『必ずお前を止めてみせる!』
そして鬼兵隊の船から飛び降りた。
彼が乗っている船はどんどん小さくなってゆく。
過酷だと知っていた。例え破滅の道だったとしても同じ道を歩むと決めていた。
けれど現実はこうして彼の船から落ちている。
このまま落ちてゆく。ずっと――
『おいおい。治療代払わねーままとんずらすんじゃねェ』
そんな文句を言う声によって落下は止まった。
それは先ほど桂と共に脱出した兄だった。
彼は桂に支えられながら、妹の腕を離さずしっかりと掴んでいた。
『テメェ、借り返すっつったよな。治療代働いて返せ。万事屋でな』
鬼兵隊と手を組んだ春雨と対する桂一派たちの弾丸が飛び交う中で、坂田兄妹は二度目の再会を果たした。
道を外れる時に兄とは絶縁し、もう『家族』として会わないと思っていた。
だが兄――銀時は何もなかったように双葉を万事屋に迎え入れた。
そして双葉は万事屋の一人になった。
それから一ヶ月ほど経とうとしていたある日のことだ。
遠方からの依頼で銀時たちは数日の間外出することになった。
「テメェも来いよ」
そう銀時に言われたが、双葉は頷かなかった。
数年ぶりに再会した兄は、二人の子供と同じ家で共に過ごしていた。
それは双葉から見ても全く違和感のない光景だった。
そう、自分よりも家族らしい家族のような仲の良さ。
その雰囲気に溶けこむのはイマイチできなかったし、彼女もそうはしなかった。
そんな理由もあって、双葉は行かない道を選んだ。つまり、お留守番である。
移動に使うという理由で、天人の少女は巨大な白犬も連れて行った。
だから今
万事屋には誰もいない。
双葉だけ。
たった独りの彼女を包むのは、真夜中の沈黙を破る激しい雨音だけ。
誰もいないせいか、珍しく今日は安らかに寝息を立てていた。
「………」
だが激しい雨音よりも別の何かによって、その寝息が突然途絶える。
――誰かいる……?
何者かの気配を感じた双葉は、枕元の刀を手に取り起き上がった。
――誰だ。兄者たちじゃない。
銀時たちは遠方の依頼で少なくとも二日は帰って来ない。それにこの気配の中には狂気が混じっている。
双葉は襖を開け、気配が強い居間へ入った。相手の位置を探るため神経を集中させる。
その途端、スッと気配は消えてしまった。
相手は自身の気配を消せるほどの腕を持っているのか、それとも気のせいだったのか。
「誰かいるのか」
双葉は強気な声で相手を探る。素直に返事をすると思えないが、刺激を与えれば少しは反応があるはずだ。
だがその直後に起きたのは、双葉が最も予想していないことだった。
「いるぜ、ここに……」
腕を掴まれ反抗する暇もなく、双葉はそのまま押し倒された。
手と手が絡み合い床に押さえつけられる。その力は強く跳ね返すこともできない。
そして唇が何かで強引にふさがる。
「…ぅ…くっ!」
それが誰かの唇だと、無理矢理キスされているのだと双葉は気づいた。
だが不思議と不快と思えない。むしろこの温もりには懐かしさを感じる。
「はぁ…はぁ……」
ふさがれた唇は、息苦しく思えてきた頃にようやく解放された。
何度も深呼吸して、なんとか動揺を抑えようとした。
しかし、闇に響く低い声が双葉を硬直させた。
「久しぶりだな、双葉」
雷鳴。
一瞬の光。
不気味に微笑む男が浮かび上がる。
「…高…杉…」
二度目の雷光が不気味に微笑む男を再び瞳に映し出す。
それは双葉の目の前にいる男が幻ではないのを証明させた。
それでも信じられない。絶対現れないと思っていた男が今万事屋にいる。
「なぜここに……」
「理由?お前に会いたかったじゃいけねぇか」
「離せ!出て行け」
「おいおい。ここまで来るの楽じゃなかったんだぜ。真選組の警備がやたら厳しくてな」
「知るか!兄者が帰ってきたら……」
「おもしれェじゃねぇか。銀時がこんなところ見たら、どんなツラするか……」
