IS〜僕はあなたと天を翔ける〜
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第3話 検証
結弦は父、柳韻と向かい合い木刀を構えていた。
昨日、誕生日を迎え3歳となった結弦は今日から篠ノ之家の方針により剣術の稽古をしなくてはならない。
まだ3歳になったばかりという幼子にさせるのは酷なことだが、結弦としては都合が良かった。
女神アルテミスよりもらった極近未来を読むことができるというギアスいう名の魔眼、氣を操る錬環頸氣功と呼ばれる操体術がどれほどのものかしらなくてはならないから。
使えないのならそれで構わない。
だが、使えたとしてそれがどういったものなのか知らなければそれは身を滅ぼす害でしかない。
だから把握する必要があるのだ。
これがどういったもので、どのようにして扱うのかを。
それにアルテミスは転生前と同じもしくはそれ以上の身体能力をいまのこの3歳児の体に宿しているといっていた。
それについても検証しなくてはならないだろう。
転生前は手刀で厚さ2センチの鉄板を切り裂いたり、5トンほどの岩を持ち上げたり、滝登りをしたりと準仙人の域にまで達していたのだ。
それをこの身体が備えているとなると下手をすれば殺人を犯しかねない。
まだ、幼子の身体だ。
力を制御出来ている保証はない。
結弦に殺人の興味はない。
退屈で仕方が無い人生で退屈から脱しようといろいろやってきたが、周りに迷惑は掛けないように心がけてきた。
だが、結弦の力は加減を誤れば簡単に人が殺せてしまう。
相手が死なないにしても重傷を負うのは確実なのだ。
だから、なんとしてでも制御できなければならない。
結弦は木刀を構え女神からもらった祝福の一つ発動させるために左目に集中する。
すると目に赤い鳥のような紋様が浮かび上がる。
門下生の開始の合図がなり結弦は向こうからは最初は撃ってこないだろうと相手に撃たせるべく一歩踏みだした。
篠ノ之柳韻は困惑していた。
目の前で木刀を構える息子の姿に。
初めて持つはずなのに、熟練の剣術家のような雰囲気を放ち、隙が見当たらなかった。
一歩踏み出せば息子の結弦ではなく自分が一本取られる、そんなあり得ない可能性が浮かぶ。
だが、もし。
もし、それが、自分の勘があっていたならば、それはきっと。
天才などではなく、もっと別の。
そう、化け物なのだろう。
10代後半であるならば、素晴らしい才能を持っていると、喜んだだろう。
しかし、息子はまだ3歳になったばかりの子ども。
そんな子どもが自分に勝てるというのならそれは才能などではない。
ただの化け物だ。
この子もまた、あの子と同じような存在なのだろうか。
柳韻の脳裏に紫の髪を持つ娘の姿が映る。
紫色の髪と瞳を持つ娘。
11歳にして現代の科学力を上回る機械を作り上げ、そして木刀という武器を持った柳韻ですら、素手の娘に一撃どころかかすらせることもなく、一方的に負かせた天災。
柳韻はそんな娘が恐ろしかった。
一体どうすれば、あんな化け物が生まれてしまうのか。
そして、目の前の息子からもその雰囲気が見え隠れしていた。
気づかぬうちに身体中から汗が噴き出し、身体の熱を奪う。
落ち着け、と自らにいって聞かせる。
確かに息子は周りの子どもとくらべおかしなところが多い。
声は出さないし、出さないから泣いたこともない。
決まった時間に寝て、決まった時間に起きる。
食事を取り終わると書庫に行き、そこでひたすらそこに眠る書物を読む。
読まない日は布団の上に座り目を閉じているだけ。
これがおかしくないという奴がいるはずがない、と断言できるほどだ。
だが、昨日。
息子は声を発したのだ。
言葉を発したのだ。
息子の姉である箒や束と一緒に遊んだのだ。
ならば、いままでとは違うと思った。
今日もいつもと違い、声を発し、幼稚園にいくまで箒と一緒に何かをしていた。
普通の子どもになったのだ。
息子は。
結弦は。
ならばこそ、いままでしてこなかった愛情を注ごうと決めた。
3歳児には早すぎるかもしれないが剣術を教えようと思った。
そうだ、結弦は才能があるだけのただの子どもだ。
あの子とは違う。
落ち着きを取り戻した柳韻は息を吐き、結弦に木刀向かって構える。
そして柳韻は見た。
左目に赤い鳥のような紋様が浮かび上がるのを。
なんだ、あれは……?
