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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§60 巨神、大地に立つ

 刃が駆け抜けた。一拍置いて後、そこを走る影がある。魚人の間を縫うように。僅かな隙間を潜り抜け。去った後には倒れ伏した怪物だけ。人智を超越した力を持つ異形も、彼の前には相手にならない。人間なら即死で葬る一撃も、当たらない故に意味は無い。

「……遠いな」

 圧倒的な優勢。しかしそう呟く黎斗の表情は、反して苦い。眼前の巨大な影。ビルよりも大きいオブジェは先程から微動だにしていないが、あれが神で間違いない。魚人に人を変貌させて使役する事から水にまつわる神と適当に予想。人を変化させるということはギリシア神話の神々だろうか?

「でっかい神って誰だよ。巨人族とかその辺か?」

 大学受験生程度の知識しかない彼に、状況からの神の類推は不可能に近い。これがエリカやリリアナなら違うのだろうけど。裕理のように霊視しようにも、現世でそれは黎斗には出来ない。幽世なら情報を引き出せるが、わざわざ幽世と往復している余裕は無い。

「黎斗さんも、王様みたいに相手を知ると強い能力あるの?」

 接近する化け物を斬り伏せて、隣へ駆けつけた恵那が黎斗に問いかける。だがしかし、残念ながらその期待に応えることは叶わない。

「いや、戦闘中に使えそうなのはそんなに無いかな。まぁただ特定出来れば有利かなぁと」

 相手の素性を考察せずにゴリ押しすることも黎斗なら一見可能に見える。超広範囲を一気に殲滅する破壊光線。一つの都市を覆いつくし命を奪う死の国の顕現。これらを考えなしに撃っていれば相手がだれであろうと大丈夫そうに見える。一見は。しかし実際は適当に破壊光線をぶっ放していれば済むわけでは無いのだ。大概それでなんとかなりそうではあるけれど、光線を食うような神もいるのだから。この前は反射されたし、一撃必殺は毎回決まるわけでは無いのだ。そんな事を思い出しながら魚人の爪による斬撃を躱す。追撃しようと一歩踏み出した魚人の足がアスファルトを砕き、破片を飛ばしながら張ってあったワイヤーを踏んづける。

「ばいばい」

 勢いよく跳ね上がったワイヤーは、怪物を頭上高くに吹き飛ばし、空中から斬りかかってこようとした魚人と激突した。反動の突いたワイヤーがくるくると魚人二人を賽巻にして、動けなくなった二体はなす術も無く落下する。落下先にいた数体を巻き込んで、魚の塊が完成した。ついでに後ろから突かれる刃先をいなし、そいつの身体を前へと投げる。

「近づければな……」

 極論を言えば後は神を斃すだけ。だがそれが上手くいかない。なにせかの水神に近づくまでに、無数の眷属が邪魔してくるのだから。全員、元が人である以上、無闇に殺すつもりは無い。部下に勧誘する以上減らし過ぎるわけにはいかない、という微妙な理由もある。だが、流石にこう多いと、手加減が辛い。

「れーとさん、峰打ちだけで潜り抜けるの無理じゃないかな……」

 疲労を滲ませながら、恵那が苦言を呈する。意識を失った魚人達は、数分で意識を取り戻すという、恐るべき回復力を見せていた。神獣に匹敵する強さでこれは勘弁願いたい。先程出来た魚塊ももぞもぞと動いている。ワイヤーを引き千切られるのも時間の問題だろう。

「数が少なけりゃまだ楽なんだけどな」

 数が多いが故に、迦具土で"分断"出来ない。分断しても他にかまけている内にに怪物化してしまいイタチごっこになりそうだ。ワイヤーで拘束しようにも、拘束しきれない。多分長さがこの倍あっても足りないだろう。活性化した植物で絡めとろうにも、奴等の敏捷性が予想より高い上、上手く植物が従わない。どうやらあの水神も同種の権能をもつらしい。相手の影響下にある植物へのこちらからの干渉は弾かれ、こちらの影響下にある植物も相手の干渉を受けて、僅かに競り負ける。流石に本場の神には敵わない、か。

「いやまて。植物に干渉? じゃあ水の神では、無い? 農耕神とかそっち系?」

「余所見をする余裕は無いぞ?」

 余裕そうな声と共に、水が飛来する。叩き斬ろうと剣を振り上げぶつければ――――剣が砕けた。魔術的な加護がかかっているはずの剣が。ただの水ごときで砕けることなど予想外だった黎斗は一瞬硬直しかけるも、

「なっ!!?」

 慌てて後退し態勢を整える。放たれる水流はそのままアスファルトを貫通し、大地を深く抉り取った。その光景は、テレビや雑誌で見た物に類似していたことで、聊か知識不足の気のある黎斗にも能力の類推を可能とした。

「あぁ……ウォーターカッター的なカンジなのね。妙にハイカラな技使いやがってからに」

 勢いよく放たれた水がここまでとは。複数放たれる水鉄砲に、黎斗は近づくことが叶わない。何せ敵の攻撃は黎斗以外に当たれば致命傷だ。そしてこの神はおそらく、魚人達に攻撃を当てても別に気にすることは無いだろう。だから、黎斗は魚人に攻撃がいかないように気を配りながら、魚人の意識を奪わなければならないのだ。魚人に当たりそうな水流から魚人を守る為に、魚人を蹴り飛ばしたり魔術で水を相殺したり。なんで敵を守っているんだろう、なんて冗談をかます余裕も正直、あんまり無い。

