魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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空白期 第11話 「レヴィとお出かけ」
桜が満開になった頃のとある休日。
図書館にでも行こうかと思い着替えを行っていると呼び鈴が鳴った。足早に玄関へと向かい、扉を開けると……。
「やっほ~!」
普段と違って髪を下ろしているレヴィが立っていた。前に会ったときよりも気温が上がっていることもあって、服装は春らしいものになっている。見た目よりも精神は子供っぽいのに、服装などはシュテルよりも女の子らしいから不思議だ。
「…………」
「なんで何も言わずに閉めるの!?」
1日静かに過ごそうと思っていたところに、バカみたいに元気な子が来たら誰だって現実逃避したくもなるだろう。
とはいえ、「開けて、開けてよ!」と扉を叩きながら騒いでいるのでこのままの姿勢を貫くこともできない。現状を維持すると近所の人に迷惑だし、下手をしたらうちが子供を虐待しているとも思われかねないのだから。
心の中で送れるはずだった平穏な1日に別れを告げた俺は、ゆっくりと玄関を開けた。必然的に頬を膨らませたレヴィと相対することになる。
「何で閉めたのさ!」
「レヴィがうるさいから」
「はっ……そういえばこの前もシュテるんや王さまに怒られたんだった。今度から気をつけるからシュテるん達には言わないで」
レヴィは打って変わって合掌しながら頭を下げてきた。この反応を見る限り、彼女はシュテルやディアーチェに小言でも言われているのだろうか。いや性格的にシュテルは分からないが、ディアーチェは確実に言っているだろう。
「いや……別に言うつもりはないけど」
「ほんと!? ありがとう~」
よほど嬉しいのか、笑顔を浮かべたレヴィは飛びつくように抱きついてきた。彼女が近づき始めた瞬間に反射的に片足を後ろに下げていたため、どうにか踏ん張ることに成功し体を床に打ち付けるようなことにはならなかった。
「お、おい……」
「えへへ、ショウはなんだかんだで優しいよね」
「そんなことはいいから離れてくれ」
俺とレヴィの体格がそう変わらないため、体重をかけられると正直に言って重い。それに言動のせいであまり異性として意識していないレヴィとはいえ、抱きつかれた状態のままなのは恥ずかしい。
現状を客観的に見つめているうちにレヴィは俺の言うことを聞いてくれた。彼女のことだから、こちらの気持ちを汲み取ったというよりはあまりやると怒られるかも……とでも考えたのだろう。まあどう考えても離れてくれたのならそれでいいのだが。
「……前もって言っておくけど、お菓子とか何も用意してないぞ」
「ガーン!? ……ショウのお菓子……楽しみにしてたのに」
「だったら遊びに来る前に連絡しような」
俺の言っていることは正しいはずなのだが……何故か不安になってしまう。
レヴィの性格を考えると、連絡を入れれば毎日でも遊びに来てもいいとか、お菓子が食べられるって思うんじゃないだろうか。週末ならどうにかできる可能性は高いが、さすがに平日は無理だぞ。学校もあるし。もしも勘違いしてたときはきちんと理解するまで言わないとな。
「む……その言い方はまるでボクが遊んでばかりいるみたいで嫌だな」
いやいや、俺の知る限りでは君は遊んでばかりいる気がするけど。正月あたりにディアーチェと遊ぼうとしてたのに……云々言っていたはずだし。
思ったことが顔に出てしまったのか、レヴィの表情が徐々に不機嫌なものに変わっていく。
「絶対ボクは遊んでばかりって思ってるよね。確かにボクはみんなに比べたら遊んでることが多いけど、ちゃんと手伝いだってしてるんだぞ!」
「へぇ……エライエライ」
「全然信じてないじゃん。信じてくれないならコレ渡してあげないぞ!」
レヴィが取り出したのは小型の端末。どうやら本当に手伝いでここに来たらしい。
端末の中にいったい何が入っているのかは見当がつかないが、少なくとも彼女が墓穴を掘っていることは分かった。
「あのさ、会話の流れからしてお前は手伝いでそれを俺に届けに来たんだよな?」
「そうだよ」
「だったら……それを俺に渡さずに帰ったら怒られるんじゃないのか?」
俺の問いに不機嫌そうなレヴィの顔は、徐々に無表情へと変わって行き、最終的に頭を抱えながら慌て始めた。
「そ、そうだよ。コレを渡さずに帰ったらすっごく怒られる!? はいコレ!」
レヴィは先ほどまでのことをすっかり忘れたらしく、俺に押し付けるように端末を渡してきた。「大丈夫だよね」とブツブツと呟く彼女をよそに、俺は端末の中にあるデータを見る。
――これは……テストのスケジュールか。
一瞬ファラのかと思ったが、カートリッジシステムの導入以降はこれといって改良は行われていない。レーネさんやシュテルからもテストを行うとは聞いていないため、このスケジュールは彼女のものではないと分かる。
