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ストライク・ザ・ブラッド 〜神なる名を持つ吸血鬼〜

作者:カエサル
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錬金術師の帰還篇
  32.怒りの神意

 

「なんだよ、これ……」

 修道院の正面の礼拝堂が完全に崩壊し、瓦礫がそこら中に飛び散っている。それは巨大な怪物が内側から建物を突き破ったような異様な光景だ。
 それが錬金術師の仕業だということは、考えるまでもなくわかる。
 だが、今は天塚には用などない。

「浅葱! 浅葱ぃ──!」

 何度も彼女の名前を叫ぶ。
 だが、ただ風の音が聞こえるだけで浅葱の声は聞こえない。
 しかし彩斗はそれを最初からわかっていた。吸血鬼の力がここに訪れたときから微かな匂いを感じていた。
 それを必死に否定しながらも足はそちらへと向かって行ってしまう。
 そして……

「嘘だろ……」

 夕闇のような深紅の血溜まりの中に、制服姿の少女が倒れている。
 校則違反ギリギリまで飾り立てた派手な服装と、明るく染めた華やかな髪型。
 黙っていれば文句なしの美人の少女は、もう笑顔を見せることはないのだ。

「ふざけんな……なんだよ、これ……なんだよ!」

 浅葱の冷たくなった身体を大きく左右に揺らす。
 彼女はただ寝ているだけかもしれない。そんなわずかな期待をこめた。
 だが、彼女が動くことはない。

「彩斗君!」

 浅葱を抱きしめる彩斗を呼んだのは友妃だった。彩斗を追って走ってきたせいで彼女の呼吸は荒い。

「う……うそっ」

 友妃の声が震える。親しい人間の死に直面したときの反応など獅子王機関の剣帝であってもかわらない。

「……ぶっ殺してやる」

 憤怒に顔を歪めた彩斗の両眼が、真紅に染まる。撒き散らされる凄まじい魔力の波動に、大地が震える。
 その魔力は留まることを知らず、規模を広げていく。

「落ち着いて、彩斗君!」

 友妃が必死に彩斗へと駆け寄ろうとする。しかし、爆発的な魔力の放出に阻まれて、近づくどころか、その場にも留まることも困難だ。

「友妃さん!」

 後方から聞こえてきた声に振り向く。
 そこにいたのは、雪菜と古城、紗矢華だ。いや、紗矢華ではなく式神だ。
 浅葱の異変が起きた電話で彩斗が飛び出したときに友妃が万が一のことを考えて呼んでおいたのだ。
 しかし“神意の暁(オリスブラッド)”を止める手段である“雪霞狼”を雪菜は手にしていなかった。
 通常なら“夢幻龍”一本で止められるはずだが、今のあの爆発的な“神意の暁(オリスブラッド)”の魔力を止められるほど伝説の吸血鬼はあまいものではない。
 “夢幻龍”一本ではわずかに魔力を逸らし彩斗の意識を一瞬だけ呼び覚ますことだ。
 だが、今はそれでもやるしかないのだ。
 人工島が悲鳴をあげるように、奇怪な音が響き渡る。彩斗の足元に細かい亀裂が走る。空が真っ黒く染まっていく。それはまだ見ぬ彼の眷獣の力だろう。
 その瞬間だった。天から一筋の光が地上めがけて降り注いだ。それに一瞬遅れて爆発音が響き渡る。落雷だ。
 それは修道院の手前、彩斗たちがいるわずか一メートル先に落下した。

「おっと、危ないじゃないか」

 その場に似つかわしくない笑みを含んだ冷淡な声がした。
 声の主は、白いコートを着た錬金術師の青年だ。
 特徴的な赤白の帽子と銀色のステッキを身につけていないが、だからといってこの男を見間違うわけがない。天塚汞だ。

「戻ってきて正解だったな。まさか、そんなふうに隠れていたとはね」

 彼は彩斗たちのほうに悠然と歩いてくる。
 この状況で彩斗とこの男が接触するのは本当にまずい。
 友妃と雪菜が動こうとした。
 だが、その考えとは逆に彩斗の魔力は身体へと収縮されていく。
 暴走がおさまったのかとも考えたが、いまだ空は漆黒に染まり、大地は震える。
 まだこの現象を引き起こしている眷獣は眠りについたわけではない。

