Ball Driver
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第四十七話 破れる均衡
第四十七話
「一体こりゃ、どういう事だよ」
前島監督が首を傾げる。5回終わって、帝東と南十字学園の秋季都大会一回戦は0-0という締まった展開になっていた。
南十字学園・権城英忠、帝東・神島飛鳥の投げ合い。しかしその内容は大きく異なり、権城が毎回の7安打を許しているのに対し、飛鳥は3安打のみのキレたピッチング。同じ0点なのが不思議に思える。帝東はゲッツー二つなどでチャンスを潰し続けていた。鉄壁の南十字学園の守備に行く手を阻まれ続けてきた。
(相手の守備がやたら良いと言ってしまえばそれまでだが……あれだけ荒れてるピッチャー相手に、どうも打つべき球を打ててないんだよなぁ)
前島監督はここでピンときた。確かに権城のピッチングは荒れてるように見えるが、しかし……
「光村、この試合相手の四球は?」
「えっと……0です。ボール先行にはなるんですけど……」
あれだけ逆球の多いピッチャーが、何だかんだ四球0?これは前島監督には偶然には思えなかった。
(もしかして、打たされてるのか?相手の計算通りに。そんな芸当をウチの打線相手にやってるってのかよ。)
前島監督はマウンド上で投球練習を行う背番号9の平凡なピッチャー、権城英忠を睨んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ボール!」
6回の表の帝東の先頭・江畑にも権城はボール先行。2-1のバッティングカウントを作る。
(ほらほら、ボール球が続いて焦れてきてるぜ。江畑は外を逆方向に持って行くのが得意、そういうバッターだから……)
権城はニヤリと笑いながら、次の一球を投げ込む。その球は、逆方向を狙う江畑にとっては絶好の外の変化球。
しかし、そのコースはストライクゾーンギリギリのボールだった。
カキィーン!
甲高い音が響くが、サードの松山が真正面のライナーをしっかり掴み取った。
この回の先頭も、“ヒヤッとする当たり”でワンアウト。
「顔が逃げてるぞ〜」
また松山に嫌味を言いながらボールを受け取る権城。強い当たりを打たれているのに、その表情には余裕が漂う。
(帝東打線はだいたいのバッターがキッチリ狙い球絞ってる。そして狙い球が来たら見逃さない。コースに関わらず、な。狙い球に対しては厳しいコースでもキチンと対応するけど、厳しいコースは例え強い当たりでも正面付くようになってんだよ、打球が上がらないからな。そして強い当たりを打ってる分だけ、考えない。自分が打たされてるかも、とかな)
権城は六番の新鍋に対してもボール先行。
そしてまた、角度良く上がった外野フライが深く守っているライト拓人のグラブに収まる。
(ボール先行で打ち気を焦らして、打ち気がピークになった所で、相手の狙い球を厳しいコースに投げる。ここまで逆球だらけの俺が、まさか狙ってコーナーに投げてるとは思わねぇだろ。そこそこヒットは打たれてるのも、今日は良いな。相手が本気で対策しようとしないから。)
七番の大石は、これは打ち損ないのピッチャーゴロ。六回も0に抑えた権城は、軽い足取りでベンチに戻る。老獪なピッチング。これが中学時代に日本代表に選ばれた男のセンスの成せる技。そして後ろを守る下級生への信頼があって初めて成立する投球だった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
<1番センター楊茉莉乃さん>
六回裏の南十字学園の攻撃は一番の茉莉乃から。今日はシングルヒット一本。旧チームでは3番を打っていた、打線の鍵である。
(この回大事よね。サザンクロスの攻撃の起点はこいつ。さっきはヒット打たれたけど……)
相手の好打順からの攻撃に対して、飛鳥が立ちはだかる。
ブンッ
「ストライクアウト!」
先頭、それも南十字学園随一の好打者茉莉乃から狙って三振をとってみせる。2度の甲子園を経験し、一皮剥けた飛鳥は自軍打線とは逆に絶好調だ。
カコッ!
「あちゃー」
一番からの好打順も、あっさりとツーアウト。飛鳥の左腕はますます冴え渡る。
「おい!お前何打ち上げてんだよ調子乗んな」
「仕方がないっすよあの球は〜」
ツーアウトになって、自分の目の前でポップフライを上げて帰ってきた松山に悪態をつきながら権城が打席に入った。中学時代、夏の大会と飛鳥をボコボコにしてきたが、今日はまだ二打席でヒットがない。
カキィーン!
