ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜
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錬金術師の帰還篇
34.洋上の慮外
「なんだ、これ……飛行船?」
巨大な航空機を見上げて、古城が気が抜けたようにつぶやく。
『我がアルディギア王国が誇る装甲飛行船“ベズヴィルド”です──』
立ち尽くす彩斗たちのすぐ近くから、笑い含んだ優雅な声が聞こえてきた。聞き覚えのある声に彩斗は頬を引き攣らせる。
「この声……!? ラ・フォリアか!?」
『思い出してくれたことを嬉しく思います。お久しぶりですね、古城、彩斗』
飛行船から吊り下げられた巨大モニタに、美しい銀髪の少女が映し出される。夏音によく似ているが性格は全く違う。
軍隊の儀礼服に似たブレザーを着た少女。
ラ・フォリア・リハヴァインだ。
北欧アルディギア王国のプリンセス様だ。
『どうして彩斗は眼を逸らすんですか?』
モニタに映されるラ・フォリアが頬を可愛らしく膨らませる。
「そ、それは……」
言葉に詰まる。
彩斗はこの王女が少し苦手である。なにを考えているかわからず、そこが知れないのが苦手なのだ。決して嫌いというわけではない。むしろラ・フォリアのことは好印象だ。
だが、吸血衝動のために彩斗を誘惑するのはやめてほしい。
そしてラ・フォリアの陰に隠れて、飛行船から人影があった。
見知らぬ女性三人組である。ラ・フォリアと同じブレザーを着ているが、王女ほど派手ではない。ショートヘアの銀髪がどことなく有能な軍人という雰囲気だった。
「あんたたちは──」
「アルディギア聖環騎士団所属ユスティナ・カタヤ要撃騎士、以下三名であります。ラ・フォリア・リハヴァイン王女の命により、王妹殿下の護衛を務めておりました」
「それって夏音のことか?」
一瞬誰のことをいっているのかわからなかったが、夏音は現在の国王の腹違いの妹なのである。実はラ・フォリアとは叔母と姪の関係だ。
「叶瀬の護衛をしてたのか? もしかして、そのためにこの島に……?」
『王位継承権を放棄したとはいえ、夏音はアルディギア王家の一員です。彼女の立場や能力を悪用しようと、奸計を巡らす者が現れないとも限りませんから』
ラ・フォリアが少しだけ声を潜めて言う。どうやら王女の声は彩斗たちにしか聞こえてないらしい。
「って、それなら俺が見てるはずだろ」
彩斗が眉を潜めて言った。夏音とはほぼ四六時中一緒にいる。しかし、騎士団の姿を一人として見た覚えがないのだ。
『ユスティナは有能な要撃騎士ですから。夏音の日常生活に干渉することなく、陰から密かに危険を排除していたのでしょう。ユスティナは親日家で、特に忍者の大ファンなのです』
「「……忍者?」」
彩斗と古城は声を揃える。ユスティナは神妙に両掌を合わせて、拝み倒すように頭を下げる。
「忍! いたずらに名誉を求めることなく、その存在を陰に隠し、主君のために命を懸ける。ジャパニーズ・ニンジャこそまさに騎士の規範。自分も今回の任務を機に騎士道を極めるべく研鑽して参る所存であります」
「は、はあ。どうも」
ユスティナの勢いに気圧されて、古城と彩斗も曖昧にお辞儀を返す。ふと気けばモニタの中のラ・フォリアは、懸命に笑いをこらえているような表情を浮かべている。
さすが腹黒王女様だ、と思ったときに彩斗はあることに気づいて冷や汗が止まらなくなる。
「す、すみません、ユスティナさん」
「はい。なんでしょうか?」
喉の音を立てながら唾を飲み込む。
「夏音の日常生活を陰で監視しているってことは……まさか──」
「はい。常に一緒におられるあなたのことも見ていますよ」
