機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア
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第一部 刻の鼓動
第三章 メズーン・メックス
第四節 離脱 第二話 (通算第57話)
メガ粒子の火閃が《リックディアス》の残像を貫いた。減衰したビームが四散するまで細長く尾を引く。
背後に迫る敵は二個小隊――《クウェル》が四機と《ジムII》が四機だ。MS戦では当たり前だが、数が決め手になる。常識を覆すような事態はニュータイプでも居なければ起こりえない。
メズーンは思わずアクセルを目一杯踏み込んでいた。機体が急加速する。強烈なGがメズーンをリニアシートに縛りつけた。多少は衝撃緩和装置が吸収するが、全てではない。身体中の血液が全て背中側に行ってしまったかのような感覚に一瞬気を失いそうになったが、メズーンとてパイロットだ。耐えられないレベルではなかった。
その最中、メズーンはライフルを構えさせようとして気づいた。《ガンダム》はビームライフルを手にしていない。兵器ラックから持ち出してこなかったのだ。《マークII》には初代《ガンダム》以来《ジムII》にも標準装備されている頭部六○ミリガトリング砲もない。メンテナンス直前の機体を奪取したのであるから、当然と言えば当然である。自分の迂闊さをメズーンは呪った。
バックパックのスラスターアームに固定されているビームサーベルだけが《マークII》の標準装備である。固定武装を廃し、武装を共通化することでコストダウンを図り、MSが持つ本来の汎用性の向上と拡張性の確保を目的とした試作機が《マークII》だった。後のユニバーサル仕様の原点が此処にある。両腕と腰の両側にあるマウントラッチが連邦軍の標準プラットホームになる。
「……赤いMSは?」
メズーンに嫌な予感が過る。まさか撃墜されたのか…という言葉を呑み込む。直後、後方八時に未確認機の表示がコンソールを確認し、安堵した。
それは推力を分散して機体の運動性能を高め、単体での戦闘力を求めた《リックディアス》と、推力を集中して、機体の現地到達速度を高め、集団での戦闘力を求めた《マークII》の最大の違いと言えた。だが、《マークII》の機動性が《リックディアス》に劣る――という訳でもない。
突然、炎の玉が闇を切り裂く。
シャアの《リックディアス》が振り向き様に敵機を射ったのだ。狙いを違えずに命中する。紫の《ジムII》がコクピットに直撃を喰らい爆散した。
「凄い……」
機動中のMSに命中させることは至難の技である。バディが追い込んだ所を狙撃するのであっても、一撃必中とはいかない。なのに、続けざまに放たれたクレイバズーカの弾頭は、吸い込まれるように敵機を直撃していった。
漆黒の宇宙に三輪の大花火が咲いた。
その間も《リックディアス》はランダムな機動を続けていた。宇宙では真後ろを取られたら撃墜される。メズーンは必死に軌跡をトレースしていたが、どうしても機体が直線的になりがちであった。
(赤いMSは、なんであんな軌道を取れるんだ……!?)
メズーンには神業を見せつけられているように感じられた。敵の攻撃の二手三手先を読んでいるかのような機動にメズーンは翻弄されていた。だが、至近にいるメズーンですら翻弄されているということは、離れた敵は予測不可能になる。
(だから、赤いMSは俺の知らない軌道を取る……まるで……)
赤い彗星。ジオン公国のエースパイロットにしてジオン共和国の英雄たるシャア・アズナブルそのものだ。
赤いMSにこの動き、冗談でも本人であると言われても否定するのは難しい。再度浮かんだ名前ににメズーン自身驚きを隠せなかった。
彼が赤い彗星ならば、敵が多くてもなんとかなるかも知れない――そんな考えも浮かばないではなかった。だが、彼が撃墜したのは三機は《ジムII》だけである。四機の《クゥエル》は無傷のままだ。彼我の戦力比は幾分縮まってはいるものの、依然として不利な状況に変わりはない。
だが、シャアの目論見通り、敵は《マークII》の奪還を目的としており、メズーン機への砲火は牽制以外にはない。故にメズーンのことはさして考慮に入れる必要はなかった。これならば、逃げ切れるとシャアは断定した。
「メズーン君、もうすぐ《アーガマ》との合流ポイントだ。振り切るぞ!」
「了解、スラスター全開します!」
シャアの意図をメズーンも理解できた。二機の推力を合わせて《アーガマ》の防衛ラインに飛び込もうということである。こちらが推進剤の残量を気にせず、使いきってしまえば、敵は母艦との距離を気にするはずだからだ。
メズーンは《アーガマ》が機動母艦であることを知らされている。とすれば、MS搭載数は推測できた。現状、機動母艦のクラスは連邦軍のペガサス改級とティターンズのアレキサンドリア級だけで、新造艦が建造されているのはアレキサンドリア級だけである。機動戦艦が二機、機動巡航艦が六機、機動母艦が十機――というのが現在の一般的なMS搭載数である。シャアを含め三機以外に七機の艦載MSを持っているはずだ。
想像の翼がそこに至って、怯えはなくなり、撃墜された機体が自分がいた小隊であったかどうかを気にする余裕も生まれた。
だが、最大望遠でもパーソナルエンブレムや部隊マークまでは判別できない。かといって、接近すれば捕捉されてしまう。それでは、これだけの騒ぎを起こした意味が失せてしまう。今は逃げ切ることだけを考えなければならなかった。
一つの塊と化した二機のMSは光の尾を伸ばして闇を駈ける一条の矢となった。
その先には白亜の艦《アーガマ》がいた。
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