ファラでないとすれば、必然的にこれはセイバーのテストスケジュールということになる。俺は彼女のマスターでもあるため、テストを行うこともスケジュールについても異論や疑問はない。だがこれをレヴィが持ってきたことには思うところがある。
「なあレヴィ」
「な、何!? まままさかボク間違ったのを渡しちゃったとか。でも渡されたのはそれだし……もしかして壊れちゃってたとか!?」
「いやそうじゃなくて……」
「どどどうしよう~!?」
今のレヴィはよほど冷静さを欠いているようで、俺の言葉が全く耳に入っていないようだ。いつもならば、ここでディアーチェの怒声が入って事態は収拾に向かうのだが、あいにくこの場にはいない。
「落ち着けって……大丈夫だから」
ディアーチェのやり方に抵抗を覚えた俺は、レヴィの頭を数度叩いたあと撫でるという方法を取ってみることにした。落ち着かせる方法として正しいのかは分からないが、俺のことを意識させることができれば少しは会話が成り立つと思ったのだ。
撫で始めて数秒後、レヴィは表情を緩ませて笑い始めた。何というか……ペットを扱ってくる気分になってくる。
「えへへ、ショウは撫でるの上手だね~」
「自分じゃそうは思わないけど……ところでレヴィ」
「な~に?」
「何でお前がこれを持ってきたんだ? この手のことはシュテルとかがやりそうだけど」
「シュテるんはお仕事してるし、ボクも前はよくデバイスのテストとかやってたらからね。今はその研究は一段落したから、たまに手伝いをしてるくらいだけど」
レヴィの言葉に自然と俺の手は止まった。
シュテルが同じようなことを前に言っていたので、彼女の知り合いであるレヴィも関わっていてもおかしいということはない。
だがしかし、どこからどう見てもレヴィは頭が弱そうだ。テストや手伝いをきちんとできていたとは思えない。
「嘘をつく必要はないんだぞ」
「嘘なんかついてないよ……あっ、どうせボクのことバカだと思ってるんだな。こう見えても数学はシュテるん達に負けてないんだぞ」
「そ、そうか……」
「その言い方は信じてないよね。何でショウはボクのこと信じてくれないのさ。ボク、嘘なんかついたりしないのに!」
確かにレヴィは自分の気持ちに正直であるため、嘘をついたりできるタイプではない。彼女が言っていることは真実なのだろう。
でも……人にはイメージというものがある。
シュテルやディアーチェがデバイス関連のことをやっていても問題なく受け入れられるが、外で遊んでばかりいそうなレヴィとなると抵抗が生じてしまうのだ。これはきっと俺だけではないはず。
俺は内心で葛藤しながらも、機嫌を悪くしてしまったレヴィをあやす。どうにか大人しくすることには成功したものの、表情を見た限り拗ねてしまっているようにも見える。
「なあ」
「……なに?」
「俺が悪かったから機嫌直せよ。時間があるのなら俺のよりも美味しいお菓子が食べられるところに連れて行ってやるから」
「ショウのよりも……美味しい?」
不機嫌そうな顔は、徐々に太陽のような笑顔へ変わる。お菓子で釣れば機嫌が直るのではないかと思ったが、ここまで簡単だと思っていなかった。
「行く! 今すぐ行こう!」
「分かったから落ち着け。念のために確認するけど、すぐに戻らなくて大丈夫なんだな?」
「うん。夕方までには戻ってこいとは言われてるけど、それって夕方までは遊んでいいってことだよね」
それだと少し意味合いが違うような気がするんだが……レヴィを満足させて早めに帰らせよう。それがきっと今日の俺に課せられた務めだ。
早く早く、とレヴィに催促され俺は家を出た。もちろん出る前に戸締りはきちんとしたし、端末は置いてきている。迷子になられたら困るので手を繋ごう、と思っていたが、レヴィはよほど早く行きたいようで、彼女のほうから俺の手を握ってきた。
うきうきして落ち着きのないレヴィを連れて向かったのは翠屋。混んでいたらどうしよう、と不安ではあったが、運良く空いていた。
店員に案内されて席に座ると、レヴィはすぐさまメニューを見始める。どれを食べようか、と目を輝かせながら悩む彼女の姿は実に子供らしい。
――フェイトに容姿は似てるけど同い年には見えないよな。無駄に元気だし……まあ無邪気で可愛いらしいとも思うけど。
はやてやシュテルといった頭の回転が早い人間は、何かとからかってきたりするため相手をしていると疲れる。レヴィの相手も疲れはするのだが、それは精神的なものよりも肉体的なほうであるため、疲れがない日ならばはやて達の相手よりも楽なものだ。
それに、今日のように食事をさせれば体力の消費はない。むしろ微笑ましい姿を見れるため、ある意味保養になるかもしれない。
ただ……レヴィは大食いだ。いったい何人前食べるんだろうか?