それはいろいろとまずいことをこのユスティナ嬢に見られているということ。それは間接的にラ・フォリアに通じることになる。
恐る恐るモニタの中のラ・フォリアを見ると先ほどは笑いをこらえていたのが嘘のように満面の笑みでこちらを見ている。
「そ、それじゃあ、今回も天塚のことも──」
これ以上この話を進めると彩斗に悪い状況にしかならない。なので話題を変える。ラ・フォリアは、はい、と首肯した。
『早い段階で事情はつかんでました。南宮攻魔官と協力して夏音の護衛に当たっていたのですが、残念ながらわたしたちは、“魔族特区”の外には干渉できません』
そう言ってラ・フォリアは残念そうに目を伏せた。
『ですから、彩斗、古城。あなたたちのお力をお借りしたいのです』
「力を貸してもらうのは俺たちのほうだろ」
ふっ、と息を吐いて、古城は王女に笑いかける。
ラ・フォリアも夏音を救いたいという気持ちは彩斗たちと変わらない。
「で、これで夏音たちを助けにいくのか?」
「いえ。“ベズヴィルド”の速度では、現場海域に到着するまで十五分以上かかってしまいます。一刻の猶予もない現状、それでは遅すぎる──ですので、これを使います」
「これ……?」
古城は悪寒に襲われながら呟いた。よく見ると飛行船の武器格納庫らしき部分が開いて、艦載ミサイル発射機に酷似した、装甲ボックスランチャーが姿を現した。
「これ……って、まさか……その発射台に載ってるやつのことか?」
『我が聖環騎士団が所有する試作型航空機“フロッティ”です』
超然とした口調で、腹黒王女が告げる。
「ちょっと待て。どう見てもこれは航空機じゃないだろ! ただの巡航ミサイルだろ!」
『試作型航空機です』
王女はにこやかに断言する。
『本来は偵察用の無人機ですが、搭載していた観測機器類を外して、中に人間を詰めこめ……いえ、乗りこめるようにしました。巡航速度は時速三千四百キロメートル。計算によれば百五秒で目的地に直撃……いえ、到達します』
「おい! ちょこちょこ詰めこむとか直撃とか言ってんじゃねぇか!?」
彩斗は叫ぶ。時速三千四百キロメートルは、計算すると約マッハ二・八。
「時間がない。早くしろ。せっかくの王女の好意を無駄にするな」
ビビりまくる彩斗と古城の背中を、那月が突き飛ばす。
「好意じゃなくて悪意の間違いだろ、くそ……!」
「あとで覚えてろよな、ラ・フォリア」
ラ・フォリアへと少し恨む視線を向ける。一方でニーナは、テンションが上がっている。不滅の液体金属生命体である彼女は、ミサイルの中に詰めこまれても、別にどうということはない。もちろん不死身の吸血鬼も問題はない。
『夏音のことを、頼みます。彩斗、古城』
最後の最後に、ラ・フォリアが真剣な眼差しを向けてきた彼女の碧い瞳を見つめ返して、古城は強くうなずいた。
「ああ、あのクソ野郎とっととぶっ飛ばしてくるよ」
彩斗と古城は飛行機のほうへと歩き出す。
「ちょっとお待ち、第四真祖の坊や」
意外な声が古城を呼んだ。雪菜と友妃の師匠が操る使い魔──骨董品店にいた猫の声だ。
「ニャンコ先生!?」
声がした方角に視線を向ける。
駐機スポットに走り込んできた連絡車両のから、煌坂紗矢華の顔をした少女が降りてくる。メイド服を着た彼女の肩には、黒猫がちょこんと乗っていた。そして少女の背中には、黒いギターケースが背負われている。
「ニャンコ先生……式神も直ったのか」
そう言って古城が駆け寄っていく。
だが、駐機スポットにあったわずかなアスファルトの盛り上がりに引っかかり、体勢を崩す。倒れそうになった古城は少女の胸を鷲掴みにする形で体勢を立て直す。
「ひゃっ!?」
「え!?」
その悲鳴は式神のものではなかった。