結弦の目に浮かぶ赤い鳥のような紋様。
それは先ほどまではなかったもの。
つまりなんだ。
結弦は。
結弦もあの子と、束と同じなのか。
いや、束にあんなことはできない。
それなら、目の前の息子は……
そう思った時、身体に何かが走る。
結弦が一歩踏みだしたのだ。
それに思わず、一歩引いてしまう。
なにを引いているのだ、相手はまだ3歳の子どもだぞ。
自身にそう言って結弦に目を向ければもう目の前にいて。
次の瞬間。
ドンッ
と、どこかとおくからの音を耳にし柳韻の視界は反転し暗くなっていった。
「実にあっけないものだな。これではこの眼の検証はできなかった」
木刀を一太刀柳韻に振るい、感じたのはそういったものだった。
結弦は眼と身体の性能を確かめるためにこの試合を行ったというのにものの一太刀で伸びてしまった柳韻に呆れてしまう。
しかし、柳韻が弱いわけではない。
結弦の身体能力は人類の枠に入るかと言われれば否と答えることができるほどのものだ。
この転生前と変わらぬ、変わったところといえばISが存在することぐらいの世界において結弦と戦うことができるのは束と後の世のブリュンヒルデ、織斑千冬、この2人のみ。
女神アルテミスは結弦の身体能力のみを見れば転生世界を間違えている。
結弦にはファンタジー世界の方があっていたのだ。
魔法の飛び交うファンタジー世界ならば結弦の身体能力も余すことなく使うことができる。
いままでよりもずっと結弦にとって充実した生活を送ることができただろう。
たとえ、白と黒の色のない灰色の世界だったとしても。
だが、女神アルテミスは敢えてこのISの世界に転生させた。
同じく世界から外れた天災と共に歩んで欲しいがために。
「……あぁ、でも、これが普通か」
そこでふと、自分の身体能力がどれほどか思いだし、納得する。
アルテミスから受け取った祝福は2つとも検証できていないが、身体能力の方はなんとなくわかった。
まだ、軽く流した程度だから確証はないがアルテミスの言うとおり結弦の身体能力は転生前とほとんど変わっていないようだった。
しかし、やはり18歳の身体と3歳の身体は違うらしく、前のような動きはまだできそうになかった。
「またの機会にだな。とりあえず母を呼んでくるとしよう」
足元で倒れている柳韻を見て、岬のところへ向かった。
岬に柳韻が倒れたと伝えると、岬は顔を真っ青にして道場に駆け込んだ。
倒れていた柳韻の頭には立派な瘤ができていてそれを見た岬は悲鳴をあげ、救急車で病院に向かって行った。
それを見ていた結弦は対人で武器を使うことはよほどのことがない限りやめようと決めた。
その後柳韻は3日で退院した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
アルテミスから貰った祝福の検証しようとして柳韻を病院送りにしてから1ヶ月。
結弦は家から離れ1人樹海の中にいた。
柳韻を病院送りにして以来、両親からは恐れられ避けられるようになり、2週間ほど前2日家に帰らないでいようとなにも言われなくなったおかげで結弦は少し遠出をしてきた。
場所は富士の樹海。
一度入って道に迷ってしまえば出て来ることはなかなかできない日本有数の樹海。
そこに結弦は祝福の検証に来ていた。
富士の樹海ならば周りに人がいないため周りを気にせず、試すことができる。
ここでは主に錬環頸氣功の検証をしようと思っていた。