もしも俺が普通の小学生だったならば、間違いなく金銭的な心配をしていただろう。まあうちは叔母は働いてばかりで浪費はしない。俺ははやての影響で主夫化している部分があるということで、金銭的には余裕がある。むしろ多少無駄遣いしたほうがいいのではないか、とさえ思うときがあるくらいに。
「ねぇねぇ、どれくらい食べていいの?」
「とりあえず……最初に注文するのは3個くらいにしてくれ」
何千円分食べられても問題はないが、一度に大量に頼んでも運ばれてこないだろう。それに、何より周囲から注目されるのもご免だ。いくつか食べさせて余裕があるようなら再度注文する、という流れにしておくのが無難のはず。
レヴィは悩みに悩んだ末、店員にハキハキとした声で注文する。店員や周囲にいる客からは元気がいい子だ、といった感想が耳に聞こえてきたので店の迷惑にはなっていないようだ。ただ微笑ましい視線を向けられているため、一緒にいる身としては何となく恥ずかしい。
自分は子供……周囲から温かい目で見られても何ら不思議じゃない。
と、自分に言い聞かせながら運ばれてきたコーヒーを飲む。やっていることが子供らしくないかもしれないが、ここには月に何度も足を運んでいる。その度にコーヒーは飲んでいるので、この店に限っては注目はされないはずだ。
「おいひ~!」
「そうか……ごほっ」
むせてしまったのは、レヴィが頬を膨らませるほどかっ込みながらケーキを食べているからではない。彼女の後ろに、何とも言えない顔でこちらを見ている2人組を視界に納めてしまったからだ。
何度も咳き込む俺を心配してレヴィが背中をさすりに来てくれた。大食いの彼女が食べ物よりも俺のことを心配してくれたことは嬉しく思うのだが、口の中は綺麗にしてから声をかけてほしい。
「だいじょ~ぶ?」
「あ、ああ……レヴィ」
「なに?」
「ちょっとじっとしてろ」
あまりにもレヴィの口の周りが汚れていたため、俺はハンカチを取り出して彼女の口元を拭く。この間に立ち去ってくれないだろうか、と淡い期待という名の現実逃避をしてみたものの、一層強まった視線によって打ち砕かれた。
「えへへ、ありがと~」
「誰も取ったりしないから、もう少しゆっくり食べような」
「うん」
自分の席に戻ったレヴィは、幸せそうな顔を浮かべながらケーキを食べ始める。俺は深いため息を一度ついた後、意識を2人組のほうへと向けた。
「こんにちわ」
「邪魔して……悪いわね」
月村はいつもどおりの笑顔であるが、バニングスは驚きや気まずさといった様々な感情が混ざった顔をしている。
それは当然といえば当然だ。レヴィとフェイトは髪色や性格の違いこそあれ、慣れなければパッと見ただけでは区別がつかないほど瓜二つだ。きっとバニングスの中では、俺とフェイトが一緒に食事をしていた。フェイトが口周りを汚し、それを俺に綺麗されていた……などの驚愕があるに違いない。
「バニングス……君は確実に誤解してる」
「誤解って何よ? 別に変に言い訳しなくてもいいわ……ところで、すずか。あんたは何でそんなに笑ってるわけ?」
バニングスはすぐには認められないのか(誤解なので認められるのは困るのだが)、月村へと意識を向けた。本来ならばバニングスの反応が正常であるはずなので、俺も彼女の笑顔には疑問を抱いていた。いったい何を考えているのだろうか。
「え……あぁうん、ショウくんもオドオドするんだなぁって思って」
「何でそれで笑うのよ!?」
「うーんと……可愛く見えたから?」
「あんたのことなんだから疑問系で答えるんじゃないわよ。というか、あいつは男よ。可愛いとか言ったら傷つくでしょうが!」
言っていることは正論ではあるが、まさかバニングスが俺の味方をしてくれるとは思わなかった。先ほどの俺のように現実逃避でやっている可能性はあるが。
「アリサちゃん、あまり大きな声を出すと周りの人に迷惑だよ」
「あ、あんたね……」
「ショウくん一緒にいいかな?」
いつもと違ってマイペースに話を進める月村に疑問を抱きながらも、誤解を解くためにも会話は必要であるため、俺は彼女の提案を承諾した。バニングスは何を言っているんだ? と言いたげな顔を浮かべたものの、ひとりで他の場所に座るのも嫌なのかしぶしぶ席に付いた。