「失せろ……偽物(ダミー)やろう」

 その瞬間、再び天から眩い閃光が天塚めがけて降り注いだ。わずかに反応した彼だったが光の速度に反応できるわけもない。轟音が鳴り響いた。

「え……」

 言葉にすることも出来なかった。
 彩斗が出現させている魔力の正体。それは彼自身の魔力ではなくまるで眷獣が自身の魔力を彩斗の身体を通して無理やりこの世界に出現させているような感じがする。
 天塚の身体は雷が直撃して僅かに痙攣している。白いコートと赤白の帽子は焼け焦げ、黒く染まっている。
 彩斗は一撃で天塚を戦闘不能にしたのだ。しかも自分の手を使うこともなく。

「ひどいな……これじゃあ、原型が保てないじゃないか……」

 それでもまだ動けるのか天塚は自分の心臓の代わりに埋め込まれていた黒い宝石を砕く。
 それが引き金になったのか、天塚の輪郭が唐突に歪んだ。
 人間の形が崩れて、ドロリとした漆黒の流動体へと変わっていく。不定形の液体金属の塊に。

「なんだこいつは……?」

 古城がうめいた。

「まさか……“賢者の霊血(ワイズマンズ・ブラッド)”……!?」

 雪菜が戦慄したように呟く。聞き覚えのある言葉に、友妃はギョッとした。
 それでも彩斗は表情一つ変えずに右手だけをわずかに動かした。

『Ooooooooooooooo……!』

 かつて天塚だったものが叫んだ。
 パキッ、というなにかが折れたような音が鳴り響いた。空気が冷たい。この絃神島では感じないはずの感覚のはずだった。
 だが、空気は凍えている。いや、これは大気が凍ているのだ。
 それも漆黒の流動体の周りは時でも止まっているように完全に動きを止めている。

「……失せな」

 その場の空気よりもさらに冷ややかに彩斗が呟いた。
 落雷が凍結する天塚だったものに容赦なく何十という数が彼の身体めがけて降り注ぐ。
 激しい閃光と爆音がやんだところには、漆黒の流動体の姿はもうなかった。
 あとに残されたのは原型をわずかに留めている公園だけだった。
 その中で彩斗は浅葱を抱きしめたまま立ち尽くしている。
 空は再び元の夕闇の色を戻していく。
 眷獣はどうやら再び眠りについたようだ。
 絃神島の崩壊の危機はなくなった。
 それでも友妃たちは身体を動かすことが出来なかった。
 天塚は倒された。しかしそれは決して喜ばしいことではなかった。
 結局、天塚がなにをしたかったかわからない。
 たとえそれを理解しても浅葱の命はもどってくることはない。

「彩……斗……?」

 その懐かしの声に、彩斗は抱きしめている少女を見た。

「いたたたた……って、なにしてんの彩斗!?」

 彼女は彩斗に抱きしめられているのを理解して頬を紅潮させる。

「よかった……本当によかった」

 彩斗は浅葱の身体を強く抱きしめた。彼女は驚き、彩斗を突き放そうとするが強く抱きしめられているため離れることができない。

「浅葱、なのか……?」

 古城が怖ず怖ずと問いかける。
 浅葱は彩斗から離れるのを諦めて答える。

「ほかの誰に見えるってのよ? って、うわ、なんじゃこりゃ!?」

 浅葱が周囲の惨状に気づいて大声を出す。
 その声とともに彩斗も周りの光景を見た。
 倒壊した修道院の建物。原型をほぼ留めていない公園。抉れた道路。彼女が驚くのも無理はない。
 しかし、彩斗はその光景を見て嫌な汗が止まらなくなる。
 この光景をほとんど作り出したのが自分のことだと思い出し、あとで那月になにを言われるかといまから嫌になってくる。
 それでも今は浅葱が無事だったことを喜ぶことにしよう。




 修道院跡地に特区警備隊(アイランド・ガード)の大部隊が押し寄せてきたのは、それから間もなくのことだった。
 彩斗たち五人はなんとか見つかることなく無事に公園から離れることができた。折しも街は夕闇に包まれて、浅葱のボロボロの服装も彩斗の浅葱の血で染まった制服も目立たずに済みそうだ。

「本当に浅葱はなんともないのか?」

 浅葱の横顔を見つめて、古城が訊く。見たところ彼女に大きな外傷はない。修道院に行く前に料理をして包丁で切った指先の切り傷も治っているらしい。
 だが、周囲に飛び散っていたのは間違いなく浅葱のものだ。
 吸血鬼である彩斗が、彼女の血の匂いを間違えるわけがない。

「なんともないわけないでしょうが! 見てよ、これ。制服だけじゃなくてブラまで真っ二つ……って、やっぱ、今のなし! 見るな!」

 制服の破れ目をアピールしようとした浅葱が、一人で勝手に自爆して騒いでいる。しかし、それに巻き込まれて彩斗も顔を真っ赤に染め上げる。
 先ほどまで彼女のことを抱きしめていたことなど忘れているように。