明らかに煌坂紗矢華本人のものだった。
「あのバカは……」
紗矢華は古城の顎さっきにアッパーを叩き込む。
『あらあら……』
モニタの中のラ・フォリアが愉しそうに笑っている。
本当この王女様はお腹がお黒いことで。
彩斗、とラ・フォリアは少し小さめの声で呼ぶ。
「ん? どうした?」
『いえ、わたしの気のせいなら良いのですが、少し嫌な気配を感じるのです』
ラ・フォリアがここまでいうということはなにかあるのだろうか。
だが、彩斗の中に住まうものたちはなにも反応していない。
「大丈夫だろ。そんなに心配しなくても」
『……そうですね。わたしの考えすぎですね』
ラ・フォリアがいつもの笑みを浮かべる。しかし、偽った笑みだと一瞬でわかる。
「ニーナ、彩斗!」
古城の声に彩斗は飛行船へと歩みを進める。
『絶対帰ってきてください』
ラ・フォリアの声に彩斗は不器用な笑みを浮かべて一言だけ返した。
「当たり前だ!」
叶瀬夏音はフェリーの船首に一人きりで立っていた。
背後には見渡す限りの青い空と、紺碧の海。
そこに白いコートを着た錬金術師が、彼女を追い詰めるように甲板に立っている。
「鬼ごっこは終わりだよ」
無邪気に微笑みを浮かべながら、両腕を広げて天塚が言う。
夏音は逃げるように後ずさる。しかし彼女の背中はすぐに手すりにぶつかった。もう逃げ場はない。
だが、夏音の瞳は、天塚を哀れむように見つめて揺れていた。
「まだ思い出せないのですか」
夏音が唐突に問いかけた。天塚がかすかに表情を震わせた。
「……なに?」
「私はあなたのことを覚えていました。修道院のみんなが殺されたときのことも」
夏音はまっすぐ天塚を見つめている。
「あなたは、可哀想な人でした。自分が騙されていることにも気づいていない」
「なんのことだよ?」
天塚が苛々と訊き返す。
「“賢者”を復活させて、あなたはなにをしたかったのですか?」
「決まってるだろ。人間に戻るんだ。あいつに喰われた僕の半身を復活させてもらうんだよ! でなきゃ、誰がやつのいいなりになんかなるものか!」
天塚がそう言って、コートの襟元を引き裂いた。金属生命体に侵食された不気味な右半身が露わになる。それでも夏音は表情を変えない。
「だったら教えてください。あなたはいったい誰でしたか……?」
「え?」
「あなたが本当に人間だったというのなら、そのころの思い出を聞かせてください。あなたがいつ、どこで生まれて、どんなふうに生きてきたのかを──」
夏音が質問を終えると静寂が訪れた。
天塚は答えられない。答えることができないのだ。その事実は天塚をじわじわと追い詰める。
「黙れよ……叶瀬夏音……」
天塚が絞り出すように呟いた。
「“賢者”はあなたの願いを叶えたりはしない。なぜなら、あなたが人間だったことはないのだから。あなたは“賢者”が自分を復活させるために創り出した──」
「黙れええええっ!」
天塚がついに怒声を放った。刃と化した彼の右腕が、夏音の心臓をめがけて突き出される。それを彼女は避けられない。
自らの死を覚悟した夏音の耳は祝詞をとらえる。
「虚栄の魔刀、夢幻の真龍、荒れ狂う生命の源より、悪しき者を浄化せよ──!」
突如として出現した水流の刃が天塚の右腕を弾き飛ばす。
天塚は慌てて後退する。夏音の前に着地した新たな二つの人影は、天塚を睨んでいた。
「雪菜ちゃん、友妃さん」
「よかった、間に合って」
「危なかった……」
あのあと友妃は、すぐそこまで来ていた笹崎岬に凪沙を託してすぐに雪菜と合流を果たした。
「よくよく邪魔してくれるな、獅子王機関……まあいいよ、おかげであんたたちを探す手間が省けた」
天塚が額をかきむしりながら、荒々しく笑った。
金属製の甲板をグニャリと融かして、無数の影が友妃たちを取り囲むように現れた。