兄のそんな表情を想像したのか、高杉は不適な笑いをこぼした。
そのおかげで押さえている力が緩み、この場から逃げるチャンスが生まれた。
「どけっ!」
双葉は渾身の力で高杉を押しのける。倒された拍子に床に落ちた刀を手探りして、鞘から抜こうとした。
躊躇している暇はない。威嚇でもこちらから攻めないと、何をされるかわからない。
「ンなもんで何しようってんだ?お前だって俺に会いたかっただろ」
「そんな……」
耳元で囁かれる声に心が揺れる。
その僅かな心の緩みを逃すはずもなく、高杉は双葉の両手首を掴んで自由を奪った。
「なっ!離せ!!」
「せっかく来たんだ。お前だって楽しみたいだろ」
豊満な胸を後ろから鷲掴みされ、何度も強く揉みほぐされる。
その度に出そうになる女の悲鳴を噛みしめて、口の中で抑えこむ。
「…くっ…!」
「おいおい。少し固くなっちまったんじゃねぇのか」
「や、やめっ……」
「ノーブラか。いつも銀時を誘ってたんじゃねぇのか」
「…ち…ちが…」
「銀時こんなことしてくんねェだろ」
高杉は服をまくり上げ豊満な胸を撫で回す。
胸から高杉の手の温もりが直接伝わってくる。
「…さわ…や……」
「次はどうして欲しい?」
「…や…め……」
「ククク。見え見えだなァ」
高杉は双葉の顎を掴み上げ、互いの唇を激しく重ねた。
「ンンンン!むむ…む……」
双葉の両手は解放されて抵抗できるはずだった。
すぐそばに落ちている刀で反撃できたはずだ。
だが身体は徐々に快楽に包まれ、抗う心は薄れてゆく。
――だめだ……力が…抜けて…いく……。
双葉の手は小さな音を立てて、床に崩れた。
* * *
あれからどのくらいたっただろうか。
部屋は薄暗く、昼か夜かもわからない。
ただ、激しい雨音はまだ続いていた。
「……?」
身体に違和感。身動きを取ろうとしたが、両手は何かで後ろに固定されている。
下を見ると両足は布できつく縛られていた。この分だと両手も――
「やっと起きたか」
声がしたかと思えば、壁に背中を預けた高杉がこちらを眺めていた。
夢と思ったあの出来事はすべて夢ではなかったと双葉は知った。
それを喜ぶべきか悲しむべきか、今はどちらも選べなかった。
「なんだ、コレは!?」
「こうすりゃ逃げらんねーだろ」
「おまえ……」
鋭い目つきで突き刺すように睨む。
しかし高杉は気にせず、身動きできない双葉に歩み寄った。
「メシだ。喰え」
「いらん」
白く滲んだおカユが盛られた茶碗を差し出されたが、双葉は目をそらして受け取らない。
「遠慮してんのか」
「食べたくない」
「だったら食べさせてやるよ」
そう言って彼はおカユを口にふくみ、俯く双葉を掴み上げ唇を重ねた。
そして、おカユは双葉の口の中へ一方的に注ぎこまれてゆく。
「む!むむ!」
“ゴクン”
「むはァ…はぁ…ハァ…」
「おいおい。汁が垂れてるぜ」
高杉は笑みを浮かべて双葉の口から垂れる汁を舐めた。
「ひゃっ」
「ククク。やっと女らしくなったな」
つい小さな悲鳴を上げてしまって、悔しさから唇を噛む。それだけで我慢もできず、仕返しとばかりに鋭い視線を向ける。
だが高杉はその姿を楽しんでる様だった。
「しかしロクな食材がねーな。カユしか作れなかったぜ」
「…………」
「ご立腹かァ。昔っから機嫌悪くなるとだんまりだな。ピザでも頼むか?」
「……なぜココに来た?」
「言ったろ。おまえに会いたくなっただけだ」
「そんな理由で……」
「それだけじゃ不満か?ならこの唇を味わいにきたって言えばいいか?俺の舌を満足させるのは、お前さんだけだからな」
まだ濡れている唇を、指で軽くなぞられる。
「噛むぞ」
「喰いちぎって俺の血を吸う気か?それでお前の『獣』が動くってのもおもしれェ」
そう笑いながら高杉は、鞘から刀を抜いて自分の腕に当てる。
そのまま大きく刀を振り上げ――
「やめろっ!」
“グサッ”
=つづく=