錬環頸氣功は氣を操り身体能力の強化や自らがもつ武器の強化ができるといったものだが、周りに試すものがなくていままでは五感の強化くらいしかできないでいたのだ。
ギアスの未来視はここにいる動物たちで試そうと思っている。
動物たちは人間よりもずっとすばしっこい。
眼の性能を検証するにはもってこいだった。
富士の樹海中腹まで入ると持ってきたバックを下ろし、準備体操を始める。
怪我をしないよう念入りに。
前ならば軽く流せていたことでも結弦の身体は3歳だ。
しっかりとほぐしていった。
身体をほぐし終えると錬環頸氣功を発動させ、身体に氣を通していく。
体の中で氣を生み出し、外部からも集め、吸収し氣を高めていく。
氣を体に通してしばらくすると身体から仄かに光を、オーラを放ち始める。
そのまま目の前にあった木を殴りつけると木が吹き飛ぶことなく、殴られた箇所がくりぬかられてた。
「……ふむ」
その結果に結弦は顔をしかめる。
結弦は殴りつけるというより、軽く木を押すように手を当てたのだ。
それが木が吹き飛ぶのではなく、くりぬかれるということになるとは流石に予想できていなかった。
これではますます世界の色が見れなくなるではないか、と自分の力にアルテミスの祝福に恨めしいと感じる。
通常、殴ってくり抜くというのは殴って吹き飛ばしたり、破壊するよりずっと難しい。
後者の方が派手で迫力はあるが力が分散されそのような結果になるのだ。
しかし前者といえば力が一点に集められ力が逃げることなく、突き進んでいく。
その結果、力の伝わった部分だけが、押し出されるように抜けていくのだ。
そして軽くであるにもかかわらずそんなことができてしまったのだ、これ以上力は必要ないと思っている結弦からしたら溜まったものではなかった。
富士の樹海に来てから数時間。
既に日は落ち、辺りは黒く染まり結弦の目の前の焚き火だけが赤々と輝いている。
日の上には樹海で狩って来たイノシシが丸々焼かれており、香ばしい匂いが漂っていた。
イノシシは錬環頸氣功による氣の察知で見つけ、そのまま氣を抑え気配を消して近づき息の根を止めた。
結弦から少し離れたところには焚き火に惹かれたのか、匂いに惹かれたのか大勢の野生動物が集まって来ており、とても賑やかだった。
結弦はそんな動物たちを見て薄っすらと笑みを浮かべる。
転生前から動物は好きだった。
退屈に覆われた世界で唯一の癒しともいっていいものだった。
前は動物たちが本能的に結弦の力に恐れをなして決して近づいては来なかったが、いまは氣を操る術を手にしたからなのか、前よりも近くに集まって来ていた。
現在、結弦は自らの力を氣を操ることにより、一般人クラスにまで落としている。
だから、車に轢かれれば大怪我をするし、100メートルを走るのにも10秒以上かかるし、滝登りなんてできやしない。
氣を操ることによってようやく、普通の人間のスペックにまで落とすことが出来たのだ。
ただ、それは氣を減らしているわけだから長く使用はできないのが難点だった。
氣は万物に宿るもの。
氣を減らせば生命力は低下し、やがて死に至る。
それは結弦も例外ではない。
よって結弦は氣を減らしていられる時間を一日30分までと決めた。
ただし、極力使わないようにとも。
まだ体の出来上がっていない結弦だ。
生命力を減らしてしまえば今後の成長に影響を及ぼし、不自由な身体になってしまうかもしれないからだ。
だから、あと10分だけ動物たちと戯れ、そしてさよならをしよう。
結弦は動物たちを焚き火のそばまで招き、10分間だけモフモフしたのだった。
ページ上へ戻る