「意外に平気そうだね」

 友妃はホッとしたように声を出す。
 雪菜も同意するようにうなずく。

「そうですね。でも、念のため病院で検査してもらったほうがいいと思います」

「それだったら深森さんに見せたほうがいんじゃねぇか? 普通の医師だと説明がめんどいだろ」

 彩斗は少し頬に赤みを残しながらあくびしながら答える。

「それもそうだな」

「うーん。それならいっか。深森さんにも久しぶりに会いたいし」

 浅葱が腕を組みながら言う。

「では、すみません。わたしはここで失礼します」

 ちょうど駅に向かって分かれる道に差し掛かるところの信号で雪菜が礼儀よく頭を下げた。

「骨董屋に戻るのか?」

「はい。師家様に報告して、特区警備隊(アイランド・ガード)への連絡をお願いしてみます。お預かりした式神も壊してしまいましたし」

 雪菜が浅葱に聞こえない程度の小声で囁く。
 あとで雪菜に訊いていたが彩斗の暴走から彼女を守って式神が破壊されたらしい。

「悪いな、姫柊。俺もついてくよ。最初から見てた俺がいたほうが説明もしやすいだろうし」

「それじゃあお願いします」

 雪菜が小声で彩斗に囁く。

「それならボクもついてくよ。彩斗君だとなにを言うか心配だから」

「別に変なことは言わねぇよ」

 彩斗は古城たちと別れて獅子王機関へと向かう。




「なんで獅子王機関出張所がホテル街にあるんだよ」

 雪菜と友妃に急にホテル街に連れていかれてドキドキしていた気持ちがバカみたいに思えてきた。
 ホテル街のレンガ造りの小さなビルだった。
 骨董品店風の店が絃神島にある獅子王機関出張所らしい。

「まあ、そこは気にしないで」

 苦笑いを浮かべながら友妃が骨董品店の扉を開いた。木製の扉がギシギシと軋んで、古い建物に特有の埃っぽい空気が流れてくる。
 古い喫茶店のような雰囲気が漂っている。

「で、どこにいるんだ。その師家様ってやつは?」

 人の気配が全くしない。

「──今度は何事だい?」

 気負いなう洒脱な口調。艶やかに澄んだ声だった。
 その声に気づいて雪菜と友妃が、素早く片膝を突いて頭を垂れる。

「師家様……!」

 雪菜が呼びかけた先には誰もいない。ただ一匹の黒猫が、階段の踊り場に立っているだけだ。
 しなやかな体つきの美しい黒猫だった。

「姫柊雪菜、参上つかまつりました」

「逢崎友妃、参上つかまつりました」

 黒猫に向かって恭しく挨拶を述べた。

「しばらくぶりだね、友妃。そこの坊やが“神意の暁(オリスブラッド)”かい」

 猫は唐突にしゃべりだし、一瞬で彩斗の正体を見破ったのだ。

「あんたが師家様なのか?」

「これは師家様の使い魔だよ。本人は多分、今も高神の杜にいると思う」

 緊張状態の友妃が、彩斗の耳元に囁いてくる。

「高神の杜って、確か関西じゃなかったか? そんな距離を操るとかどんだけメチャクチャだよ」

 彩斗は苦笑いを浮かべるしかなかった。絃神島から本州までは、最短距離でも三百キロ余り。友妃たちが修行して高神の杜はそこからさらに数百キロ離れている。

「あんたのほうメチャクチャだろ。さっきの雷もあんたの仕業だろ?」

 先ほどの出来事を見ていたかのような言葉に素直に驚きを隠せない。

「そのことを報告しに来たんだったら大丈夫だよ。特区警備隊(アイランド・ガード)にはもう連絡しといたからね」

 この人はなんなんだと思ってくる。
 彩斗のことを知っていて、先ほどの出来事を見ていたかのように知っている。
 この人は敵にまわさないほうがいいと本気で思った彩斗だった。

