは。
「どうしたのよ、そんなに汗だくになって」
「アイス、溶けないようにって思ってね」
 その汗が滝の様に流れ出る顔で答える良行だった。玄関にいるのに風呂場にいるような顔になっている。
「それでなんだ」
「アイス、気にしてなの」
「そうだの。まあとにかく買って来たからね」
「食べるってことよね」
「うん、じゃあ。今から」
「シャワー浴びてきたら?」
 だが、だった。二葉は彼にこう告げるのだった。
「汗流してから。すっきりしてからね」
「食べればいいっていうんだな」
「ええ、そうしましょう」
「それじゃあ」
 良行も二葉のその言葉に頷いた。そうしてである。
 実際にシャワーを浴びせ汗を流して二人でアイスを食べる。するとその味は。
「美味しいな、有名な店だけはあるよ」
「有り難う、わざわざ買って来てくれて」
 二葉は満面の笑みで向かい側の席に座っている良行に対して述べた。その笑顔には咎めるものはない。むしろそうしたものを完全に否定するような、そうした笑顔である。
「感謝するわね」
「いいよ、感謝なんて。それでも」
「それでも?」
「美味しいんだね、アイス」
「ええ、凄くね」
 満面の笑みで頷く二葉だった。そしてだ。
 彼女はだ。それと共にこうも言うのだった。
「だって。良行君が私の為に買って来てくれたし」
「買いに行かせたとかじゃなくて?」
「我儘聞いてくれたから。だから余計にね」
 そのせいもあるというのだ。そしてだ。
 彼女はだ。自分からこう言った。その声は優しい。しかも暖かい。アイスクリームが溶けるのではないかと思える位にだ。その声は暖かかった。それで良行に対して言うのである。
「今度は私が。良行君の我儘聞くね」
「じゃあ。今すぐにね」
「今すぐに?」
「アイスティー入れて。それで二人で飲もう」
 良行はにこりと笑って二葉に告げた。
「アイスクリームとよく合う。アイスティーをね」
「わかったわ。それじゃあね」
 笑顔で頷く二葉だった。そうして彼女も彼の我儘を一つ聞いたのである。我儘と我儘、他愛のない可愛いそれが出た真夏の日のことである。その日のことをである。良行はずっと覚えていた。そして夏になり二葉とアイスクリームを食べる度にである。そのことを思い出してそのうえで笑顔になるのだった。その時の彼の笑顔はあの時代の二葉のそれと同じくだ。アイスクリームが溶けるのではないかと思える程に優しく暖かいものになるのだった。


アイスクリーム溶けるな   完


                    2011・3・17 
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