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機動戦士ガンダム0087/ティターンズロア

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第一部 刻の鼓動
第三章 メズーン・メックス
  第三節 蠢動 第二話 (通算第52話)

「迎撃して、こうなったんだ。そんなことは敵と相談してくれ。大体、訓練の場所を決めたのは俺じゃあないっ!それに、演習していたから即時対応できたんだ!」
 ジェリドは抗議の声を挙げた。佐官とはいえ、一般将校が何を言うんだという表情でもある。普通に聞けば上官に向かって言う台詞ではないが、ジェリドにしてみれば、殴りかからないだけ我慢したというところだ。
 ブライトにとっては階級や所属など関係ない。軍人は民間人を守らなければ意味がないと本気で信じている。文民統制されていなければならず、政府に従わなければならない。そして民衆を守って当然であり、その功を誇ってはならないのだ。だが、ティターンズというのはそういうところではない。『力こそ正義』であると信じて疑っていない連中が多く、アースノイドの守護者を気取り、民衆や政府から称賛されるべきだと言う者さえいる。そして、自分たちが手にしている力が権力――職業や職能によって付与された仮初めの力であり、暴力に対する恐怖であるということに気付いていない。生まれながらにしてエリートに育った人間に有りがちな傾向で、幼い頃から特別扱いされているため、自分本来の力と勘違いしてしまうのだ。貴族化した議員一族や軍人に多い。
 一見、ジェリドの発言は正しいように聞こえなくもない。だが、軍人としての誇りを見失い、軍隊の中の特権組織として尊大に振る舞う、大局感を持たない者の言い訳でしかなかった。責任転嫁と自己弁護。ブライトが最も忌み嫌うものだ。ブライトは自分がティターンズを好きになれないことを再認識させられた。
「貴様っ……なら、軍人として恥ずかしくない行動を取れ!」
 ブライトとしてはギリギリの譲歩であった。頭ごなしに言っても効かないのなら、マニュアル対応させるしかない。だが、ジェリドの反応は予想外のものだった。
 ブライトの問い掛けを無視――いや、返事をせずに、その場を離れようとしたのである。ブライトはあからさまな反抗にカッとなった。
「何処へ行くかっ!」
 ブライトは艦長としては若い部類であるが、一年戦争で誰よりも複雑な環境で、誰よりもシビアな状況を経験した。そのためか、並の艦長にはない威が滲んでいる。そのブライトが戦場の爆音の中でも届く大音声を発した。魂消る兵士もいた。
 だが、ジェリドは面倒くさそうに振り返っただけだ。鈍いのとは違う。全く眼中にないという意思表示なのだ。説明しなければ解らないのかと言いたげに、うんざりした顔を向けた。
「中佐殿の仰る通りに、善処するだけです!自分はパイロットですから、状況に対処するには母艦にある愛機が要ります」
 ブライトは耳を疑った。上官の指示なく持ち場を離れれば、敵前逃亡と見なされる。今の様に直属の上官がいない状況下では、次席士官が判断を行うものだが、今からジェリドの愛機のある艦に戻って間に合う訳がない。第一、母艦が近いならともかく、ドッキング・ベイまで墜落した試作機を放り出して愛機を取りに行けば、片道十五分は優に掛かる。それでは、善処していることにならない。
 ブライトは最早、係り煩うだけ時間の無駄だと判断した。
「勝手にしろっ」
 ブライトはジェリドを無視した。敵が来るまでに、《ガンダム》だけでも回収したかった。幸いなことに演習中の《ジムⅡ》が足止めに向かっている。撤去作業車も現場に着いていた。
 撤去作業の指揮を始めたブライトにエマが所在無げに具申する。
「ブライト中佐、自分の《ガンダム》が格納庫にありますので、出動します!」
「補給は終わっているのか?」
 試作機は演習後メンテナンスする。演習事態がテストであり、データをバックアップし、量産型にフィードバックするためだ。普通であれば、補給はしていない。だが、エマにはメンテナンスに入る前にジェリドが墜落させられたと思えた。自分が帰投してから警報が鳴るまで時間がなかったからだ。補給はされていないにしても、牽制のためでも出撃することは可能なはずである。
「まだ、動きます!」
 エマはブライトの返事を待たずに格納庫に走り出した。ブライトはエマに好感を持っていたが、今のエマの態度はやはりティターンズなのだとブライトに感じさせた。だが、自分で考え動くことは悪くない。ジェリドの行為とエマの行動は違う意味を持つ。それが解らぬブライトではない。
 しかし、勝手に動かさせる訳にもいかない。命令権はないが、ブライトの責任感である。ティターンズに頭ごなしに命令すれば後が恐いと誰も近づこうとしない。だが、多くの一般将校がいるなかで誰かが責任を負わねばならぬなら、ブライトに迷いはない。相手がバスクともなれば話は別だが、基地司令が不在で、司令代理が負傷しているとなれば、指揮する者はいないのである。
「待ちなさい、エマ中尉!」
 ブライトもティターンズだけの基地であれば口を挟まなかったろう。だが、ここには一般将校がいる。後方基地の駐屯所であり、ティターンズに演習場として間借りされていることもあり、常勤している者は多くはない。とくに、演習中であったため庁舎に残っていたのは憲兵が多かった。そもそも、ティターンズは歪な組織構成をしている。士官が多く、兵卒が少ないのだ。連邦軍を指揮下に置いて行動する特務編成が常態化しており、MSと艦隊に偏っている。陸戦隊は連邦軍から徴発し、拠点防衛も連邦軍に任せ、兵站も連邦軍のルートを優先で使っている。攻撃部隊しかいない軍隊など独立編成の軍にはありえない。徐々に連邦軍を指揮下に収めて肥え太っていた。 
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