「そうでしたか。それでは私たちはこれで失礼させていただきます」

 雪菜が立ち上がり、彩斗も帰ろうとる。

「友妃と坊やにはまだ話があるから残りな。雪菜はもう下がっていいよ」

「はい、わかりました。わたしはお先に失礼させていただきます」

 雪菜が店から出て行こうとする。

「姫柊、すまねぇけど、夏音にもうちょっと遅れるって伝えといてくれないか」

 そう言いながらポケットのスマートフォンを取り出す。先ほどの連続雷で彩斗のスマートフォンがぶっ壊れたのだ。
 雪菜は笑みを浮かべてうなずいて店から出て行く。

「それで話ってなんだ。ニャンコ先生?」

 元に直り、猫のほうを見る。

「ニャンコ先生とはまた変な呼び名をつけられたもんだね」

 ニヤァと大きく口を吊り上げて笑う。

「あんたにも用はあるが先に友妃にだ」

 友妃が再び片膝を突いて頭を垂れる。

「護衛の件だが、念のために続行でお願いするよ」

「はい。わかりました」

 いつもの友妃とは違い顔つきが真剣だ。

「何事もなければおまえも普通の小娘(ガキ)らしく楽しんできな」

「はい」

 友妃はうなずいた。

「それじゃあ、“神意の暁(オリスブラッド)”の坊や」

 金色の瞳を細めて、黒猫が彩斗に視線を向けた。

「おまえさんは式神を壊した責任をどうとってくれる?」

 痛いところをつかれた。
 たしかに式神を壊したのは彩斗だ。

「いや、あれは不慮の事故的ななにかで壊れて決して俺が壊したのではなくそもそもであれは自然現象によって壊されたものであってやはり俺のせいではないので。結論を述べると俺は悪くない」

 と長々と言い訳をするが全くというほど逃れなれない。
 それは完全に彩斗が悪いのは明確だからだ。
 だが、付け加えるなら彩斗は天塚を殺したときの記憶はない。あのときは意識がほぼなくいつの間にか全てが終わっていたのだから。
 それでも彩斗が天塚を殺しらという事実は揺るぎない真実である。

「まあいいわ。おまえさんには以前に貸しがあるからね。今回は多めに見たあげるよ」

「なんのことだ?」

「今のあんたたちじゃわからないだろうけどね」

 ニヤァと大きく口を吊り上げて猫が笑う。
 今の、という言葉に微かな引っ掛かりを覚えたがこの猫がいっているように今の彩斗ではわからないのだ。
 考えてもわからないことを考えてもただ無駄に体力を消費するだけだ。

「それじゃあ、そんときになったら教えてくれや。ニャンコ先生」

 彩斗は力なく手を振って店を後にした。




「おかえりなさい、彩斗さん」

 帰り着いた彩斗を待っていたのは、エプロン姿の夏音だった。

「遅くなってゴメンな。夕食作ってくれたのか」

「はい。いつも彩斗さんに作ってもらうのは申し訳ないの、でした」

 テーブルの上には幾つもの料理が置かれている。
 夏音の料理スキルは中学生の平均レベルだ。作業は丁寧だが、手際がいいとはいえない。怪我をする可能性があり、危なっかしいので彩斗はあまり彼女に料理をさせたくないのだ。
 それでも作ってくれたことは素直に嬉しい。

「別にそんなことに気を使わなくてもいいのにな」

 廊下からリビングに侵入したと同時に夏音の蒼い眼が大きく見開かれる。

「どうしたんですか、その怪我!?」

「怪我? あっ……!」

 さっきまで暗いところにいたので気づかれなかったが、彩斗は自分の制服に浅葱の血がついている。ニャンコ先生があまりに普通に接するせいでそんなこと気に止まらなかったせいで忘れていた。普通に見れば彩斗が怪我を負っているようにしか見えない。

「だ、大丈夫だ。これは人を助けて血がついただけで、俺の怪我ってわけじゃないから」

「そうでしたか。よかったでした」

 夏音がほっと胸を撫で下ろす。

「心配かけて悪いな」

 流石に浅葱が死んでたのを助けたって言っても普通に理解できるわけもないしな。

「先にお風呂沸いてるので入って来てください」

「了解した」

 彩斗は血で染まった制服を着替えに洗面所へと向かった。
 鏡で改めて自分の格好を見る。よくこんな格好で誰にも呼び止められなかったのが不思議なくらいにカッターシャツが真っ赤に染まっている。

「はぁー……にしてもあれはなんだったんだ」

 あのときの彩斗は自分でもおかしいと思った。いくら暴走していたとはいえあの魔力量は異常すぎた。
 まるで自分の魔力ではなく他の膨大な魔力の塊が彩斗の身体を通じて流れ出てきていたようだ。そのため彩斗の魔力は全くというほど減っていない。
 それに彩斗は天候を操る能力も持つ眷獣を使役しているという記憶がない。さらに付け加えるなら彩斗はあそこで戦った天塚に違和感を感じている。
 だが、その違和感を言葉にしたところで雪菜が安心して宿泊研修に向かうことが出来なくなるだけだ。それにあそこで戦った天塚が倒れてなかったとしても彩斗のやることは変わらない。

