不思議な縁
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第一章
第一章
不思議な縁
堀達之は動物好きなごく普通の若者だ。背は高く、二重の目が丸いのが印象的だ。そんなごくありふれた若者だが他の者と一つ違うことがあった。
「彼女ができないなあ」
これであった。仲間内でも一人だけ彼女がいないのだ。彼にとってはこれは唯一で最大の悩みでありコンプレックスであった。合コンに出ても、女友達と会ってもお洒落をしても結局彼女ができないのだ。何をしても彼女ができなかった。
「御前彼女まだなのかよ」
「はい」
先輩の河村さんにもそう返す。大学の一個先輩でバスケのサークルで一緒なのだ。
「これができないんですよ」
二人はキャンバスでだべりながら話をしていた。それぞれの手にジュースの缶がある。
「この前も合コン言ったんですけれどね」
「駄目だったと」
「はい」
ふう、と肩を落として答える。
「また駄目でした」
「そこまで努力してるのにおかしいな」
「努力してますよ、本当に」
実際には努力しても人の縁だからどうしようもない部分はあるが。だがそれでも達之は努力していたのである。
「それでもどうにもならないんですよ」
「ふうん」
「先輩にも教えてもらってますけれどね」
「俺は普通に彼女いるからな」
河村さんはその一重の細い目を動かして言った。わりかし鼻が高くて色が白い。ただ少しばかり額が広い。
「何年も一緒なのが」
「いいですね、一緒なんて」
「羨ましいか?」
「勿論ですよ」
達之は本当に羨ましそうな声で言った。
「俺なんか生まれてからずっとですよ」
「ずっとか」
「彼女いないのは。小学校も中学校も高校も」
「普通小学校で彼女持ってる奴はいないだろ?」
「最近はいますよ」
「そうなのか」
河村さんはそれを聞いて顔を顰めさせた。
「最近のガキは違うな」
「進んでるんですかね」
「生意気なだけだ。俺だってはじめて彼女ができたのは高一だ」
「でしたね」
これは本当のことである。河村さんも達之の前では偉ぶってはいるが実は高校生ではじめて彼女ができたのである。周りでは中学生でもう彼女がいるのもいたというのにだ。
「それで小学生でか。何か頭に来るな」
本音であった。
「ガキの分際でな」
「それで俺ですけれど」
その小学生にも負けている達之が言った。
「どうすりゃいいですかね」
「それだけ努力してるしな」
流行の服を着て清潔にして。容姿も正直悪くはない。性格も闊達で人付き合いもいい。これで彼女ができないのが河村さんにとっても不思議であった。
「後は。運だな」
「運ですか」
「そうだ、足りないのはもうそれしかないだろ」
いささか無責任な言葉であった。
「俺はそう思うけれどな」
「はあ」
突き放されたみたいで心細くなった。それが返事にも表われていた。
「後は運任せだよ」
「心許ないですね」
「そう言わずに諦めないことだな」
「そうですか」
結局先輩には愚痴を聞いてもらうだけだった。彼は講義が終わり、サークルも終わるとそのまま家へ帰った。自宅から歩いて通っているのである。
「参ったなあ」
運任せとは心細いと言わざるを得なかった。
「こんなのだったら結婚もできないんじゃないか」
そうした不安すら抱いてしまう。深刻に、深刻に考えてしまっていた。
「まさかとは思うけれど」
だがついついそう考えてしまう。暗い考えになっていくその時であった。
「!?」
不意に横の公園にある木の上に気付いた。
「あれは」
見れば一匹の黒猫が降りられなくなっていた。どうやら昇ったのはいいが怖くなってそこから降りられなくなったようなのだ。
「猫か」
「ニャー」
黒猫は弱々しい声で鳴いていた。
丁度その目と達之の目があった。こうなっては動物好きの達之は動かないわけにはいかなかった。
見ればその木は実に昇り易い木だった。彼は運動神経もよかったので易々と昇った。こうして猫を救い出したのであった。
「よし、もう大丈夫だぞ」
「アーーーオ」
猫は彼の腕の中で安心したように笑っていた。
「これからは不用意に高い木に昇るんじゃないぞ」
「ミャー」
わかっているのかいないのかわからないが猫は彼に鳴き声をかけてきた。そして彼が地面に下ろすと頭を足に摺り寄せてからその場を後にしたのであった。
「これで一件落着かな」
猫の姿が見えなくなってから呟いた。
「何はともあれ」
とりあえず猫は救った。それに安心して家に帰った。だがそれでも彼女がいないという悩みは消えることはなかった。それとこれとは話が別なのであった。
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