「ねぇすずか、いつからフェイトはこんなに子供っぽいというか……大食いになったのかしら? あたしには記憶がないんだけど」
「ボクはへいとじゃないよ」
その言葉に、バニングスの視線はレヴィへと向いた。彼女は見知らない人間と相席しているにも関わらず、呑気にケーキを食べ続けている。この子に勝てるマイペースはそうそういないだろう。
「えーと……フェイトよね?」
「ちがうよ~」
「……フェイト……じゃない?」
「そうだよ~」
困惑するバニングスの視線は数秒宙をさまよった後、現状が説明できる俺へと向いた。どうやら彼女も違いすぎる言動にフェイトではないと認め始めてくれたらしい。
「この子はレヴィ・ラッセルって言って……」
「レヴィ? ……どっかで聞いたような」
「アリサちゃん、この前なのはちゃん達が言ってたフェイトちゃんにそっくりの子のことじゃないかな?」
月村の発言にバニングスはハッとした顔をした。それと同時に、俺の中にあった疑問は解消される。
――何で月村がレヴィに驚かないのか不思議だったけど、高町達から聞いてたのか。でもパッと見ただけじゃフェイトに間違いそうだけど……彼女は普段から人のことをよく見てそうだからフェイトじゃないって感じたのかもしれないな。
「ああ……話には聞いてたけど」
「ここまでそっくりだとびっくりだよね」
「いや~それほどでも」
「別に褒めてないんだけど」
バニングスのツッコミは、レヴィが照れた素振りを見せるのとほぼ同時だった。そのあまりの速度には正直言って感心した。だからといって尊敬したりはしないが。
最初こそ戸惑いもあってぎこちなかったが、レヴィの性格もあって徐々に会話は弾んでいく。その一方で、女の子の中に男ひとりという状況に居心地の悪さを覚える。俺はそれを誤魔化すようにコーヒーを口へと運んだ。
「レヴィちゃん、ずっと思ってたんだけど……そんなに食べて平気なの?」
「だいじょぶだよ」
「そ、そっか」
見ているこっちが満腹になりそうなので月村の気持ちも分かる……が、別の意味があったようにも思える。女子というものは体重を気にするものだ。普通に考えれば、レヴィほど食べれば必然的に体重は増えるはず。だが彼女の体型は標準だ。いったいどういうからくりなのだろう?
「ん? ショウどうかしたの?」
「いや……本当によく食べるなって思っただけだよ。……俺のも食べるか?」
「え、いいの!? 食べる食べる!」
ケーキを彼女の前に移動させると、嬉々とした顔で食べ始める。先ほどの注意はすでに忘れてしまっているのか、食べる勢いは凄まじい。言うまでもなく口元はひどい有様だ。拭いてもまた汚すのだろうが、幼児でもないのにこのままというのもあれなので再び拭くことにした。
「レヴィ、さっきも言ったけどゆっくり食べろって」
「えへへ~、ごめんね。でもここのお菓子美味しいんだもん」
「美味しいのは分かるけどな……」
ふと視線を感じたので意識を向けてみると、こちらを見てくすくすと笑っている月村が見えた。別におかしなことをしているつもりはないのだが……。
「えっと、何かおかしい?」
「ううん、おかしくないよ。ただショウくんって面倒見が良いんだなぁって」
「いや、その……あの状態の子と一緒にいるのは恥ずかしいからさ」
「前から思ってたけど、あんたって割と素直じゃないわよね」
バニングスだけには言われたくないし、恥ずかしいのは事実だ。
女の子というものは不思議なもので、いくら話しても会話が尽きない。他の場所も案内しようかと思っていたが、気が付けば時間帯は夕方に近くなっていた。長居をしてしまったが迷惑ではなかっただろうか、と考えてしまう俺は、気分的にレヴィの保護者だったのかもしれない。
「レヴィ、そろそろ帰らないと」
「えぇ~、まだお話ししたいよ」
「また今度話せばいいだろ。まあ怒られたいなら好きにすればいいけど」
「う……分かったよ」
「ふふ、まるで兄妹みたいだね」
「あんた……よくそんな風に思えるわね。あたしは見た目がフェイトにそっくりなせいか違和感ありまくりなんだけど」
「じゃあボクは帰るね。またね、すずたんにアリりん」
「うん、またね」
「何で急にあだ名なのよ! というか、すずかは何で普通に受け入れてるわけ!?」
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