「なにがあってももう誰も失わせない」




 翌朝、午前五時──
 宿泊研修に出かける夏音と凪沙、雪菜を見送るために、彩斗と古城はマンションのロビーに出ていた。
 昨日は考え事をしていたせいでほとんど眠れていないのだ。考えても仕方が無いとわかっていても考えてしまうのが人間なのだろう。
 こんなことなら師家様に訊いておけばよかったと思うのだった。
 さらにいつものことながら古城も眠たそうだ。
 昨日は古城も色々とあったようだな。
 常夏の絃神島ではめずらしい冬服の凪沙が、赤い目をこする古城にまくし立てる。

「わかってる、古城君? 出かけるときは火の始末と戸締りを気をつけてね。宿題は帰ったらすぐに済ませるように。あと冷蔵庫の中にこんやのおかずが入ってるからね。お風呂と歯磨きも忘れないで。遅刻しないように目覚ましちゃんとかけて──」

「姫柊にもこないだ似たようなことを言われたばかりなんだが」

 古城が複雑な表情を浮かべている。
 そんな兄弟のやりとりを聞いて、そばにいる雪菜と夏音が微笑んでいる。

「俺のことはいいから、おまえこそ気をつけろよ。島から出るのは久しぶりなんだし」

「まあ、大丈夫でしょ。おみやげ期待して待っててね。あ、待って、わ、忘れ物!」

 ポーチの中身をチェックした凪沙が、お財布っ、と絶叫しながらエレベーターホールに大慌てで戻っていく。

「忙しないやつだな」

「そうだな」

 エレベーターに乗り込む凪沙を眺めて、古城は呆れて顔でため息をついた。
 旅行慣れしていないせいか、凪沙の荷物はやたらと多い。
 それに対して雪菜と夏音の荷物は旅行鞄ひとつだけ。それでもかなりの質量があるのか夏音が持つのを危なっかしくて見ていられない。
 二人は制服の上に少し大きめのコートを着込んでいる。

「まぁ、楽しんで来いよな、夏音」

 あくび混じりの声で彩斗が頭を掻く。

「はい」

 天使のような笑顔で夏音は答えた。

「──ごめんね、お待たせ。行こ、雪菜ちゃん、夏音(カノ)ちゃん。じゃあね、古城君、彩斗君。行ってきます!」

 息を切らせて戻ってきた凪沙が、雪菜と夏音の手を引いて歩き出す。
 彼女たちにおざなりに手を振って、彩斗と古城はマンションの中へと引き返した。
 古城はそのままエレベーターに乗りこみ、彩斗はロビーで壁に背を預けてもう一人を待つのだった。
 数分後、エレベーターからいつもの黒いギターケースを背負った少女が現れた。
 見慣れない冬服の上に大きめのコートを着こんでいる友妃は、いつもより無邪気に見える。

「ごめんね、彩斗君。ボクを待っててもらっちゃって」

 少し申し訳なさそうにうつむく友妃。

「いや、別にいいよ。天塚のことは気にせずに逢崎も楽しんで来いよな」

「うん。でも、ボクがいない間に変な事件に巻き込まれないでよ。女の子の血も吸わないでよね」

「わかってるっつうの。てか、それ言われるの二回目だぞ」

 それほど俺が信用ならないってことか、と彩斗は苦笑いを浮かべる。

「それじゃあ、行ってくるね。彩斗君」

「ああ、行ってらっしゃい」

 彼女に手を振って、彩斗はあくびをしながらエレベーターに乗りこむのだった。目的の七階の七〇三号室に入ったあたりで彩斗の全身は硬直する。
 雷鳴に似た巨大な爆発が響き、絃神島の人工の大地を震わす。彩斗は急ぎ足で玄関からベランダへと身を乗り出す。
 視界の片隅に映る海沿いの地区に、かすかな黒煙が立ち上る。
 爆心地はおそらく人工島東地区(アイランド・イースト)の港湾地区──
 空港や埠頭が連なる絃神島の玄関口。
 そして夏音たちが向かったフェリー乗り場がある場所だ。 
 

 
後書き
ニーナを登場させようと思ったのですが色々とあって登場させれませんでした。
あと彩斗の新たな眷獣を出したした。
まぁ、不完全な形ではありましたが。

かなり夏音のキャラが崩壊しかけてるような気しかしません。
アドバイスがあったら教えてください。

気軽に感想待っております。 
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