「不味いか……?」

 ジリ貧。明確に浮かぶのはその言葉だ。黎斗はともかく、恵那は限界がもうすぐ訪れるだろう。神懸りの反動がいつ来てもおかしくない。そうまってしまえば終わりだ。いかに黎斗が卓越した武を持っていても、隻眼でかつ恵那を守りながらは厳しい。更に敵を守りながら不殺を徹底しての連戦、という条件が加われば無謀が過ぎる。

「様子見と行こうか」

 呟く海神。遥か頭上に巨大な水の塊が浮かぶ。これが落ちたら、不味い。この大きさの水なんて凶器でしかない。

「やりたくないけど短期決戦、か」

 覚悟を、決める。呪力が空になるとか悠長なことを言ってはいられない。戦禍が広がる前に決着をつけるのだ。

「我が麗しの桃源郷が開かれん。帳よ降りよ。死色の景色が甦らん」

 冥界を呼び出す。水神を取り込み、異界がその扉を閉じる。呼び出した理由は単純明快。魚人と恵那を攻撃範囲から外すため。そして、最大の一撃を叩き込む為。

「ほぅ。冥府に連なる権能か」

 やはり神にとってはこの権能は即死の力を発揮し得ない。命を蝕む程度しかないこの能力は決定打にはなり得ない。だが、真髄はここからだ。

「――――時を刻もう。時を駆けよう。全ては我の望むがままに」

 超加速。神速をも凌駕する速度で突貫。水神の前で手を天に翳す。突如現れる鉛玉。それは瞬時に巨大化していく――

「お前はなんかデカいからな。普通に倒すのは手こずりそうだ。だから、これで潰す」

 刹那、爆発。その威力は惑星を消し飛ばして余りある。冥界に取り込んでいなければ、現世で発動すれば、人の文明を消し去りかねないほどの威力。当然、必殺だ。


―――


「ッ!!」

 恵那の眼前に突如闇が現れて、瞬時に消える。一瞬のちに、闇は晴れ、そしてそこには多量の塵芥が漂うのみ。粉塵が、急速に集い、人間の身体を復元する。

「やっぱり死ぬ羽目になるか。こりゃ自爆技だな。……まぁいいや。これで後は事後処理、かな」

 嘯く黎斗の手には、焔。彼が手を振る度に走るそれは魚人に寸分違わず命中し、彼らを人に戻していく。

「これでよし。呪力ギリギリ持ったか。あ、恵那さんや目ん玉返してー」

 流石に辛い。もう一戦は流石に無理だ。もう神が出てこないことを祈りたい。多分大丈夫だろう。

「……なんでもアリだね」

 満足する黎斗とひきつる恵那。非日常は幕を閉じ、日常が再びやってくる。

――それを油断と呼ぶのは酷だろうか。

「……?」

 微かな違和感が、黎斗の脳裏で警鐘を鳴らす。でも、それは何? まさか三柱目の神では無いだろう。義妹も無事だ。魚人も全員解放済み。では、この感じは、何?

「れーと、さん……ッ!?」

 小首を傾げた恵那の目が、鋭くなる。黎斗の背後を睨むように。

「ッ!?」

 まさか。悪寒を感じながら振り向く。右手に収束するは太陽の光。振り向き様に一切合切を吹き飛ばそうとして。前方から飛来する何かを避ける。避けてしまった。よりにもよって、紙一重(・・・)で。

――薄刃が、黎斗の髪を切り飛ばし、遥か後方へ飛んでいく。

「今のは効いたぞ。星をも砕く一撃、申し分ない!!」

「コイツ、まだ生きて……!!」

 今まで確殺してきた。だから今回も確殺したつもりになっていた。無意識に生じた慢心か。

「神殺しよ。今回は痛み分けだ。……いや否だな。ここまで追い詰められた以上私の負けだろう。だが次は私が貴様を殺す」

 偉そうな魚の声と共に、天から水が降って、来る。吹き飛ばそうとして――右手の雷龍が消失していることに気付く。

「なッ!!?」

 事態の把握が追いつかない。何が起きた。奴は何をした? 全力で頭を回転させる黎斗だが、相手はそれを待ってくれない。

「去らば! 首を洗って待っているが良い、神殺しよ!!」

 神の声と共に、降ってきた水は洪水と化し大地を蹂躙する。なす術も無く黎斗は水に呑み込まれた。この程度で黎斗自身はなんともないが、恵那や他の人間達が拙い。

「しまっ――!!」

 圧倒的な濁流が、全て纏めて、押し流す。荒れ狂う水流は魚を、魔術師を、瓦礫を、黎斗の髪を、薄刃を、地平の彼方へ消し去っていく。

「っ、やられた……!!」

 咄嗟に唱えた避水訣で黎斗は流されずに済んだものの、表情は暗い。

「これは参ったな……」

 相手を敗走させた、という意味では勝ちかもしれない。だが。しかし。

「この能力はいくらなんでも反則だろ」

 原理はわからない。原因もわからない。何もかもがわからない。ただ一つ確かなのはその厄介すぎる効果。

「アイツの放った刃物か? それとも最後の水か?」

 相手が何の神かすら特定できていない現状では、解呪方法も、正しい効果も見当がつかない。

「護堂の”剣”ですらチートなのに事前準備なしで行けるっぽいこれは一体……」

 次に出会ったら。

「武術で押すしかない、か。……やってくれる。早いとこ見つけないとしんどいなんてもんじゃねーぞこれ」

 権能を封じられた(・・・・・・・・)魔王は、苦い声で呟いた。 
 

 
後書き
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あの剃刀はどう考えてもチート性能すぎると思うのです(意味深
人間が使えて、無期限で権能全て封印って完全に戦士の剣の涙目性能だろ、みたいな 
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