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【銀桜】1.闇夜篇

作者:Karen-agsoul
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第3話「夜の山道は危険」



「あれ?おかしいな」
 久々に来た大がかりな依頼。
 万事屋一行は期待して現地へ向かったのだが、待ち合わせ場所には誰もいない。
「新八ィ。ホントにここで合ってるアルか?」
「うん。ここでいいはずなんだけど」
 確かに郵便で届いた地図と比較すれば、位置的には間違っていない。
 ただ違っているのは、話に聞いた場所は町中ではなく、人気など全くない山道ということだった。
「おまえ地図も読めない駄メガネだったアルか。ツッコミ以外ちっとも使えないネ。ただの役立たずヨ」
「なんだよ!そんなに叩かなくてもいいだろ!!」
「その地図よこせヨ。私が見れば絶対着けるアル」
 新八から無理矢理奪い取り、定春にまたがる神楽は地図を見て「こっちアル」と前に進んだ。
 そのまま左右に曲がることなく真っ直ぐ歩く三人と一匹。
 だがいつの間にか道から外れ、どんどん奥へ入ってしまっていた。
「全然着かないよ。なんか山道っていうか獣道に入ってない?神楽ちゃん、ちゃんと地図読んでる?」
「馬鹿にするなヨ。この矢印指す方に歩いて行けば必ず着くアル」
「それ方角の記号だよ!駄目だ。もう僕ら完全に道迷った。どうしますか、銀さん」
 新八の悲鳴に近い声が轟いたが、銀時は答えない。彼はいつになく真剣な表情で周囲を見渡していた。
「銀さん、どうかしたんですか?」
「いや、別に……」
「お待ちしてました。勝手にどこかへ行くものですから、こっちが探してしまいましたよ」
 突然男の声がしたかと思うと、三人の前に人影が現れた。暗くて姿はよくわからないが、どうやらこの男が依頼主らしい。ようやく依頼主に会え、新八は安堵のため息をもらした。
「良かった。実は道に迷ってたんですよ。お待たせしてしまって、すみません」
「いえいえ、こちらこそ分かりづらい地図で申し訳ない」
「こちらです」と男の声に新八と神楽はつられて足を動かす。
 だが銀時は手をかざして二人を足止めした。
「銀さん?」「銀ちゃん?」
「『勝手に』ってどうゆう事かねぇ。あんたら、俺たちを最初から見てたんじゃねぇか」
 問いかけの返答は、不気味な笑い声だった。
 その態度から周囲が異様な雰囲気に包まれていることに、新八と神楽も勘づいた。
「アンタ、()抜けた眼してるって言われないかい?」
「いや、よく死んだ魚のような眼って言われる」
「フン。そのくせに頭はキレるみてェだな」
 温和な口調はドスのかかった声へ豹変する。そして雲から顔を出した月の光が、化けの皮を剥がした。
 男の正体は武装を施した、見るからに人相の悪い天人であった。
「ま、そこのガキのおかげで奥に誘いこむ手間が省けたけどなァ」
 そう笑って天人が手を振り上げると、大勢の武装天人たちが現れる。銀時たちは得体の知れない敵に取り囲まれた。
「おいおい、誕生日パーチィでもやんの?」
 銀時は気の抜けた事を言いながらも、その人数を気配と殺気で確認する。
人数こそは多いが、力そのものは敵ではなさそうだ。
 だが暗さの問題もあるし、近辺の地形も把握し切れていない。そうなると油断はできない。
「アイツの言った通りだ。銀髪の侍が現れたぞ」
 詮索する銀時をよそに、他の天人が彼を指差して嬉しそうに笑い上げる。
 天人たちが身につけている防具に刻まれたマークを見て、新八は驚愕した。
「な、なんで春雨が!?」
「交換だよ。銀髪の侍の首取るために、アイツにあんたらをここまで誘いこんでもらったのさ」
「丁寧な説明ご苦労さん」
「いらない説明細かくして、その後すぐ倒されるしょぼいザコキャラネ」
「うるせぇ!……銀髪の侍よォ、アンタはのんびりしてる暇はねぇはずだじぇ」
ニタニタと笑みを浮かべながら、リーダー格の天人は銀時を見下ろした。
「あ~?俺はテメェらみてーな外道にやられるタマじゃねェよ」
「お前馬鹿だな~」
 天人は銀時を嘲笑って話を続けた。
「言っただろ、『交換』だってな。アンタの首をオレらがもらう代わりに、銀髪の嬢ちゃんを戻させるって鬼兵隊の頭(かしら)と取引したんだよッ」
 その一言で銀時は妹の危機を悟った。
 心が激しく揺れ、木刀を構える余裕がなくなってしまう。
「それってまさか……」
「つーわけでアンタの首もらっちゃうよォ!」
 新八が言い当てるより先に、春雨たちは一斉に攻撃を仕掛けた。
 しかし銀時は動揺で反撃の出だしが遅れてしまい、十分な受け身もできなかった。
――やべっ!
 だが目前に迫った攻撃は神楽の傘で阻止され、天人たちは跳ね飛ばされた。
「銀ちゃん。定春と一緒に万事屋に帰るアル」
「何言って……」
「わたし、あの女嫌いヨ。いっつもピザ食べてて酢昆布見下してムカつくネ」
 絶え間なく続く攻撃を神楽は軽々と払いのけて告げた。
「だから酢昆布の良さとことん教えてやるまで絶対許さないアル」
「ここは僕らに任せてください。これくらいの人数なら大丈夫です」
「お前ら……」
「定春!銀ちゃんの言う事ちゃんと聞くアルヨ!」
 ワンと吠え、定春は銀時を背に乗せ走り出す。
「逃すかっ!」
 追いかけようとする春雨たちの前に新八と神楽が立ち塞がった。
「これ以上先には行かせません」
「お前らの相手はこのかぶき町の女王・神楽様アル!」
 新八は自前の木刀を、神楽は傘を構えて敵を迎え撃つ。
 そして銀時は行く手を阻む敵を木刀で蹴散らして、道を切り開いていく。
「どけぇ!どきやがれェェェェェェェ!!」
 銀時を乗せた定春は、猛スピードで山道を走り抜けて行った。



