ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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GGO
~銃声と硝煙の輪舞~
黒峰邸
黒峰重國。
少しでも株や会社の重役になったからには、聞いたた事もないとはとてもじゃないが言えない名前である。
今から六十数年前の話だ。
東京台東区。
工場が密集し、必然的に個々の工場間の競争、競合が激化の一途を辿る地区の中でかつて、頂点に立った男がいた。否、その表現はいささか適切ではないのかもしれない。
なぜなら、その男は現在進行形で頂点に立っているからだ。しかも、その範囲は台東区のみならず、日本という枠すら遥か彼方に置いてきぼりにして、世界に君臨するからだ。
黒峰財閥。
財閥など、時代錯誤だとはだれも思わない。いや、思うことを許されない。
事実、彼の作り上げたそのグループは、その単語に遜色ない影響を世界各地に振り撒いていたからだ。無視したくても、無視できない。それは世界的企業のトップランカー達に、いったいどれだけのプレッシャーを与えたことだろう。
日本人ごとき、と一蹴することは簡単だ。
しかし、できない。
彼一人、すなわち一代で世界的な多国籍企業を育て上げた一人の男に反旗を翻すということはすなわち、どういうことか。
答えは簡単。
世界を敵に回すと同義なのである。
日本の下町。鉄鋼業から始まったソレは、電子産業、食品産業。特に中東のかなりの面積の土地を買い取り、石油産業で多額の財を成した。果ては軍事産業にも手を染め、一つの世界と同義となっていた。
そこまで。
たった一代でそこまでをやってのけた男のことを、人々は敬意を表してこう記す。
《財政の怪物》と。
港区。
見た事のないような高級住宅が立ち並ぶ街の一角。
延々と続く塀に囲まれて、それは建っていた。
奥ゆかしい、日本古来の日本家屋である。
そびえる門前の前に降ろされた蓮と木綿季は、圧倒されたようにそれを見上げていた。何というか、リムジンに乗っていたという事実がやっと身に染みてきたような気がする。
触れただけでも価値が下がりそうな、綺麗な木目の揃った門が重い効果音とともに開く。
その先に広がるのは、玉砂利が満遍なく敷かれ、金木犀や山茶花、松などの常緑広葉樹や針葉樹が見事に葉を広げる日本庭園。中央部には大きな池が据えられていて、柔らかな水音とともに水面が跳ね、水中の錦鯉の赤が眼に鮮やかだ。
「…………蓮。ボク今、すっごく感動してる」
「……奇遇だね。僕もだよ」
本当に美しい景色って見る者の心を洗うんですね、という事実を再確認する二人。
発想というか心の在りようが、どこまでも庶民な二人であった。
飛び石の上をガタガタ揺さぶられながら、車椅子は進む。
カラリ、と引き戸を開けると、それだけで蓮の自室ほどもある玄関が一同を迎える。ヒノキだかスギだかは判らないが、とにかく良い木の香りが鼻腔をくすぐってきた。
照明はついているのだが、なにぶん広さが広さである。薄暗闇が支配するその空間に、ひっそりと立つ干からびたような老人が一人いた。
「……………シゲさん」
「儂の屋敷へようこそ、レン君にユウキちゃん。急に呼びたててすまんのぅ」
穏やかに笑いながら、《老僧の千住》シゲクニは穏やかに笑い、二人の背後に立っていた八伎にアゴをしゃくった。二人の男は視線を交わし合わせると、八伎が全く衝撃を感じさせる事なく蓮を持ち上げた。
「ちょっ――――!」
木綿季が抗議の声を上げる間もなく、木瀬が玄関の下駄箱の隣に据えられている結構な大きさの木箱から、折り畳まれた車椅子を取り出した。屋敷の中に入るのならこれにしろ、ということらしい。
自分がやる、と言い出したかったが、当の蓮本人に手で制されてしまっては何も言う事ができない。
広げられた車椅子に、ふわりと蓮を着地させる八伎。痩せているとはいえ、人間一人を二の腕二つだけで支えているにも拘らず、その手並みには震えの一つも伺う事ができなかった。
せめて操縦くらいは、と。
半ば八伎を押しのけるようにしてハンドグリップを握り締める。横目で黒髪男を睨むと、何かやけに優しい眼で見られてしまった。
むぅ、と頬を膨らませていると、そんな事にはまるで気が付いていない声が少年から上がる。
「それで、僕達に何の用なの?わざわざ非公開になってるはずの住所まで特定したって事は、ただの世間話って事でもないでしょ」
その発言で、紺野木綿季の脳もまたスッと冷える。
あのデスゲーム――――ソードアート・オンラインにログインし、そして生還した者達の個人情報は全て、総務省に新たに設置された《仮想課》で管理されていると聞く。無論、それらの諸情報は厳重なセキュリティの下に管理され、外部に漏洩する事などまずありえない。
それを調べ、あまつさえ厳つい男達に迎えに来させる。