天塚汞の分身だ。
「その武器とナイフはたしかに少し面倒だけど、ここなら融合の材料がいくらでも手に入る。あんたたちに勝ち目はないよ。逃げ場もね」
天塚が勝ち誇ったように呟いた。
たしかに友妃たちに逃げ場はない。
誰かに助けを求めることもできない。それならここで天塚に唯一対抗できる手段を持つ友妃が倒すしかないのだ。
たとえ勝機が少なくても諦める訳にはいかないのだ。かつて魔力がほぼなくなった彩斗はそれでも諦めずに、古城の肉体を取り戻すために戦い、優麻の“守護者”が奪われるときも戦ったのだ。
息を吸い込んで前に出ようとしたそのとき──
「「え!?」」
窮地の状態だった友妃と雪菜の口から間の抜けた声が洩れた。
視界の片隅に、信じられないものが映ったのだ。
「なんだ……?」
驚く友妃たちの視線につられて、天塚が背後を振り返る。
水蒸気の尾をひきながら、海面スレスレを突き進む灰色の飛行物体。
それは容赦なくフェリーを貫通する兵器。
「馬鹿な!? 巡航ミサイルだと!?」
それを認識したときにはもうそいつは目的地まで到達していた。
だが、予想されていた衝撃は、襲ってこなかった。
巡航ミサイルが直撃する瞬間、それは銀色の霧へと姿を変えて、フェリーの船体をすり抜けた。
「この霧……!? まさか!?」
大気に溶けこむ強烈な魔力の波動に、雪菜が叫ぶ。フェリーを包むのは濃霧だけではない。その中に浮かび上がる実体を持たない巨大な甲殻獣。
第四真祖が従える十二体の眷獣の一体。ありとあらゆる物体を霧へと変える眷獣、“甲殻の銀霧”が生み出す破壊の濃霧。
ドン、と耳を劈く轟音とともに、フェリーに新たな人影が現れた。パーカーを羽織った少年と褐色の肌を持つ制服姿の少女。それと、どこか気怠そう顔をした制服姿の少年だ。
「──痛ってェ……ああくそ、着地をちょっとミスった……」
「受け身ぐらいとれよな」
ゆらりと立ち上がる少年を見て呆れた顔で少年と少女が言う。
「まったく、粗忽な男よな、主らも。妾が不死身でなければ死んでたぞ」
「仕方ねーだろ。時速三千四百キロで吹き飛ばされたんだぞ」
「まぁ、ラ・フォリアことだから少しは覚悟してたが、流石にキツイな」
そして立ち尽くしていた友妃と雪菜が二人の少年に駆けていく。
半泣きの友妃が、彩斗の胸に飛び込んでくる。そんな彼女の手には真祖さえも殺せる“夢幻龍”を持ったままだ。
「なんで彩斗君がこんなところにいるの!?」
友妃は寸前まで詰め寄ると銀の刃を捨てて彩斗に抱きつく。
「なんでって助けにきたんだよ」
「それでもあんな登場の仕方ないでしょ!?」
抱きつきながら友妃は彩斗の顔を見上げる。上目遣いで抱きつかれている状態に彩斗の顔はみるみる紅潮していく。それを必死にこらえる。
「あれはラ・フォリアのやつがミサイルに乗れっていうから」
「主ら、言い争うのはあとにせよ。夏音が呆気にとられているではないか」
うんざりした口調でニーナが声をかける。
「この方は……?」
雪菜が警戒したように訊く。
「大錬金術師ニーナ・アデラートだそうだ。“賢者の霊血”も本来の持ち主っていうか管理人っていうか」
本人に変わって古城が紹介する。うむ、と偉そうにふんぞり返るニーナ。
雪菜と友妃は、そんなニーナの不自然な胸元をじっと眺めている。
「……どうして浅葱ちゃんの姿をしてるんの。それにあの胸は……?」
「あれは古城の趣味だ気にするな」
「俺じゃねぇよ!」
古城が反論する。
「彩斗さん!」
夏音が必死に声を張り上げて叫んだ。ミサイルの衝撃から立ち直った天塚が、怒りの形相で彩斗たちを睨んでいる。
「姫柊!」
古城は背負っていたギターケースを雪菜に渡した。
「ニャンコ先生と煌坂からだ」