「……チッ」
しかしこの三打席目は、しっかり捉えてセンター前。あっさりと打たれてしまった飛鳥は小さく舌打ちした。
ツーアウトから権城が出塁する。
<4番キャッチャー山姿さん>
二死一塁となって、打席には四番のジャガー。飛鳥は打たれた気持ちをすぐに切り替えてジャガーに向き合う。
(四番だけど、夏は八番。怖さはない。元々八番のこいつを四番にしなきゃいけないあたり、サザンクロスも層が薄い。楊姉を一番で使うのも、真っ当な打順は組めないからよ。権城に打たれても、こいつをしっかり斬ればいい。)
飛鳥は落ち着いて一塁に牽制球を送った後、ジャガーに対して初球を投げた。
権城の左足が二塁に向かって踏み出される。そのまま腰を切って、二塁ベースに向かって突進した。
(スチール!?)
帝東の一年生捕手・新鍋が二塁にボールを送る。権城は猛然とスライディングし、頭から二塁に突っ込んだ。
「セーフ!」
新鍋の送球も良かったが、審判の手は横に広がる。権城は小さくガッツポーズした。
(走ってきた?ピッチャーの権城が?それも初球から)
不意を突かれた飛鳥は眉をピクリと動かすが、謝る新鍋を制して、二塁ランナーは気にせず打者のジャガーに向き合う。
二死の状況での二盗は大して怖くない、と判断したようだ。外野も、長打のないジャガーに対してバックホーム体制の前進守備をとる。
(飛鳥は牽制は上手いが、何せアンダーだからスタートは切りやすいんだよ。思った以上に危なかったけどな)
息を弾ませ、リードをとりながら権城は内心で呟いていた。そして祈った。
(後は頼んだぞジャガー。俺は知ってんだ、お前がここぞという場面で必ず仕事する女だってことを。ここは疲弊するリスクを犯してでもお前に賭ける。四番のお前に。それが俺の信頼だ)
その権城の祈りを聞くかのように、ジャガーは飛鳥に対してしぶとく食らいつく。
ファールで何とか逃げながら、3-2までカウントを持ってきた。
(ここで権城さんが走ったという事は、必ず一点をとりたいという気持ちの表れ。それと、二塁に居れば、私が返してくれるという……)
ジャガーは権城の思いを汲んでいた。
(信頼の表れ!そうでしょう、権城さん!)
カキッ!
ジャガーは飛鳥のシンカーに対して腰が砕けながら、左手一本でついていった。
バットの先っぽに当たった小フライはフラフラと、二遊間、そしてセンターのちょうど真ん中にポトリと落ちた。
「回れ回れ!」
サードコーチャーの和子がぐるぐると手を回すのを見るまでもなく、二塁ランナーの権城はホームに突入する。かなり浅い位置からのバックホームがセンターから返ってくる。ボールはノーバウンドでキャッチャーの新鍋に達する。権城はノーバウンドの送球を捕った新鍋の、少し浮いた足元に自分の足を滑り込ませた。
「セーフ!」
主審の手が横に広がると、権城は泥だらけのユニフォームにも構わず大きくガッツポーズした。
「おっしゃー!ナイスバッティングだぜジャガー!」
ビシッと指差した権城に対して、ジャガーもにっこり笑いながら、指差しを返してウインクした。
「ナイス走塁、です」
「権城くん、ナイスランだったよ!」
「いや〜さすがキャプテンだわ〜」
「ま、今日に限っては合格点よね」
ベンチに戻って、瑞乃や松山、茉莉乃とハイタッチを交わす権城。しかし、走り回ったおかげで相当息が切れた。このままマウンドに登るのはしんどい。
(ツーアウトだからな〜。拓人がちゃんと球数稼いでくれりゃ……)
そう権城が思った瞬間、グランドからは甲高い音が聞こえてきた。
まさか初球を打ちやがったのか!?
この状況にも関わらず!?
そう思って振り返った時には、拓人の放った放物線はレフトの防球ネットに勢い良く突き刺さっていた。
「やったぁ!みんな!僕やったよ!」
両手でバンザイしながらダイヤモンドを一周する拓人。権城はため息をついた。
(……こいつに、そんな小細工は全く不要だな。ナイスバッチ)
6回の裏、二死からの3点が南十字学園のスコアに刻まれた。
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