イレギュラーな手法を用いないと、なかなかできない芸当である。
あの世界の中で、眼前の老人との交流は決して険悪なものではなかった。相談に乗ってくれたこともあるし、何よりボス戦では命を助けられた事もある。その事に対する信頼はあるし、そこにマイナスな因子など存在するはずもない。
だが――――
この老人は頭が良すぎるのだ。
切れ者過ぎて、たまに恐怖が頭をよぎるほどに。
良い人、それだけは確かである。しかし、心の底までさらけ出せるかと問われれば容易に首を縦に振れない。否、振る事ができない。
「まぁまぁ、玄関で立ち話というのもなんじゃ。奥へ行こうかの」
穏やかな、しかし張り付いたような無機質な笑みを浮かべたまま、老人は甚平の裾を軽く揺らしながら薄暗闇の奥に消えていく。
蓮と木綿季は顔を見合わせてから、次いで背後の男達を振り返った。
八伎は優雅に一礼し、木瀬はフン!と鼻を鳴らした後にアゴをしゃくった。
ここから先は二人きり、ということだろうか。
正直、厳ついこの男達について来られなくて安心しなかったと言われれば嘘になるかもしれない。何はともあれ一安心である。
暗闇の中に消え去りそうな重國の背中を追って、だだっ広い廊下を歩いていく。
全く人影はないが、しかし何者もいないという事ではないらしい。固く襖の閉ざされた幾つもの部屋の向こうから、決して少なくない量の気配がある。
ここじゃ、という言葉とともに重國に案内させられたのは、何というか大昔のヤクザ映画に出てくるような、百畳くらいありそうな細長い部屋だった。一番最奥部は一段高くなっており、うっかり汚れを付けたらそれだけで人生を棒に振りそうな座布団と掛け軸、さらには本物とは信じたくない大小二振りの日本刀が鎮座していた。
さらにその前には、こちらもクソ高そうなフカフカの座布団が二つ。
二つの座布団をすすめられ、木綿季は腰掛け、蓮は車椅子をロックしたままにとどまった。この高そうな座布団の感触をちょっと味わってみたかった、というのはさすがに貧乏性過ぎるだろうか。
老人は、割と真剣に悩む少年を放っておいて、最奥の座布団によっこらと腰掛けた。どうでもいいが、そうやって一段高いトコに座って背景が掛け軸と日本刀だと、どこかのお殿様に見えなくもない。これで服装が甚平でなければ完璧なのだけれど。
「さて、改めて久し振りだの、二人とも。SAO以来じゃろうか」
「ん~、そーだね」
そう言われれば、ALO事件後に兎轉舎であったパーティーにも眼前の老人は参加していなかったような気がする。
「それで、わざわざ僕達を呼び出した理由は何なの?《財政の怪物》さん?」
その言葉に、少しだけ老人の目が見開かれる。
ほぉ、という意外そうな呟きが漏れ、重國は真っ白な顎鬚を撫でた。
「知っておったか」
「知人がそういう事に強くてね」
主に隣人のヒキコモリ天才プログラマーが。
その手口を知っている紺野木綿季は「あー」という感じで頭を抱えている。
「黒峰財閥といったら世界的企業。引退したとはいっても、名誉会長のシゲさんだったら、たいていの事はできるでしょ」
「いやはや、そこまでか」
クックック、と面映ゆそうに笑う老人は心の底から面白がっていた。
何というか、実に楽しそうな老人であった。
「現実世界でも良い友人に恵まれておるなぁ、君は」
「「???」」
特別この老人が蓮の交友関係を知っているというイメージはなかったのだが、ギルド【風魔忍軍】関連で仕入れたのだろうか。しかし、この老人が会ってないようなSAO時代の友人など、それこそそんなにいないような。
思わず二人で顔を見合わせたのも、無理なからぬ事か。
「それでシゲさん、ボク達への用っていったい――――」
「むぅ、ちょっと昔話くらいしてもいいではないかユウキちゃん」
まるで子供のように頬を膨らませ、黒峰重國はパン!とあぐらをかいた足に手のひらを打った。
しかしその動作に反し、なかなか言い出す気配はない。押し黙った、という表現が正しいか。
「…………………………」
数秒間、重苦しい沈黙が続く。
しかし数秒後、老人の口から飛び出した言葉は、その沈黙のさらに上を行く重量で一同を襲った。
「………君達は、『仮想世界で放たれた弾丸が現実の鼓動を止める』と言われたら…………信じるかね?」
後書き
なべさん「はい、始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「いよいよGGO編突入って感じだね」
なべさん「まぁそうだね。導入部分、起承転結の起部分かな」
レン「原作通りになるといいなぁ」
なべさん「おやおやふっふっふ、まだそんな幻想を抱いているのかねチミは」
レン「不安だ……」
なべさん「はい、自作キャラ、感想を送ってきてください!」
――To be continued――
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