* * *

「ハァ…ハァ…ハァ…」

――動かない……。

 突然身体は大きな音を立て床に崩れ落ちた。
 その後は痺れるような痛みに襲われ、双葉は全く動けず倒れこんでいた。
 だがその異常な事態さえ当然というように、高杉は仰向けに倒れる彼女を見下ろしていた。
「自分で止める?……ククク。おまえはいつからそんな甘ちゃんになったんだ」
 そして覆い被さるように高杉は双葉とゆっくり重なり、彼女の瞳を覗きこむ。
 痺れのせいで焦点は定まらない。しかし双葉の瞳はハッキリと高杉を宿していた。
 何もできない双葉をよそに、高杉は言葉を紡ぎ出していく。
「『獣』は止められねェよ。血に飢えてるなら尚更な」



 感覚まで麻痺してきたのか、頭もぼんやりして意識がもうろうとしてくる。
 なのに高杉の声はハッキリと聞こえる。まるで心に刻まれるように伝わってくる。

――どうして動かない?まさかあのおカユ……!

「……ど……く……」
 薄れゆく意識の中で、双葉は心当たりを口から絞り出した。
 その微かな呟きを聞くと、素直に高杉は真相を話した。
「こうでもしなけりゃお前は戻って来ねェからな。忘れんなよ。お前の『獣』を止められるのは俺だけだ」
 否定できないことだった。
 殺すたび快感に満ち溢れ、敵味方の区別さえできなくなっていたあの頃。
 そんな暴走していた時に唯一聞こえたのは、高杉の声。

――でも

「……変わ……った……おま……え……は……」
 もうあの時の高杉ではない。
 今の彼は狂気の道へ誘うだけの……
「何言ってやがる。俺はあの頃と何一つ変わっちゃいねぇよ。……俺が護りたかったモンは何一つ変わってねェ」
 ほんの一瞬だけ、高杉の表情に陰りが差したように双葉には見えた。
 高杉が護りたかったモノ……でもあの人はもういない。
 あの人を消したこの世界。それは高杉にとって憎むもの以外の何物でもない。

――だから壊す。本当にそれしかないのか?お前の中には……。

「…や…め…」
「安心しろ。次目覚めたら、たっぷり血を浴びさせてやる。……楽しもうぜ、俺と一緒に」
 必死の訴えさえかき消されてしまう。抗いすらもうできない。

――今は……戻りたくない。

 しかしそんな思いとは裏腹に、高杉の唇が近づいてくるのを感じる。
 彼に唇を奪われるのは、今に始まってじゃない。もう何度もだ。
 でも今奪われたら全て失ってしまいそうな……万事屋(ここ)には二度と戻れない。
 そんな逃れようのない予感が駆け巡る。
 そして同時に思い浮かぶのは、同じ銀髪の兄の姿。
 だが今ここに兄はいない。
 いいや。勝手な事をしてきた自分が今更求めちゃいけない。
 けれど――

――あ…に…

 それでも、妹の心から兄は離れなかった。

――あに…じゃ…


=つづく=
 
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