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不思議な縁

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第七章


第七章

「モーニング娘。の曲を」
「娘。!?」
「娘。でデュエットなんかないわよ」
「いえ、これですよ、これ」
「ミスター=ムーンライトを」
「あっ」
「それいいじゃない」
 河村さん達はそれ見て大きく頷いた。
「それでいったらいいわ」
 久美が言う。河村さんも同意であった。
「御前にしちゃ面白い選曲じゃねえか」
「何か河村さん見ていると」
「ああん!?」 
 当然冗談でるが河村さんはその言葉を聞いて怒った顔をしてみせた。
「どういう意味だそりゃ」
「ですから」
「ああん!?一回よおく聞いてみてえなあ」
 達之につっかかってみせる。
「俺の何処を見てそれを決めたんだ!?」
「それはやっぱり」
「けど最近額狭くなってきてるじゃない」
「そうかな」
 久美の言葉に自分の額を見上げる。
「禿げるの怖がる歳でもないじゃない」
「けど気になるんだよ」
 禿げる奴は二〇代でも禿げるのだ。だから禿は怖いのだ。しかも河村さんの家は代々若い頃からそうなのである。これで恐怖を覚えない男はそうはいないであろう。
「まあいいよ。それでムーンライト歌うんだな」
「はい」
「じゃあ今から入れますね」
「ああ」
「どうぞ」
 二人はマイクを譲った。それから達之と桃子はミスター=ムーンライトを歌いはじめた。二人の息ははじめてにしてはやけに合っていた。そしてそれから先輩達とかわるがわる歌いながらカラオケで楽しく時間を過ごしたのであった。
「さてと」
 店を出ると河村さんは二人に声をかけてきた。
「これからどうするんだ?」
 これには二つの意味があった。また他の場所で合コンをするのか、若しくは二人はまた会うのか。二つの意味を含んだ問いであった。
「今日はもういいです」
「そうか」
 最初の意味はこれでなくなった。
「ただちょっと」
「ちょっと?」
「私、堀君とお話したいことがあるんです」
「へえ」
 河村さんは桃子のその言葉を聞いて目を少し細めた。
「じゃあ二人でじっくりとな」
「私達はお邪魔よね」
「ってあの」
 達之は三人のやり取りに取り残されていた。何か言おうとするがそれはもう遅かった。
「じゃあな」
「また明日ね」
「はい、お疲れ様でした」
 こうして先輩達は姿を消した。後には達之と桃子だけが残った。そこまであっという間であった。
「あのさ」
 夜空には月だけがある。それが二人を照らし出していた。達之はその月夜にさっき歌ったモーニング娘。のミスター=ムーンライトを思い出していた。
「ねえ」
「う、うん」
 そして桃子の言葉に頷く。
「ここじゃ何だからさ」
 話を切り出してきたのはやはり桃子であった。
「公園。行く?」
「公園ってお昼の」
「そうよ。あそこならゆっくり話せるでしょ」
「そうだね。それじゃ」
 二人は歩いて公園に向かった。そこまで思ったより早く着いた。もっともこれは達之の主観であり彼があれこれ考えているうちに辿り着いたのであるが。
 二人はまたあのブランコに並んで座った。最初に口を開いたのはまたしても桃子であった。
「何かさ、あっという間だったね」
「そうだね、本当に」
 そう感じていたのは達之だけではなかった。桃子も同じであった。
「家の前で会ってね」
「それでここに戻って」
「嘘みたい」
 桃子はふとこう言った。
「モモを助けてくれた人と一日に二回も会うなんて」
「俺だって同じだよ」
 それは彼も頷くものがあった。
「あれよこれよって間に」
「合コンまでやって」
「歌、上手いんだね」
「大学じゃ声楽やってるから」
「へえ」
「将来。音楽の先生になりたくて」
「ふうん」
 何か桃子のことをはじめて聞いた。あれだけ色々話してはじめてであった。
「意外でしょ。こんな派手な格好で」
「別にそうは思わないけど」
 桃子に顔を向けて言った。
「そうした格好今じゃ普通だし」
「そうなの」
「俺はそう思うけれどね」
「わかったわ」
 彼の言葉に一先頷いたようである。
「それでさ」
「うん」
 二人の話は本題に入ろうとしていた。
「何で。俺をここにまた誘ったの?」
「うん」
 桃子はそれを受けて話しはじめた。その顔が月の光に照らし出されて黄色く光って見えた。淡い光であったが夜を明るくするには充分であり公園も彼女も照らし出していた。二人はその淡い光を出す月を見ていた。見ながら話をしていた。
「話聞きたくて」
「俺の話?」
「そうよ。モモを助けてくれたし」
「あれはね。俺動物が好きだから」
「昼と同じ理由ね」
「うん」
 その言葉に頷く。
「それで君に会うとは思わなかったし合コンでもまた会って」
「それで今ここにもいて」
「思えば不思議な話だよね」
「そうよね。何かモモに案内されたみたいに」
「あの猫にかい」
「ええ」
「そういえばそうかも知れないね」
 彼もそれに頷くものがあった。
「あたし決めてるんだ」
「何を?」
「モモ大事にしてくれる人なら付き合ってもいいって」
「付き合っても」
「そうよ。何か偉そうな言い方よね」
「まあね」
 顔を見合わせて苦笑し合った。
「それに合コンでも一緒になったしさ。やっぱり縁があるんだろうし」
「俺でいいの?」
「そっちこそあたしでいい?」
 桃子の方も聞いてきた。
「いい加減なところあるけど」
「いいよ」
 達之は言った。
「俺なんかでよかったら」
「そう、よかった」
 桃子はそれを聞いてにこりと微笑む。その時だった。
「あら」
「ニャーーーーー」
 そこにモモがやって来た。月夜の中に黒猫が一匹いた。モモの黒い毛は黄色い光を浴びて輝いていた。
「モモ」
「迎えに来たみたいだね、君のことを」
「うん、そうじゃないわ」
 桃子には何故モモがここに来たのかわかった。
「お祝いに来てくれたのよ」
「お祝いに?」
「そうよ。あたしと堀君のね」
 交際がはじまったことを。モモは祝いに来たのだ。人間ならこんなことが事前にわかれば何か得体の知れないものを感じずにはいられないがモモは猫である。それも黒猫だ。不思議な説得力があった。
「有り難うね、モモ」
「くぅ〜〜〜〜〜」
 モモは桃子の足に自分の身体を摺り寄せていた。まるで彼女を祝うかの様に。達之はそれを見て自分も祝われているのがわかった。
 モモは達之を見た。そしてにこりと微笑んでいるように見えた。
 達之はそんなモモの顔を見てわかった。これは全部モモが導いたことだと。二人を引き合わせたのはモモであったのだ。
(恩返しなのかい?)
 モモに目で尋ねる。
(あの時助けたから)
 けれどモモはそれには答えなかった。ただ桃子に身体を摺り寄せて達之ににこやかに笑っているだけであった。けれどそれで充分わかることであった。二人と一匹はそのまま月明かりの下で揃って時間を過ごすのであった。


不思議な縁   完


                  2006・7・1

 
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