「師家様たちから──!?」
雪菜がケースから銀色の武神具を抜いた。“雪霞狼”だ。
彩斗たちを取り巻くように天塚の分身体が、一斉に触手を伸ばして攻撃した。四方から同時に攻撃してくる。
しかし、雪菜は焦ることなかった。
「“雪霞狼”!」
雪菜の銀色の槍が白い光を放った。ありとあらゆる結界を斬り裂き、すべての魔力を無効化する輝きだ。
錬金術師の金属生命体は金属へと戻される。
「疾く在れ、“龍蛇の水銀”!」
古城がすべての次元ごと空間を喰らう眷獣を喚びだす。
それは不滅の天塚の分身体を次々と喰らって、この世界から消滅させる。
「ぐっ……」
すべての分身を失った天塚が、屈辱に顔面を歪める。
そんな天塚の前に歩み出たのはニーナだ。
「もうやめておけ、天塚汞。主の負けだ。大人しく“賢者”の遺骸を渡せ」
「ニーナ・アデラート……」
黄金の髑髏を握りしめ、天塚がかすれた声を洩らした。
ニーナは、天塚の胸に視線を落とす。そこに埋め込まれていた黒い宝石に──
「薄々気づいておるだろう? 主は“賢者”が“霊血”の残滓から作り出した人工生命体だ。完全な人間に戻りたいという欲望を埋め込まれ、ヤツに利用されているだけだぞ」
「あんたまで……そんなことを言うのか、師匠……」
天塚が殺気立った瞳でニーナを睨む。
しかしニーナは反対に優しく視線を向ける。
「人間であるか否かを決めるのは肉体ではない。魂の在り様だ。妾もそこの吸血鬼らも、人間としての身体は失ったが、それでも人間らしく生きようと足掻いておる。主が“賢者”に従う理由などないのだ」
「理由……僕が……従う理由は……」
脱力した天塚の左手から、黄金の髑髏が離れ落ちた。
鈍い音が甲板に響く。
突如として、カタカタと髑髏が震え出した。
『カ……カカ……カカカカカ……』
黄金の髑髏が振動しながら、笑い声にも似た声を奇怪なな音を放ち始める。
ニーナが不審そうに眉を上げた。
彩斗たちにはなにが起きてるかわからない。しかし髑髏から禍々しい気配を感じるだけだ。
『カカカカカカ……不完全なる存在たちよ。もう遅い』
それは完全に意思をもって語っている。
「これが“賢者”なのか?」
「違う……」
ぼそり、とニーナが洩らした呟きに、困惑する。
「違うぞ。あれは“賢者”ではない! もしあんなものが“賢者”だと言うなら、“賢者の霊血”はどこにある!?」
「──あ!?」
古城が絶句する。そこに転がっている髑髏が“賢者”の肉体の一部に過ぎない。
「まさか!」
雪菜が自分の足元へと目を向けた。
「“賢者”の狙いは、雪菜や夏音ちゃんじゃなくて……!」
「海水か!」
ニーナ驚愕の声を洩らす。
彼女たちの反応に彩斗と古城も少ない知識を思い出す。
海水中には“金”や“ウラン”などの貴金属がわずかに含まれている。
それを“賢者”の錬金術でかき集めれば──
完全復活の供物として十分だろう。
「させっかよ!」
不安定な状態ではあるが一か八かを賭けて彩斗は右腕を海面に向けて突き出す。
「──降臨しろ、“海王の聖馬”!」
実体化した黄金の角を持つ一角獣が咆吼する。
フェリーの船体が大きく揺れる。陽光が巨大な浮遊物によって遮断される。
それは海水の塊。その大きさは優に絃神島の一基ほどの大きさとなっている。
海中に潜んでいた巨大な“賢者の霊血”の塊が空中に浮かぶ海水の中に閉じ込められる。
「なんとかセーフみてぇだな」
いくら相手が人工の“神”だとしてもこちらも“神”の呪いを受けし、神々の化身だ。不安定とはいえ、その力はそれらに匹敵できる。
今のうちに“賢者”を倒せばいいことだ。
「いいねえ、さすが宴を勝ち抜いただけのことはある」
そんな中、この場に似つかわしくない笑いを隠すような声がした。
声の方角へと視線を向ける。
そこにいたのは、金色の髪が襟足まで伸びている少年。学生の夏服のようなカッターシャツに黒い長ズボンを着ている。見た目は彩斗たちとあまり変わらない。どこかチャラい不良のようなイメージに見える。
「おまえは……」
言葉に詰まる。
この場にこの少年はいつからいたのだろうか。この少年から溢れ出るこのオーラはなんなのだろうか。そんな疑問が彩斗の頭を巡る。
だが、それよりも彩斗はこの少年を知っているはずだ。確実にどこかで会っているはずだ。
この感覚は、友妃のときと一緒の感覚……
「つれねえな。それならこれで思い出してくれるか」
金髪の少年が不敵な笑みを浮かべる。
それと同時に獣の咆吼が大気を震わせる。
その咆吼にその場にいた全員が身を震わせた。悪意に満ちた獣の咆哮。何度も彩斗の前に現れ、窮地に陥れた漆黒の獣の眷獣が再びその姿を虚空から現したのだ。
「あいつは……」
一角獣が攻撃体制に入る前に漆黒の獣は、その身体に鋭い爪を抉りこんだ。
絶叫するような馬の声が大気を劈き、黄金の一角獣が消滅する。
それとともに海水の塊が支えを失い重力に引かれて再び、落下してくる。
船体が激しく揺れる。ギリギリで転覆することだけは免れた。
先ほどまで閉じ込められていた“賢者の霊血”の塊が再び、解き放たれてしまった。
「まだ思い出してくれないみたいだな。それならこれでどうだ?」
金髪の少年が愉しそうに笑みを浮かべて、胸ポケットからなにかを取り出した。銀色の輝きを放つ十五センチほどの長さ。先端に刃が付いており、手術に使うメスのような印象だ。
「んぐっ……!」
その瞬間、彩斗の頭に激痛が走る。
記憶の扉が強制的に開かれていく。
今まで封印されていた記憶が徐々に徐々に明確な形をなしていく。それでも思い出すのを身体は拒む。
耐えきれなくなった身体が膝から崩れ落ちていく。
「彩斗君……!」
微かに聞こえた友妃の声がギリギリで彩斗の身体を持ち直させる。
「いいねえ……」
わずかに口角を吊り上げて笑う。
そのときだった。金髪の少年が右手に持っていたメスを投げた。
銀の輝きを放つメスが空を切り裂き一直線に夏音の方へと進んでいく。
この距離では弾くこともできない。彩斗にできるのは、夏音の代わりにその攻撃を受けることだけだった。
あの程度の刃では、“神意の暁”の肉体へダメージを与えることなどできない。例え、メスに“雪霞狼”や“夢幻龍”のような魔力を無効化する呪術が組み込まれていたとしてもあの大きさなら然程のダメージにもならない。
夏音を守るように彩斗は飛んでくるメスの前に立ちはだかった。
銀の刃が左胸の肉へと深々と突き刺さる。
「グァ……ッ!?」
彩斗が苦痛に歪んだ声を洩らした。
身体からなにかが抜けていくような感覚が襲いかかる。魔力がメスの中に吸収されていく。それもとてつもない膨大な量の魔力の塊が無理やりメスへと抜き取られていく。
魔力を奪われた身体に支えられる力など残っているわけもなく彩斗は膝から崩れ落ちていく。
「彩斗さん……!」
「彩斗君!」
誰かの声が聞こえたような気がする。
かすれる視界に銀髪の少女の涙声で倒れた彩斗に何度も呼びかけてくる。
その声さえも徐々に薄れていき、彩斗の意識は完全にこの世界から断絶された。
後書き
彩斗再び、意識失いました。
これが直接的に過去篇へと繋がることになります。
そしてアンケートなのですが、錬金術師の帰還篇が終わったあとにそのまま過去篇に突入するか
それとも一度、暁の帝国篇をやった方がいいか、どっちがいいでしょうか?
また感想で意見をください。
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